253話 ざわ・・・、ざわ・・・ 挿絵あり
ざわ・・・、ざわ・・・。
(えっ、あれマスタークロエちゃんだよな?)
(間違いない!貴重なOFFショットだよな?何時もスーツかドレスだったし、思った以上にあくせく働いてたから声かけられなかったけど、昼から今日は休みとか?)
(てか、あのグループ何?OFFでバリバリメイクして会いに来るとか・・・、夫か!)
(バカ!いるのは奥さんだ。父さんって呼ぶからには・・・、息子?羨ましい・・・。)
(いや、その前にクロエちゃんを前に父さんと呼べる胆力よ。どう見てもクロエちゃんの方が年下にしか見えないし、下手したらクロエちゃんを妹って呼んでもおかしくないだろ?)
(妹・・・、頭に義を付けろよ?たった一文字あるだけで法律上は結婚してもなんの問題もなくなるから。)
(押し倒す方向で話すな!既に親子関係なら禁断過ぎるだろ!)
(いや、法律上は実子でもDNA上は他人判定だろ?なら問題ない?)
(血迷うな!そもそも父さんと呼べるくらい小さい時から、下手したら赤ちゃんの時から一緒なんだろ?精々おむつ替えてもらって一緒にお風呂に入った記憶というバブみで我慢しろ。)
(バブみはいいとしてクロエちゃんが父親役かぁ〜、母親役も女性、噂ではインナー作ってる遥も娘って話だから・・・、彼奴はハーレム野郎か?)
(殺気立って闇討なんて馬鹿な真似はやめとけよな?)
(しないけど羨むくらいは許されると思うの・・・。)
周りがざわざわとうるさいが気にしても仕方ない。日常とは一種のルーチンワークを繰り返す事で平常化し最適化されていく。延々と簾の先の君では興味の対象から外れる事は出来ず、身動きできなくなっていく。引き篭もりとか裏から手を回す誰かならそれでいいのだろうが、俺の場合動き回る方なので簾なんて邪魔だし籠の鳥でいるつもりもない。
息子といるのは千尋ちゃんと結城君に時枝さんだったかな?1度潜っているが、あの時はまともに名乗っていないのでどうしようかな?普通に『実は私がファーストでした!』と名乗ってもいいが、どうせ今日は挨拶くらいしかしない予定なので話を合わせる程度でいいのかな?
「取り敢えずめっちゃ目立ってるから場所移そう!な!」
「構わないが・・・、医務室の方に行くか?空き部屋もあるし。と、言うか挨拶したらそのまま戻るつもりだったんだけど?ゲート入るんだろ?」
「いや、先ずはR・U・Rを使おうって話をしてたんだよ。医務室って・・・、母さんいるだろ?」
「いる。シフト確認してないけどそろそろ昼休憩かな?」
「あ〜、う〜・・・。」
高校生の頃って何故か友人に親といるの見られると恥ずかしいんだよなぁ。親がおかしいとか変な事話すとかではなく、なんかこう・・・、外でカッコつけてた人に見せてる自分と、家でだらしない所を見せてる自分とのギャップに悩む的な?変に干渉する気はないし自分にも身に覚えがあるので下手な事を言う気はない。ただ、一人を除いては全員顔見知りなので今更感はあるが・・・。
「説明してもらえるならありがたい、行こうじゃないか。」
「そうだな、僕達は昔からの知り合いでなんともないけど、時枝さんの方はびっくりしてフリーズしてるし。」
春休みに出会った時枝は結城君が言う様に固まっている。そこまで畏まらなくてもいいのだが、立場というものを理解する聡い子なのだろう。仕事の合間にロビーをうろうろすると大人は名刺交換、若い子はアイドルに会ったような反応をする事が多いので、そういう意味では少し毛色が違うようにも思う。まぁ、それも人の性格なので皆がみんな騒ぐわけでもないしね。
息子と千尋ちゃんが立ち上がり、それに合わせるように遅れて結城君と最後に時枝が立ち上がる。オロオロしているがそこまでビビる人物でもないんだがなぁ・・・。聡い子と思っていたが驚きが勝っていたようだ。
「・・・、はっ!びっくりしすぎて止まってました。えっと・・・。」
(工藤君。ファーストさんってやっぱりツカサさんだよね?)
(おっ、おう!あの時はギルドも稼働してないしお忍び視察らしかったから言わなかったんだよ。こうして会わない限り一期一会でもあったしね。本当なら僕と2人で潜るはずだったってのもあるし・・・。)
時枝は中々大胆なようだ。ちらりと見ると人目も憚らず結城君に顔を寄せて耳打ちしている。ぱっと見手で隠してほっぺにキスしているようにも見えるし、身体を寄せているので胸も当たっている。良かったな結城君、割と距離感は近いようだぞ?
