367話 ソフィア 挿絵あり
多少幼い顔付きにクリクリとした碧い目、亜麻色の髪はくせ毛なのかそれとも櫛を使うのが面倒だったのかフワフワした感じ。自己認識の年齢はどれくらいだろう?取り敢えず10歳以上16未満とかかな?この年頃の子供はすぐに顔つきも雰囲気も変わるからわからないし、足りない部分は俺の方から子供ならとイメージを持ってきた。
性別も不明だったが女児と言う事でいいのだろう。ここで間違うと性同一性障害を引き起こしかねないから、出来るかぎり本人の意に沿う様に作ったが・・・。頭は臼から引っこ抜いて身体に乗せたがどうもグラグラしている。バランスが悪いとか言う訳ではなく馴染んでないからだろう。真新しい身体にこれまでの経験が詰まった頭では、いくら本人の意志で動かそうともすぐに反応はしてくれない。
あれか、転生して赤ん坊の身体に大人の思考が入った感じ?まぁ、身体も本人の物で頭も本人の物なのだが、いかんせん経験がない。なら、そこで経験をぶら下げよう。
「今からあのモンスター2匹を加工する。覚えていたくはないだろうけど忘れたい?」
「・・・、分からない。」
分からないか・・・、どうするのがいいんだろう?嫌な記憶なんてない方がいいんだろうが、本人が分からないと言う以上その記憶を否定はしていない。これで忘れたいと言うなら犬にでも食わせて悪夢を無かった事にでも忘れさせられ・・・。
(ダメダメ、それはダメ。)
「ん?駄目なのか賢者。残していても思い出しそうだし、どっちつかずならまっさらにするのもいいと思ったが。」
「誰かいる?」
「あぁ、こっちの事だから気にしなくていい。君はとりあえず自分を自分と認識しといて。」
少女に賢者の声は聞こえないらしい。まぁ、俺の中にいる者の声が聞こえたらそれはそれでサトリとかの妖怪になるのか。なら、聞こえない事が正常なのだろう。こうして話しているのだって少女が俺を異物と認識したらはじき出されるんだろうし。
「それで、まっさらにしたら駄目なのか?」
(ダメ。それをするとこの子は動く人形になる。)
(へ?悪夢消したらそうなるの?なら、放置してこのままゴリゴリ削られろと?)
(考えが甘いわねぇ。ここはこの子の中よ?見てみなさい辺りにほとんど記憶がない。あのゴリゴリ音のするものは最後の記憶・・・、貴女達的に言えば本能かしら?アレとその頭に残った忘れたくない物だけでこの子は今動いてる。そこから更に記憶を消せば・・・。)
「本能と残り少ない記憶で動く・・・。いや、理性が押し負ける?」
(ええ、本能的欲求に従う動く人形。それでいいならそうなさい?)
あれか・・・、記憶喪失でも生活記憶はギリギリ残る的な?下手したら生活記憶も薄れる可能性もあるな。そうすると前に賢者にしてもらった記憶封印が妥当か。問題は封印方法知らない事だが、幸いやった本人がバックアップしてくれる。イメージとしては縛り上げて少しづつ漏れ出るようにすればいいのかな?
(やるならそれでいいけど、ブローチよりはチョーカーだね。必要な時に外れる様なチョーカー。そこにあの悪夢をぶら下げればいい。)
(あら、賢者は自分で外さない方がいいっていうの?見たければ見れる、忘れたいなら投げ捨てられる。選択の自由はあるわよ?)
