356話 (やべー) 挿絵あり
項垂れる息子を慰めつつ就寝した次の日。朝から出勤して書類仕事をこなす。望田と揃って休んだ分ペーパーベースの書類が溜まっているが、神志那と神近が頑張ってくれたおかげで大量と言う訳でもない。ただ、朝から報告を聞くと神近はこの後法律関係の会議に出席して今日は上りだと言うので、話を聞くメインは神志那となるが彼女も今日は休みの予定なのであんまり拘束しては悪いな。
「要点だけでいいですよ。後は書類に目を通せば分かるんでしょう?」
「分かるけど、タケノコみたいにぽんぽん書類の山が生えるのは勘弁して欲しいにゃあ。神っちと2人で回したけどくたびれたぜ・・・。」
「もう少しすれば多少は楽も出来そうなんですけどね。特に神近さん達はAI導入と、雄二達が進めてる計画が軌道に乗れば余裕は出来るかなぁ・・・。」
「AIはいいとして法律系になんか動かある?」
「休みなんでまた明日でもいいですけど聞きます?」
「茶をシバきながら聞こうかな。この後、休みだけどどうせロボテックスーツを改造したり走り回ったりするだけだし。私はお茶だけどクロニャンはアイスコーヒーでいい?」
「お願いします。」
キセルをプカリ。書類に吹き掛け内容を見るが流石と言うか、鑑定師とスクリプターコンビの書類仕事にミスはない。法律系にしてもウチの専門家が処理したので不正をしようと思って処理しない限りは文句はつけられないし、神志那も確認するので見つかれば訂正されるし、逆もまた然り。互いがストッパーになるので大丈夫だろう。
置いてくれたコーヒーを浮かせて一口。間違いではないが内容確認したいものをピックアップして書類の山から抜き出してまとめながら、片手はキーボードに置き賢者と魔女に内容確認してもらいながら話を聞く。
「雄二、木崎本部長達の発案で弁護士をまるっとギルドの法律家の様な形に育てようと言う動きがあります。」
メール内容的に取り急ぎはなし。結婚式の時の記念写真なんかが送られてきているな。スマホに転送するかコピーするかで迷うが、今回はコピーかな?机に飾ってもいいし。他はギルド稼働予定表の最新版は変更なしか。
「ほ〜、法律家ね。てか、それだけ仕事同時進行して大丈夫?今も書類飛んでるけど。」
「大丈夫ですよ?なんでそんな話になったかと言えば後10年くらいで弁護士と言う職業が消えるから。私個人としては納得出来ましたけど、神志那さんはどうです?」
獣人の多重引き受け・・・、元はペットショプか。そんなに増やして派遣業でも始める気か?世界を見ても獣人は種族として樹立して増えていけるだけの数はいる。今の所ゲートのある所に多く分布しているが原人よろしく・・・、いや。それよりも速い速度で広がるか。原始時代と今では交通網の作りが違う。それこそ費用に目をつぶれば1週間あれば地球のどこへでも行ける。
「法律はなくならないけど弁護する人がいなくなるのか。それの食い扶持作り?」
「概ねそうですね。弁護士改法律アドバイザー。それで改名すれば民間知識アドバイザーとか?何にせよ効率化と土台の法律さえしっかりしてれば、後は人の情緒以外に考慮するものはない。」
「将来16歳以上は殆どスィーパーになる流れだからにゃあ。さっさと司法分離しないと割り食うよ?」
また出土品の研究許可依頼か。Aランク品は今はダメ。松田も時期を見て許可しようかと言う話があるとは言っていたが、条件付けでかなり揉めているらしい。生産系職別で5人か中位1人或いはS鋳物師とS鑑定師。出た案としてはこれで、ベストなのは調合師、装飾師、鍛冶師、造形師を揃えて+1人は研究対象に沿った職を用意する。
確かにこれなら対応幅が広がりそう安全面も研究面も捗るだろうが、造形師はそこまで多くないし初期に政府が鍛冶師を囲ったので、新卒の学生への期待が高まっている。息子はギルドに就職したいと言っていたし、政府やら民間企業との兼ね合い次第かな。働き方改革なら日雇いもOKとかになりそうだし。