ーside リーー
リスク管理や不測の事態には冷静な対応を心掛けているが、この場にファーストが来るとは・・・。息子と共に集団でギルドに来たので極小ながら邂逅の想定はしていたが、実際にそうなると行動シミュレーションをやり直す必要がある。ここはファーストの胃の中だ。私が他国の観察者であるとバレる可能性は今の所低いが、不用意な行動や鑑定師とされる神志那、副長である望田との接触は極力避けたい。
ただ、ファーストが同行する以上全くないとは言いきれない。追加で警戒するとすれば同じ拡張へと至った夏目も同様にその対象とした方が良いのだろうか?私のイメージとしては他者を調べる様な技能はないと思うが、他者のイメージを想定して語るほど滑稽な事はない。
祖国でも格闘家が流派毎で全く違う動きをする事もあれば、魔術師がキョンシーの様なゴーレムを作ったり、造形師が龍を作って乗ろうとしたりと個人毎で違い過ぎる。職の名を知って、説明を読んでも全く違うものになる。それが職でありスィーパー。ファーストが対象に橋を作れと言って、それを頭痛を起こしながらも作れる辺り対象も私の知らないイメージを持っているのだろう。
祖国でも作れる者は確かにいる。ただ、初めての作業の成功率は微妙で走って逃げおおせる物を作れるなら、その内手練れになってくるとも考えられる。踏み込みすぎる気はないが、有効的に同志に出来るなら方向性を示してもいい。ただ、これは私個人の考えなので無謀ならリスクを犯す必要もない。
「あら、司いらっしゃい。お昼もう食べた?私はこれからだけど一緒に食べに・・・、那由多に千尋ちゃん達も来たの?ゲートに入るなら気を付けるのよ?浅くても危ないし奥に行けばもっと危ないんだから。」
「ゲートじゃなくてR・U・Rを使いに来たそうだ。アレも混んでるから予約だけ入れて来た。使用者は多いと思っていたけど佐沼さんに連絡して更に台数増やすかなぁ・・・。格ゲー感覚で遊ぶスィーパーが多いし。」
「お疲れ様です莉菜さん。夕食のリクエストはありますか?」
「おっ!通い妻がアップを始めました〜。那由多、優しく手を出すんだぞ?」
「出すか馬鹿。」
「出さないのか!?」
「結城君、それって出歯亀って言うんですよ?エッチ・・・。」
「うおっ!僕のキャラと言うアイディンティティが!実際2人は付き合っててご両親もそれを知ってるんだよ時枝さん。」
「それと手を出すかは別だ。責任が取れない段階でそういう事はしないよ。」
「そうだぞ?那由多は優しくて真面目だからその辺りはしっかりしている。ちょっと惜しい気持ちもあるが、一緒に卒業式は迎えたい。」
「千尋、それってもう子供出来る前提じゃん!」
「押しに弱くて奥手だからね、この人もそんな感じよ?」
古くからの付き合いがあるメンバーの中で私は異物だ。口を開かなければ背景と化して穏便にやり過ごせるが、対象が仲が良いなら私もこの中でやっていけるとアピールしなければならない。対象は別だが那由多という人物はファーストの息子で確定し、その幼馴染と彼女の中で私はとても危ういポジションだ。
人の家に遊びに行くにしても一度行ったっきりと言う事もあるだろう。転校生と言う肩書は学校でしか役に立たず、残りの手札は一度一緒にゲートに入ったくらい。しかし、ファーストは妻とされる人物と仲良さそうにしているので、多少ガードは下がったものと思われる。
「自己紹介がまだでしたね。時枝 加奈子といいます。新しく転校してきて皆さんと仲良く慣れたらと思いますが・・・、私なんかがファーストさんと仲良くしていいのかな!?世界のトップアイドルと仲良くして不敬とかって言われないかな工藤君!?」
「いやいや、ツカサさんはそんな人じゃないよ。」
「私は一般人でいいんだけどなぁ・・・。逆に畏まられると居心地悪いし置物とでも思っといて。それと、前はまともに名乗らずにごめんね。変に騒がれても煩わしいからさ。」
「いえ、仕方ないですよ。世界のファーストさんですし。」
置物・・・、美術品としての価値なら計り知れないだろう。量産して置けば石兵八陣の様に敵の足止め等に使えるかもしれない。いや、持ち去って展示し公平に見られるようにした方がいいか。しかし、今日は前に出会った時よりも目を惹かれない。化粧をし口に紅も引いているがなにか違うのだろうか?