(頭がぐらついてるからね。留め具はいるだろ?僕達と原生生物の精神構造は違う。僕達ならこの程度はどうとでもなるけど、原生生物は多分首が取れたら死んでしまうよ。なら、安定するまでは留め具で固定した方がいい。)
向き合うにしても向き合わないにしても、先ずは本人の回復からか。確かに何かの拍子に悪夢を垣間見てもダメージは大きいし、その悪夢は自身が実際に体験した事なので身体も下手したら思い出す。流石に急に皮膚が爛れて剥がれ落ちる事はないだろうが、逆に皮膚がまともにある事を異常と感じてしまうかも・・・。
「分かった、今回はチョーカーにしよう。その方が見えづらいし頭のグラつきも補強できる。で、どうやってアレを封印する?」
(君が糸で縛り上げればいい。自己封印ならこの子のパーツですればいいけど、それだと少しづつ滲み出る。異物である君が封印を施すならこの子が無理やり壊すか、君が特定の段階で壊れる様に設定すればいい。)
箱詰めにでもして置いておけばいいと思ったが縛り上げるか。確かに箱なら中身に興味が出て勝手に開けてしまうだろうが、飛び出した悪夢に驚いて頭が落ちかねない。なら悪夢を縛り上げ思い出しても耐えられる様になるか、自分でその事に気付いて知りたいと願ったら外れる様にしよう。
「おーいバイト―、追いかけっこはおしまいだ。その2匹をこっちに誘導してくれ〜。」
バイトが呼びかけに応えて悪夢を囃し立てながらこちらに来る。その姿はやはり恐ろしいのか少女が悲鳴にもならない叫びを上げるが、辛くとも目をそらしてもらっては困る。今は逃げ出してしまいたいかもしれない。一生向き合う事なく封印が解けないかもしれない。だが、その選択をする以前にある事を知らなければ選択のしようがない。
「怖いなら手を繋ごう。こう見えても・・・、どう見えてるかは知らないけど私はモンスターに負けた事はないんだよ。まぁ、それでも怖いなら私の後ろにいるといい。」
逃げた事はあっても多分負けた事は無い。それこそ頭から食われても削り取られても、常人なら何度死んだか分からない状況でも折れずに歩いた。それで目に見えない誰かは救われたのだろうし、目に見える仲間も救われた。
取りこぼしてしまったモノは当然ある。その場に居合わせないなら助ける事は出来ないし、祈っても自ら動かなければ救いの手は差し伸べられない。だが、少女はここにいて生きると言う選択をした。それなら大人として、妻が横で見ている頼れる夫として最善を尽くそう・・・。
「・・・、気のせいかな?べらぼうにデカくなってない?」
(当然でしょう?怖いモノは大きいのだから。)
はい。少女の恐怖心で悪夢が膨れ上がっています・・・。元はどんなモノだったか分からないが、方や人の悪そうな人っぽいモノに方やグズグズの人だっただろうモノ。人から受けた悪意とモンスターの悪意かな?だが、デカいからと言って負けるわけにもいかんのだよ。てか、他人の悪夢だから飲み込まれない限り負けない?
感覚としてはホラー映画を見ているのに近いのか。あれはフィクションだし、実際に俺が体験した訳でもないからどこまで行っても現実ではない。感受性が強ければ共感して一緒に傷を負うかもしれないが、最初からとっ捕まえようとする者に共感も何も無いだろう。
「21gの糸は強く、結び付きは死する時まで離れない。
今は目を逸らそう、今は逃げ出そう。
向き合うその時はいずれ来る。
その時まで静かであれ、向き合わなければ
その時は忘却への帰路を進め。
その選択の時まで主と共に傷付いた飾りであれ。」
霧の様な粉は糸となりモンスターを縛る。俺が糸を出せばいいと言ったが、100%俺のお手製では解く時に自分で解けなくなる。辺りはかなり晴れて暗くなったが、少量の粉と臼はまだ残っているか。
「チョーカーにするけどお好みは?悪夢だろうと身に着けるなら好みの方がいいだろう?」
「いらない・・・。」
「駄目だ。目を逸らしていてもいいけど、これがないとまともに生活出来ないらしい。過去の記憶がほとんどないだろ?積み上げるにしても土台がないとね。だから、悪夢をアクセサリーにでもして飾ってやればいい。あの時は苦しかったしキツかった、でもいつの日か思い出した時にそんな事もあったなぁ程度のアクセサリー。」
話す横でジタバタ悪夢が暴れて少女に襲いかかろうとするが、縛り上げたので簡単には行かせない。これからてめぇらはガッチガチに加工して封印するんだからそこで待ってろ。話の腰を折る様なら先に手足をへし折ってやろうか。
「・・・、ゲート・・・、モンスター・・・、人・・・、生きた人・・・、クリスタル?」
「分かった、ならクリスタルの形に加工しよう。」
モンスターから出るクリスタルは細長い正八面体。真っ黒で反対側は見えないが、悪夢を入れるとチョーカーとは言え中で暴れるのが見えそうだ。なら、表面をすりガラス風にでもしてぼやけさせて何かいるけどシルエットしか見えないくらいでいいだろう。
しかし難儀なものだ。花や蝶ではなくクリスタル。多分生まれも育ちも粉になって残った強烈な記憶が、生きた人間が倒したモンスターからクリスタルを回収する場面。うん、形はどうあれこの子は人だ。摩耗してすり減って殺意と痛みを感じながら歩んだが、悪夢の最後の姿として人が勝った姿を願った。
「あの臼って使っていい?」
(君、帰ったら説教ね?)
