360話 頭上注意 挿絵あり
明くる日、望田は昨日の夜に帰って来て離れで寝ていた。旅の疲れと言うか飛行機で2時間、そこから車で約1時間とそこそこ時間を食うのだが朝から元気にしていたので大丈夫だろう。向こうでは休みの間にお世話になった施設に顔を出したり、エマや清水達と遊んだりと休みを満喫した様だ。
土産話と言うか、望田のいた施設にもR・U・Rが配置されゲーム機感覚で扱って遊ぶ子は多くいるらしく、変な話だがR・U・R使い放題と言うだけで施設外の子が羨ましがるとか。まだこちらの施設に導入されたと聞いていないが、そのうち導入されればそんな光景も見られるのかな?
中々施設に住んでいる子の所に遊びに行くと言うのはハードルが高いが、これをきっかけに友達が出来たりスィーパーからも多少の寄付があるといいな。実際両親のどちらかがスィーパーでお亡くなりになり、片親で生活するも困窮すると残りの親もスィーパーへ・・・。そんな人もいるのでギルドの託児所には子供は多いし、残念な事にその方も亡くなると施設へと言う流れもある。
働き方改革で外の仕事に目を向ける人も多いが、人の事情はそれぞれ。スィーパーで儲けていて家を買った途端になんて人もいるので、ギルド側として潜るなモンスターと戦うなと言わない代わりに貯金しろとは言っている。
まぁ、スィーパーの買い物はほどんどがローンではなく一括支払いの所が多いので、そこまでぐだぐだになる事は少ないがゼロではない。特に兼業でやってる人なんかは頭金を現金で入れて残りの返済を繰り越そうと頑張る人は多い。政府は金貨減らして薬増やして欲しいと言っていたが、仮にそれを交渉するなら慎重に話さないと51層以降でしか金貨が出ないなんて事もありえる。
少なくともスィーパーは今の所ガンガン経済を回しているので、金貨の出土がそんな状況になるとかなりやばい。政府としては・・・。いや、日本だけではなく海外としてはどう考えているのだろう?今の状態から出土品を変えるのはかなり混乱を呼びそうだな・・・。う〜ん、全体の1%金貨を減らしてその1%を薬に回すとか?
金ピカ鎧はいらないが、基盤なんかで使う金は純度が上がったせいか最近の家電は電力消費ロスは少ないと言うし、発電所も火力やら原子力やらはどんどん閉鎖されて、代わりに出土品やらリアクター使った物が増えている。話を聞く限りだとかなりエコらしいが・・・。
「2人で潜るって大丈夫ですか?莉菜さんはそこまで戦闘経験が・・・。」
「ほとんどないわね。職を取りに入った時、ラボの場所を教えてもらった時。後は・・・、救護所立ち上げた時に薬がほとんど無くって5階層までを何人かでおっかなびっくり潜ったくらいかしら?私の武器って包帯見たいな物だから拘束するのは得意よ?」
昨日帰って見せてもらったが包帯と言うかメジャー?妻曰く大体30m程度伸びてモンスターに巻き付けたり、止血帯として使ったりと割と色々出来るとか。50cmくらいで本人の意志で切り離しも出来るので傷口に巻き付けて治療も出来れば、欠損した腕や足が持ち込まれた時も固定して1人で結合も出来るとか。
あんまり箱から出ないらしいが、結構当たり武器ではないのだろうか?切り離す関係上持ち逃げとかを危惧するが、1日くらい経つと元の長さに戻るらしい。腕前拝見と興味本位でぐるぐる巻にしてもらったが生地?は割と柔らかかった。その後は妻に寝室に運ばれたが・・・。
「それでもやっぱり私も行った方が・・・。」
「私も入るから大丈夫だなぁ〜。あのイライラする物体をプチッとしてやるなぁ〜。」
「お前は次な。今回は調査も兼ねてるしカオリと私が揃って入れば不安感を煽る。それに初心者枠の莉菜だからこそモンスターに対して実直な感想がもらえるからね。」
危ない事はさせたくないが、初心者の知り合いというのも少ない。平日なので兼業の人は会社だろうし、ギルドクエストとするにも情報がなぁ・・・。雄二の所みたいに情報交換兼旅の思い出ノートを作ろうかな?ついでにスタンプが何か置いておけば、そこそこ記入率は上がりそうだし。
そんな話をしながらギルドに着いて一旦別れる。書類は昨日あらかた片付けたので溜まり具合はそこそこ。神志那からの書類もあるが、奇妙な出土品はなく、新しく発見された物を資源等目録に照らし合わせたら多分これなんじゃないかと言う冊子なんか。相変わらず目録の品名は増えているが、それをいつ発見できるかは分からない。
