306話 それぞれの動き 挿絵あり
「では、報告と情報共有をお願いする。まとめたレポートは後日祖国へ送るとして、対象等と共に間近でファーストを観察した事に対して教えて欲しい。」
「大食漢等は割愛するとして・・・、魔法の造詣はかなり深いだろう。日常生活レベルで魔法を使い、目視出来ない位置の物も操作出来ていた。」
帰宅後テイと報告会を開くが・・・、魔法と言うモノを個人技能として見た時に、何を枷として考えるかと言われれば目視の有無だと私は思う。瞬間的に発火させる魔法や、水球を生み出す魔法。落雷に土の橋その他諸々魔術師が魔法を使う際に必要なイメージは個人の感覚に全て依存する。
つまり、対象を確認した上で魔法を使うなら驚くべき事ではないのかもしれないが、目視出来ない所にある物を動かすとなると話が変わってくる。端的に言えば鍵の掛かった部屋に入るのに、外から鍵を開けずとも中から鍵が開けられてしまう。当然鍵に触れる事なく、だ。
仮に操作をミスすればどうなるのか?今回は野菜だったが力加減次第では握り潰せもすれば、高速で飛んでいく事もある。いや、その前に前提として野菜は勝手に飛ばない。見えない所のモノを動かすと言うのは地味に見えるが、祖国でやれと言って出来るのは何人いるだろうか?いや、自宅なら把握出来ている?
「ふむ・・・、暗殺者なら喉から手が出る程の技能だな。音もなく別室にいるのにナイフは対象に刺さる。逆を言えば魔術師ならそれは可能なのだろう。操作するのに何かしらの兆候は?」
「私が感じた限りではない。ファーストは魔法を使う時に煙を多用するが、それも限りなく薄くされれば目視も厳しいし。仮に自身制御でその制御が奪えるかと問われればかなり難しい。煙を制御下に置こうともその兆しに気付かれるだろうし、制御を奪った所で更に煙を重ねられれば打ち負けるだろう。」
「分かった、元々魔法に付いてはファーストに打ち勝てるとは思っていない。祖国の同士達の見解も一緒であくまで学ぶ対象として位置付けられている。必要なのはコチラに引き込めるか?或いは協力的な姿勢を取らせる事が出来るかだが・・・、個人としての思想になにか触れるものは?」
「トークをメインとしたゲームを行ったが、性格と言う部分に関して言えば目標達成に対して行動する分には情け容赦ない。」
「それはゲームだからでは?」
「かもしれないが、逆を言えばそのゲームでの行動は日常的な思考とも言える。仲間に薬物注射を行い自爆特攻させたり状況的に反論しづらい言葉運びをしたり、或いは自身の安全圏を明確にしたり。賢者と言うよりは・・・、魔女だな。呪いで見えない所から人を殺し、人を惑わし扇動する。その上で致命的な傷は負わない。」
「その部分は詳しくレポートにまとめてもらおう。しかし、なんのゲームをやったんだ?」
「パラノイア。私も知らなかったが古くからあるTRPGだそうだ。」
そう言うとテイが顔を抑える。この男が普段何をしてどこで情報を得ているのかは知らない。ただ、背景に映る一人そんな風貌で容姿だから逆を言えば何処にいても違和感がない。これもまた特技として成り立つものだろう。
「それはファーストの指定か?」
「いや?息子だ。会話を楽しむゲームとしてチョイスした。」
「誰も信じるなかれ。日常的にTRPGをやっているなら交渉や話術に対して一定の評価はできる。シーンに合わせたプレイングが出切るなら、その後の展開も予測して事を運べるか。昔の軍師が将棋をやる様にスィーパーとしてはイメージの積み上げも出来れば、本部長となっても人の機微に対して思考するのも分かる。プレイングは上手かったのだろう?」
「ああ、ルール内で最大限に被害を減らされた。結果としては一人勝ちと言って差し支えない状態だな。まぁ、遊びという事で私も少し熱くなったが。」
千尋とボットの取り合い辺りは熱かったな。ファーストがLINEで秘匿会話を行うので、言われるまで秘密結社任務は分からなかった。そこにいて危ない事をさせているはずなのに、行動に慎重さがあって何度先頭を走らせても中々死ななかったし。
「あぁ、そう言えば本名は黒江 ツカサで間違いないだろう。漢字は分からないが親しき者からはツカサと呼ばれている。」
「それは調べがついている。日本政府の公式発表としても最初の被害者としてその名は出ているし、役所を調べてもその人物は存在する。ただ、腑に落ちないのは過去のデータにかなりの改ざんがされた様な印象を受けるが・・・、その辺りは些事だと考えている。過去がどうであろうと現に黒江 ツカサと言う女性は確かに私達の前にいる。君の立ち位置でファーストをどう呼ぶかは慎重に距離を詰めるといい。」
「了解している。何もなければ私はこれからレポート作成に入るが?」
2人で対面して椅子に座り物の少ない家の中で、テイがプカリとタバコに火を付けて煙を吐き出す。銘柄は中華と言う祖国なら高級なタバコで円にしても900円くらいになる。ただ、それでもその香りは祖国で高官達と話した事や軍人である事を思い出させる。
「全人代が開催されているのは知っているな?」
「あぁ、今年は例年になく長い。当然と言えば当然だが獣人にしろスタンピードにしろ議題には事欠かないだろう。その中でなにか動きが?」
