342話 遠回りしてからの帰宅 挿絵あり
「私は正気です。主治医としてクランケの健康を守る義務があるので、その為に入念な検査や触診等を行うだけですな。クロエさん以外の方は怪我をされてましたから。」
正気かと聞いて正気と答える奴は信じない。そもそも高槻はこの身体になる時に居合わせたし、CT画像なんかも見て話し合ったので身体の状態の事は知っている。
「自分も正気です。先生の言う通り3人で戦っていた時に1人で背中を守っていたんです。精神的な負荷も高いでしょうし、背中なんかの自分で見えない所に怪我があるかもしれません。」
宮藤よ・・・、お前は巻き戻りを見ただろう?巻き戻りを見てそれが急所だけだと思うか?全身くまなく元に戻るから怪我なんてないし、あったとしても動ける怪我ならさっきの風呂で治っている。
「私も正気だガ、師の健康は弟子が見なければナ。高槻医師も宮藤も男だろう?女性同士でなければ言いづらい事もあル。それに触診なら私がしよウ。再度風呂・・・。いヤ、シャワー室でくまなく触れてみればいイ。」
エマ、お前は俺が元男だと知っているだろう?男に触られるのがいいとは言わないが、そんなにベタベタ触らなくていい。それに、応急手当は出来ても医者じゃないから分からんだろうし、マッサージ機でブルブルしてたのも見ただろう。
「正気かはしらぬが、型取りして人形を作っていいでござるか?1/100も似ぬ事は分かるが付喪としての本能が作れと叫んでいる。」
何も知らない藤がまともかと問われれば判断に迷う。形作る事を願った職なのだろうが、型取りして人を模して作らなくていいし、下手したら嫁達のパーツをどこか入れ替えるんじゃないだろうな?そうでなくともフェムの事がある。作るなと言ったから作らないと思うが、感性豊かな芸術家に自制の言葉は軽すぎる。
ゴッホだって絵を描く為に酒に溺れたりしてやりたい事をやっているし、その筋の人は追い求めると止まらなくなる。よって型取りは却下だしそもそも風呂上がりにシリコン風呂か、石膏風呂なんかに沈められたくない。
「取り敢えず両肩と両手を放しなさい。」
名残惜しそうに渋々放してくれるしが、瞬きするだけでも嫌なのか開いた瞬間に寂しそうな顔から嬉しそうな顔に変わる。やはり正気を疑うな。言う事は聞いてくれたが下手すると青山を増産する事に・・・。待て、そもそも青山に惹きつける者は効果あるのか?
奉公する者が永続魅了状態と言えなくもないし、魔女の本体の周りをウロウロしているなら、それだけ綺麗なモノを見ているはずだよな?人の美的感覚とこいつ等の美的感覚が一緒の訳はないがどうなのだろう?ただ、剥奪されて魔女に奉公する事しか残っていないなら効果の程は分からないな。ただ、声は聞きたいとか言っていたし何かしらの波長的なモノは受け取っているのかも。
「そのまま動かず気を付け。私はこれから惹きつける者を解除します。撮影してませんね?データを残そうとしてませんね?あるならすぐに消して下さい。」
「消さないと駄目ですかな?うちの会社の保有株10%を残して残りを渡してもよろしいですが。」
「消してください。主治医辞めてもらいますよ?」
高槻が胸ポケットからペンを出して折った後に踏みつけてバラバラにしたが、スパイカメラか何かが仕込んてあったのかな?泣きそうな顔で踏み付けているので後で同型のペンを贈るか。宮藤とエマは何もないのか、そんな高槻に同情を送っている。
「拙者は脳を廃棄した方が良いでござるか?」
「それって記憶まで飛びません?思い出の中くらいはいいですよ。」
サラッと藤が人外発言をしているが、脳の廃棄ってどうするんだろう?まさか取り出した後に新しい脳を嵌め込んで眼の前で脳をミキサーにかけるとか?グロいので勘弁願いたい。しかし、ポスターよりちょっと上でこれだとするとかなり調整は難しいな。
笑顔を引っ込めて惹きつける者としても収まれ〜と念じて多分元に戻ったはず。ただ、後遺症と言うかこれをした後も多少引きずっていたような気もする。何せ引っ込めた後に会った遥も一緒に家に帰ろうとか言っていたし。