「いや、説教?説教何で?」
(あの臼は記憶の入れ物!君で言う所のモニターとか壺!受け皿に上下の部分と3つあるだろ!システム的には忘れたい事とかを挽いて薄れさせてくれる。最初に臼に入っていたのはそこしか逃げ場がなくて、自身も忘れてしまえば何も感じなくなるからだ。本来ならあの臼はこの子が自分で挽くモノなんだよ。)
要すれば精神的な記憶装置であると同時に忘却装置。人は忘れる動物だけど、ふとした拍子に何かを思い出したりもする。そんな臼がなくなればどうなるか・・・、覚えられない上に記憶は常に曖昧とか?一過性健忘症なら1日で戻るらしいが、それの更にひどい版とかかな?
「臼はダメか。」
「いいよ?」
「いや、なくなると駄目らしい。仕方ない違和感が少ないようによく混ぜて作ろう。先に言うけど造形はそんなに得意じゃない。」
クリスタルは見飽きるほど見ているし触っているから大丈夫。ただ、それをアクセサリーとかにするなって俺じゃなくて遥の領分だろう?前にDNAの半分は俺と言ったがどうしたもんか・・・。多分、遥の待ってる美的感覚は俺に近いけど、物を作る方は莉菜じゃないかな?
「・・・、好きにして。」
「分かった・・・、やるだけやってみよう。不格好でも笑わないでくれよ?」
縛り上げた悪夢を小さく小さく更に小さく締め上げ、形を作ったら残りの粉でコーティング。霧の様な粉だったモノはなくなり残ったのは臼と暗闇とチョーカーに少女自身。グラグラしている頭と身体をチョーカーを使って固定したが、過保護だったのかかなりチョーカーの帯が太い。まぁ、半分は固定具目的だったので間違っていないはず!
「苦しくはないか?」
「分からない。でも、身体は痛い。動かない。」
「それは多分、現実の身体にまだ何もしてないからかな?よく聞いて欲しい。これから君を・・・、君の現実の身体を作る。姿形は今の君の姿と乖離しない様に最善を尽くすけど・・・、君の名前は?」
「名前?」
「そう、名前。或いはラベルとか名札とか。とにかく君が君と自覚できるもの。それが君と肉体を繋ぐ鍵になる。流石に私も名前のない肉の塊を見て君とイメージは出来ないからね。」
「・・・、知らない。いかないで。一人にしないで。」
「それは無理かな?ここは君の中で私は異物なんだ。今は良くてもいずれじゃまになる。それに、私にも帰る場所や待っている人がいる。」
「・・・、ここから出たくない。怖いのはなくなったけど、外は怖い。」
「そうだね。外は怖いし面倒な事も多いし、再誕して復活してもやっぱりそれは変わらない。」
「なら、ここにいよ?」
「誰かがするであろう仕事の誰かとは、自分で有っても問題ない。他の誰でも良かったんだろうけど、ゲートについての仕事は私の仕事なんだよ。誰でもない私自身のね。だからここにはいられない。モンスターが怖くとも先に進むし、ゲートがある限りは仕事を投げ出せない。」
「・・・、外にクロエはいる?」
「いる。他に妻や君を診断した医者や、胡散臭い政治家や生徒だった人もいる。いや、加納は生徒でいいのか?一応私は助言役だったけど。まぁ、何にせよ君の無事を祈る人は多い。私も含めてね。」
「・・・。」
長い沈黙はどれくらい続いただろう?一瞬かもしれないし、或いは半日か数日か・・・。膝を立てて座り込んでしまったのでその横に一緒に座る。仮称カチューシャと呼んでいたので、無理やりカチューシャとして再誕させてしまってもいいのだろうが、それだとラベルとか中身の不一致が起きそうだしなぁ・・・。
逆に現実世界で名が判明しても本人がソレを受け入れない可能性もある。中二病ではないが、例えばこの子が自身をアナスタシア・ニコラエヴナ・ロマノヴァと第4皇女を名乗ったとしても、ここは彼女の世界なのでそれが正解。よくも悪くも名前とは本人を表すものなので、赤子でもない限り本人が納得しない事にはなぁ・・・。
「まだ痛む?」
「今は分からない。」
「分からない・・・、痛みを認識出来ない?もしかしてタイムリミットがかなり近づいている?」
(外どんな感じ?)
(おや?そのまま看取るつもりじゃなかったの?座り込んだから2人して諦めたと思ってた。)
(お前が俺に説教するなら、俺もお前に説教する。たん瘤は覚悟しろよ?)