「動き・・・、海の向こうの国の事だから君が気にする事はない。だが、情報として頭に入れておいてほしい。祖国で異分子達が尽く消えてガス抜き相手がいない事が深刻化している。」
「異分子が消えた?政治家は体制を安泰にする為に、あくどい事も何もかも行っていると思っていたが?」
一口に中国と言っても香港等を含めた大中華圏を指す事もあれば、大陸だけを指す事がある。日本人には中国と言えば概ね大中華圏の事を言っているのだろうと取ってくれるが、台湾等を日本人は一つの国としてみるのでややこしい。そんな入り組んだ国だからこそ、言論統制を行い政治への不満のはけ口を用意しスケープゴートを用意する。ただ、それは政治をするなら誰もが行う事だろう。
「あぁ、祖国ではそれがまかり通っていた。しかし、愛しき苛められっ子は音を上げて消えてしまった。先祖伝来の土地や個人としての資産を認めない。我が祖国はそれを行ってきた。だからこそ、土地を離れる事に躊躇がなかった。」
「どこかに・・・、ゲートに旅立ったと?」
「そうだ。自治を認めないなら認められる土地へ行けばいい。人がいればまた、文化は起こせる。なら、自由を求め自由な土地へ行く事は自然だろう。祖国はそれを止められず旅立ちを許してしまった。苛められた怨みを置いていってくれてはいないだろうから、ゲートに入るなら気をつけるといい。」
「確認を取るが、次は獣人をその苛められっ子にする気ではないよな?」
獣人・・・。ファーストの家にもいたが、自由奔放で物怖じをしない人に近く人でないもの。隣人として国際表明された手前下手な事は出来ない。労働力と言う面で見れば、教育が必要だとしてもそこそこは使い物になるらしい。らしいというのは私も獣人とそこまで話していないからだが、フェリエットと名付けられた者を見るに野生本能に忠実な人間と言う感じだろうか?
賃金<現物でも十分に働いてくれるので、人間側としては助かるが飯が不味いとあばれるとも聞く。ゲームではないが思想教育ができれば・・・、そもそも動物に共産主義は理解できるのだろうか?縄張りを持ち餌を分け与える事も少なく、自己を中心とする者に平等を説いたとしても厳しいか・・・。
「それはない。内部にこれ以上爆弾は抱えられない。ただでさえ祖国の立ち位置は微妙だ。古い枠組みの中で凝り固まった思考を解すのに時間がかかるというのに、それを理解しない者も多い。はっきり言ってしまえば今は金そのものの価値がかなり低くなり、代わりに人の価値が上がった。これが一番の痛手だ。」
「人の価値か・・・。今まではどんぐりの背比べだったのが、今ではどんぐりとダイヤ程の違いもあるからな。不平等極まりない。」
「中位の君が私の前でそれを言うなら、君もまた不平等の化身だ。オフレコで話すなら今、強いスィーパー達が祖国を捨てようとする動きが一定数ある。個人として力を持つのに何故国に搾取されるのか?とね。ギルドを作ろうと言う呼びかけも祖国としては安全装置を作らないと怖いと言う裏返しでもある。スタンピードが発生し国として、米国や日本に泣き付くのはプライドが許さない。だが、戦力は心許ない。だからこそ、大義名分を使える・・・。」
「組織を国際の場で呼びかけたと。私の任務には関係ない話だ。その装置の安全に誰が入るかは分かるとして、応じるかは別だな。レポートの作成に入る。」
新しい枠組みか。人の敵は人だった。しかし、今では人ではなくモンスターや宇宙人となり、人も敵足り得るが殺すには惜しい者も多い。例えばファーストが敵だとして殺すのか?・・・、駄目だろうな。アライブ・オア・アライブ。絶対に殺さず活かせと言うオーダー以外ない。交渉権と言うモノに私はさほど魅力は感じないが、政治家からすればそれは他者が逆らえないカードを得るに等しい。
「分かりづらい世の中になったな・・・。」
ーside 司 ー
BBQして数日。獣人のごたごたは大きいか小さいかで言えばそこそこだろうか?何がごたごたしているかと言えば登録である。管理者と言うか保護者がスィーパーなのは確かなのだが、それがごたごたの要因でスィーパーとはゲートに入りモンスターを狩ったり箱から出た金貨や出土品で生計を立てている。
つまりゲートに入っている間、獣人のお守りをする人がいないのである。家族と同居しているならまだいいが、そうでない場合は預け先がいる訳だが、その預け先の整備もなにもないので臨時措置として大分ではギルドが面倒を見る事になったな。
うん。はっきり言って無理!登録だけで1000を超えているのに、その数を管理しろとかマンパワーが許さない全く足りない。救いがあるとすれば獣人の知能が保育園生よりは上で、中学生くらいが基準ベースな事。
「保育士から教師資格を持つ者。或いはそれに準ずる経験がある者を大規模採用するかなぁ・・・。多分これから減る事はないし。」
「そうですね・・・、流石に預かり施設では限界があるので屋外がメインになりますけど、フェリエットちゃんがそこそこリーダーシップを取ってくれて助かりましたね。」
「まぁ、飯で釣ったんだけどね。」




