361話 妻と潜ろう 後 挿絵あり
大遅刻です
このモンスターは何で出来ているのだろう?いや、そもそも生け捕り不可能なモンスターを研究しようとしても無理か。米国では手足をもぎ取って核を試したと聞いたが、それをする為に払ったスィーパーの命は少なくないと言う。文字通り人の血で書いたデータだが、それを活用出来るのかと問われれば大いに悩む。
素材としてならまだ活躍は出来るが手懐けられないからモンスターはモンスターなのであって、仮にボールを追ってバウンドするモンスターが人に懐くならそれは愛玩モンスターである。まぁ、見た目が悪いので捕まえたとしても殺処分かな?そこに愛はあるんか?と問われたならゴキブリと添い寝してから出直して来いと返す。多分、そんな嫌悪感。
「追っかけましょう!ボールと一緒に弾んで行っちゃう!」
「待った。」
斜め後ろにいた妻がモンスターを追っかけて走り出そうと前に出るが手を引いて止める。青山がボールを何個もくれた理由が分かった。アレは釣り餌だ。珍しいと言う程でもないがあのモンスターは群れ単位でいる様だ。
「どうしたの?追わないの?」
「上にまだいる。多分ボール1つで一体反応したら、その他は待機するんだろう。試しにボールを何個か投げてみて。」
そう言うと妻がボールを何個か取り出して投げるとボトボトとモンスターが降ってきた。視覚はないのかな?珍しいと言うか、大概のモンスターは概ね人の五感に対応するものがあった様に思うし、下手をすると第六感で反応しているんじゃないかと言うのもいる。
ただ弾んだボールに反応したと言う事は熱感知はない。物体の大きさを把握するエコーロケーションなんかも出来ない。代わりにべらぼうに振動に敏感ではありそうだ。ただ、その振動で物体の重量や大きさは把握できない。だってボールを追っかけて行って俺達は取り残されてるし。
「アレで全部?」
「ああ、探った感じアレで全部。奥でカツカツ音がするから弾み終わったボールを砕いてるんじゃないかな?」
「モンスターって人ばっかり襲ってるイメージあったけど、あんなボールにも反応するのね。」
「割とモンスターは人以外にも反応するよ。中層では空飛ぶ魚をムカデが食おうと飛び出して来る事もあったし、そうでなくともモンスターはクリスタルを取り込もうとして他のモンスターを襲ったりもする。」
「なら、ボールにクリスタル詰めて投げれば囮ね。」
「妙案ではあるけどクリスタル取り込むとモンスターは強くなる。ボールが回収出来ないリスクを考えるとちょっとまずいかな。」
配信なんかでもたまにクリスタルを囮にする事は言及されるが、最後の1言は必ず非推奨で締めくくられる。それでもそれが守られているかは分からないし、自身の命が危ない時なら藁にも縋る思いだろう。俺達だってゲート内で戦えば全てのクリスタルを回収出来てるとは言えないし、大群相手なら取りこぼしもそれなりにある。ただ、厄介なのは箱回収目的のサバイバーとか。
出土品の傾向とでも言えばいいのか、最初の配信で言った通り良い物ほど奥で出やすい。なので実力はないが稼ぎたい人はサバイバーだけとは言わず、クリスタルの囮を使って奥へ行こうとする。そして当然使った囮は回収しない。なのでモンスターは強化されるし、倒すべきスィーパーが訪れるまでは進化し続けモンスターも奥を目指す。
つまり奥に行った人達が負債を被る事になってしまう訳だが、クリスタルを取り込んで強化されたからと言ってモンスターもすぐには奥へは行かない。そうなると何でこんな所にこんな強いモンスターが!と、なる訳である。ゲート内は自己責任だが流石に自分のケツを他人に拭かせるのも違うだろうし、実力なく奥へ行けば待つのは高確率の死。
まぁ、運良くがっぽり稼いでそのまま引退して慎ましやかな生活出来ればいいが、一度上がった生活水準を落とすのは中々難しい。結果としてそんな人は再度ゲートを旅する事になるが、早々何度も上手く行く訳もなく自身の育てたモンスターに殺されるのが落ちだろう。ゲート内は広いのであくまで確率論だが・・・。
「中々上手くいかないわね。さっ、追いかけましょう。」
「そうしよう。また天井に張り付かれても面倒だ。」
2人で走って行くと程なくして床を叩くモンスターが見え、こちらに気づく前に写真を撮ってさっさと倒す。不思議なのは妻が使う銃にも反応しないので空気振動も感知していない?ただ、一歩踏み出した時に振り返ったので物体を伝う振動にやたらと敏感なのかも。そう考えると今回は先制出来てよかったな。
あのまま気付かず歩いていたら最悪頭から真っ二つだっただろう。写真のフラッシュにも反応は皆無で、コイツの特性を考えるなら待ち伏せ奇襲特化型とかだな。取り敢えず観察した限りだとゴムボールが手っ取り早い対策方法か。
「何度見てもモンスターが消えていくのは不思議ね。そして残るこれも。」
そう言って妻がクリスタルを持ち上げる。確かに不思議といえば不思議か。コイツだけはモンスターを倒しても残るし残置実験しても消えない。一説にはスィーパーのする固定処理よりも高度な固定処理がされていると言う見解だったが、今はほとんどの人が売り物か電池としか見ていない。
特性を研究されて最初は発電機から始まり今では大規模発電施設も作られている。まぁ、大規模といっても従来の発電所の半分以下の施設規模ですむし、発電会社は人員整理で忙しい。原発もどんどん消えていっているし溢れた人はどうするんだろうか?