「量的にそこそこですね。増田さんの所と比べると少ない少ない。」
「昨日あらかた片付けだからね。まぁ、増田さんの所は首都なだけあって人も多ければ対応する事例も多い。それに、扱う金貨なんかも多いんじゃない?保険料支払とかで。」
「多いと言うか財務省が目を付けていると言うか・・・。ギルドの運営資金って相当集めたじゃないですか?それに保険作って更に集まってるから一部を公的基金としてどこかに使いたいとか。」
「ダメダメ、ギルドのお金は設計図買い取り費用。下手に流用を許可するとすぐにならこれもって話が飛んでくる。多く見えても砂糖と一緒で蟻が持っていけば山はなくなる。」
知ってるぞ?お釣り出さないおかげで財政結構潤ってるの。そうでなくとも出土品の取引に税金かけたり回復薬を他国に売ったりで、かなりの額を国としてぶん回してるの。金銭面に関しては笑いが止まらないと松田が言っていたので儲かってるはずだ。
それにギルドの資金は個人の一存では簡単に動かせないのだよ。稼働ギルドがウチだけならまだ試験運用として給料なんかの割り振りもイジれたが、東京や他のギルドが稼働した以上、自身で集めた資金は別としてギルド運営資金の名目が付くものはギルド関連以外だと本部長裁決が必要になる。
「やっぱりそうなりますよね〜。増田さんを手伝った時にかなり各省庁の人がウロウロしてましたけど、ギルドは金のなる木じゃないって思っちゃいましたよ。」
「まぁ、お金はどんなにあっても邪魔にはならないからね。海外と比べて日本人は貯蓄思考だし。さてと、莉菜の準備が終わるまで書類整理手伝うからちゃっちゃとやろう。それと、青山は何で頭だけ出してこっち見てる?」
「いや・・・!風の噂で俺の補助が悪いって言われたと聞いたので・・・。」
どこを吹いていた風かは知らないが、少なくともクレームがない限りは適切だと思う。妻と話した後に補助者の状況を確認したが棲み分けと言うか、スィーパーとして続ける気がなく職と指輪が欲しい人はこの人とか、ちゃんとモンスターと戦ってこの先もそこそこゲートに潜るならこの人とかの分類があるようだ。
個人としてはちゃんと戦える様になってもらいたいが、事情はそれぞれだし経営者本人がゲートに入り浸る訳にもいかないのでこのスタイルだとか。上がるクレームとしても怪我したとか職に就いたら帰りたいとかが多いので許容範囲内。そもそも疎開で大半は職に就き、今補助者を雇うのは疎開しなかった人達や新しく16歳になる子供とか。それでも知り合いの紹介とか先に入った人に話を聞いているのでクレームは少ない。
「大丈夫、お前はよくやっているよ。少なくとも対応の悪い補助者が人気な訳はないし、命を預ける分慎重になる。そんな中でも依頼が絶えないなら実力以外の何物でもない。これからも頑張って欲しい。」
「俺はクロエさんの役に立ててるぞーーーー!!!!」
「叫ばんでいい!と、そう言えば1〜5階層で最近変わった事はないか?大怪我する人が増えてるって聞いたが。」
中に入れて座らせたが青山の評価は空の果て。ここで叫ばずに精進しますとかなら可愛げのある後輩(?)でいいのだが、なんと言うか手がかかる。まぁ、それでもだいぶまともで落ち着きは出てきたと思うが・・・。
「変わった事・・・、16歳で就職の為に職に就こうって子はそこそこ多いです。モンスター関連だとナマモノっぽいモノは増えましたね。前は真正面から攻めてくるのが多かったですけど最近は天井這って来たりとか。」
新人と頭上からの奇襲。最初の5階層を通り過ぎて6〜15下層をウロウロしているスィーパーからすれば、頭上は星屑の空なので飛行型のモンスターを警戒する事はあっても、静かに這い寄ってくると言うのは想定外かも。
「攻撃方法は?」
「ボトッと落ちて来ながら斬り裂いたりですね。アレです、ギロチンの刃が降ってきてそのまま斬り裂かれて、地面に落ちたらそのままボールみたいに跳ねながら襲いかかってくる的な。ビームとかは見た事が無いです。」
「下にいたパチンコ玉がせり上がって来た感じか・・・。アレはアレで浮遊するわビーム撃ったり変形したりだ面倒だったけど、マイナーチェンジして飛ばない代わりに密閉空間での戦闘に特化したとか?対処法も考えないとな・・・。」