「望田さんがバッチリメイクしたって言ってたけど、なにか違うわね。こう・・・、変装してマスクしてるみたいな?」
「う〜ん、すっぴんと言うか何も付けないのが至高らしいからなぁ・・・。メイクを固定してもらったけど装飾師なら外せるんじゃない?」
「自分じゃ出来ないんですか?」
「多分出来るよ〜、外してみようか。」
そう言うとファーストは両のこめかみ辺りをグリグリと弄りだし、程なくして本当に仮面を外す様に外してしまった。装飾師の固定処理と言っていたが、原理不明の力をいとも容易く解除してしまう。実際我々は戦闘者としての彼女を見る機会はあるがこうした技術に触れる機会というのは少ない。祖国で検証された固定処理を思い返せば相手を身動き出来なくする事も可能で、それの解除には本人か内情を知る者が必要となる。ましてやパックシートの様に顔の形が残ったまま外す所など見た事がない。
「割と綺麗に外れたな。やっぱりイメージのおかげかな?」
「スゴ!メイク外す?だけで雰囲気がガラッと変わりますね。那由多、産まれに感謝して五体投地で太陽を崇めるんだぞ?」
「父さんを崇める気はねぇよ!」
対象達が賑やかにしているが挨拶も済み、私は一般的な転校生して認識されただろう。後は如何にグループから外れる事なく自然に対象を通して観察出来るかが肝になって来る。悪意はないが思惑はある。それを制御しつつ深追いしない事を考えなければ面倒な子として疎遠になる可能性もある。まぁ、その為のワンクッションとして対象がいる。本人ではなく対象への恋心アピールなら、関係ない所での行動なので警戒はされないだろう。
ただ、そこに行き着くまでにはまだ段階が足りない。一目惚れで好きですと言うのは、余りにも相手に都合が良すぎて警戒の対象になり、一度ゲートを共に旅しただけで惚れたと言うのはガードが低すぎて尻軽に見られかねない。心に入り込むならゆっくりと、それこそ氷砂糖を溶かす様に漂わせながら入り込むなら。
「それでR・U・Rは今まで使った事ある?ないなら簡単にレクチャーするけど?」
「俺はないけど結城はあるんだっけ?2人は?」
「私はないな。時枝さんは転校したてで触る機会はないだろう?確か兵庫の方から来たと聞いたし。」
「そうですね、向こうも配置されてなかったので触るのは初めてです。」
「ふっふっふっ・・・、触った俺が感想を言ってやろう!稼働日に朝から夕方まで並んで草臥れながら使ったぜ・・・。使用時間10分で対戦モードだったけど、やるだけの価値はあったかな?何と言うかもんのすごーーくリアル!痛みもあるし叩いた感覚もあるし、魔術も再現されてるからビビるぞ?ただ、魔術は見た感じだけならちょっと本物よりスケールダウンしてたかな?」
「あ〜、それはサーバーの問題でダウンしてるんだよ。探索モードを急かされて入れたせいで処理速度が心配って事でね。夜間帯や早朝は大分空いて来たけど、下校時間後だとかなり混んでるかな。使用感と言うか扱いに関してはリングとデバイスで1セット。スィーパーじゃない人の事は省くけど、使用するとデバイスで職を読み取ってくれる。ただ、これは時間かかるからライセンス持ちの人はギルドカード使うとその職を反映してくれる。みんなライセンスカードは持ってる?ないならまとめて作ってくるけど?」
罠・・・。と、言う訳ではないだろうが危なかった。なんの説明もなしに使えば中位である事が露見する所だった。その場合私は尋問されるだろう。鑑定師が絡めば全ての情報を抜き取られ最悪監禁されて身動きが取れなくなる。力尽くの逃亡を視野に入れた場合成功率は・・・、0ではないが限りなく低いだろう。何せファーストが追ってくるのだ。逃げ切れると言う過信は慢心であり、その失敗は取り返しがつかない。
ファーストが記入用紙を持ってきて内容に目を通しながら記載していく。住所や年齢、保有している職等一般的な内容の記載しかない。身分証としても使えるというので、この登録を済ませれば私のこの国での身分は保証される。綱渡りのようで冷や汗が流れるのを自身制御で無理やり止め、表情も微笑を浮かべる様に変化させ全ての感情を殺す。ただ、ファーストのあの目が異様に怖い。
なにか鑑定系の能力を持っている?EXTRA:賢者。該当者がいないので詳細が分からず、何が出来て何が出来ないのか分からない・・・。そうか、私は今全くの未知と遭遇しているのか。理解が全く及ばない圧倒的な存在と対峙し、その前者の眼の前で工作員として動いている。相手にそのつもりがなかろうと私がそう感じてイメージしてしまう。
