349話 思ったよりも・・・ 挿絵あり
「では、単騎で行きます。一応聞こえないと思いますが耳栓は準備して下さい。戦闘が始まって10分後くらいに移動を開始して長引いていれば先にゲートへ入って下さい。私はそれを見届けたら追います。逆に参戦して遅くなればなるほど被害リスクは上がる。」
「それを使わずに全員で仕掛けると言う案は駄目ですか?少なくとも自分達は米国でもそれに該当するモノを相手にしました。」
宮藤の言う事も確かなのだが、被害率を考えるとノーダメでやり過ごせる1人とダメージが出ればそのままロストする可能性のある宮藤達とでは、根本的にダメージコントロールと言う物が変わってくる。扇動する者を使ったとして被害に合うのはモンスターなのでどんどん死んでもらって構わないか、宮藤達までコラテラルダメージを負うのは流石に看過出来ない。
ゲート付近に陣取るのが橘の言う威嚇する1体なら皆でタコ殴りで済むし、何ならやり過ごしてしまえばすむ。しかし、多数というあたり10や20と言う数ではないのだろう。多数のモンスターと乱戦しつつ喋るかもしれないモンスターを相手にする。スタンピードではないので避けられるなら避けたい状況だ。
それに宮藤は俺に貰うかと聞いてきたので、ありがたく1人では貰いに行く言い訳にも出来る。時としてジョークに真面目に答えると、ジョークを言った方が困る事態となるのだよ。冗談が通じないと言われるかもしれないが、それを意図して通じない風にするのだから言い返しも出来る。
「貰うかと聞かれたら独り占めでしょう?楽しく蹂躙してくるので無音映画を見るつもりで観戦していて下さい。」
「惹きつける者で威嚇するモンスターは止まらないのカ?それで止められるなら時間を置かず全員で行けるだろウ?」
「それはまだ試してないんですよね。喋るモンスターって少ないので。1つ面白い事を教えてあげましょうか?」
「面白い事?なんですか?ここで笑えないジョークはよしてくださいよ?」
笑える笑えないは人によるが、男は歓喜するかもなぁ・・・。そう言った対象として見られたくはないが、確かにこの身体は少女のソレでポスターにしても写真集にしても欲しがる人は多いし、ソレで何をしてるかなんて考えたくもないのだが・・・。
まぁ、用途は人それぞれ。買った人に対してアレはするなこれはするなとは言えないし、俺としても若い頃はそういった目で見た事はあった。自然な事なのでそれを嫌悪しても始まらないしねぇ。
「惹きつける者、これをフルパワーで使うとして何が邪魔になると思います?」
「邪魔になるもの?割と無差別に見えますけど何か回避方法があるんですか?」
「回避方法・・・。まぁ、それに該当すると言えば該当するのかなぁ・・・。要は見なければいいんですよ。後ろにいろって言うのは少しでも直視させない為で、髪が好きな人は別としてシルエットに欲情はしないでしょう?最大効果を出すなら真っ裸。何にも身に着けずに生まれたままの姿で使うのが多分、最大効果を叩き出せます。」
対象は人となるしモンスターが黄金比を理解しているかも怪しい。だが、人である俺が考えていくなら包み隠さず全てさらけ出して、何1つ身に付けないのが最上級だろう。隠された方が暴いて見たいと言う心理もあるが、それは襲う前提があるんじゃないかな?悪いが襲って来るなら返り討ちにする所存ではあるが・・・。
そんな話をしたせいが3人とも俺の方をジロジロ見てくる。スィーパーなのでイメージはお手の物なのだろうが、人の裸体を想像するな。ガン見すればいいともチラチラ見ればいいとも言わないが居心地はすこぶる悪い。てか、なんでエマは両手を出して指を動かしているんだろう?イヤらしい手つきではないが・・・。
「橘さん達はそんなに見ない。見ても服は透けません。後、エマの手つきはなに?」
「前に一緒に風呂に入った時に髪を洗ったのを思い出していタ。アレも破壊力はあったガ、アレよりも更に上がるのカ・・・。」
「自分はこの前のサウナですかね?スク水着てた時の・・・。」
「最新の姿を見た宮藤君が若干羨ましいと思う私自身が腹立たしいですが、米国のプールとかですね。と、言うかクロエ。色々大丈夫なんですか?」
後でエマから訴えられないかを心配してるとか?てか、どれくらいの人が俺の元の事を知って覚えているのだろう?過去は改竄されて男だった形跡は入念に消されたし、戸籍も女性になったし何なら出生についても複数のフェイクが入り乱れて、各都道府県にここで産まれたなんて記録があるような事を行っていた。
