351話 ラボにて 挿絵あり
「貴方〜、朝よ起きて起きて。ラボ行くんでしょ?」
「後数日はこのまま寝てたい・・・。」
ゲートから帰る間に妻は暑いからと髪を切って元のボブ・ショートに戻ってしまった。長くても切っていても似合うのでいいのだが、やはり髪が短いと首周りが涼しいらしい。
俺も短くしたいが切ったそばから巻き戻るのでショートは無理かな?まぁ、黒髪でないからそこまで光を吸収しないし、心頭滅却すれば火また涼しを地でいけるので髪の事はできるだけ無視しよう。
実際体温を計っても毎回36.5度と変化しないし、夏も冬も変わらない。外で計ったり冷房効かせて計れば変化するが、それは外的要因なので身体自体は何時も一定温度なのだろう。
そんな話をして妻と望田と出勤し、神志那にゲートから持ち帰った樹の実なんかの話を聞きつつゲートに入ってラボへ。神志那は先に斎藤達とズーム会議をしてある程度は話を聞いていたが、それでもラボに行った方が詳しく聞けるらしい。
何気に国が接収したそうにラボをずっと見ているが、渡す気はないと前から話しているので指を銜えて見ているしかないだろう。代わりに横の駐屯地ではたまに爆発音がしたりしているらしいが、装備庁がなにか作って遊んでいるのだろう、多分。
「それで、結局破片って何だかわかりました?」
「私、高槻先生、他の海外の方達がこぞって研究中ですがまだまだ全容はつかめませんね。一部を無理やり粉末化して分析機にかけたりもしましたが・・・。」
ゲートから帰って雑務をこなしてラボへ。先に報告を受けたのかエマ達はそれぞれの仕事に戻り、次のアタックは一旦保留となっている。帰ってまとめた報告書には連名でモンスター調査の事に言及したので、行ける様なら誰かが探すかも。
雄二なんかはギルドがある程度落ち着いたら潜りたいと人員引き上げの件で連絡した時に言っていたし、ギルド稼働に時間のかかるメンバーは上昇アイテムを使い近場の中位とチームで潜ろうかと言う話もあった。
例外的な話をするなら赤峰と井口だろうか?2人共今月末に結婚式を控えているので、わざわざ幸せの絶頂期に命の危険を犯さなくてもよろしい。ならいつ潜ればいいのかと聞かれたら返答に迷うが、子供が生まれてからでも遅くはないんじゃないかな?
「ふ〜む・・・。まぁ人が作ったものじゃないから仕方ないですね。そう言えば鉢植えって厳重保管してますよね?」
「机の上に飾ってますよ。指輪にも入らないし金庫に入れるわけにもいかないから仕方ないですね。やはり鉢植えは中層の?」
「一口に木と言っても葉も違えば形状も違うからなんとも・・・。橘さんから話は聞いていますよね?少なくともゲート外への持ち出しはやめてください。」
「それは大丈夫です!一時期植木に対する問い合わせが酷かったんですよ。やれ人類の未来の為に各国に増やして配れとか、大金を払うから売ってくれとかね。全て蹴りましたが未だに後をたたないんですよね。」
斎藤がやれやれといった感じで話すがネットにアップした関係上、顔も貰った物も割れているのでそういった話は多くあるだろう。ただ、所在だけはゲートの中にさえいれば簡単には割れないので大丈夫だが、外に出られないと言うのはストレスだろう。巻き込んだ手前、必要なら何処かで一緒に外出するかな?
「護衛が必要なら言って下さい、どうにかします。」
「いや、藤君と一緒にウロウロしているんで大丈夫ですよ。それになにか必要なら買ってきてもらったり出来ますからね。どちらかと言えば今が面白いから、邪魔されずにここで研究している方がいいんですよ。」
そう言ってニコニコしているが、壮大な引きこもりだな。どんなに広くともゲート内には多分端もあるし、開放感とストレスフリーだろうがそこから出ないと言うのは引きこもりだと思う。まぁ、その見方をすると人類は地球から離れられない星単位の引きこもりと言えなくもないのだが・・・。
「木と草、後は樹の実はどんな感じです?魚の次くらいには食べやすいですけど。」
「あぁ、アレは半田さんが一部を料理にすると言って持っていって、残りは平等に分配しましたよ。私も一口食べてみましたけど魚の次くらいには歯切れがいいですね。アイスとかに混ぜたりすると更に美味しくなるみたいですよ?」
「果肉入りアイスとかになるんですかね?てか、あれ凍るんですか?」
「どの食材にも言えますが冷凍も出来ますよ?擦り潰してペーストにしても、切ってそのまま冷凍しても解凍した時に水分は殆ど出ずに味も変わらない。何気に樹の実から絞ったら水分が出るというのは新たな発見です。」
「調味料作る会社は歓喜しそうですね。1滴料理に入れるだけでも相当旨味を付け加えられるから。」
「あっ!やっぱり思いついちゃいます?既に社長がその手の販売経路を作ろうと動いてますよ。」
高槻よ・・・、面白そうだからやっているんだろうがそれって人を救う事になるか?まぁ、どの国に行っても必ず旨い料理が食えるならありがたいが、わざわざ研究する程のモノなのだろうか?