「分離したいのは山々なんですけど、現状かなり厳しいんですよね。政府側の姿勢としては出土品の管理はギルドじゃないと厳しいって見解で。確かにゲート出てから行政機関に持って行けと言われたら後回しになって忘れていく。まだ、ゲート出て温泉入ってるうちにある程度の方針くれるから持ち込むって人も多いですからね。」
「確かにぷらっと来て鑑定よろしく〜って言って、風呂に行く人は多い感じだにゃあ・・・。判定機での自己判定も面倒といえば面倒だし、箱開けるのも疲れてたら億劫だからどんどん個人の負債が・・・。はぁ、どっかに金銭に執着薄くてぼちぼち仕事してくれる・・・、獣人使っていい?」
「神志那さんもそこに行き着きました?昨日の話ですがフェリエットと話していて、結婚相手の条件を聞いたら強くてご飯くれる人が1番。つまり、金銭を使って自身で買食いするよりも人から貰う方を好む。」
「ほむほむ。なら金貨出てもネコババしない感じ?」
「絶対ではないですけどね。ただ、人と獣人を天秤に乗せた時にどちらが泥棒するかと問われたら人かなぁと。ラボには獣人もいましたけど指輪は無くて職にも就いていない。つまり、物理的に金貨を隠さないと盗めない。」
「おぉ~、理想的だね。どっかで獣人と管理者揃えて箱明け大会したらかなり儲かりそ〜。と、言うかフェリちゃん結婚するの?獣人の子供の話は聞かないから興味あるけど。」
「本人的には時間かかるからまだいいらしいですよ?」
「クロニャン、それフェリちゃん本人が言った?」
「ええ、本人が直接口にしましたね。人らしい思考になったと驚きましたけど。」
時間と言うモノはかなり曖昧だ。人が時計を作って時間と言う区分に当て嵌めたが昼と夜や地域、或いは季節なんかで変わる。日本にはないがサマータイムのある国もあれば、白夜が続けば昼夜の区別はかなり曖昧。ゲート内でも薄暗い中を歩き続ければ感覚は狂う。それに時計がなくとも昨日や今日、今やさっきなんて言う曖昧な言葉でも表現できるし、共有したければ棒を突き刺して日時計なんて物も作れる。
「それはそうだけど、もしかしてフェリちゃんは0を理解してる?動物として本能的に妊娠から出産までは時間がかるし危ないって本能で理解してるけど、それを差し引いても動物としては繁殖を優先する。そうしないと妊娠できないリスクもあるし相手が見つからない可能性もある。けど、時間を引き合いに出した上で後回しにするって事は、状況分析力が飛躍的に増大して損得の理解も出来る。」
「損得の理解?それは既に出来てるんじゃないですか?ご飯貰ったら耳触らせるとか胸触らせるとか。」
「それはそうなんだけどね、そこで0と言う概念が出てくるのさ!古くはマヤ人が0を使いインド人が数学として確立したものだけど、何も無い事を何も無いと伝える方法って実は0以外に方法がないんだよ。」
「ん?空箱見せて何も無いって言えばいいんじゃないですか?」
空っぽの箱には何も入ってない。なら、それは何も無い事になるんじゃ・・・。いや、それだと駄目だ。箱がある。なら、箱の中には何も無いと言えば・・・、ならそれ以外の所に何かある?数学というより哲学的な思考だが、確かに何も無いを伝えるのは難しい。
例えば晴天の空を指さして何も無いと言おうとも、そこには太陽もあれば空気もある。完全な無と言うのを作り出すのは実質不可能だろう。そこで0が出てくる。0地点、つまりはフラットな始まりは0で現状を示すと認識出来るのなら、そこから哲学も計算も深い理解でやっていける。
神志那がフェリエットを天才と言っていたが、確かにこの短期間でそこまで大まかにでも考えつくなら、人よりもよっぽど頭がいい。後世で猫人の賢者なんたらとか、犬の賢人なんちゃらが出て来てもおかしくない。
「それだとシュレーディンガーの猫になるにゃあ。蓋を閉めればあるかもしれないし、なにもないかもしれない。アインシュタインとボーラどっち?」
「私はベルで。」
「やっぱりこっそり見ちゃうになるよね〜。ただ、いろんな考えがあるけどフェリエットはそれを選ぶ。」
理系猫化した考えがあると言う事か。動物に算数は出来るかも知れないが数学は出来ない。でも、神志那の言う様に0を正確に理解出来れば獣からの脱却も近い。もしかしたら賢者の見立てよりも職に就ける日は近い?