大分が誕生の地を譲らないので出生だけ増やしたのだろうか?まぁ、名字も名前もそこまで珍しいものではないので、同姓同名が複数いたとしてもおかしくはないのだが・・・。
「私は女性です。その前の事もここにいる人間は全員知っている。」
そう言うと宮藤と橘が顔を見合わせた後にエマの方を向くが、見られたエマは胸を反らしながらドヤ顔で笑顔を返す。なんかドヤ顔する必要あった?申し訳無さがあるのであまり大浴場とかは入らないようにはしているが・・・。
「本人から聞いタ。ゲート内の事なので真実は知らなイ。たダ、見た限りツカサは女性で少女だっタ。それだけの話だろウ?」
「まぁ、知っていて気にしないなら何も言えませんが・・・。気にしてもどうにもならないか。取り敢えず話を戻しますが、クロエが全裸でモンスターと戦うと言う事でいいんですよね?」
「良い訳あるか!使うのはもう1つの扇動する者!何が悲しくてモンスター相手にストリップしないといけないんですか!?鑑定して脳味噌溶けました?」
「いえ、話を総合するならそれが一番強いのかなと。」
「そりゃあ、激しい戦闘なら最後は全裸なんて事もあります。ただ、最初からそれをするわけ無いでしょう!まったく何考えてるんですか!」
本当に何言い出したんだコイツ。いくら極限状態で生存本能が刺激されてもそれはないだろう・・・。話を総合するなら・・・。フルパワー出せないから気を付けてね?とかになるだろう?フェムも橘の足を蹴っているし、宮藤もペコペコしている。エマはエマで興味深そうに橘を見ているが・・・。
「元上司がすいません。後で念入りに再調整して真っ当に動くようにします。」
「君も言う様になりましたね・・・。それで、冗談はさておき単騎で行くのは?」
「変わりなしです。形は人型ですか?それとも獣風?」
「直接見た訳ではないですが獣だと思います。方向はあちらです。」
「了解です。では、行きます!」
木の枝を蹴り宙に飛び出す。そのまま空を蹴り加速に加速を重ねながら口を開く。喋って時間も経ち煙はかなり広まった。なら、それを通して伝えられるだろう。
『来なさい・・・、集いなさい・・・。
聞こえたモノは従いなさい。
私は征く・・・、倒すべきモノの元へ。
共に来るなら視界に入る許可を渡そう。
欲するなら一時の戦う意味を示そう。
さぁ、開戦の時だ!
一切合切有象無象の区別なく、従わぬモノを蹂躙す!』
紡がれた言葉は広がり呼応する様にモンスター達が後を追ってくる。イメージしたのはジャンヌ・ダルク。兵を率いて蹂躙し自身の信じる道を歩いた人。結末は火刑だが、それでもその心臓は焼け残ったと聞いている。
なら、心臓と言わず全身像残る俺にはちょうどいいだろう。1つ違いを言うのなら、付き従うモノの生死は問わない。何せ怪物と怪物をぶつけるのだ、何も残らないならそれでいい。
ただ、思ったよりも煙は自由に広がった様だ。地面が所々隆起し木がなぎ倒され、土煙と共に何十ものムカデが地上に姿を表し我先にと後をついてくる。見る人が見れば俺がモンスターの大群に追われている様に見えるだろう。しかし違う。この状態を引き起こしているのは俺で、追うモンスターの目標は従わないモノ。隔たりはここに現れ、聞き分けのなかったモンスターの弱小な攻撃は波に飲まれるように消え、バラされてクリスタルを残すのみ。
残骸さえ細かく砕かれれば消えていき、それのいた証となるものは後に残されたクリスタルのみだろう。やはりこの能力は醜悪だ。他者を操り死地に強制的に連れて行く死の呼び声。到底人には使いたいものではない。やり方次第では鼓舞として使えるだろうが、熱に浮かされたように闇雲に戦われても困るし集団心理で周りが行くから自分も行くなんて事はして欲しくない。
次のスタンピードで使うにはやはり要練習だろうし、音声を録音されるのも怖いのでやはり禁じ手の一つだろう。本当にどうしようもなく追い詰められたなら使う事に躊躇しないが、その状態というのはほぼ全滅で後がない状態とも言える。
『見えてきた、やって来た。意味を焚べる鉄の釜。
私が望むゲートの確保、アナタが望むは戦う意味。
アタナのいる地は私には危な過ぎる。
だから道を、だから意味を!