「なんで研究してるか不思議な顔してますね。実は草の方の抗菌作用が結構凄いんですよ。」
「抗菌作用?消毒出来るって事ですか?」
「それに近いですね。ちょっと・・・、あったあった。これを見てもらったら分かると思います。」
タブレットを手渡されたので中を読んでみる。グラスなんかのデータも細かに書いてあるが、タイトリングを見ると菌の増殖実験と銘打たれている。内容的にはゲート外の食材をゲートの不気味な草を一緒の密閉容器に入れてどの程度で腐敗するか?と言うと実験をした結果が冒頭に来ている。中々不思議なものでゲートの草が枯れたのに対して食材は長期間腐敗しなかった。
この変化を不思議に思い実験を重ねたり、枯れた草を調べてみると、食材及び容器内の細菌はほぼ死滅状態で腐敗を引き起こす菌そのものが存在できない状態であり、逆に枯れた草は根に位置する人の舌の様な部分に菌袋が形成され、そこに菌が集まっているのだとか。
焼却処分すれば菌が死ぬのかな?それともゲートに投げ込めばいい?どちらにせよ細菌がこうして集められると言うのは中々いい発見ではないだろうか?回復薬のおかげでエボラやエイズなんかも治ってはいるのだが、その原因は依然として漂っている。
一応、発症して回復薬を飲めば免疫も出来るので罹りにくくはなるのだが、未然に防ぐがそれとも発症後に治すかの違いがと言ったところかな?ただ、これで菌を全て除去すると生態系がぶっ壊れるような・・・。
「え〜と、草1本で約10億個?なんですかこの微妙な数字は・・・。明らかに存在する菌と収集率が見合ってないような・・・。いや、それで正解かな?全て除去するなら今度は混合菌による予防接種しないといけなくなるし。」
「分かります?細菌を闇雲に減らせば免疫が弱って今度は今以上に病気にかかりやすくなる。だから、この程度で済んで良かったと思いましょう。ラボではもしもの時の為に病原菌コレクションも行ってますよ?」
「いつの間にここはレベル4のバイオセーフティレベル施設になったんですかねぇ?まぁ、流出しても対処が楽なのは認めますが。」
何気にここの職員って超人的な免疫持ってる?罹患したとしても発症前に回復薬風呂に入って回復して、免疫持ってまた研究してを繰り返せばパーフェクトな免疫がいずれは手に入るかも。そのうちここの職員の血液で血清とか作りそうだなぁ・・・。いや、それを見越してここでウイルスコレクションなんて事をしている?
風土病なんてものもあるし、特定の地域じゃなければその病が発症しない事もある。それを考えると草を使って菌を集めて早期に何が悪いかを調べられれば高槻の言う薬で人を救うに繋がるのか。
「回復薬がどこまで人に対して有効でどこまで回復してくれるのか?永遠の命題らしいですよ?私は医者じゃないのでそちらの方面は詳しくないですけどね。」
「私だってズブの素人ですよ。本職には負けますし、ある知識を元に話す事は出来ても実体験でない分違いは出る。それで、たまに犬人とか猫人がウロウロしてるのも薬関係ですか?」
白衣を着てはしゃいでいる猫人と犬人がたまにウロウロしている。別にゲートに入れては駄目と言う訳では無いが、連れてくるのも大変ならここからいつ出れるかも分からない。まぁ、猫は何もしなくても苦痛は感じないし、犬は走り回れればOKなのかな?
「彼等は言い方は悪いですが職に何時就けるかの実験要員です。ウロウロしているのは、なんの仕事もさせないと暇で仕方ないと言うので雑務を割り振っています。まぁ、ここの特性上、下手に人間を雇い入れる訳にもいかないので渡りに船と言えばそうですね。」
「身寄りのなくなった獣人をギルド職員へと考えていましたが、成る程・・・、確かに人よりもしがらみがない分こういった施設には採用しやすいか。」
人の場合誰々さんならとか、誰々の紹介だからと雇う前から少なからずレッテルが貼られる。しかし、獣人の場合その辺りはフラットだ。何かをさせるにしても頭は悪くないし体力もあるので後は食事にさえ気を付ければ職員にはしやすいのかな?
「これからも獣人の採用って増えます?」
「さぁ?高槻先生次第ですね。」




