373話 籠城先を考えよう 挿絵あり
「今は警視庁にいます。異形関連で全てのデータや資料を再調査すると共に共産圏・・・、アガフォンから送られてきたデータを精査しつつ今回の件の全容把握に努めていますが?」
「了解しました。大分のギルドに増田さん名義で私の所在を確かめる連絡があったそうですが、もちろん連絡してませんよね?」
「ええ・・・。勘づいた誰かが火消しに走っている可能性がある。ただ、それをするにしてもかなり速い。ギルドとラボは警戒を厳にお願いします。」
「分かりました。ギルドはカオリがいるので大丈夫でしょう。問題は那由多か。流石に攫って直接交渉なんて言う馬鹿な真似は、自分が犯人と宣伝しているようなものなので今はないにしても、そちらの守りもお願いします。」
「それは無論です。今回を機に松田さんは更にスパイ活動に対する厳正な対応法案と、内部協力者を叩き潰そうとしています。ラボ方面はかなり厳しい身辺調査を行っていますが、ギルド職員系は人の出入りが多い分完璧とは言えない。」
「仕方ないでしょう。中枢機能は厳に出来てもその下は厳しい。人海戦術にプロパガンダ、唸るお金に人の繋がり。仮にスパイを全滅させたいなら、そもそも人を固定して隔離して誰とも接触させないのが一番早い。」
無理な話だろうが前の鑑定課状態とか?あの状態ならスパイは一発で行動を起こせばバレるし、特定の期間人物以外繋がりがない状態ならデータの流出経路もわかりやすい。ただ、それをしてもかなり厳しいだろうな。
昔はPCなんてなかったから人を警戒すればよかった。しかし、今は指先に乗る様なチップでさえ膨大なデータがやり取りできる。扱うのは人なので人を管理するのかと問われれば、24時間体制で常に見守るしかないし、そんな事をすれば反発心から離反する。まるで将棋だな。互いの手を読み合い潰して離反者を囲いスパイに仕立てて送り込む。
やはり誤情報を垂れ流すのが一番有効だろう。精査させている間にこちらの体勢も整えられるし、何より真実を誤認させたままにも出来る。ただ、動きの速さから言えばかなり速い。ソフィアの件が発生してから動くにしてもここまで早い事はあるのか?
考えるとするなら東京ギルドのノートから辿った?イラスト付きで幽霊としてあり、出現ポイントもセーフスペースとしてある。実験を行いソフィアが逃げ出し、それを捜査すしているさなかに俺と妻が先に確保したから焦っているとか?そう考えると情報は簡単に入手出来た事になるし、入手した人間は不特定多数。
前にスパイ組織はかなり潰したと聞いたが、組織ではなく個人単位で潜伏しているならかなり見つけづらい。しかも、それが必要な時以外にアクティブに動かないなら・・・本来スパイとは長期間そこにいる事が最優先で、動き回って行動を起こすのは何かしらの事態に直面した時。むしろ、直面したとしても仲間を見殺しにして自身を無害と見せる方が有用だろう。
何せそこでバレてしまえば、その後の情報は手に入らないのだから・・・。それに一度バレると警戒は強まりスパイは活動しづらくなるし、活動出来なければ情報は公のものがメインとなる。スパイ本人としては日常生活を送れば済む話なので楽だろうが、送った国としては扱いに困るだろうな。
「それは無理でしょう。グローバリズムの中で閉じこもるのは奥のセーフスペースで暮らす様なものです。それでさえ下手をすれば誰かに会う。」
「ですね・・・。警戒はカオリには私から伝えます。本部長命令なしに解除しないようにと付け加えてね。では。」
電話を切り望田に連絡を入れて警戒レベルを上げる。まぁ、上げると言ってもギルドとしては金庫の監視を強めるくらいか。人に対しての警戒はライセンスカードの厳重チェックくらいだが、元々ライセンスカードはデジタル認証なので、合わせて人の目を増やすかくらいか。まぁ、増える目は神志那の目になるのだが・・・。
それ以外は青山に個別連絡して伊月達と共にギルド周辺の巡回監視。青山と望田にはある程度の状況を説明したが、神志那達他のギルド職員には突発警戒訓練と言うシナリオで勤務時間を過ごしてもらう。まぁ、ギルドで何かしたなら最後の逃げ場は外かゲートへの侵入しかない。
ゲートなら退出を狙って確保すればいいし、外に逃げたなら痕跡から追跡すればいい。と、逃げ場は塞げても中のネズミは動くまで分からないな。神志那が人物鑑定が得意ならその限りではないが、元々引き篭もりなのでそこまでを求めるのは酷か。橘の場合元々警官と言う事でその辺りのスキルがあっての人物鑑定だし・・・。
