294話　猫の手　挿絵あり

　ポチ君がステーキを食べる姿を見つつ松田との話は続く。元が犬というだけあって座って食べ終えても待てが出来る。コレがフェリエットならさっさと寝るだろうな。そうでなくともなぁ〜なぁ〜話しているかもしれない。増田が追加のステーキや肉料理を出しているが、騒ごうとすると取り上げるので自然と大人しい。

　犬も群れる動物なのでやはり上下関係は大事だが、増田が料理を渡したり取り上げたりすると増田に従うようになるのでは？まぁ、そこは松田とポチ君の信頼関係が試されるな。

「成長時の映像って撮影できてますよね、どんな感じでした？」

「薬を飲ませると体毛により繭が形成され、ものの数分で人型です。インスタントラーメンの様なお手軽さですが、その分成長させやすい。仮に不特定多数が使用すれば明日からでも獣人が歩き回るでしょうね・・・。」

「あ〜、うん。下準備もなしにそんな事が起これば大パニックですよね・・・？」

「情報が錯綜すればするほど初期段階での混乱は大きい。まぁ、その点は一応会議の結果とし方針が出ていますよ。その為にギルド登録の件を打診しましたし、方針としては隠すのではなくオープンにしようと言う方向です。ただ、繁殖面について奔放なら先程言った様に議題に上げて話し合いです。」

「分かりました政府の施行する法律に追従するとしましょう。ただ、草案でいいので先にください。明日から急にその対応と言われても混乱しかありません。後、情報をオープンにする日程とかも。」

「今が4月中旬なので当初は月末迄にはと言う話でしたが、5月まで縺れ込むと思ってください。ただ、これについても加速度的に獣人が発生するなら、情報開示と現段階で出せる法律を緊急配備して超法規的措置を取るかもしれません。」

「了解です。大分の方はいいですし、言い方は悪いですがガーディアンの件で本部長達も各地にいる。庁舎がないのが痛いですが、そこは間借りしている所で対応してもらいましょう。」

「ええ、今更ながらにギルドが法人でなくてよかった。仮に法人としての形を取っていたならスムーズな連携や情報共有も出来なかったでしょう。そのうち特別特定害獣対策省とか出来たら大臣ですね。では。」

「面倒はごめんです。ただでさえ今は頭が痛くて面倒なのに、これ以上に仕事をする気はありません。では。」

　電話を切り説明をどうするか考えるが、幸いと言うかなんと言うかウチには獣人であるフェリエットがいる。コレが獣人のいない状態や映像を見せて説明しなければならない状況なら懐疑心を抱く人もいただろうが、情報をオープンにする方向なら本人を交えて説明すればいい。

「取り敢えず伊月さん達は獣人の情報を警察関係者から聞いてるだろうからいいとして、寝耳に水なのは法律課の方だよなぁ〜。検索エンジンのおかげで初期よりは問い合わせ減ったと言うけど、音声ガイダンス対応できない分コール音が切れないし・・・。」

　法律課とは秋葉原の負傷者達をまるっと集めてゲートの法律について学んでもらった人達である。勿論本人達の希望で断れるし、スィーパーとして復帰した人もいた。初めてのスタンピード時は欠損の再生まで出来なかったので義手義足の人も多かったが、今ではほとんどいない。ただ、義足義足に慣れてしまって生身に戻れない人もいる。

　サイボーグではないが、職を使うと自由に動かせるし人体と違って何かしらのギミックを詰め込めたりするので重宝するとか。その他は宮藤が隻腕なのでそれのおそろいとか、名誉の負傷者なので忘れない為にそのままとか・・・。

　取り敢えず話さない事には始まらないので、また行き先を明示して部屋を出て法律課へ。内線でもいいんだろうが、あそこは電話が鳴り過ぎていつ取ってもらえるか分からない。

「いま大丈夫ですか〜？」

　部屋の前のベンチには多数のスィーパー・・・。後はスーツ着たどっかの会社の人。弁護士に話を聞くのは中々一般人にはハードルが高いし、時間いくらでお金を取られるので足が遠のくが、ここは逆に人に来てもらわないと困るので個別でも料金は取らない。その代わり給料はいいよ？当初の予定の倍の予算を割り振るほどに。そして、聞きながら中に入ったがやはりと言うかなんというか・・・。

　コールセンターの様にインカム付けてPC操作している人もいれば、何やら資料を取り出している人もいる。対面で法律の説明する人はまだいいのだろうが、パーテーションで間仕切りした奥の方では何やら怒鳴り合う声が・・・。分かってるんだ・・・、いくら法律を作ろうともゲートその物が未知の塊なので抜け穴が無数にあるって・・・。