「モンスターも見つけたし先を急ごう。」
「そうね、下に行くのはスキップ出来るけどまだ調査するんでしょう?」
「あぁ、見た事ないのが増えたから出来れば一通りね。用事があるなら先に一度退出するかい?」
「ううん、潜る機会少ないから出来る時にしとかないとね。」
そう妻と話し進む。ただ、あまり不在にも出来ないので5階層に降りそこそこのモンスターを狩るばかり。地味に豚鼻がこの辺りをうろついてる辺り進化出来ずに取り残されたか、或いは新たに廃棄されたかだな。若干この辺りも難易度が上がったと見える。
妻との連携はそこそこ良く、俺が拘束し妻が射撃で仕留めると言うサイクルが繰り返される。止まっている的なので射撃がどんどん当たり得意げに笑う妻に釘を差し次のセーフスペースに行くか提出かと言う所。脱出アイテムもあるので妻と話し少しセーフスペースで休憩してから帰ろうと言う話になった。
「ふ〜、年取った身体には辛い道のりでした。はいお茶。」
妻がお茶をついでくれて一休み。茶菓子はチョコだが疲れた身体に甘いものは嬉しい。適当に木の近くに座って辺りを見るが、不気味な馬が2頭いるだけでとても静かだ。
「いやいや、そのスーツ結構アシスト効いてるだろ?年と言っても俺の実年齢より若いし・・・。いや、ごめん。」
「ふふっ、いいわよ。貴方は年上で頼れる夫。私は年下で包みこんでもらう妻ですから。ただ、そろそろ四捨五入って言葉に殺意が湧く歳ね・・・。」
「その割には若々しく見えるけど?一緒に行くって言ったエステに先に行った?」
「違うわよ。私も救護長なんてものになったから医学書とか読んでみて、そこそこ色々調べたら若く見える秘訣とかあるじゃない。それを試してみたの。」
確かに講習会でも小田が痩せたり若く見せたりする方法を職で模索していたな。悪玉菌を結合して排泄して肌をキレイにしたり、コラーゲンをどんどん結合してみたり。考え方的には自分で人体実験をやっているような物だが、俺も勝手に捧げてしまったので他の人の身体の取り扱いに口を出せない。
「健康で何より。人の寿命は不確定だけど、少なくとも事故とかに合わない限りは長生き出来る。」
・・・Расцв・・・。
「そうね、定年したらどこか行きましょうか?海外は英語がダメだし北海道とか沖縄とか?貴方言ってたわよね?冬の北海道に夏の沖縄って。」
・・・груши・・・。
「海が好きだからね。スキューバダイビングして亀と泳いだり珊瑚見たりしたいなぁ〜。前は会社でも夏は海に同僚と行ってたし。ギルドの砂浜から潜るのもありかな?装備なくてもシュノーケリングとかでもいいし。」
全く無くても死なないし、フリーダイビングしたなら重りがあれば海底まで行ける。水圧は多分大丈夫だし、呼吸なくても大丈夫だからなぁ〜・・・。ズルだけどギネスが狙える。
・・・Поплыли・・・。
「私はおばさんだから派手な水着は似合わないし、日焼け対策でウエットスーツ装備で泳ごうかしら。」
「・・・、海で見られないなら2人の時に見せて欲しいな〜。」
「気が向いたらね。・・・、さっきら何か聞こえない?」
「やっぱり君もそう思う?空耳だと思って無視してたけど。」
少なくともコードじゃないし、モンスターの叫びとも違う。どこかで聞いた事あるけどよく分からない、消えてしまうくらい小さな声で途切れ途切れの声。う〜ん・・・、なんだったかなぁ〜。感覚的に歌っぽいんだけど・・・。
・・・Выходила・・・
「なんて言ってるか分かる?」
「日本語は違うし英語も違う。中国語やドイツ語とも響きが違う。リッヒとかその辺りも言ってないっぽいし。」
「取り敢えず探してみる?」
さてなんだろうなぁ〜。多分聞いたとすればアニメとか?外国語で歌うアニメってなんか見たっけ?う〜ん・・・、そこそこ歌手目指すアニメとか見たけど全部英語って言うか外国語で歌うアニメってなんだろう?挿入歌とか?
・・・Катюша・・・
「莉菜、さっきの聞こえた?」
「カトゥーシ?ガトゥーチェ?なんかそんな響きなような・・・。望田さんがいたら分かったかもしれないけど。」
カトゥーシ・・・、なんか似た響きの曲ってあった?音を頼りに探して回る。静かな分響くのか中々見当たらないが、その間に記憶をたぐる。誰かがカラオケで歌った?いや、洋曲は誰も入れなかったな。そうなると街で聞いたかアニメか・・・。カトゥーシ・・・、カトゥーチェ・・・カトゥー・・・、カトゥーじゃない?似た響きだと・・・、カチューシャ?それなら確かロシア民謡であるしアニメで聞いたな。いい戦車アニメだった。
「貴方アレ!」
「下がって!モンスターか!!」
「берег крутой・・・。」
それは倒れ伏す躯の様なモンスター・・・。端的とは言え人語を話す化け物。これは危険だ人をおびき寄せるにしても、こちらより先に人語を理解すると言う知能があるだけで危険だ!潰そう!跡形もなく殺そう。消して砕いてクリスタルも触りたくないから消し尽くして、それでも足りない、まだ足りない。存在を否定し、在り方を否定し・・・。
「待って!」




