閑話 67 とある歴史研究家 挿絵あり
2000年代初頭。歴史を紐解けばこれ程世界が激変し、可視化されたテクノロジカル・シンギュラリティも珍しい。星の中でいくつもの戦があった。その中でレントゲンは生まれ、インターネットは生まれ血の海を栄養に技術はゆっくりと育っていた。そう、2000年代初頭までは。ゲートが地球に持ち込まれファーストが表舞台に姿を表した事により決定的な変化点を迎えた世界は、世界と言う枠組みを変化させて1つの星の中で完結する道から揺り籠の外を見るようになった。
未だに配信と言う伝説的な映像資料はデータの海に残り観覧できるし、今も本人の意向でたまに配信される。誠に残念なのは当時もR・U・R技術はあったものの生まれたばかりだった為没入体験が出来ない事か。資料映像はあるものの今とは撮影技術が全く違う為フル3Dダイブや4次元展開も出来ないので、平面の動画を楽しむしかない。特に見る事に飽きはない。過去と現在でファーストは全く姿が変わらずそこにあり、歴史研究家としては本人含め、この時代を生きた者の意見を聞いてみたいが、それは答え合わせなので控える。
一部の研究家やファースト本人を研究している者は直接コンタクトを取ろうとしたが、追い返されたと聞くし何より本人を目の前に本人を研究していますと伝える胆力のあった者は即刻やめろストーカーと怒られたらしい。まぁ、当然だろう。ただ、本人には悪いが既に現代史、近代史、そしてその前の歴史に古代史と歴史書をまとめる中で名前を出さない方が無理だ。古の第二次世界大戦はその名を残すが核兵器が使用されたの1文で終わる。
最近では・・・、古代史になってからはその話も研究家や好事家が知るだけのものになり、知らない人間の方が多い。寧ろ原始人は種の起源として名が残る分暗い歴史は見たくないものの部類だろう。なにせこの年代はまだ人が人を大量に殺していた。今もそれは少なからず殺人はあるが、やる意味を考えるとするだけの意味はない。
自殺は仕方ない。人間のアポトーシスは中々強力でいまだ逃れられず、長生きか永遠を目指すなら最初からそれを目標に人生を組み立てる方が建設的だ。現に不老と不死を体現した者達がいる。精神が破綻するかは分からない。実際そのトップであるファーストは何度かギルドマスターやグランドマスターを辞職しているが、それは精神ではなく本人が辞めると言ってやめているので健康上の問題ではない。
それに辞めた後にグランドマスターにの席に就いた人間の一部は精神をやられたという。何でも業務として酷く過酷らしい。過去に一度マスター業務公開として公開されたものは確かに酷かった。彼女しかと言う部分だけで考えたとしても長年やってきた他国マスターとの連携や関係維持、中層以降のゲートモンスターの定期的な討伐。(望ましいのは80階層以降目に入るすべてのモンスターを狩ればいいらしい。)ソーツとの対話。これに関しては交渉権と言う言葉が出て以降、他の権利者は認められないので仕方ない。
古くは交渉権保有者を増やそうと言う試みがあったらしいが、ファーストにしてもソーツにしても我関せずで相手にされなかったらしい。そもそも交渉現場を公開するのか否かと言う部分にも関わってくるが基本的にオープンでもクローズでもいいらしいが、現存する最初の交渉とされるものが穏やかではないので、クローズで行われた際はそう言う事なのだろう。
「先生今回の講義はどこからですか?」
「そうだな、前回は超古代史の終わりまでやったか・・・。お待ちかねの2000年代初頭まで飛ばすとしよう。実際それ以前の歴史的な出来事というのはそう多くない。核兵器・・・、原子力エネルギーと言うものが一時期主流になっていたが、これははっきり言えばゴミ処理できないエネルギープラントだ。廃棄物は延々と地中に溜め込まれ無力化するのを待つしかない。どうしてか分かる者。」
「はい、ゲートがなかったからです。」
「そう。歴史の分岐点としてゲートを外す事は出来ない。私も色々調べたし、その時代を生きた人と話す機会を設けて質問したりもしたが・・・、聞く限りだと毎日がお祭りのようだったと振り返る。新しい技術・・・、例えば惑星間航行にしろ宇宙コロニーにしろ研究が始まったのはゲート出現以降。それまでは信じられないかもしれないが、人々は職を得る事も宇宙を旅する事も出来なかった。