　別にここは裁判所ではないので判決を下すことは無いが、法律を説明していい悪いの判断を下す事が出来る。そして厄介なのが裁判所としてもゲート関連には手を焼いているのか、ギルドの判断を尊重する傾向にある。つまりは、ここで判断されると何かで裁判所に駆け込んでも、そのままギルドの判断が適応される可能性が高い。

　なのでOKやいいと言う判断が欲しい人は粘る。それこそ朝から晩までつまみ出されるまで粘る。或いは検索エンジンで解釈の違いを指摘しながら何度でもトライする。転ばぬ先の杖とは言ったもので、スタンピード以降にすぐに声掛けして集めてよかった・・・。彼等がいなければ電話は毎日パンクしていただろう。因みに、政府としてもゲート関連の法律屋の育成には力を入れている。

　弁護士？ははっ！ゲート内は自己責任。中での出来事に弁護士はいらない。必要なのは出土品を使った犯罪やスィーパーが外でやらかした事件について。つまりは、ゲート奉仕刑の一言で片が付くし、階層を決めるのは裁判所かマスターになる。

「お疲れ様です本部長。どうされました？」

「お疲れ様です神近さん。見たくない顔で聞きたくない話を持ってきました。」

「ゔっ・・・、また何か追加ですか？検索エンジンのおかげで仕事効率は上がりましたし、電話も置いたら鳴るが置いたら10秒して鳴るになりました・・・。法律が追加されたらまたコールの嵐が！」

「人員補充と外部法律屋の育成も頑張ってるんですけどね・・・。他の本部庁舎が稼働するまでは今しばらく耐えてください。一応、窓口方面には教育した弁護士置けないか検討はしてます。」

　ここの課長を務める神近さん。元々自衛隊員でスタンピード時に負傷し除隊か残って事務職になるか迷った挙げ句うちに来た。課長なのは単純に勉強会での成績が良かった点と、スクリプターなので物忘れしない点。ただ、本人的には現場でバリバリ仕事してた人なのでデスクワークよりは走り回りたいとか。若干PTSD気味でモンスターは見たくないと言うが、R・U・Rを使って克服に乗り出している。

「それで今朝もコスプレ少女と出勤してたと聞きましたが何か関わりが？」

「ええ、ちょっと場所を奥の個室へ移しましょう。」

　中に入って椅子に座り缶コーヒーを2本取り出し神近へ。互いに喫煙者なので流れる様にタバコに火を付けて一服。パッケージに写真使えないかと言う話も企業から来ていたが、別に喫煙を推進したいわけではないので断った。ただ、パッケージの間はタバコ無料と言う言葉には正直心動かされたよ・・・。

「それでどんな法律が施行されそうなんですか？」

「コスプレ少女、名をフェリエットと言いますが・・・、もう見ましたか？」

「いや、話を聞いただけです。昨日から連れて来てて神志那さんや伊月さん達が慌ただしかったとか。なんです？宇宙人ってコスプレ少女の姿も出来て人権よこせとか言ってるんですか？」

「惜しい！宇宙人ではなく獣人です。今月末から5月の頭付近。遅くても来月中旬には獣人に関する法律が制定され施行されます。」

　スパーッと神近が大きく吸い込んで煙を吐く。気持ちは分かるよ？本来法律ってそんなにポンポン生まれないし、仮に生まれたとしても施行までにはそれ相応の時間がかかる。しかし、事ゲート関連については議論→策定→施行→改定・改訂となる。流れは間違っていないのだが、状況に合わないなら即改定するのでファミレスの期間限定メニュー並に内容が変わる。

　神近曰く番号でタバコ頼んだら店員がその番号のタバコを取るまでに商品が変わると言っていた。つまり、草案を聞かされても中身が丸っと変わる事が多々ある。どうしても人命が関わったりよく分からない物が出たりするから仕方ないんだけどね・・・。

「ベースは人ベースの法律の改訂ですか？それとも0からの策定？それによって覚える量も変わってきますが・・・、獣人ってマジですか？」

「マジです。なんの因果かウチの飼い猫が日本1号ですよ・・・。海外にも獣人が確認されているので、増える方向になると政府側とは話がついてます。現段階を言うなら国外は無視して国内だけですね。コピーした草案があるので渡します。」

　松田からのメールをコピーしたものを渡す。A41枚のペラ紙だが骨子はコレでそこからの肉付けになるだろう。人扱いなので覚える量自体は少ないかな。責任の所在も分かりやすいし。