「受け身しか取れない・・・。先手を取ろうにも既に本人達の持つデータなんかは消されてるだろうし、シャーロックホームズの様に関連図法を作ろうとも手がかりがない。根の深い・・・、長期で居座り続けるスパイなんて余程の不手際でもないと見つからないだろうな。」
怖いスパイと言えばゾルゲよりもウルスラ・マリア・クチンスキー事ソーニャの方が俺は嫌だな。ゾルゲは有名になりすぎて警戒されていたし、そもそもスパイと言うよりは扇動家と言うイメージが強い。その点ソーニャは終戦して本国からスパイとバラされるまで潜伏して情報を流し続けたママさんスパイ。人に紛れ無害を装い必要な時以外動かないモノはその兆候でも見つけられないと発見出来ない。
「戻ったけどまた難しい顔してどうしたの?眉間のシワが取れなくなるわよ?」
「刻みたくないけど刻むしかない状況でね・・・。そう言えば雪城先生に連絡したのって今朝だっけ?」
「そうよ?後を任せるなら先生かなって。実際他の治癒師はお医者さんじゃないから、雪城先生の見立てって結構貴重だし。今日はお休みだったけど無理言って出てもらっちゃった。」
「そうか・・・、元は引退した外科医だったよね?」
「ええ、整形外科で内科医よりは救護所で意見言いやすいし、病気なら回復薬で治るからね。腕の再生とかした後に違和感とかないか診断してもらってるのよ。」
引退した医者か・・・。医師免許って国家資格だし大学に行くならお金にしても家にしても、そこそこハッキリしたところじゃないといけないよな?高齢で長年医者をやって引退後にボランティア。ない話ではないが、彼の話し方はたまに引っかかりを覚える時もある。3色に分けるならグレー。まぁ、身近な所から疑っても仕方ないが、中心に俺かソフィアを置いた関連図を作るとした時に入れる人物の1人ではある。
他にいれるとすれば・・・。駄目だ、全員怪しく見えてくるし、俺が知る以外の人間である可能性もある。人が裏切る理由なんて魔が差したで済むし、一度裏切ればその後は見つかるまで裏切り続けるしかない。それを見つけるのは隠している以上、かなり難しい。
「ソフィアはまだ寝てた?」
「ええ!お腹すいたのかずっと口をモゴモゴさせてて可愛かったわよ〜。なんだか赤ちゃん見てる気分だったかな?」
「口をモゴモゴしたからお腹すいたって本当に赤ちゃんじゃないんだから、多分発音の練習とかじゃないかな?舌って全部筋肉だから発音の練習するなら動かすに限る。」
「発音の練習って、ソフィアちゃんはロシア語を話せるでしょう?」
「それとは別に日本語もそこそこ行けるらしい。ただ、言葉と意味の関連性は少ないかもね。何にせよフェリエットと同じ様に起きたらアプリ使って勉強かな。」
はいと言う言葉を知っていても、それが肯定の意味とは知らないかも。日本語ってクソ難しいからコレ欲しい?はいと、呼ばれて返事するはいは意味が違うし、挙手してのはいなら発言権を寄越せに成る。その辺りの理解はどうなのかな・・・。
訳も分からず聞いた事ある理解してない言語を話しだしたらそれはそれで怖いし、説明もしてないのにそんな状態ならかなり混乱しそうだ。何にせよ起きるの待ちだが、本当に腹が減っているなら目覚めは近そうだ。
「クロエ本部長、歓談中ですがよろしいですか?」
「中野さん?珍しいですねこちらで会うのは。何かありましたか?」
「あ、私高槻先生の所に薬貰いに行ってくるわね。」
迷彩服と言うか、暗色の服を着た中野が現れたが大井の方にも松田から連絡がいったかな?元々ラボと駐屯地は別物だが併設して作った以上、自衛隊としては国民保護を謳いながらラボの警備が出来る。前に自衛隊の有用性なんて話をされたが、こんな時はあって良かったと思う。
中野の雰囲気で察した妻が高槻の所に向かうと言って出ていき、会議室には中野と俺の2人。ただ、焦った様子はないのでそこまでを逼迫した話ではないだろう。
「缶コーヒーでいいですか?ブラックしか持ち合わせがないですが。」
「ご丁寧にどうも。奥さんとの話を邪魔してしまいましたね。」
「妻も仕事していると知っているので大丈夫です。話とは大井さんから何か連絡がありました?」
「連絡と言えば連絡ですが周辺の警戒レベルを上げろと言われました。ゲートの中は広大で中々人にも会いません。それでも警戒レベルを上げろと言う事は?」
「どこかで何かが動きそうなんでしょう。ゲートの中はどの国も治外法権、つまり何かをやったとしても罪には問えない。後ろ暗い証拠はここで潰してしまえば外への流出もなくそらぬ存ぜぬが押し通せる。まぁ、まだ攻めてくるとは限りませんけどね。」
どの国もセーフスペースには何かしらの施設を作っている。ウチの様に研究施設だったり、モンスターと戦う為の軍事施設件訓練場だったり。そして、外での戦争はご法度だがここでの戦は誰もが見てみないふりが出来る。そう、中の人達が暴走したとして攻めて来ても、外では平然とした顔で切り離して対応しなければならない。
