320話 久々の再会 挿絵あり
「お久しぶりですクロエ。ギルド運営は大丈夫ですか?」
「お久しぶりです増田さん。人員の増強は必要でしょう。大分でもカツカツなら他の所もそうなるでしょうし、都心などの人口密集地は更に厳しくなる。今年は既に就職戦線が終わっているから中途採用するかと言う議論になるでしょうが、来年からは少数でも採用枠を作る必要がありますね。」
「その点は政府としても話は上がっています。現段階の方針としては警察や自衛隊からの派遣及び、民間からの新卒採用。事務作業メインと言いつつスィーパー相手なので研修期間は他よりも長くなるでしょう。」
「民間を省かなかったのはいいですね。ここまで来てまた、民間を追い出そうとするなら、流石に勝手に採用試験を開くところでした。」
4月末日。落成式に向けて大分を飛び立ち東京に来た。残念と言えば望田を連れて来られなかった事だろう。落成式には講習会メンバーや、大会で本部長に任命された人が多く来る予定なのでプチ同窓会の様になるが、自身の管轄地のギルドが稼働目前の人もいるので全員が揃う事はない。
獣人の件以降・・・。いや、ガーディアンの件の時も米国スタンピードの時もギルドを早く!と言う声は多く、日に日に大きくなるので政府としても悠長に構える事はできず、本部庁舎建設は何処も昼夜問わずに進められている。ありがたい事と言えば本部庁舎に隣接する物がないので、工事の苦情が少ない事とか?
完成すれば何処も露店は開くし、運動スペースや散歩コースなんかにする様なので基本的には大分と変わらないと思う。ただ、ギルド=大分のイメージが強く地下には温泉か大浴場を付ける所が殆どとか。まぁ、ゲートから出たら汗も血も汚れも落としたいだろう?シャワールームでもいいのだろうが、何個もシャワー付ける方が面倒だし入りたくなければ入らなければいいと思うよ?潔癖症の人とかは先ずゲートに入るのが嫌だろうし・・・。いや、外よりもゲートの中の方がキレイなのか?
「その案は否定できないとしておきましょう。自身の管轄地の人間を採用して悪いとは言えません。ただ、研修期間中に身元調査は行うのでそこで不採用の可能性もある。」
「身元調査?過去に犯罪歴がなければいいですし、仮にスピード違反くらいなら目をつぶるんでしょう?逆に万引きは絶対不採用です。出土品の盗難とか考えたくない。」
指輪はいいけど全員がアイテムボックス持っている様なものなので、盗難があるとかなり探すのに手間取る。中身が見れればいいのだが、それも中々難しいし解決の糸口がない。一応、鑑定師やスクリプター、後はオカルトなんかは状況の積み重ねで犯人を特定出来るが、特定まで全員拘束と言うのもまたつらい。
なので大手スーパーなんかは係員増やして欲しい人に手渡しスタイルが主流になりつつある。昨年末から今年の冒頭付近で、指輪内生鮮物の時間経過なる論文がスイスの学者から発表されて物議を呼んだが、その中で毎日1分から1時間程度生の鶏肉等を対象としてウイルスの繁殖状態を観察した所、収納前と後で極々少数の微増を確認した。
観察対象も様々なら時間も様々で無菌室内で行ったらしいが、どれからも微増なら指輪の中に収納していても時間は経過している事になる。ただ、その増加速度は例えば鶏肉が1時間で腐るとした時に指輪内保管なら60年後でも焼いて美味しく食べられるレベルらしい。つまり、最終的に見た目と匂いが大丈夫なら食えると言って大丈夫だろう。
一応、熱保管も出来て熱湯を収納して1週間後に取り出しても殆ど熱変化はないそうな。これで食べかけのカップ麺も後から食べる事ができるし、吸いかけのタバコも後から吸う事が出来る。ただ、物臭をするとどんどん物が貯まるので、終活とかする時は大変かもなぁ・・・。
「その点も踏まえてギルド職員の採用は、かなり慎重に議論されています。宿泊ホテルは大分に帰るまで泊まっていた所ですがよろしいですか?」
「ええ、不慣れなホテルよりはそこで。と、言うかそこがいいんでしょう?公安の息もかかってますし。」