「フェリエットが特殊で取り分け頭が良いと言う可能性は?」
「どうだろうね?数はいても一斉能力テストなんてしてないし、作ったアプリはどんどん使われてるみたいだけど、全員が投げ出さずにやってるかも分かんない。ただ1例されど1例。人の上司が獣人って線は薄いけどねぇ。」
「話を聞く限りだと猫人部長とか誕生しそうですけど?」
人と同等の学力がある。職に就く人よりも強靭な肉体がある。そして、学習速度は人よりも高い。なら、そのうち獣人の作る会社やらが台頭して来てもおかしくない。今まで芸を仕込んできた犬猫に今度は人が仕事を仕込まれると言うのは中々シュールな気もするが、能力社会に突き進むならその点は見過ごせない。
会社が外資系になって新しい上司はフランス人、だけど私は英語出来ない。だから駅前留学を考えて、語学を勉強しなければならないかもしれない。そんな流れと一緒なのかな?その点は日本よりも海外の方がすんなり行きそうだな。なにせ海外だと色んな国の人が上司であり部下になる可能性があるのだから。
「私が引き篭もった理由に似てるかにゃあ?獣人の結婚基準の話でご飯と強さが1番って言ったらしいけど、それって庇護されたいって話でしょう?頭が良くて本能的な分、生きる事に執着はするけど自分から何か作るとかは苦手かも。ただ、モンスターには攻撃性を示すけどね。」
「生きる事に執着・・・。おっ!そう言えば何でモンスターに攻撃性を示すか分かりました?」
他の獣人の観察結果からも多数上がったが、モンスターを見せると攻撃性を示す。例えば人が尻尾を強く握ってもやめろと言う程度で、手を出しても軽くひっかく程度。これはあくまで自衛本能であって、何かを対象として強い攻撃性を示す事はほぼない。そんな獣人達の例外がモンスター。
前に上がった報告ではタペタムがあるという話で、それにより人には見えない何かが見えているのでは?と言う見解になった。実際心霊番組を見ている時にそこじゃないって言ってたし、何かが見えている可能性は高い。
「確定じゃないけどモンスターって色々有害なモノ出してるから、それに反応してるんじゃないかって線が濃厚。犬人も猫人も同じモンスターの映像見せると反応するし、取り分けて何かってよりはモンスターだからって話の方がすんなり納得できるかにやぁ。」
「それって結局分からないって事なんじゃ・・・。」
「猫が虚空を見詰めてひと鳴き。そこには0の空間が広がっているのであったってね。献体を解剖すれば分かるかもだけど、生きた獣人で試すのは嫌でしょ?」
「容認しないですね。科学の発展に犠牲はつきものでも、その犠牲を自ら生まなくていい。」
こっちの書類はノーミスか。あちらの山はさっき見たし、残りはPC内のデータだがそちらもほぼおしまいかな?悔しいが魔女の作る文章は読みやすいしスルスルと頭に入る。何と言うか・・・、必要な改行に文法と分かりやすい表現とか?あるべき所にあるべき文字や説明がある感じ。
この論法で俺に物事を教えてくれればより分かりやすいような、この方法で教えられたら思考方法まで魔女式になる様な・・・。えっ!もしかしてこの文章流してるのって不味い?魔導書とかって読んだら忘れられないとか、頭にこびり着くとか言われたりするけど、仮にこの文章がそう言うモノなら書類じゃなくで魔導書の切れ端にならない?
「恨み買うと怖いからね。猫は祟るって言うしぃ〜。さて、これ以上仕事の邪魔したら悪いしそろそろ走りに行こうかなぁ。」
「いえ、あった書類は全て片付けました。今日は追加も来てないので後は慶弔関係とかの書類作るとかですね。」
「はやっ!あれって私達2人でヒイヒイ言いながら片付けたんだけど!?」
神志那が愕然としているが、スィーパー式仕事術は取り入れていないのだろうか?別に秘伝でも何でもないし、楽をして効率性を追求する為だけの仕事方法なんだが・・・。いや、やった上でその速度とか?確かに人の手は2本しかない。浮いたコーヒーカップを傾けつつ何枚もの書類を読み込みながら、PCを操作すると言うのは結構難しい。
奏江はPC内のデータならいくらでも操作できるが、その反面紙ベースだと手で持って見る必要性はあるし、スクリプターなら一読すれば頭に入るがそこから文章の精査が始まる。なにげに俺は必要に迫られて魔法の無駄遣い的な技能を伸ばしていた?まぁ、賢者と気分屋な魔女が手伝ってくれる分、1人で処理してるわけじゃないしな・・・。
「スィーパー式仕事術をマスターするか、補助ロボットを依頼するかですね。藤さんに言えばペーパー文章を読み上げてくれるロボットくらいなら貸し出してくれるんじゃないですか?それか、そんな出土品を探すか。」
「料理人の腕は試したよ。あれって便利だよね〜、動かなくても代わりに歩いてくれるし、そのまま攻撃にも転じれるし。ただ、料理人じゃないから串焼きとかブツ切りが関の山だけど。」