何せゲート内ではと言い出せば、それを理由にどこまでも関係は悪化し修復はできなくなってしまう。壊れた物も被害人員も消えてしまえば賠償請求なんて口先一つでいくらでもふっかけられるし、明確な勝敗がない以上相手を根絶やしにするしか決着方法がない。嫌なものだ、人とモンスターの多方面戦争なんて。
セーフスペースにモンスターはいないが、その安全なはずのセーフスペースにモンスターを持ち込まないとも限らないし・・・。いや、モンスター持ち出しを嫌がるならセーフスペースも考慮している?なら、ここを新たな戦場とするのは人の仕業か。誰も火の中で踊りたくはないが、踊らせようとさせるヤツはいるものだ。
「予想だとどこだと思います?大井幕僚長からは正体不明としか言われていませんが。」
「それで正解です。この中に国境はない。だから攻めてくる敵は敵以外の何物でもなく、友好を謳わない限り追い返すしかない。それが穏便なのかうるさいのかの違いでしょう。」
「この歳まで訓練だけでしたが・・・、貴女のお力でどうにかできませんか?若い兵を無闇矢鱈と戦場に送り出したくはない。戦う相手はモンスター。私は新たな自衛隊の敵はそれだと考えています。」
中野が吐露する様に申し出る。同感だな。平和を謳歌した中で今更人を殺す事もない。そして、人を殺して英雄と祭り上げられることも。1つやってみよう。
「申し出を引き受けます。追い返すだけなら米国で使った広域の煙魔法を使えばどうにかなるでしょう。」
鑑定術師がいると目視でバレそうだが、鑑定師だけなら触られない限り大丈夫。問題は出入りをどうするかだな。厳戒態勢解除までどれくらいかかるか分からない以上、今の補給で食いつなげるのか?少なくともゲートの草も木の実も食えるので半田が料理すれば食い飽きはしないと思う。
後は・・・、そもそも煙が漂ってたら怪しいのは怪しいよな?ゲート内で霧が出るなんて話は聞いた事がない。なので、遠くからの目視でそれその物を発見されると面倒になる・・・。いっその事飛ばす?飛行ユニットでUFO飛ばしてたし宇宙エレベーターのデモスト代わりにラボと駐屯地を浮かせてしまえば多少は発見しづらくなるかな?まぁ、浮かせるにしても準備不足だが・・・。
「ありがとうございます。必要なものは言ってください、準備しましょう。」
「モノは・・・、大量の鏡を。後は食料って大丈夫ですか?時間との勝負なら最悪今あるもので食いつないでもらいますが。」
「個人保有は分かりません。指輪に大量のお菓子なんかを入れる者もいれば、プロテインなんかだけの者もいる。長期戦を構えると?それに鏡は何に使うんですか?」
「厳戒態勢解除が何時になるか分かりませんからね。草でも木の実でも馬でも半田さんなら美味しく出来ますが、それでも人は色々な物が食べたくなる。ラボと駐屯地を隠蔽したとして今度は誰も物資が持ってこれなければ飢えて死んでしまうでしょう?」
「なるほど・・・、私の想定としては一月程度の籠城だと考えていましたが、それ以上も想定しましょう。まぁ、半田さんの飯は美味いので後は酒と気晴らしを用意して、精神的な安定に努めていきます。」
「ボードゲームを大量に買いましょう。ネットを使うとそこから辿られるかもしれませんからね。それと鏡は今後の為です。斎藤さんの場所はわかりますか?」
「斎藤博士なら浦城君と実験の続きをしていたと思いますが、どこにいるかまでは・・・。何を考えていらっしゃるので?」
「少し早いですが駐屯地とラボを宇宙ステーションにしません?」
「・・・、は?」
「飛行ユニットはある。人も空から降りてこれた。なら、浮かせてしまえば個人で飛行できない限り不用意には攻めて来れないでしょう?鏡は底面に付けて周囲と同化する為に使います。」
「いや!浮かせる?かなりの重量物ですよ?流石に宇宙の様にここは無重力ではない。」
「ええ、だから斎藤さんに可能か聞くんです。魔法の持続時間なんて誰も知らないですからね。」
中野はどうしようか迷っているようだが、出来なければそれはそれで仕方ないレベルの話。戦火で技術は発展すると言うが、身を持って体験出来るかもしれないこの状況。何にせよ血を流さないで済むならやれることは全て試せるだけ試してしまおう。
「仮に・・・、そこから降りれなくなるなんて話はないですよね?」
「スカイダイブの経験がないならイメージはした方がいいかもしれませんね。と、それは冗談としてそのうち宇宙エレベーターも作るんです。人間必要に迫られた時が一番真価を発揮しますよ。」