とある研究家の発表では、ゲートが出現しなかった未来をシミュレーションした場合、我々は絶滅していた可能性もあるとしてある。環境問題の悪化に資源の枯渇、エネルギーが生産される速度以上に消費量も人口も増えていた。分かりやすく言えば蛇口から出る水以上の水を飲んでいたんだ。少しイメージしながら話し合って」
既に過去の話だが革新がなければ世界は死に満ち満ちていた。実際ここの生徒の出身は様々で遠くは太陽系の端から来ている。人が直接集まって学習する場は16歳程度までで、僻地の場合興味のある内容の講義を受けたければ通信で参加する場合もある。それ以降はゲート内セーフスペースを学習の場にするのが主になるが、両親や政府の意向で職の適性検査と言う名のゲート入りを行い、職に就ければ早くから集まる者もある。政府からの要望で職に就ける年齢を引き下げないかと言う議論はゲート設置以降数十年してから行われ出したらしいが、ファーストとソーツも特に議題には上げていないようだ。
これについてはゲート設置の目的が起因しているが、子供を早くから戦場に出すべきではないと言う考えだろう。古くからスィーパーになる=モンスターを討伐する義務を負うと言う考えがあり、それは今も変更はない。
痛みが・・・、過去から今に至るまでの間に体験した痛みがそれを忘れさせない。人類初のスタンピードから第2スタンピードまでの期間は1年にも満たない間であったが、その次は幾ばくか期間が開いた。そのせいか歴史を紐解いていけば人類という種の堕落のしやすさが見えてくる。
「あんまり想像できないよねー、ゲートがない生活とか。」
「身近で言えばコロニーもファウンデーションもなくなるな。」
「高槻ファウンデーションなくなったらヤバくない?怪我してもガチ医療だけだろ?入院って憧れなくはないけど、1日中寝てるとか暇すぎて死ぬ。」
「それ以前にゲートのない時代っていくつもの国がバラバラにあってお金もバラバラなのがなぁ・・・。通貨も貨幣と紙幣だし言語も違うとかコミュニケーションを考えると未成熟もいいところだろ?」
「多様性を考えると言語にしろ生活スタイルにしろバラバラな方がいいだろう?実際文化保護の観点を考えるとコロニー毎に色々違いはあるんだし。」
わいわいと話す学生は下は6歳から上は15歳。数学にしろ他の学習にしろ本人の希望とい両親の意向が大きく中には常にどこかの星やコロニーを飛び回るものもいる。実際的な話をするなら、早いうちから多様性を感じられる暮らしの方が柔軟な考えが持てるのでいいらしいが、私には子がいないのでわからない。
「話はそこまで。2000年代初頭・・・、ゲート出現以降を分岐点とした歴史を新人類史と位置付ける学者もいる。まぁ約1000年前の事なので歴史とするには十分な年月だろう。因みに未だにその当時から生きている方達もいるので、何かのきっかけで会う際には話を聞いてみるといい。
有名所はファースト氏に夏目氏、藤氏にスレイシス氏。他にも生きている方はいるが表舞台は面倒だと勝手に死を偽装していたり、ゲートに籠もったまま静かに暮らしたりと様々だ。年齢の檻は既になくなって久しいし、死という眠りに就くまでの一時の夢だった現実は逆転し、眠らない夜更かしな人達が増えているが。まぁ、生きたいと願うなら薬を探すといい。」
長く生きる人の気持ち、それはわからない。母星となる地球に統合政府は置かれているが、各コロニーは自治政府が管理していて情報集積の為だけにあるに等しい。それに再生プロジェクトと銘打たれた事業の為人は少ない。再生する自然を管理しようという話もあったが、勝手に草生えると言う事で管理案は取り下げられた。まぁ、人口に対しての土地面積が広すぎるので機械管理にすれば出来なくもないが、メンテナンスを考えるとかなり面倒になる。
プロジェクト発足当時は個人の所有地や文化財保存を巡って話し合いが何度も行われたと聞くが、固定処理していれば放置でいいだろうと結論が出た。まぁ、あの星は地震や津波と言った災害が多いらしいので本当に残るのかは分からない。管理は猫人が気が向いた時に行っているらしいが、彼等の性格はそのまま猫なので半分くらいは管理されていない可能性がある。
彼等もまたミッシングリンクにならないミッシングリンク的な存在なので、歴史研究家の私としては評価に迷う。発生は2000年代初頭とされているが、この時代の歴史資料は複雑怪奇で非公開にされたまま忘れ去られたモノも多く、今でもサルベージすると話を集めている研究家が多い。