「もうないですね?後からコレが・・・とか、実は・・・。なんて話は受け付けません。最悪嫌いになりますよ?」
「宮藤、私は今から服を脱ぐので燃やしてくレ!裸を見られるより嫌われる方がヤダーッ!」
「自分だってお目汚しになるかもしれませんが脱ぎますよ!信頼を得る為に燃やしましょう。嫌われたら嫌ですからね。」
「そこまでしなくてもいい!そこの2人も脱ごうとしない!はぁ〜、精神的にはどうですか?」
問題はそこ。一番の問題は俺の方を気にして戦闘どころではない事なので、この状態で戦えるなら事を有利に運ぶ事も出来るので使わない事もない。でも、危惧した通り俺の方に少しでも意識を割く様なら使わない方向性で行くしかないな。その場合は高級耳栓でも使って扇動の方を練習するか。
「精神的?一番近いのは何でしょうね?感情としては好きとか?愛ではない気がするんですが。」
「好き・・・、好きとは少し違うような感じがしますな。もっとこう・・・、母性の様な勇気のような・・・。守りたい者を見つけた感じですかな?」
「悪い感じではないから戦闘は出来ル。寧ろ、戦闘を早く終わらせて会いたいと思うシ、会うまでは死にたくないと思ウ。」
好きだけど愛じゃない。母性のような勇気のよう、それでいて守りたい。戦うのは大丈夫と言うのは大きな収穫だが、戦闘を焦るような感じではないな。少なくとも会うまで死にたくないと言うなら生きて帰る前提で戦っているはずだ。
人の感情は多面的で愛していても憎む事もあれば、嬉しいのに泣く事もある。今は心が凪いでいてもなにかの拍子に荒れ狂う事だってある。精神操作って平たく言えば洗脳だしなぁ。好きと言う感情だって脳の誤作動やら錯覚と言われるし、一気に燃え上がって落ち着くのは脳内麻薬が早ければ3ヶ月程度で切れるかららしい。
「この感情正に恋ではござらぬか!?会いたくて恋い焦がれ、出会ってしまえば離れたくない。拙者は嫁達を愛しているし、その感情は変わらぬが共に居たいとは思うでござる。」
「なるほど恋ですか。理想として思う分には自由ですしね。」
「脳を調べればPEAやドーパミンがだだ漏れの可能性はありますな。ポジティブな感覚になれるので悪いものではないですが、切れたら多少感情はマイナスになります。仮にそれが出続けるなら、とても明るい人が出るかもしれませんな。」
「はッ!私が米国で寂しかったのはそれが切れていたからカ?いヤ、しかし会いたいという気持ちに変わりはなかったゾ?」
「私を見ながら話を振っても知らないよそんな事。単純に命預けた仲間と離れたからじゃないの?」
そこまで長くはないが、濃厚な日々を過ごした人と離れれば懐かしむ事も寂しいと思うこともある。あるのだが、米国はエマの故郷だし米軍はずっと居た仕事場だろう?まぁ、偉くなって仕事内容は多少変わったかもしれないが、肌に合わないと言う事ははないと思う。
「どうだろうナ?少なくとも米国に居た頃よりはこちらに来て帰った方が穏やかにはなったと思ウ。まァ、モンスターはぶっ殺すに限るガ。」
「う〜ん・・・、少なくともデメリットはない感じ?」
ゼロではない。さり気なくエマが俺の方にタバコを差し出すので貰って吸うが、エマは喫煙者ではない。ついでに言えば俺より早く宮藤が火をつけてくれていたりもする。恋が尽くす事ばかりではなくそれに対する見返りを求める事だと知っている手前、あまり世話を焼かれてもなぁ・・・。
「肩を並べて戦えるなら自分は心強いと思いますね。少なくとも何処かにそう思える人がいると言うのはいいものですよ?」
「それは海道さんでいいのでは?聞いてますよ?最近は海道さんが宮藤さんの世話焼いてるって。」
「世話焼いてると言うか、せびられていると言うか・・・。身元引受人なので一緒に出かけたり食事には行きますよ?ウチにも来て洗濯とかしてくれますし。」
世間一般ではそれを彼女と言ったり世話焼き女房と言う。或いは通い妻とか?海道の気持ちがお礼なのか好意なのかは知らないが、宮藤は堅物っぽいので意識を変える所から始めないと大変そうだ。
