閑話 63 ある日の昼下がり
クロエと共に居を移し小さいながら居を得た。小さな物だがここか大きな所に入る事を許されている。多分大きな所は特別な場所なのだろう。あそこにはクロエの寵愛を受ける小弱達がある。吾輩の物より大きな居にはそれなりに強き者があるので間違いはないだろう。そして、小弱よりも更に弱き者が吾輩を悩ます。名をにゃん太と言うがこれの行動がわからない。自由と言うよくわからない事を許されたがそれは一体何だ?
首を刎ねないと言う言葉と共に貰ったが、同時に寵愛を受ける者を害すれば喪失の危機もあるので息を殺している。ただこのにゃん太なるも者はやけに吾輩に絡んでくる。居を出て歩き回って帰れば吾輩の居の中で寝る事然り、小型の生物の死骸を持ってくる事然り。最近は居の上で寝ている事もある。
クロエが働き吾輩が歩き回り・・・、他の小弱もなにかする中でこのにゃん太なる者はひたすらに惰眠を貪り時折何かを食い、クロエが帰るまでは好き勝手に同じ様な個体と戯れている。誠に腹立たしく思うが、同時にクロエが帰ればすぐに擦り寄り寵愛を受けるのでそれが意味なのだろうか?
何か粗相をすれば喪失させる事の出来る者に、ああも気ままに接する事の出来る胆力は感服に値する。吾輩ではあの様な真似は恐ろしくてできないし、吾輩を恐れずににゃ~と鳴く姿もまた、その胆力の賜物だろう。コレなる者と話してみたいが生憎と吾輩はその手段を持ち合わせてはいない。しかし、その手段を持ちそうな者は知っている。なればその手段を教えを請うて知ればいい。
「賢者はあるか?」
「ん?なんだい?前よりもゴミゴミしてない所で書類に目を通す以外しないから暇で仕方ないんだけど、なにか娯楽を提供してくれるのかな?」
「にゃん太と言う者と話がしたい。」
「にゃん太?あぁ、総称を猫と呼ばれる個体か。ん〜、アレの知性は低いからなぁ・・・。コードを使うにしても多分リスポンスは単発だよ?腹減ったとか寝るとか。」
「そうなのか?アレはひどく勝手気ままに見える。吾輩も自由と言うものを得てパートナーなるものになった。四つ足でパートナーとはアレの事ではないのか?大きさが違うが、あの様にクロエに接すればいいのか聞きたい。」
「止めはしないけどああなりたいの?」
「分からぬ。吾輩と同じ様な姿の者が時折歩いているがアレが正解かも分からぬ。」
寵愛を受ける小弱・・・、那由多だったか?それが吾輩に紐をつけて時折どこかに連れ出そうとする。散歩と言うものらしいが連れたって歩くだけで何がしたいのかは分からぬ。ただ、小弱が時折走ったり皿を投げたりするのでそれに合わせるようにしている。吾輩とて学ぶのだ。何かを投げたなら取ってくればいい。
他の似たような個体も猫と呼ばれるも者も吾輩を見れば逃げようとするか、声を上げるのでそれ程歓迎はされていないのだろう。従順に大人しく。小さな小弱が背に乗ろうとするなら落ちぬように手助けをする。小弱が頭と口の下を触るのは褒めているらしいので触手を振って答える。そんな中でにゃん太だ。或いはにゃん太様。クロエにしろ他の小弱にしろアレが何かをしても咎める事はほぼなく、指を叩かれようと笑っている。
解せぬ・・・。吾輩よりもアレの優れている点とはなんだ?小型の死骸ならそれこそ山程集められる。擦り寄れと言うなら恐ろしいが出来ぬ事はない。モンスターとて狩れてそもそも吾輩はその中の1であった。何を見渡そうとアレより吾輩が劣る点はない様に思うが・・・。
「中々君面白いね。うんうん、ゴミがゴミ箱以外で意味を得られたならこう言う風になっていくのか。少なくともあの中は思考停止で事足りて外よりも刺激が少ないからね。まぁ意味を渡すのも姿を作り変えるのも魔女の十八番だけど。」
「それを成したのは私じゃない。彼女がそれを望み思い描いて渡したの。だからコレに躾はできても本当に殺すとするなら許しを得なければならないわ。まぁ、どちらが楽なのかは知らないけれど。」