周りを平らげ自分を平らげ、全てを平らげなにもなし。
静寂を示しなさい。』
キセルをプカリ。引き連れたモンスターの波は止まらずゲート付近にいたモンスターに次々と襲いかかる。勝負は一瞬。意味も得ずに佇むモンスターは指示され戦う意味を得たモンスター達に初撃を赦し、更に流れる煙はその場にいたモンスターをも巻き込み互いを喰らい合う。
ただ、そんな光景の中で動きもせず、襲いかかってくるモンスターをバラしクリスタルを食うモノが1体。確かに獣と言われれば獣か。クソブサイクな顔に赤黒い身体、爪のような4本の足は鋭くそれが地面を突き刺すように立ち、更に下半身の上の上半身にも巨大な爪を備えている。アラクネ・・・、かな?身体の後ろに糸を出すような部分は見えないし、女性的な部分は皆無だが仮に命名するなら多分そうなる。
「'6uj3:211mr36zmdt」
「興味を引く無意味なゴミ・・・、ね。確かにお前達からすれば私はそう定義出来る。たが、それはお互い様だろう!」
地が爆せる程の踏み込みで最初からトップスピード。クリスタルがどこかわからないならバラす以外ない。上半身と下半身の繋目は見えないし、簡単にへし折れるほど細くもない。遠くでエマ達が見ているかもしれないが、最初から手加減無しで叩き潰させてもらおう!
「十重に二十重に重なった、枷は壊れて姿見せ、茨の道を歩みましょう。」
直接殴ると思ったら大間違い。モンスター直下から抱きしめ合い重なり合ったムカデを出しそのままアラクネを食わせようとする。先制としてはまずまず。飛び跳ねて躱されたが完全回避は出来ずに足1本はもぎ取れた。そのまま食い付こうとのた打ち回るムカデはモンスターに斬り裂かれてバラバラになったが、その程度で引き連れて来たモンスターはいなくならない。
更に小型のモンスターがアラクネを射撃し、木の上からも地中からも追撃の手は緩まない。何より俺も棒立ちではなく攻撃を放つ。ただ、アラクネっぽいなら糸出せよ。何を食ったか知らないがモンスターを溶かす様な液体を吐き出すな。
「汚い口だ。戒めをここに、静寂を心に。唾棄すべきは己の行いと知れ。閉じよ閉じよ、その口を。吐く唾飲み込み内に秘めよ。」
口の様な部分を無理やり煙を糸にして閉じ、これで溶解液は吐けないだろう。ただ、保って数分。爪で切られれば数秒。お得意のビームや弾丸はモンスターを盾にしてやり過ごしすれ違いざまに肩に一撃、煙をまとわせ叩き切るつもりだったが中々硬い。それに上半身は捻れると言う言葉を知らないとばかりに回転しながら巨大な爪で切り裂こうとしてくる。
回避は十分に間に合ったが、ドレスの裾は切り裂かれた。スピードとしては俺の方に分があるのか?余力としてはまだあるので更に速く出来る。問題はどうやってモンスターをバラすか?その点だな。機械的と言うより生物寄りに見えたがその皮膚も硬いと言う事か。
「tpjk3t5!!!!!」
「一丁前に殺意を剥き出しにするか。悪いが私も先を急ぐ!」
カサカサと食われた足を気にする事もなく3本脚で走るが、やはり最初の足1本は大きいな。どの程度の速度が出せたのかは分からないが追う事も追撃も出来る。橘達が追いついているならそのまま見逃す事も考えたがまだ来ていない。なら、やはり叩き潰そう。
「留まるな、留めるな。姿ある限り動け。ここは私の視界の中。視線から逃れぬ限り安息はない。」
跳ねて爪を突き出すモンスターが真横に吹っ飛び木に激突し、体勢を立て直す間も与えず真上へ打ち上げる。多少は軋んだか?このまま押し切らせてくれるならそれまでだが・・・。それに纏わりつく煙は見えていないようだ。俺から視ればアラクネはどっぷりと煙に沈み、投げるも今打ち上げた位置からこうして地面に叩きつける事も出来る。
地表では槍を持った三つ目が数体槍を構え、そのままアラクネを串刺しにし滴る溶解液で全て溶かされたがどうでもいい。有効なのは物理的な切断や打撃か?降り立ったアラクネに周りのモンスターがビームを放つが掻き消され、代わりに実弾は当たる。魔法で押したいが短期決戦を望むなら接近戦か。
引き連れて来たモンスターもここにいたモンスターも、大半は潰し合い残りは少なくなってきている。更に呼び込めるがコイツを倒せばさっさと次に進むのでもういいだろう。
「覆い隠され雲晴れて、見える刃は綺羅びやか。輝く刃の光とは、集まる雷鳴束ねたモノぞ!」
すっとオゾン臭のする中走り出し躱そうとするモンスターをキセルで一閃。袈裟斬りの刃はモンスターを捉え両断する。斬撃後に残心をしろと言うが、その斬撃が縦横無尽に走るならどこで残心を取るのだろう?両断してもクリスタルは見つからなかった。なら更に半分。それでも見つからないなら更に半分、それでもないなら更に・・・。
結局17分割した時にクリスタルの先が見え煙で引きずり出す。顔や身体が痛いと気付き手の甲で拭えばそこからも煙が・・・。考えてみれば串刺しにしたモンスターが溶けたのなら、アラクネの中にはかなりの量の溶解液があったのではなかろうか?