「必要なら俺がホテルを探してきましょう!2人部屋でおはようからお休みまでお世話して、ご飯を一緒に食べてお風呂に入れて・・・、パジャマ!パジャマを買い忘れた!増田さん!ブティックへ!シルクで上質なパジャマを買わなくては!」
「青山黙っとれ。それにお前と一緒の部屋には泊まらん。」
「クロエ、この方は今回必要だったのですか?」
「ボディーガードを人選して欲しいと言ったのはそちらでしょう?頭の痛いヤツですが、人選するとコイツしかいない・・・。」
夏目は先に引き上げて雄二を手伝ってるし、望田は副長として大分ギルドを任せている。神志那は俺より先にギルドを離れてラボにいる。結果としてボディーガードと成れる人物は少数になってしまった。まぁ、奉公する者なので裏切らない保証はあるし、戦闘力も高いので性格にさえ目を瞑れば間違いない。
間違いないのだが、飛行機では横に座って開かなくていい口を閉じる事なく話し続け、黙れと言えば今度は無言でこちらを見つめてくる。鬱陶しい事この上ないが、本当に何でコイツの能力が高いのかなぁ・・・。相手にしても疲れるので仮眠を取ると言って寝たフリをしたのがよかったのか、ブランケットを掛けた後は大人しくなった。
ただ、目を閉じた後は魔女との舌戦・・・。魔女曰く魔女よりも奉公する者を上手く制御出来ているらしいが、魔女の所にいるはずの奉公する者の本体ってどれだけウザいんだよ・・・。前に身体の中をウロウロするとか言っていたから、本体を収納してしまえばいいのでは?と言ったが、何やら収納すると不味いらしい。話を濁された様なはぐらかされた様な気もするが、本人?がそう言うならそうなのだろう。
「・・・、今回の日程を話しましょう。事前資料には?」
「目を通してますよ。落成式と獣人についての話し合い、交渉権及び内容についての会合、来年までに交渉の場を用意出来るかの話し合いに・・・、最後は各国に対する現状説明文章に関する聞き取り及び中層について・・・。この最後の部分っていります?現状説明って私も知らない事だらけで何がなにやら。」
「全人代が終了したのは知っているでしょうが、その内容は御存知ですか?」
「さぁ?青山は?」
「全人代?獣人を労働力化してこき使おうと言う話は聞きました。許せませんね!クロエさんの所にも獣人はいるし、良き隣人とクロエさんが言うならその通りに動けばいいものを!労働力?人が多いんだから自前で賄えばいいじゃないか!」
青山は真面目にニュースなんかを見ている様だ。俺?見ない事はないが、大体開催されました、終了しましたくらいしか聞かないし、海の向こうの国の政策とかそこまで気にしないな。ただ、青山の言った事は聞いていたので結構メジャーと言うか、国際会議でもそんな事を言っていたので印象に残っている。
ただ、最終的には隣人路線で合意しているので大丈夫だろう。別に保護を訴えて大々的に表明するつもりはないが、戦の火種を作るつもりもない。燃やすのは中層の森で十分だ。
「その中で交渉権を1人に持たせていいのかと言う発言がありました。配信を見れば分かりますし、交渉権の譲渡が出来ない事も我々は知っている。しかし、他国は違う。貴女の秘密をバラさずどうやって納得させるのか?その点の話し合いです。」
「ふむ・・・、今を凌ぐだけでいいんですか?」
「出来れば継続的に譲渡不可能を示す理由があれば私達としては嬉しいですね。何か案が?」
「思いつきで良ければダブルEXTRAを引き合いに出しましょう。既に選出戦で賢者である事はバラした。なら、第2職としてもEXTRAを備える。この条件なら厳しいと分かるでしょう。」
確か賢者曰く不確定要素を除けば、かなり先までEXTRAは出ないと言っていた。なら、今を凌ぐ言い訳としては扱いやすいだろうし、仮にEXTRAが誕生していたとしても、すぐさま交渉権を寄越せとは言えない。
ついでに言えば、それを目指してどんどんゲートに入ってくれるならコチラとしては願ったりかなったりだし、戦力が増えるのは喜ばしい。まぁ、入っても生きて出て来てくれる事が前提ではあるが・・・。
「その意見はありました。一つ確認しますが、祭壇はまだ発見出来ていない事は重々承知しています。その上で祭壇に入れるのは1人だと思いますか?」