「戦うならそれでいいんでしょうけど、デスクワークに使うなら要練習ですね。てか、あれって物つまめるんですか?」
なんかぶっ刺したらそのまま美味しく食べられる料理にしてしまいそうな料理人の腕。形も様々で2本腕やら変わった所では柳包丁の様な物が複数付いたモノ、他にも全ての腕が調理器具とかもある。
マグロを解体するのにはいいのだろうが、他に使うには若干不向きかも。ただ、それでモンスターをナマス切りに出来るので武器としてはいいのかな?高槻は豚鼻モンスターを食したと言うし、料理人にとってはモンスターも食材も愛すべき対戦相手なんだろう。
「形状次第とか?私の鑑定師としての武器はメガネだったし、ビームっぽいモノも出るからモンスターも撃てる。突き詰めて行くと武器って遠近中対応出来ればそれまでだしにゃあ。魔術師がノー武器って言うかロッドばかり出るのも、それさえあれば魔法でどうにかなるからでしょう?」
「否定はできませんね。護身具と言う物を考えると下手に長いと取り回しは邪魔になるし、遠距離武器だと今度はそれに頼るし受け止められない。多分、魔術師として上手く魔法が使えるまではそれで身を守れって事でしょう。」
何気に特殊警棒的な分解ロッドは地味に人気がある。当初はリーチもそこまでなく、格闘家や剣士ならそれの武器を使えばいいと言う流れでハズレ扱いだったが、剣士なら小太刀的な扱いもできるし格闘家なら寸鉄の代わりになるとか。
1年前は次はどんな超兵器使ってるか分からないよアインシュタイン先生と考えていたが、何気に棍棒信者は多い様だ。実際力がなくとも技術いらずで、鉄板も切り裂ける刃渡り30cmのナイフと考えたら欲しい人は欲しいし、林業とかの現場では重宝するらしい。
まぁ、それでも憎きダンゴムシなんかはいい音しながら飛んでいく。アレを駆逐出来れば中層のモンスターも少しは柔らかくなる?割とスィーパーからの被害報告でダンゴムシによる骨折被害って上がってくるんだけど・・・。
「う〜ん・・・、クロニャン仕事片付いて暇?」
「今メールを漁った感じお二人のおかげで滞る仕事はなさそうですね。面倒事と言えば、離島や北海道なんかの広大な土地にゲート2つは少ないって話が出てるくらいとか?観光産業でご飯食べてた所ほど次の目玉産業兼観光魅力アップに欲しがってるみたいです。」
リゾートを満喫しつつお金がなくなったらゲートで稼ぐ。そのお金を地域に落として地域住民は潤う。風の噂ではゲート周辺にカジノ作ろうなんて話もあったが、命を質に入れてまでギャンブルしたいかね?
まぁ、お金を稼ぐ理由がそれぞれなら命を賭ける理由もそれぞれ。獣人としてはパチンコ屋はうるさくて駄目らしいけど・・・。好きな人は好きでハマるからね。
「スタンピード考えたら他に渡したいって人も一定数いるんだけどにゃあ。まっ、出土品とかの甘い汁だけ啜ろうとしないからいいのかなぁ〜。と、暇ならR・U・Rで一手指南してくんない?そこそこモンスターとも戦ったし、私も奥に行きたいからね。」
目をキラキラさせているが、R・U・Rで神志那と戦う・・・。言ったら悪いかもしれないが大丈夫だろうか?多少肉は付いたし毎日コツコツ走ったりしている様で、前の栄養剤生活からは脱却しつつあるが、それでもまだまだ厳しいような・・・。
「その〜・・・。」
「あっ!変な言い方になるけどボコボコにしてね。今の私に必要なのはガッツと目標!出来ない事を真正面から受け止めてそれに対する対策を練る。モンスター相手だと下手したら死ぬけど、R・U・Rでボコボコにされるなら死なないし。」
「それってはたから見ると私が職員いびってる事になりません?もっとこう・・・、下位を相手にして段階踏むとか。」
「そこは大丈夫!最近青やんに毎回気絶させられてるから。」
初耳!青山よ・・・、鍛えるのが悪いとは言わないが女性だからもう少し優しくだな・・・。いや、奥を目指すなら男女なんて言うのは些事か。どうしても神志那は出会った当初のイメージのせいか貧弱に思えてしまう。だが、それでも先を目指して進むと言う気持ちを持って鍛えているなら、危ないからやめろとは言えない。なにせ彼女は子供ではない。一人の大人のとしてその決断を下し俺にお願いをしているのだから。
「分かりました。指南と言う程私は神志那さんの戦いを知りません。ですが、こうして戦いを望むと言うならそれなりに勝ち筋はあるのでしょう。一戦やりましょうか。」
「お、おう!」
(やべー、軽くR・U・Rでレクチャーして貰うつもりが、もしかして私死んだ?)
神志那が震えているが武者震いかな?中々熱いハートがあった様だ。なら、全力とは言わないまでも手を抜かずにやるとしよう。