ただ、生まれと育ちを考えると『優良物件やし既成事実作った方が早いんとちゃう?』とか言い出しそうでもあるんだよなぁ・・・。まぁ、その辺りは本人達に任せよう。
「人はいいとしてモンスターは実際どうなんダ?中層でも試したんだろウ?」
「微妙・・・、モンスターは勝手にやってくるから1人だと惹き付けなくてもいいしね。あくまでミイラ取りがミイラにならないかが知りたかったけど、中位4人相手にあれならもう少し出力落とさないとな・・・。」
「いやいヤ、高槻医師の言う様にポジティブになるならいいだろウ?」
「エマさん、クロエさんがダメージを負ったら?」
「何があってもそのモンスターを八つ裂きダ!」
「拙者も想像しただけでブチ切れそうでござるな。嫁達とどうやって料理してくれようか。」
「モンスターを溶かす薬を作りますかな・・・。クリスタル有りにはさほど効きませんが、成分を弄くり回せば溶かせるでしょう。いえ、溶かして見せますなぁ。」
「もうちょい正気に!特に高槻先生は効くか分からないけど、PEAやドーパミン抑えるもの作って飲んで。てか、回復薬で回復しませんか?」
「恋する事は異常ではないでしょう?」
「有り体に言えば下心はありそうですけどね。さっき触診とか言ったのは医療行為だとは思いますが、忘れませんからね?」
「ふっふん〜。」
妙な笑い声で流そうとしているが、否定しない当たり下心あったのかよ・・・。他の面子を見てもさり気なく目を逸らすので突っ込まない方がみんなの為だろう。しかし、出力調整ってどうしよう?笑顔じゃなくてニヤニヤ笑うとか?笑い方で出力が変わるかは分からないから取りあえず試せる所から試すかな。
「さてと、時間も朝6時。私は帰りますが皆さんどうします?」
そう声をかけると高槻と藤は寝るといい、宮藤とエマも東京ギルドに戻って仮眠を取ってから報告書やらを作るようだ。ただ、流石に今回は疲れているだろうし休む様に口酸っぱく言っておいた。それを守るかは分からないし、話を聞きたい人は多そうなのでどうなるやら・・・。
いや、帰ったら一旦休むと言っておいたのだ。滞在時間は短くとも資料映像を見ればどれくらい過酷か分かるだろう。回復薬がなければ、俺以外は重症者ばかりなのでやはり休ませよう。増田には悪いが『今日は全員休み。仕事をさせるな。』とLINEを送り大分ギルドへ。
朝早いので人は疎らだがいない事はない。さてどうしようかなぁ・・・。帰って寝てもいいし、ここで仮眠を取って望田や妻を待ってもいい。風呂には入ったが再度温泉で朝風呂もいいな。託児所は空いていないが、獣人はそこそこロビーをウロウロしたり保護者と話したりしている。スィーパーはこれからゲートに向かうのだろう。無事に帰る事を祈りつつ妻に再度帰ったとLINEを送りマスタールームへ。望田に仕事を任せきりな部分もあるが、積まれた書類は少なく他のギルドが稼働したのでソチラに流れる者も多いのだろう。
わざわざ九州以外から大分まで来なくても最寄りのギルドがあるなら、仕事をする人としてはそちらを優先するだろう。まぁ、稼働1号なのでまだまだ人は多いし書類は多いのだが・・・。そんな事を考えていると机の上に『神志那帰還!』と本人の字で書いたメモがあった。ラボでも会わなかったし研究に没頭していると思っていたが、どうやら目処はついたようだ。
ただ、今回のモンスター素材やら草木がかなり手に入ったので、また旅立つと言いかねないのがなんとも。黒岩が言っていたが来年は鑑定師の募集を大々的に行い、来てくれた人にはそれなりに優遇すると言っていたし、大井は大井で現職含めスィーパーを前提とした部隊運用やら訓練隊を編成すると言っていた。
動きとして早い遅いはあるかもしれないが、他国もやっている事を日本はやるなとは言われないだろうし、スィーパーとしての情報がボチボチ出そろって来たと見るのがいいだろう。ただ、職の一覧は完成したと聞かないのでどうなのだろう?
