300話 肉の代金はお茶で 挿絵あり
忙しくて短いです
「ほじゃま、焼くからどんどん食べてね〜。」
「加奈子ちゃん、わざわざ手土産ありがとうね〜。」
「いえいえ。何にしようか迷った挙げ句、無難なものになっちゃいましたからお構いなく。」
「あれ、望田さん今日はいないの?」
「流石に本部長も副長もギルドに居ないのはまずいだろうって言って出勤したよ。まぁ、それは建前で気を使ってくれたんじゃないかな?」
「奥ゆかしい人だな望田さんは。むっ、その肉はいい頃合いだ。」
「言いたくはないが青山に会ったらお礼しとけよ〜。呼んでないのに何処で話を聞き付けたのか、来る気満々で肉用意してたんだからな。」
「ん?父さんそれで当の青山さんは?」
「後日お茶する事で手打ちにした。」
「なんだかお肉だけ貰って悪いわねぇ・・・。あら、このお肉美味しい。」
「豊後牛を十キロ単位で買ったそうだ。肉を返すのと2人でお茶するのどっちがいいか本人に聞いたら、お茶を取ったんでいいだろう。彼奴には少なくない額の報酬も渡してるし。」
「青山さんっていつもギルドボード見てるみたいですもんね。」
青山・・・、選出戦出場者でファーストの息が色濃くかかっているとされる人物。ファーストと同じ大分に本拠地を置く蒼天と呼ばれたクランの長であり、現在はギルド職員として活動している。テイが事前に調べた限り、元々蒼天はこの地で夜の仕事をしていた者達が、その仕事を辞めた後に働く場として設立されたらしい。
事実、青山自身もホストとして店に在籍していたと言う裏は取れている。その時から多少思い込みが強く、ナルシストな面もあるが誠実で優しい人物とされていた。なので、彼がスィーパークランを作ると言った時にはそれなりに人は集まり、彼が選出戦に出ると長の座を譲り抜けた後も交流があると言う。
たた、疑問なのはファーストと青山の関係性。2人が客とホストとして出会ったと言う話は一切なく、プライベートも調べられるだけ調べたらしいが不可思議な程に接点がない。ではどの時点で接触があったのか?本人に聞くわけにも行かず、テイの部下が客として蒼天のメンバーと話した限りでは、ファーストを一目見た瞬間から信奉者染みた感じになったと言うが、性格そのものは変わっていないので単純にファンなのだろうと言われたらしい。
ならば逆にファーストが青山を利用したのか?選出戦最後の戦いを放棄させ本部長の座を捨てさせるだけの何かを提示した?分からないが1つ言える事は、彼の行動により新たな本部長達の実力は・・・、日本にいるファーストが鍛えたメンバー以外の者の実力はほぼ分からなくなってしまった。
祖国でも大会の動画は研究されたが、問題とするならその多様性だろうか?男女問わず年齢問わず実力のみの試合で実施された選出戦は、蓋を開けてみれば女性本部長が4割を占める結果となり、最年少は16歳の少女。祖国では受け入れられない事態だろうが、この国はそれを受け入れ本部長とした。
そんな青山だがファーストからはあまり好かれていない。好かれていないが何故か側に置かれている。もし仮にこちら側に引き込むとするなら彼だろう。取り引きの内容は不明なものの扱い自体が悪いなら、こちらに靡く様な甘言と思想で取り込めるかもしれないし、取り込めた時のリターンは大きい。まぁ、その辺りの工作はテイがするだろう。私の任務はあくまで対象を通じてのファーストの観察。既に家にまで入れるならそれなりに立場と人物像も出来上がり出していると確信する。
「ん?時枝さんってそんなにギルドに来てたっけ?結構うろうろしてるけど見かけた記憶が・・・。」
「父の受け売りですよ。仕事でギルドに行くと本部長辞退した人がよくクエストボード見てるって。衝撃的だったんで名前覚えてました。」
ファーストの記憶力は悪くない。そして、自身が管轄するギルドに対しても目を光らせている。知り合いと言ってもそこまで深くない知り合いの友人宅そこまで注意を割かないだろう。ましてやギルドは1日にかなりの人がうろうろしている。
「確かに青山さんは癖があって話しても見ても忘れづらいよねぇ〜。悪い人ではなさそうだけど、ルールやらには厳しくて他のスィーパーを嗜めてたのを見た事がある。」
「結城は前から知り合いだったけ?」