「追加されるとすれば目の届かない範囲での獣人犯罪や迷惑行為への対処ですかね？実際に会ってないから分からないが性格的に大人しい方？」

「いえ、言う事を理解して聞く聞かないという話をするなら人間の子供レベルから中学生辺りですかね？ただ、獣人になった時点で成人扱いなのでスィーパー同様、未成年でも少年法は考慮外になると思ってください。」

　未成年と言うか16歳未満でもスィーパーになれる。今回の疎開でそう言った子供もチラホラ出だしたが、その子には少年法が適応されない。流石に一桁の子には親の責任と言うものがあるが10歳を超えている時点で大人と同等の責任が発生する。

　これはかなり物議を醸したが力がある以上、それを如何に犯罪に使わせないのか？と言う面からそうなった。実際は裁判なんてまだ行われていないが、仮に刑事告訴された場合は親と共に法廷に立つ事になる。

　離れていた親の責任が元の位置に戻ったようなモノだが、モンペとかにはいい薬なのかも。子は親の所有物ではないが、それでも親子である以上、社会が学校がと叫ぶ以前に監督責任はあるんだよ。

「大筋は理解しました・・・。増えそうな部分とすれば？」

「まだ先ですが結婚等はどうなるか分かりません。一応混血は産まれない様ですが、それと結婚は話が別と切り離して考えるでしょうし、種族的にも人間からすればそちら方面は奔放です。」

「ん？成人扱いなら別にいいんじゃないですか？双方合意の上なら。」

「姿を見たら分かりますよ・・・。ただ、全員がフェリエットと同じ姿とは限らない。海外で発生したとされる獣人はマッチョな成人男性でした。」

「何にせよ法と容姿は別です。見た目で判断していいなら法律はいらない。」

「ご尤も。その割には夜出歩いてると職質されるんですけどね・・・。何にせよ正式なものが出来次第回ってくると思ってください。」

「了解です。所で本人は？」

　時間を確認すると16時半。検査が長引いていなければそろそろ帰ってくる頃だろう。昨日の時点で血液もCTも運動能力も確かめたので、残りは知能検査なんかの学習系。モンスターに対する威嚇についても何か分かるといいが、本物と対峙したわけじゃないし、させるわけにもいかないからなぁ・・・。

　進捗状況をLINEで確認すると程なくして既読がつき、病院を出たと返信があった。この分から17時には帰り着くかな？渋滞も考えられるが前後してもそれくらい。

「後30分で戻るでしょう。ロビーに行ってお出迎えしますか？」

「いや、先に情報共有してから行きますよ。ざっくりとしてるんで帰り着くまでには終わるでしょうし、多少押しても帰るまでには顔を出します。」

「分かりました、何かあればマスタールームに内線いれてください。朝から書類整理やらしてましたけど、まだ残務がありそうですし。」

　出る前にもう1本タバコを吸ってマスタールームへ。机の上には軽犯罪に対する奉仕刑執行者名簿や、異議申し立てがあって再審した事により減刑した人の名簿がある。罰金で終わらせたい人はさっさと稼げばいいが、そうでない人は執行日にギルドに来ないといけない。来なければ捜索対象となり更に刑が重くなる。

　本職？のスィーパーは真面目に来る人が多いが、ペーパースィーパーはモンスターが怖いのか逃げる傾向にある。そろそろ判決出て有罪の時点で首輪カメラ装着しないかな？GPS付いてるから居場所は分かるし、何よりも付けた後に他の人に迷惑行為をしていないか一目で分かる。

　ただ、カメラである以上プライバシーの侵害がと叫ばれて中々実現しない。ゲート内では付けるだろうって？労働刑なんだから見守らないと駄目だろ？罪の重さで行く階層やクリスタルの回収量が変わるんだし。

　一応、どうしてもスィーパーに同行して欲しい犯罪者は本人で雇えるが、同行者が倒したモンスターの回収品はノーカウント。カメラが解析されれば一発でバレるのでやらない方が身の為だが、弱らせてもらってトドメを刺すなんて人もいる。グレーゾーンだが、本人達の契約次第だろう。

　そうこうしているうちに17時。仕事は残っているが明日に回せるレベルなので、後は望田達の報告を聞くか、長くなりそうなら明日報告書として提出してもらおう。ただ、検査が終わったとしてフェリエットに何させるかなぁ・・・。家で留守番は出来ない事もないがバイトと2人だと・・・、微妙に常識のない2人だと怖い。

　息子が休みなら息子に任せるとして、いない時はギルドに連れてくるか。そうなるとなにか仕事させるかなあ・・・。別に遊んでいてもいいし、託児所で子供に混じって妻や先生に見てもらう？う〜ん、そのうち自立やらすると考えるなら違うな。相手になる子供の年齢層が下過ぎる。