「誰かを一緒に連れて行けと?」
「政府の人とか偉い人って馬鹿なんすか?俺も頭よくないから言えた義理じゃないですけど、先ずどうやってそこまで行く気なんですか?」
「さぁ?私もスィーパーとなりモンスターと戦いましたが、奥へ奥へと言われても簡単なものではない。仮にクロエや他の力ある方に連れて行ってもらうなどと言う他力本願なら却下案件でしょう。」
守りながら戦うと言うのは結構ストレスだし、連れて行く本人に自衛の意識が低かったり無力だった場合、高確率で死ぬ。例えば5階層に初めて行った人間を中層に放り込んだらどうなるか?90%は養分になっておしまいだろう。それこそ俺は魔法を使うので巻き込まない様に全力は出せないだろうし、橘は回避し続けたとしてもジリ貧、赤峰なんかの近接メインの人は対象から離れられず、結果としてモンスターの迎撃ができずに物量で潰される。
つまり、連れて行けと言う人は自殺志願者でしかない。権力者だから死なないなんて言う甘えはよしてくれよ?ゲートの中で死は平等に訪れる。まぁ、ペテン師が言った所で言葉に重さはないが・・・。
「何にせよ権利が魅力的だと言うのは承知しています。」
飛行機から降り立ち、顔を隠して増田と合流して移動の車の中で話すが、落成式以外は実りが少なそうだな。権力者と言うか各国の政治家からすれば見逃せない事象なのだろうが、見逃せないからと言ってどうこう出来るものでもない。
交渉材料は底へ行く事だし、ソーツの言う様に日々報酬は支払われている。なら、ここで別の報酬を要求するとして一体何なら妥当なのか?蘇生薬の大量配布?若返りの薬の年数増加?言ったところで解答は分かりきっている。
増田の運転する車は東京の街を走りホテルへ向かう。相変わらずゴミゴミした街だが、割と獣人を連れた人が目に付く。体感だけで言うなら人口が多い分、大分よりも明らかに多い。流石に運転する獣人はいないが、代わりに助手席から手を振ってくる犬人もいるな。
そんな街を抜けホテルに到着。懐かしいと言う感想でいいかは分からないが、1年くらい泊まったホテルはそのままの姿でそこにあった。こんなに早く戻ってくるとは思わなかったよ・・・。
「本日はこのままお休みください。それと、落成式に先立ち海外からゲストが来ています。」
「ゲスト?ジョージじゃないですよね?流石に来てたらフットワーク軽いどころの騒ぎじゃない。」
「ジョージ?誰ですそれ?」
「大統領。話題になったから知ってるだろ?禁じ手の若返りを使ったからおいそれとお忍びでは出歩けないはず。」
「あぁ、大会の時クロエさんに張り付いてた野郎!羨ましくて何度闇討ちしようと思ったか・・・。」
「大統領暗殺とかやめろバカ!そもそもあの時ジョージはエマのインタビュアーだった。それで、誰が来てるんです?」
「私ダ。」
ロビーで話していると懐かしい声がする。青山を貶していたが、振り返るとそこにはやはり懐かしい声の人がいた。しかし、何でまたここに?彼女は忙しくて米国内を動き回ったり教導したりとこっちに来る暇はないと思っていた。
送り届けてくれた増田は次の仕事があると、さっさとチェックインだけ済ませて部屋番号を俺と青山に教えて帰っていった。アイツもいいようにパシらされてるな。Sだから要人と言うのは形骸化しつつあるが、それでも完全に風化した訳でもないのに・・・。家族の方はいい暮らしをしているのだろうか?まぁ、いなくなった、増田の事は追々聞くとして・・・。
「お久しぶりですエマ。てっきりウィルソンさん辺りが来てると思ってました。」
「なニ、米国側からの配慮だとでも思ってくレ。落成式に私ではなク、米国のエージェントが来るのも変な話だろウ?肩書としては米国大使館特別職員として式典に参加しに来タ。」
握手してきたのでそのまま手を差し出すと、ハグされて背中をポンポンと叩かれる。テレビとかでよく見る光景だが、身長差があるのでエマには少し窮屈かもしれないな。しかし、米国がエマをよこしたと言う事は、繫がりある人物を布石に交渉に噛ませろと言う事かな?