「今晩のコックは・・・、内田さんか。モーニング食って朝風呂かなぁ〜。今ならまだ人は少ないだろうし。」
ママさんスィーパーなんかは託児所の開業とともに来る事が多く、この時間の風呂は人がいない時は本当にいない。まぁ、いたらさっさとシャワーで済ませればいいし、多そうなら入らないという手もある。一階に降りて内田に帰ったと言いながらモーニングを食べて風呂へ。中層の話を聞かれたが、強いモンスターがいたとか、ムカデみたいなのがいたと言ったら柄にもなく目をキラキラさせていた。ついでに言えば話の駄賃とモーニングはサービスしてくれた。
鑑定室の前を横切ると明かりが漏れていたので、神志那が不健康にも徹夜していたのかもしれない。いや、走ったり歩いたりと運動しているので早朝ランニングとか?出社する時に風呂上がりで会う事が多いのでその可能性は捨てられないな。
そんな事を考えながら風呂へ。脱衣所に衣類はなかった様に思えたが数人入っている。入った後にそのまま出るのもおかしな話なので見ないようにしてかけ湯をして湯船へ。水着を着て風呂に入るとどうしても温水プールの様な感じになるので、やはり風呂は全裸だな。
「ちょっとすいません。よいしょっと。」
「えっと、誰?てか何!?」
「うぉ〜ん・・・。通りすがりの猫、名はミケです。いつもの猫がいないのでフリーですよね?」
「フリーではないですね。」
後ろから持ち上げられて膝の上に座らされて抱きつかれながら頭の匂いを嗅がれる。低い鳴き声って確か猫だと求愛だったような・・・。このまま手籠めにされる気もないので抜け出したいが、他の猫人も獲物を見るようにこちらを見ている。・・・、上がるか。1人で女風呂は難易度が高かったようだ。妻からは慣れろと言われるが、入っただけで膝の上で抱きしめられてもたまらない。
獣人はスキンシップ激しめだが、ここまで激しくされるのは初めてだ。もしかしてまだ惹きつける者残ってる?魔女の言う自覚した刻まれたってオート発動の事じゃないよな!?それだとかなり事情が変わってくるぞ?
(ヘイ魔女!惹きつける者って使えば使うだけ持続するとかないよな?)
(さぁ?私は元からそう言う者だから知らないわよ。)
(なら賢者は!?)
(う〜ん・・・、どうだろうね?前提条件として君の外見は巻き戻る。なら、どんなに変化しようとも変らない。仮に変わるとすれば精神とか目に見えないものだろう。変化を意識しづらければ当然、変わった事に気付けない。)
何そのアハ体験。例えば俺の写真を出して徐々に服が黒からインディゴに変わるのをどこで気付けるか?下手をすれば最後まで気づかないかもしれないし、色に敏感な人はすぐに分かるかもしれない。だが、仮にそれが色ではなく匂いなら?或いは他のなにかなら?
エマ達も見ていて欲しいとか言っていたが、なにかその辺りが変化してる?仮にそうなら手はある。要はイメージだ。元の変化した姿以下には出来ないが、それ以上は修正できる。何せフラットなゼロ地点へ戻れるのだ。・・・、いや、体臭とか視線のゼロ地点ってなに?む、難しく考えずやはり元に戻れか。
多分、惹きつける者を使うと優しくされたり助けてくれたりするので、感謝しつつも無意識にもっと優しくして〜とか、もっと何かちょうだ〜いとか考えてしまうのだろう。いかんいかん、自制しろ自分。人の好意は時と場合でありがたく受け取るが、それに慣れてしまってはいけない。
家事だってやってくれて当たり前じゃな。やってくれてありがとうなのだから。よし、今から帰って朝飯を作ろう。俺は今日を休みに出来るが妻はシフトで仕事をしている以上、簡単には休めないんだしね。
思い立ったらとミケに放してもらい、ついでにそのパートナーからごめんなさいとガン見されながら謝られたのをサクッとゆるし、さっさと風呂を出て家へ。ただ、ギルドで雑務したりしていたので時間が!
仕方ないので妻の好きなパン屋でパンを買い込み帰るが・・・、行き違いにならないかな?帰った、ラボに行く、ラボから帰ったのLINEはしたが、家にいないならギルドだろうと早々に出社してない?考えても仕方ないのでパン屋から近い家へ。あんまり無い空飛ぶと文句言われるが、高度を守ればそこまで取り締まられないのだよ!
駐車場に車はある。なら、まだ出ていないだろう。しかし、かなりギリギリと言うか遅刻じゃないのかな?取り敢えず玄関に降りて開けるが、鍵はかかっていないのでやはり家にいるのだろう。
「ただいま〜・・・。」
「おかえりなさい、遅かったわね。どこで何してたの?」
「いや・・・、君は今日仕事なんじゃ?」
「休みよ?えっ、いない方が良かった?」
「違うよ。仕事なら二度手間だと思ってね。君の好きなパンを買ってきたんだ。朝ご飯に一緒に食べよう。」