「時枝さんどうかした?」
「えっ!あっ!その・・・、両親の所で母親の欄をどうしようかなって。うちお父さんしかいないから・・・。」
「あっ・・・、なんかごめん。」
「いいよ、今時珍しい話でもないから。取り敢えず空欄にして出しときます。」
魅入られる・・・。自然と目で追ってしまうほどの美しさがある分ふとした瞬間に意識してしまう。対象が私に声をかけなけなくともギリギリ踏みとどまっただろうが、気をそらしてくれたのは素直にありがたい。
佐伯は格闘家、対象は魔術師:土、黒江は全くの予想外で鍛冶師とある。事前情報では空手をやっているとあったので格闘家と予測していたが予想は外れたようだ。
「ん?俺が鍛冶師なのは意外かな?まぁ、空手やってるから格闘家って路線もあったんだけど、自分のするべき事を考えた時にゲートの中以外の可能性を潰すのが惜しいと思ってね。ただ、武器はスレッジハンマーでモンスターも叩き潰せるし、体力と腕力高めだからゲートに入るにしても足手まといにはならないかな?」
「お前鍛冶師だったのか!?」
「なんでそこで父さんが驚くんだよ・・・。確かに話してなかったけどさ・・・。」
「今のうちの包丁は那由多が作ったのよ?切れ味いいし切れ味落ちないから使う時は注意してね?」
「私もグローブ作ってもらって助かってます。最初にボクシンググローブが出て使いづらかったからな。」
「まぁ、武器になにかあったら言ってよ。出来る範囲で修繕でも改造でもするからさ。時枝さんも遠慮なく言ってくれ。買ったものもリサイズとか受け付けるよ。」
「武器か、暇な時にギルドの鍛冶師に会いに行くといい。今は依頼殺到で猫の手も借りたいって言ってたから、やる気があるなら行けば経験が詰めるかもしれないぞ?」
「それは考えとくよ。将来とかもぼちぼち考え出さないといけないからな。」
「はいはーい!ここで親友の那由多きゅんに質問でーす。子供は何人欲しいですか?」
「人生ゲームなら何人でもいいぞ〜。」
「あら久々にみんなでボードゲームするのもいいわね。サクッとみんなでするなら人狼とかパラノイアかしら?」
和気藹々と話しファーストが退出し、程なくしてライセンスカードを持って帰ってくる。綱渡りだったがこれで強力な身分証を得た。今までは学生証くらいしかなかったが、こうしてマスターの前で書いたという状況と証言があれば信頼度は上がるだろう。
そして、内線が鳴りR・U・Rの使用順番が来た事を知らせてくれる。祖国で配備前にコチラに来たので初使用だが観戦時に見た感じかなりリアルなのだろう。しかし、基本的に私はゲート内で実戦をしていたので、慣れこそ必要だがそこまで難しいものでないと考える。問題は使用した事による生体データが取られる事だが、隠密とトロンプ・ルイユで騙し切れると確信している。
機械と職、この2つは実は親和性が高く理解があればあるだけ柔軟に対策ができる。PC内の隠したいデータを隠密状態にしたいと考えながら隠しファイルにすると、職を使わないと高確率で発見出来ない。まぁ、それでもデータを移動すると隠密が解除されて見つけられるのだが・・・。今回は私自身が隠密と変化、撤退で逃げ道を探すので簡単には見つけられないだろう。
「さてと、R・U・Rを使うのなら私は仕事に戻るよ。ゲートに入るなら階層次第では付き添いも考えたけど、そうじゃないなら最悪気絶で済む。」
「軽く言うけどやっぱ痛い?」
「エマ・・・、米国の英雄は胃をシェイクされて吐いてたな。」
「うっ!女性としてそれは見られたくない・・・。」
「同じくです・・・。流石に転校初日でその・・・、友達にゲロまみれの姿を見られるのはハードルが高いです・・・。」
友人と言う言葉は早めに使っておきたい。別に吐こうが臓物をぶち撒けて糞尿に塗れようが生きていればそれで釣りが来る。進んで見せたいものではないがゲート内なら気にはならない。しかし、対象に恋愛感情を持たせるなら少女らしく恥じらい振る舞おう。チラチラと対象を気にする様に見れば意識している事が対象だけではなく周りにも伝わる。
ただ、佐伯がそこまで周りの恋愛に対して鋭いかと聞かれると疑問が残る。出来ればサポートとして引き込みたいが、本人が本人の恋愛で忙しそうなので手伝ってもらえるか・・・。最高の玉の輿と考えるなら本人も周りなど気にせずどんどんアプローチするだろう。
「モードがあるから設定変更を申し出ればいいよ。流石に気絶は最高設定で奥に行く人達の練習用だからね。じゃっ!楽しんでいって。」