「あっ!それならこれです!」
青山が出したのはスーパーボール。大きさも様々で一番大きいのはゴルフボールくらいある。スィーパーの力で投げればさぞよく跳ねるだろう。しかし、これで対処出来るのか?人の頭に当たれば気絶はしそうだが・・・。
「このボールって普通のゴムですよね?モンスターには効果ないんじゃ・・・。」
「違いますよ望田さん。モンスターにぶつけるんじゃなくで壁を跳弾させて通過したと誤認させるんです。どうも降ってくる奴は音や何かの接近でコチラを判断してるみたいで人でもボールでも関係ないみたいです。だから、何個か先にボールを投げて囮に使ってから倒します。」
「地面に落ちてもモンスターは跳ね返ってくるんだろ?」
「ええ。ただ先に落ちればモンスターの位置も把握できるし、見えているモンスターなら怖くはないですね。そこまで速くもないですから。俺の場合捜索できるからいいですけど、感知系の能力がない人や未熟な人は結構使ってますよ?よかったらどうぞ。」
そう言いながら青山がボールをくれるのでもらうが、ベテランには良くても初心者にはそこそこ被害の出るモンスターだな。当然と言えば当然なんだろうがこれ以外にもモンスターはいるし、少ない数とは言え砲撃型なんかを相手にしつつ頭上を気にして戦っていれば初心者には被害も出やすい。
特に攻撃方式が打撃やビームではなく、斬撃系と言う事はダメージを貰えば確実に出血する。殴られてもアザになってないなら見ても大丈夫。ビームは当たった周囲が焼けるので出血は少ない。だが、斬撃となると腕の良い治癒師がいればすぐに結合でくっつくが、いない場合は出血多量に視覚的な不安感にといい事がない。アドレナリンは出まくるのでその時はいいが、動き続ければ出血多量で死ぬしな。
「カオリ、さっきのモンスターのデータ他のギルドも含めて集めて受け付けで新人含めて注意喚起ね。下に行ったモンスターがいたら更にヤバい進化してるかも。」
「了解です。早急に対処しましょう。」
「あら?取込み中だったかしら?」
声がしたので扉の方を見ると妻がいた。時計を見ると10時半か。割と話し込んでしまったようだ。ただ、これからもゲートに入るにしても闇雲にモンスターを探す訳ではなくある程度の指針は出来たかな?跳ね回るモンスターをとっ捕まえるのはそこそこリスクがあるが、幸い対処法もあるし油断しなければ大丈夫かな?
「いや、大丈夫。ちょっと情報共有してから行こうか。それで厳しいと思うなら今回は私だけで行くよ。」
妻も交えてさっきの奇襲型モンスターの話をするが、妻の言う大怪我とそこそこ酷似する状態かな。砲撃型なら頭のイソギンチャクで斬りつけてくるが、主体はビーム砲なので斬撃と言うよりは貫通だし、絶滅しそうな三つ目は槍を使うが油断しなければそこそこ厳しい相手でもない。
実際開通初期でも評価としては近付かなければ大丈夫と言われていたし。だが、中には砲撃型食ったのか盾やら背面の隠し腕がビーム砲になったものやらもいるので、素体なら確実に狩れとは言われていた。
「上からの奇襲・・・。うん、行きましょう。」
「大丈夫か?」
「ロボテックスーツだったかしら?アレもあるし、私もスィーパーなの。貴女や望田さんみたいに強くないから逃げる時は逃げる。でも、怪我した人を治す以上その原因を見ないとね。」
「分かったけど危ないからゲート内では私の後ろね。」
情報交換を済ませて部屋を出て手を繋ぎゲートの中へ。今ではほとんど来る事のなくなった1階層は相変わらず石っぽい壁で作られ、天井もそこそこ高くどこかひんやりした様な印象を受ける。そう言えば奇襲型の大きさは聞かなかったな。
話を聞いた感じスライムっぽい奴でいいのだろうか?ボトッと落ちると言うなら多分そんな感じだろうと思ったが・・・。それよりも妻のロボテックスーツの方が気になる。
「えっと、その背中の何?」
「これ?剣士の剣を加工してコーティングしたものよ?ガンブレードで普段は脇の下から前に出して射撃したり、邪魔なら背中にマウントして放熱板みたいにするんだって。治癒のお礼に色々貰って鍛冶師の御手洗さんに渡してたら作ってくれたの。」
「買ったんじゃなくて完全オーダーメイドか。御手洗さんも忙しいのによく作ってくれたね。」
