338話 身体の事 挿絵あり
次が54階層か。51階層がセーフスペースと言う事を考えると56階層がセーフスペースか否かで進み方が変わるな。手加減してくれるなら後1階層抜ければセーフスペースとなってもおかしくないし、手加減してくれないなら61階層まで進まなければセーフスペースはないと言う事になる。まぁ、あくまで傾向なのでそれが真実になるかは実際行って確かめないといけない。
「木からゲートが引っ張り出せれバ、そのままこちらへ引っ張ってくると言う事で間違いないナ?」
「ええ、その予定です。ただ、木が邪魔なので引っ張れても近くに落ちる可能性もあります。その場合は全力ダッシュで飛び込んで次も出た瞬間に伏せましょう。最悪1回なら誰か死んでも生き返れます。」
「不吉な事を言わない。無傷とは言いませんが出来れば五体満足で帰りたいんですから。」
「既に片腕ない自分は計算外ですかそうですか。」
「それは・・・、すいません宮藤君。」
「ちょっ!ウイットに富んだジョークですよ。畏まられると自分が居心地悪くなるじゃないですか。取り敢えず木はこのまま焼いて処理します。休憩挟んで約3時間、ペースとしてはかなりハイペースですけど、普通に来たら数日は一つの階層で覚悟しないとかなぁ・・・。」
「視界不良が響くナ・・・。上よりもやはり技量が求められル。たダ、中位なら戦えると言うのは間違いないだろウ。少なくとも職が2つあれば個人で探索も出来ル。」
「森の中を探索するイメージは必要ですけどね。まさか鑑定も阻害されるとは思いませんでした。」
「正確には阻害と言うより選択の問題です。大雑把に鑑定すると木と山程返ってくるんです。証拠にモンスターとの戦闘は大丈夫だったでしょう?」
「さぁ?迷子要員だったので見てません。ただ、生きてるならそうなんでしょうね。」
「何でそこで突き放すんですが・・・、寂しいじゃないですか。」
移動の目処はたったし少し雑談する程度の余裕はある。緊張感がなくなる訳では無いが、ずっと張り詰めていても何時か糸は切れてしまう。なら、これぐらいがちょうどいいだろう。最悪を避ける為の脱出アイテムはいつでも使えるが、俺を除いた3人は東京ギルドから入りラボで合流したので、脱出アイテムを使えばそれぞれ入った場所に出る事になる。
なので仮に致命傷を負った状態で脱出アイテムを使えば俺は手出し出来ない。東京ギルドには高槻含め夏目や小田も待機しているので死ぬ以外なら、ギリギリ黄泉路から連れ戻せると思うが状況次第だろう。ただ、流石に妻との約束で個人の我儘を貫くか迷う時期でもある。
エマは巻き戻りを見た。宮藤は講習会の時に全員の前で話したので、見ていなくとも死なない事は知っている。そして、橘は多分増田経由で話を聞いていると思う。進んで見せたいものではないし、出来るなら見せないまま帰りたいが、ここに来るまでに腹は貫かれたし傷も負ったのでそれは希望的観測なのかもしれない。
「ゲートに煙をまとわり付かせることは大丈夫です。宮藤さんが焼いたら全力で引きましょう。そして次に行く前に言いますが、私と誰かの命を天秤にかける場面があったなら、私を助けなくていい。皆さん知っているでしょう?」
「・・・、フェム、撮影を一旦切れ。」
橘が撮影していたフェムに音声を切るように指示する。したくないが暴露しろという事か・・・。いや、見せる方が早いのか?言葉だけでは確証が持てない。なら、その様を見せないと納得しない。こうなると服は邪魔だな。見せるにしても一般的な刃物ではこの服は切れない。それに、腕や指を少し切っただけでは本当に致命傷が大丈夫なのかと言う疑問も残る。
「まず初めに。私が米国に行く前数日ほど行方を眩ませた時がありましたね?」
ゴシックドレスは上下一体型のワンピース仕様なので腹だけ捲り上げる事は出来ない。なので背中のファスナーを下ろす。今はいいが、ここで悠長にして良い時間があるわけでもない。モンスターはこちらに気づいていないが、何時反応して向かってくるともわからない。
「あの時私は数日ほどちょっとあの世に旅立っていました。」
「ちょっ!」
そのまま上半身を脱ぎ腹のあたりまで下ろす。別に元男なので男に見られてもどうでもない。それに小さいとは言えムネもあるのでブラもしている。今更成人男性2人がブラ如きでわーわー言わないだろう。エマは慌てているが、それは無視だ。
「方法は米国で使用した地雷の試作品とでも言えばいい爆弾でしたね。深さを調べるついでに魚を取ると言って用意してもらいました。アレは中々いい出来でしたよ?痛みを感じる事もなかった。」
指輪から適当な刃物を取り出して振り上げると、止めようとする3人を手で静止してそのまま胸へ。巻き戻ると言っても肉体的には人と同じ様な柔らかさで特段硬いわけでもなく、強化も魔法も服さえも着ていなければスルリと刃は肌を貫く。
痛みはある。刺した部分は薄い熱をおび、身体の中に埋まる刃からはザワザワとした不快感が伝わってくる。しかし、切っ先を少し刺したくらいでは駄目だろう。不快感はあるが痛みは表面の皮膚からのみ。なら、一気に差し込もう。