「長期で生きている方はどうなっているんですか?ある程度末路がわかっているんですか?」
「薬をあわせて飲むのも単体で飲むのも自由だが・・・、コレだけの月日が流れても明確な事は一つもない。有名な方の名前は上げたがそもそもその方達も直接的な不老不死の原因を語る人は少ない。過去のインタビュー記事や不死を公表したスレイシス氏を例に上げよう。
彼もまた2000年代初頭、ゲートが出現して以降すぐに不死の薬を飲んだとされる人物で今も財界には大きな影響力を持つ。事実、この教育機関の出資も彼が行っているしな。インタビュー記事をまとめた本人が監修した著書もあるので興味のある者は読むといい。ダイブによる追体験は本人がやらない方が良いと許可されてない。」
本人曰く刺激が強いのでしないほうがいいらしい。計画としてはあったが、ただの拷問にしかならないとか。実際話の中でも大半が戦闘と寝たきりと発言していたのでそうなのだろう。過去の神話に人の寿命の話がある。遊んで暮らせと神に言われ欲深く他の動物の捨てた時間をもらったらその時間分働くという。
私達は不死を歌う者達より後に生まれたが、その不死を歌う者達も未だに働いているので嘆きの業は今も続いているのだろう。まぁ、ファースト氏は定期的にグランドマスターをやめては引き戻されると言う事が何度も繰り返されるので本質的に人は仕事をしないといけない事を体現している。
「ファーストさんの体験ダイブは未だにないのはどうしてですか?EXTRAに就いて体験してみたいのですが。」
「不死の方達の誰にでも言える事だが、彼等が生きた時間は膨大で本人さえ忘れている事もある。そしてその膨大な時間の波を受け止めるだけの土壌が私達にはない。過去に追体験だからとやった者もいるが・・・、長時間になればなるほど現実とのギャップに悩みだす。あくまで本人の記憶を覚えている範囲で転写したに過ぎなくとも他人の思考だからね。」
新しい技術だがここにも適性がある。まぁ、過去の他人の考えを半ば強制的に見ているので意に沿わなければ拒絶してもされても仕方ない。R・U・Rが発展して作られたものだが、これもメタバースに接続されて仮想ロビーを作ったり、過去の英雄と戦ったりと色々やっているようだ。
「一旦講義はここまでにしよう。次は獣人の歴史にも触れるから覚えておくように。」
話終えて接続を切る。本職は講師ではなくあくまで歴史研究家。仕事をする場所を選ばないのでいいが、特定時間を拘束されるのでもう少し自由が欲しいと感じる。せっかく地球に来ているのだ、古い旧世代の町並みを旅し歴史に触れたいと願う。まぁ、向かっているのは猫の島と言う多数の獣人が暮らす島。
獣人は紆余曲折あった後、対等な隣人扱いとなっている。まぁ彼等は人とは違う感性で生きているので人の法律に当て嵌まらない。初めて発生した獣人の言葉は中々衝撃的だったらしい。曰く、好きにするから好きにしろ。嫌なら勝手にすると言うもの。最初の1人が猫ベースだったので仕方ないだろう。
実際飯をくれるなら撫でる権利をあげよう!と言う上から目線の発言も多々あるが、それでも許される辺り人は猫には勝てないのかもしれない。そんな事を考えながら降り立ちどこを見ても獣人達の中を歩いていく。私がここに来た理由の一つ。そう、初めて海を見る事。
「先生を案内するように言われたなぁー。お代は煮干しをたくさん貰ったなー。お前で合ってるかなぁー?」
特に必要もないがコーディネーターと言う職業があるので雇ってみた。この獣人がここにいる間は案内してくれるが、機嫌が悪かったり他の事に強い興味を惹かれると気を引くためにお代が引き上がるらしい。ただ、お代と言っても食べ物が主なのでそこまで手痛い事はない。雇うなりの心構えというやつだ。
「ええ、今日からお願いします。どうぞ、お土産です。」
「ありがとなぁー。気が向いたら夜の相手もするなぁー。じゃあ海に行くなぁー。」
ドキリとするが獣人はそのあたりは奔放だ。元々そうやって相手問わず交尾して増えていた事の名残らしいが・・・。
「お前は運がいいなぁー。今は白い人も海にいるなぁー。」
「白い人?」
「ファーストだなぁー。」
西暦3046年どうやら私は運がいいらしい。思い立っての行動だったが会えたら彼女に何を聞こうか?歴史の生き証人、クロエ=ファーストに・・・。