　勉強会時間に割り当ててもいいがそこまで集中力が保たないよな・・・。そろそろ着きそうと連絡があったので神近に連絡を入れてロビーへ。処遇を考えながら歩くが・・・、適当に動きづらそうな服を着せて座らせておく？無理だな。好奇心旺盛な分じっとはしていない。

　なら、適度に動かせてそれなりに対人作業をさせる？言語は理解出来るし簡単な指示には従ってくれる。読み書きと数字は微妙だが、分からない訳ではない。なら、労働と報酬を覚えさせてそこから貨幣への理解を・・・。

　ロビーに来たが未だ帰り着いてはいない様だ。夕刻だが賑いは衰えず人は多く、食堂もコレからゲートに入ろうとする人が腹ごしらえや打ち合わせをしているのか賑わっている。

「まだ来ませんか？」

「まだですね。それって新作のドリンクですか？」

「ええ、あの食堂は定番以外は結構新作だしてくれますからね。いるなら奢りますよ。」

「いや・・・、うん。それをやらせてみるか。」

　適当に和服でも着せて給仕させるか。運べと言う指示なら分かるだろうし、会計は金貨ばかりだから早々間違わない。仮に間違ったらポケットマネーで補填すればいいし、人側としても獣人と接してそこそこ理解が出来る。問題はフェリエットがつまみ食いしないかとか？後でお願いしようかな、文字通り猫の手を借りないかと。

　　

「おっ、あれですよ。」

「9割人であの容姿か・・・、また変な問い合わせが増えるな・・・。誘われて関係を持っても淫行で捕まらないかとか・・・。」

「あるでしょうね・・・。今朝はチーかまのお礼に頭撫でさせてやろうとか、お腹撫でさせてやろうとか言って服を捲り上げてましたし。」

「あ〜クソ！扱いは成人、未成年略取には当たらない。その他人と同じで不当な扱いをしない。これで話をまとめて共有しておきます。」

「ええ、その方向で。」

　神近が頭をバリバリ掻きながら帰っていくが気持ちは分かる。同じ様に法律系で飯を食う立場なら、アレはどうコレはどう果ては病気になったら病院はどっち？とかの問い合わせまでありそうだ。神志那にお願いして検索エンジンをバージョンアップしてもらうかな。

「戻りました。いやぁ〜疲れた・・・。」

「本当にね・・・。先生達アグレッシブ過ぎない？」

「もう寝るなぁ〜。目はチカチカするしお腹いっぱいだなぁ〜。」

　3人が3人ともげっそりして帰って来たが、今日ってそこまで疲れる検査あったっけ？運動方面は昨日調べたから本当に医療方面の検査になると思ってたけど・・・。眠たそうなフェリエットはずっと喉をグルグル言わせているが、機嫌はいいのかな？

「お疲れ様、今日そんな疲れる検査あったっけ？」

「ボルダリングしながら点灯するランプを押すバラエティー番組のゲームっぽい物ですけど、それのタイムアタックさせられたり、モンスターの何に反応したか調べる為に、ありったけの映像をフラッシュで見せられたりとか、他にもたくさんですね。凄いんですよ。5〜6mくらいの高さから仰向けで落っこちてもシュタッと着地してすぐ登りだしたりしますし。」

「私はデータに対する意見を山程求められたにゃあ〜。人と比較して〜って言葉は当分聞きたくない・・・。」

「それはまた・・・。なら報告は明日にして今日は上がりましょう。こちらも仕事はだいぶ進んで・・・、耳を貸してください。」

(犬獣人が生まれました。)

「は？」

「へ？」

　こっそりと耳打ちするがそう言う反応になるよな・・・。データやら取ってる横で新しく生まれたって聞いたら。だが、生まれたものは仕方ないし、誰がやったかも分かっている。ウチにこれ以上連れてこられる事はないので大丈夫だろう。

「話が長くなるので詳しくは明日話します。」

　船を漕ぐフェリエットと望田を連れて外へ。沈む夕日が海に反射して眩しいが、ギルドはこれから夜の顔になる。有り体に言うと食堂でお酒が出る。ガラが悪くなる訳では無いがフェリエットもいるしさっさと帰ろう。ハンドルを握り望田を助手席座らせて発車。

「モンスターへの反応はどうだった？機嫌は良さそうだったけど。」

「ゴロゴロ鳴いてるのは骨折への対処らしいですよ？骨が強くなる周波数の音なんで。特に折れてはないんですけどね。モンスターへは形問わず威嚇してましたね。」