「いや?知り合ったのは最近だけど、個体成長薬を持って帰るか悩んでたパーティーに危ないからせめて預けてくれってお願いしてた。まぁ、その薬をどうしたかまでは知らないけど、預けたんじゃないかな?飲んだら死ぬとか言ってたし。」
「あ~、それは事実。少量なら多少老けるくらいだけど丸々飲むとミイラになる。ちょっと前にテレビで一般家庭からミイラが!って海外の変死事件がテレビを賑わせてただろう?あれ、個体成長薬を飲んだからだよ。」
「危ない薬よねえ。貴方も飲んじゃ駄目よ?マスターやってて変なものはたくさん目にするからって。」
「わざわざ私は飲まないよ。こら、フェリエット!野菜もそこそこ食べなさい。」
「今はししゃもだなぁ〜。番いのメスがくれたなぁ〜。」
「フェリエット、名前をもう少し覚える努力をだな・・・。」
「認識は間違ってないんだ。千尋とちゃんと名前を覚えたらもう一匹やろう。」
「千尋と呼んでやるから寄越すなぁ〜。」
「公認の仲の千尋ちゃんは強い・・・。」
我欲だけかと問われれば、古くからの知り合いで那由多とは幼馴染だと言う。しかし、それを抜きにしたとしてファーストと家族に成れるというのは玉の輿で間違いないだろう。個人資産と言う面で考えても、保有する金貨の量は最早語らずともゲートで稼げる分と言えば片がつく。この点は頭が痛く1番楽な金銭でのやり取りが封じられたに等しい。
なので最初から考慮には入れないが、非公式ながら一時期お金を欲しがっていたと言う噂もあるのでないがしろにも出来ない。実際米国は少なくない額の報酬によりファーストを大使館に呼んだらしいが、それは祖国の大使館でも可能なのだろうか?
タイミングと言うモノがあるにしても、それを見極めピンポイントでオファーを投げるのは難しい。そこはエマと言う大佐が何らかの工作をした末の出来事なのだろうか?スタンピードでの話し合いに応じるなら分からない話でもないが、それより前に会談は行われたようだし。
「ほらほら、加奈子も肉食べて。ウチの県のブランド牛は結構旨いよ!」
「ありがとう結城君。こうしてファーストさんと食事とか緊張で萎縮しちゃうなぁ〜。でも、ファーストさんって昔からあんな感じなの?」
「司さんは・・・、変わらないかなぁ〜。ぼちぼちギャグ言ったり気前よくご馳走してくれたり。一時期釣りにハマったりもしてたけど、殆ど坊主で帰ってきたり。」
「あの時は姉さんと2人で大変だったんだぞ?休みになったらドライブがてらに釣り行くからついて来いって。殆ど海釣りだったけど、あんまり釣れないもんだから最終的に海にある釣り堀に行ってたかな。」
「雑魚のごった煮アクアパッツァは旨かっただろ?そのうちゲート産の魚のアクアパッツァを食べさせてやる。」
「あれって旨いのか?馬は旨いけどなんとも言えないってテレビで見たけど。」
「僕食べた事あるよ〜。なんというか物凄く美味しいユッケとか?歯ごたえないからユッケよりもお粥寄り?」
「たまに流動食用に捕獲オファーが入ってるみたいだな。スィーパーへの依頼に関知はしないけど、変な事依頼されてないかネットで見るとたまに出てくる。ほかは治療用とか?」
「私も治療用の依頼は出したかな?欠損治療に使えるなら試したいと思って。」
「直接言ってくれればいくらでも仕入れるよ。流石にお金貰って治療材料なくて治療出来ませんは駄目だからね。ただ、最近は個体成長薬が大幅値上がりして大変なんだよなぁ〜。ギルドとしては保有してないの解答でいいんだけど、それでも『私は可愛い家族を人にしたいの!』って問い合わせは多いし、ゴールデンウィーク近いせいか、実家のペットを人型にして連れていきたいって話も聞く。」
「慣れ親しんだ優しい人なら一緒にいてもいいなぁ〜。」
フェリエットがししゃもを食べながらファーストにゴロゴロと身体を擦り付けている。それを見た妻である莉菜もまた、後ろから抱き締めている。ファースト自身は添えられた手に手を添えるだけだが、そこには信頼関係が見て取れる。
「相変わらず司さんと莉菜さんはお熱いな。那由多もあれくらい熱く接するんだぞ?」
「しない事はないがもう少し先だな。」
観察は続けるが家長としてファーストは男の様な口調で話すのだろうか?日本人とされるが容姿だけで言うなら国籍不明。どの人種にも当てはまらず、強いて言うならファーストと言う人種があるようにも見える。ただ、はっきりしているのは今回の招待を私はレポートにまとめ祖国へ情報を流さなければならないと言う事だ。