ギルド専属鍛冶師の御手洗さん。頑固一徹、元は下町工場の作業長で経営不振だった工場を立て直す為にお金が必要とゲートに入り、鍛冶師の職に就いて政府に囲われ、その間に工場経営者が首が回らなくなり工場を畳んでしまったので大分へ奥さんと移住。息子さんは東京で働いていて荒事は苦手でペーパースィーパーらしい。たまにギルドで飲んで前の工場経営者の事を愚痴っている。
息子が弟子入するならこの人になるが、昔ながらの職人なので口は悪いし手は出るしなので、腕は良いが下手にスーツを壊して持ち込むと命を大事にしろと怒られる。まぁ、言っている内容は最もなので誰も文句は返せない。
「大本はあったからそれのリサイズとかがメインよ?貴方の事を話したらおそろいにしてやるって、頭の部分は白い糸を重ねて涼しさと打撃や斬撃に強くしてくれたんだって。」
「なるほど、それなら大丈夫なのかな?まぁ、後ろからついてきて。」
キセルを取り出しプカリ。今回は魔女達も騒がないし最初の箱を開けても数枚の金貨とロッドだけ。前よりも生物っぽいフォルムのモンスターが増えているが、脅威かと聞かれると迷う。
確かにビームも撃ってくるし噛み付こうと突進してくるが、下のモンスターと比べるのは烏滸がましいな。魔法でグジャリと潰す事も出来れば煙で防ぐ事も出来る。視えている限りは後ろには通さんよ。
「ボール投げてみる?」
「見た感じここにはいないから、もう少し先で試そう。なんか気づいた事ある?」
「たまに歯型みたいなのがついた人が来てたけど、多分さっきのモンスターよね?下手をするとお肉がごっそり持っていかれるから倒せるなら倒しましょう。」
そう言いながら妻が引き金を引き飛んでくるモンスターを撃っている。割と射撃の腕がいいな。と、言うか弾をモンスターに結合でもしているのか面白い様に当たっている。そんな援護射撃を見つつモンスターを俺が倒すから妻が撃つにシフトチェンジして進むが中々お目当てのモンスターは出て来ないな。
「こうして2人で歩くのって何時ぶりかしら?」
「しみじみ言ってるけどこの前近くのスーパーに2人で歩い行ったし、その前もパンクした自転車を修理しに行ったろ?」
「そうだけど、ほら。外だと常に人目があるじゃない。」
顔は見えないが妻がクスッと笑ったような感じがした。確かに2人でいても俺1人でも人の視線はあるな。特に家の周りはいいとしても少し足を伸ばすと妻の顔も覚えられて、なら近くに俺がいるのではとキョロキョロする人がいる。芸能人ではないが有名人。面倒な事だ。
「やっぱり窮屈かい?」
「最初のうちはジロジロ見られてこっち見んなー!って思ったけど、今は大丈夫かな?貴方がいてその奥さんとして私が認知されて、ここまですれば貴方を奪おうって人はいないでしょ?」
「もしかしてだけど精力的に動き回ったのって・・・。」
「貴方の力になりたかったのは本当よ?でも方法は救護所以外にも色々あったかな?だけど、私は救護所を作る事を選んだ。人が生きるなら打算なんて沢山あるじゃない。なら、その打算が人の為になるなら偽善でもいいと思うって、どうしたの私の方向いて。」
「君の事が好きだけど更に好きになった。」
偽善的な事を悪い様に言う人も多いが、行動を起こして失敗するのと何もせずに見捨てるのはどちらがいいのだろう?少なくとも俺は行動を起こした方がいいと思う。人間に間違うなと言うのは無理だし、結果次第では偽善や打算と取られるかもしれないが、それさえしない人に批判する資格はない。
妻は打算的に救護所を開き偽善的に人を助けたかも知れないが、それで救われた人は確かにいるし、今もギルドでは治療を受けている人もいる。当初の目的が100%の善行でなくともこの行いを誰も批判は出来ないだろう。
「ちょっと、急に恥ずかしいこと言わないでよ。」
「ストップ、ボール投げて。」
おじゃま虫め!歩きながら妻といい雰囲気だったのに天井に何かいる。とりあえず形はスライムじゃないな。そこそこの大きさで赤ん坊くらいか?妻がボールを投げると天井からそいつが降ってきたが・・・、割と気持ち悪いな。
暗黒色の身体に何関節あるか分からない腕。その腕は薄く振り回せば確かに切れそうだ。妻の投げたボールに反応して降ってきた後はバウンドしながらボールを追っている。確かに見えれば倒せる。問題は不意打ちか。
「気持ち悪いわね・・・。」
「同感、写真撮ってさっさと始末しよう。」