それを気にせず斬りまくったせいで、飛び散った溶液をかなり被ったかな?服も所々溶けて肌が見えているし、身体のあちこちから煙が出ているのは、溶けた側から巻き戻っているから。自分に使う気はなかったゲート産の回復薬の瓶を割り頭から浴びる。
「楽しんだでしょう?意味を。なら、後は最後まで殺し合いなさい。」
残りのモンスターもこれで始末できる。最後の一体は何が残るかは分からないがそれもまた、どこかのモンスターが始末してくれる。結果だけ見ればそこまで意気込むものではなかったし、空間攻撃も飛んでこなかったので実質被害はゼロ。服は溶けたがまぁ、必要経費かなどうせ再生するし。一旦息を整えインカムで通信・・・。これも溶けたか。新しいものをセットして再度通信。多分、声は大丈夫だろう。
「こちらは終わりました。どの地点にいます?」
「近くまで来ています。モンスターは?」
「多分大丈夫です。連れてこれるだけ連れてきましたから。」
待つ間にプカリ。見回す限り動くものは一体のみ。這う様に動くソレをグシャりと踏み潰せばなんの音もしない。眼の前のゲートは次にいざなってくれるが、さてさてどうなるかな?セーフスペースなら嬉しいが潜って見ないと分からない。そうこう考えている内に橘達と合流。
服の破けが気になるのか頻りに見てくるが、戦えば服が破けるのは当然だろう。今回は溶かされもしたし、割とパンクな感じになっているが・・・。
「その〜、着替えないんですか?」
「どうせ次に行けばセーフスペースでない限りまた戦いですよ?何着服を駄目にすればいいかわからないなら、全裸でもない限りは大丈夫です。それに、着ていれば勝手に再生するし、気になるなら煙で繕いましょうか?」
「いや・・・、目のやり場に困ると言うか自然と見てしまうというか・・・。ま、まぁ!クロエがいいならそれでいいですよ、うん!」
「見たくないなら昔の私の写真を思い出しなさい。橘さんと宮藤さんは見て・・・って、なんで耳塞いでいるんですか?」
自慢ではないがそこまで酷い顔たったとは思わない。手を外す様にジェスチャーしても首を横に振るので外す気はないようだ。ここでうだうだやっているとまたモンスターが集まりだすかもしれないのでさっさと次に行くとしよう。
「ご愁傷さまだナ。私は今のクロエしか知らないから無敵ダ。」
「それはそれで羨ましいような過去の秘密を知る数少ない人物として喜ばしいような・・・。ただ、かなりその記憶も薄れて事情聴取の時も今の姿だったんじゃないかと思う様になってきてるんですよね、自分は。橘さんは・・・、スクリプターでしたね・・・。」
「過去を忘れないのも人なら、改ざんするのも人ですよ宮藤君。本人から聞かない限りどんどん改ざんします。因みに、初期の捜査資料やクロエについての資料は全て破棄されかなりの人数記憶処理もされています。」
「まぁ、したいならしてもいいですけど、やるなら一気にして下さい。その方が割り切りやすいって、記憶処理?言葉だけでヤバそうじゃないですかそれ・・・。」
手を外した橘達と話しながら歩くが、知らない所でゲートの奥に行くよりやばい事が進行してない?た、多分同意してされてるんだよね?友人達が危ない薬とかで廃人にされたら流石にキレるぞ?
「大丈夫、大丈夫。」
「一番信用ならない返しが来た・・・。出たらその辺りは詳しく聞くんで答えてくださいね?」
そんな話をしながらゲートを潜る。お馴染みの様にすぐに伏せて周囲を伺うが特に何も飛んでこないし、感知に引っかかるものもないようだ。森である事は変わらないがどうなのだろう?伏せていても仕方ないので立ち上がり周囲を見回す。会いたくないが今だけは三つ目の馬に会いたい気分だ。
どの階層でも走っている彼奴等は、その存在だけでそこがセーフスペースである事を知らせてくれる。橘達も立ち上がったがよく分からないのかあたりを見回している。本当にセーフスペでいいのだろうか?それなら気楽に木登りアスレチックとかしてもいいんだけど・・・。
「何かわかります?」
「取り敢えず馬がいないので索敵しましょう。たまたま空白地帯に出た可能性もあります。」
「そうだナ、ここを一旦拠点とするカ?」
「いえ、木の上に行きましょう。ムカデが怖い。」