お前達からすれば原生生物一体が死んだとしか思わないだろうが、関わった俺からすればここでみすみす殺してしまっていいものじゃないんだよ!結合体の寿命は分からないが、精神が良くなっても身体が死んだら意味ないだろう!
(これは賢者が悪いわね。ココまでコストを割いたのに放り出すのは非効率よ。イメージして作るなら早くなさい?チョーカーにして外せない分、結合が進んでるわ。このままなら、正真正銘のゴミね。)
魔女の言うゴミ・・・。大人しくしていればいいモンスターが、今度は現実的に侵食してきたと。その場合少女の精神を持ったゴミになる?いや、囚われて自由のない勝手に動く身体か。流石にそれは駄目だ。いくら内情を知っていてもモンスターとして処理するしかなくなる。
「時間がない。このままだと取り返しのつかない事になる。酷な様だが選んでほしい。このままここに残り現実世界ではモンスターとして死ぬか・・・。」
「いや!」
「名前を私に伝えて現実世界で人として生きるか。」
「それは・・・、何で私!?いつも寒かった!いいことなんて何もなかった!お腹が空いて何時も1人で!・・・、私は1人だった?何で1人だった?薄暗い中で私は・・・?誰?」
「誰って・・・、私は君の名を知らない。もしかしてそこまで忘れてしまった・・・?」
かなりまずいんじゃないか?自分が誰か認識出来ないのではどう取り繕おうと不和が出る。それこそ誰かに名を呼ばれたとしても自身と認識出来ない可能性も・・・。何か手はないか?時間がないから無理やり無理やり押し込める?外見は少なくとも本人のイメージだ。なら、それを元とした名無しの権兵衛なら・・・、ダメだ。それだと名前のない誰かでしかない。
ここに残っているものは本人と臼と異物の俺・・・。そうか、忘れたなら思い出させればいいのか。触れて母の腕の中を思い浮かべる事もあった。なら、その時名を呼ばれているはずだ。少女が頭を抱えているが、あんまりやるとポロリと取れそうだ。
「よく聞いて欲しい。名前を思い出す方法を試すけど・・・、貧相な身体とクソ下手な歌でも我慢して欲しい。そして、君はあの臼を見ながら挽く事。」
「え?」
立ち上がり少女の頭を抱き口を開く。カラオケで歌ったけどそんなに上手くはない。ただ、機械はぶっ壊れているのか高得点を出していた。なら、自信をもって歌えばそれっぽく聞こえるだろう。臼も少女の手元に来たし、臼はなかったにしても最初の記憶とかなり似ていると思う。
「ラースツヴィターリ ヤーブラニ イ グルーシ パプルィーリ トゥマヌイ ナドリェコーイ ヴィハジーラ ナビェリェーグ カチューシャ・・・。」
元は軍歌だが変にハキハキせずにゆるゆると。記憶に触れてこの子が聞いたであろう感じにテンポを合わせて静かに優しく。臼を挽くゴリゴリと言う音は次第に静かになりつつあるが、大丈夫か?忘れるものがなくなって静かなわけじゃないよな?
「・・・、・・・、ソフィア・・・。」
「ソフィア・・・、が君の名なんだね。」
「多分・・・、そう呼ばれた気がする。」
「なるほど、そう呼ばれたなら君はソフィアだ。きっと呼んだのは君の・・・、ソフィアの母さんだから。これから君の身体を元に戻す。起きるのはゆっくりでいい。あまり寝坊助になられると困るけど、準備ができたら目覚めるといい。じゃあ、また後で!」
「・・・て!」
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「結合解除!」
「はい!」
「うおっ!」
「どうなったんですかな!?」
「新しいボルシチ・・・、モンスター!?」
「加納!モンスターの処理は任せた!」
阿吽の呼吸とはまさにこの事。解除の呼び掛けに妻は応えモンスターを引っ剥がす。かなり深く結合したのか解除されればほとんどソフィアの身体が残っていない。だからこそ、復活ではなく再誕なのだ。どれほどボロボロだろうと、どれほど傷ついていようと、元の姿と違っていようともソフィアはソフィアとして自身を形作った。
俺がやるのはその新たなソフィアを生み出す事。材料はある。経験もある。なら、より強くイメージして今見ていた少女を思い描く!
「はじめに言葉があった。名を呼ぶ言葉が・・・。
名により隔たりは生まれ、煙より姿を形作る。
手は手に、足は足に・・・。人は人には・・・。
閉じられた瞳はいずれ開く。閉じられた口はいずれ話す。
自己のイメージをした自身よ・・・。
私は君の名を呼ぼう・・・、ソフィア。
それが君の名であり、君の持つ隔たりだ。」