奥まで来れるかは分からないが、確かに中位なら現状戦力として申し分ないだろうし、本人が連れて行けと自身の口で言うなら無碍にも出来ない。なにせ、中位を断れば次は誰なら了承するのかと言い出すだろう。それに対して上位と言えば、なら教育して至らせろと言う事請け合い。
悪いがギルドの運営やまだまだ穴のある獣人への対応、そうでなくとも中層攻略をどうするかと頭を抱えている。魔女にしてもはよ次の機会を寄越せとはせっつくし、時間はある様で全くない。仮に今スパイがウロウロしていたとしても実害がなければ放置だろうな。寧ろ、情報を勝手に持って行って勝手に結論を出してくれるなら手間が省けていいかも。
プライベートは流石に探られれば文句言うが、仕事上ならねぇ。どうせあくせく働いてますやら、飯食って仕事してますくらいしかないだろう?基本ゲート外は仕事に忙殺されてんだよ・・・。
「カオリは今回来れませんでしたが、久々の日本を楽しんでください。エマはこの後の予定は?」
「一応大使館に顔を出す予定だガ、すぐに終わるだろウ。勘ぐられるのも嫌だから先にいうガ、米国としては交渉権について国際会議の場以外で言及はしないそうダ。」
「それはまた・・・。私個人としては面倒事が減るのでいいですが、なんでまたそんな結論に?」
「明日以降で交渉権の話し合いをする際に私も出席すル。そこで話すガ、簡単に言うと先ずは足場固めとチーム分け出そうダ。」
「クロエさんのチームに入るなら仲間です!さぁ、握手をして共に讃えましょう!」
「青山か・・・、なんでこの頭の痛いのを連れてきタ?」
「人選した結果これしかいなかったんです・・・。それに置いて来てもひょっこり現れそうでしょう?所在も分かってますし・・・。」
青山が笑顔でエマの手を取りブンブンと振りながら握手しているが、当のエマは嫌そうな顔をしている。別に2人に何か蟠りがあるわけでもないが、エマも青山は苦手なようだ。寧ろ、青山がホストとして生計を立てていられた方が今となっては謎である。ただ、蒼天のメンバー曰く、かなり人気はあったとか・・・。やっぱり顔か!
「離セ。私はこれから大使館に行ク。クロエ、今晩は久々に飲むカ?」
「久々の再開ですから飲みしょうか。場所はどうします?」
「部屋でいいだろウ。私もこのホテルだしナ。」
「では俺・・・。」
「お前はSP(仮)だから来るな。そして一応仕事なんだから飲むな。」
「そんな!シャンパンタワーも用意すれば、お酌も歌も披露しますよ?盛り上げ技術だって錆びてません!アルコールなんて、抜き取ればすぐにシラフです!」
な~んで変な技術だけ高いんだよ!いや、ホストなら確かに使い勝手いいのか。まぁ、何にせよ飛行機でもうるさかったので流石に今晩まで一緒にはいたくない。・・・、代わりの仕事を渡すか。
「青山、代わりに仕事と言っては何だがバイトの相手をしてくれ。散歩に風呂にブラッシング。したらそのうちまたお茶でもしよう。」
「バイト・・・、憎き従僕ですか・・・。分かりました、格の違いを見せましょう!」
そんな話をしながらフロントで鍵を貰い部屋へ。青山は俺の右の部屋、エマは部屋番号を聞くと俺の左の部屋だった。鍵を貰う時にコンセルジュから『ささやかながら贈り物を部屋に用意しております。』と、言われたので部屋の中を見回すとテーブルの上に小包が。中を見るとホールケーキがあったので、美味しく頂こう。添えてあったメッセージカードには『チェックアウト時のお心付けスタッフ一同感謝しております。』と書いてあった。
特に荷解きする物もないが、クローゼットにドレスだけ入れ込んで後はテレビをBGMにスマホをポチポチ。最近は記事の斜め読みばかりでこう言った暇な時間しか熟読はできないな。
面白そうな記事を漁ると獣人系とか?犬猫のペット需要がかなり加熱しているのが分かるが、ペットショップで血統書付きを買うと60万辺りが最低価格らしい。それに付随して性別もかなりうるさくなったとか。珍しいオスの三毛猫なんかは100万とかするらしいが、買う人はいるのだろうか?
買う人間は男女で半々らしいので、一種のステータス的な扱いなのかな?金持ちの考える方はわからん。久々に見たセス氏の動画には新しい家族として犬人が登場していた。外での暮らしは捨ててしまったのかゲート内の動画ばかりだ。それとなくエマにこの人知らないか聞いてみようかな?
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