ズブリと何の抵抗もなく刃は進み到頭、ナイフの柄付近まで差し込んだ。相変わらず不快感は感じるが、これで命の危険を感じる事はない。何せ消し飛んでもこの世に戻ってきたのだ。この程度では死ねないだろうし、死は捧げてしまって完売したので今更買い戻しも出来ない。だからこそ、妻とどうするか話して莉菜の意見を尊重したのだ。
「走馬灯はありましたよ?私はそこまで長く生きていないので壮大なモノとは言えませんでしたが、確かに私が生きてきた軌跡を辿らせてくれた。まぁ、そんな訳でここまでして私が死ぬとは言わないでしょう?不安ならナイフを動かしてみます?ほとんど抵抗のない柔肌を切る感覚程度・・・。」
最初のエマの驚き以降、誰も話さないのでおどけてみたが誰も何も話さない。そんな中橘が俺の前にズカズカと歩いてきて胸にさしたナイフを一気に引き抜く。抜かれればすぐに塞がるので痛みもなく、寧ろ引き抜かれてナイフが胸に無い方が自然なので巻き戻れば違和感もない。
「クロエ。証明の必要性は分かります。それに、これ以外で不死を明確にす示す方法がない事も分かります。ですが・・・、もうやらないでください。」
悲痛な顔をして橘が口を開く。納得はできるのだろうが、眼の前でいきなり自殺紛いな事をされたからだろう。ただ、卓も変身中ならこれくらい出来るのでなんとも。ただ、違うのは時間と反動か。卓の場合変身中はほぼノーダメでしのげるが、変身を解くと後から反動が来るらしい。
まぁ、戦隊モノでも変身が解けたら傷だらけと言うのはあるので、死なないまでもやはりダメージゼロではないのだろう。そんな事を考えていると、そっとエマが背中からタオルを掛けてくれる。血も流れていないのでファスナーを上げてくれた方が・・・。
「米国の為にわざわざ爆死したのカ?」
「それだけが理由じゃない。スタンピードが起きればあの時点では対処のしょうがなかった。それまで私は私が死なないとは知っていても、どの程度まで破壊されてどの程度で回復するのか正確に把握していなかった。だから、それを知る為の検証がしたかった。それだけだよ。そう、自分のやりたい事のついでに友人の国を救う。まぁ、救国の英雄なんてカッコいいものでもないし気にしなくていいよ。」
始めたのは自分で事をなすのも自分。誰かではなく自分の仕事だ。なので何1つエマが気負う事はない。そう、あくまでこれは俺の仕事の延長線上の話であって、その当事者が出し惜しみするべきではない話。帰ったら妻に一言謝るとして、先を急ぐとしよう。俺の頭にエマの額が押し当てられ、少しの湿り気を感じるのは・・・、もしかすれば泣いているからかもしれない。
「エマ、何も悲しむ事はない。全て終わって私達はここにいる。それだけが事実であり結果だ。過去は変えようもないが、今も変えようもない。仮に変えるとするならそれは未来だ。」
「そウ・・・、だナ。」
エマは離れないが多分大丈夫だろう。言葉を尽くしたとしても人の感情が動くかは分からない。だが、逆を言えば一言でも動くときは動く。何を言うのが正解か分からないが、俺が伝えられるのはこれぐらいしかない。
「1つ・・・、1つ聞いていいですかクロエさん。」
「なんですか宮藤さん。」
「秋葉原での貴女は全力でしたか?」
「ええ、それは誰にとは言えませんが保証します。どの時もどの場面でもゲートの中やモンスターと戦う限り、私は私に出来る全力を出しています。」
「分かりました。もうすぐ木も焼ける。見つかるのを警戒して時間をかけましたが、そろそろ引っ張れると思います。」
「分かりました。なら、ゲートを一本釣りするとしましょう!」
宮藤の言う様にゲートはかろうじて木に挟まっている状態。出来るイメージは整えた。身体の事を話したので、ここで例えば腕が変な方向に折れ曲がっても大丈夫。なら、獲物を釣り上げるとしよう。キセルを釣り竿に見立て火口から伸びるは一本の糸の様な煙。そして、その煙はゲートを包みガッチリと釣り糸が食い込む様に巻き付いている。
足を大きく広げ腰を落とし、ガッツリと踏ん張る姿勢を取りながら両手でキセルを持ち、宮藤の方を見ると頷きが帰って来る。もう行けると言う事だろう。
「大きく打ち上げる様に釣り上げてここまで一気に引っ張ります!準備はいいですか!来たら飛び込む、離れた所に落下したら走って飛び込む。そして、飛び込んだ先では伏せる。」
ねじり鉢巻も荒波もないが、巨大な獲物だけはたしかにそこにある!強化する時はどの部分をどの程度強化するするか考えて強化していた。それが人にとっての普通だから。だが、中身がなく無茶がどれだけでも効く事を見せられた今、そんな道理を飛び越えて自身の身体に合った強化を施す。
それ即ち、ただ1つの壊れない暴力装置としての機構。表面しかない皮膚は多分柔らかいままだろうし、その中身はなにもないが、そこにはたしかに何かがある!
「行きますよ!」
踏みしめた地面は豆腐の様に柔らかく、それでもなお力を入れて踏ん張れば更に沈むような気もする。それが両足に来るのだから踏ん張りづらい!
「アッパーウォール!下から押し上げるゾ!」
「私も引き上げます!」
「自分も!」
3人が3人で力を加え、ようやくどうにか踏ん張りが効くようになった!これなら行ける!