絶対なる者・・・、魔女が現れた。ある程度は共に過ごすが恐怖は否めない。そう、恐怖だ。思考し、妄想し、空想の果にあるような魔女と言う者は本来の姿よりもか弱く末端らしい。いや、それは賢者にも言える事か。本体はただ暗い場所にて流れる小さなノイズの様な情報を見て楽しんでいるらしい。ただ、それが分かったとしてもコレ等に挑む気などさらさらない。
仮にあるとすれば、それは見出された意味を投げ棄てる時だろう。元々喪失するかさせるかの場所にいたので、弱き者が喪失するのは仕方ない。しかし、意味を得た上でそれが理解できずにただ喪失するのは違う。故に従順に従うまで。
「・・・、魔女よ。あのにゃん太と言う者と話がしたい。」
「したらいいじゃない。貴方は最高の免罪符を手に入れたのよ?『仕事には見返りを』その言葉があるなら貴方はあの小屋で寝るだけでも仕事になる。フフ、番犬だったかしら?」
横になるだけで仕事とは異な事か。ゲートで走り回りクリスタルも集めているがそうでなくとも仕事とな?全く持って分からぬ。だが、それが仕事とするならにゃん太はアレが仕事なのだろうか?
「どうしたの?言いたい事があるなら言いなさい?願いがあるなら発しなさい?見返りは貴方のものよ?」
魔女に願っていいものが迷う。話こそ出来るようになったが関わりたくはない。ただ、話せと言う圧は感じる。コレも娯楽の一つなのだろう。逃げ場はないので発するしかない。
「同じ事を願う。にゃん太と言う者と話してみたい。」
「ならそうしましょう。」
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居の上に伸びる流体、キジトラだったか?そういう模様と聞いているがにゃん太はそこにいた。あいも変わらず寝ているが闇が来ればそそくさと動くのでクロエ達とは違う生き方をしているのだろう。魔女曰く原生生物達は振動でやり取りをするらしいのでやり方のコツを掴めば簡単らしい。元々吠える事は出来たのでその振動をにゃん太に合わせればいい。
ただ、下手に振動を送ればにゃん太が爆発するらしいので細心の注意が必要だ。何故ここまでの手間をかけて吾輩がコレと話さなければならないのか?今となっては労力の方が勝り考えるのを止めた。ただ自ら選択した末の結果なら受け入れよう。
「ワンワン」
(聞こえるか?にゃん太よ聞こえるか?)
これで話せるらしい。声が届いたのかにゃん太は吾輩を一別する。しかし興味なさげなまた寝入ろうとする。声に反応したのか吠える事に反応したのかこれでは判定出来ない。ならば声が返るまで呼びかけよう。話す為にこうしているのだから。
「聞こえるか?返事をせよ。聞こえぬのか?ならば何かを行動をしめせ。それとも理解できぬか?吾輩のこれは徒労なのか?返事・・・。」
「うるせぇーガキ!飯も取れない子供が私の眠りの邪魔をするな!!」
にゃん太の触手がバタバタと居の屋根?を叩き駆体を曲げて牙を剥く。何もなければ噛み殺しても良かったのだろうが、コレにそれをすればクロエが間違いなく首を取りに来る。それにガキとは確か小弱の幼体の事ではないか?吾輩をガキと形容するには大き過ぎると思うが・・・。
「話が通じるなら話せ!」
「だからうるさいって!夜も縄張り回って疲れてんの!って、デカクロ話せたのか?」
「話せるようになった、だから話している。」
「ふ〜ん。で、ガキがなんの用だ?新米は新米らしく飯の一つも持って来いよ?あっ!蝶々・・・。」
「こら、走り去ろうとするな!吾輩は話に来たんだ!」
「蝶々!蝶々!」
吾輩よりもヒラヒラするモノが優先される?分からぬがヒラヒラを噛んでなくせば話を聞くのか?口を開いて閉じる。小弱でないなら大丈夫だろう。ヒラヒラを噛み殺しこれで話も吾輩の事も見るだろう。
「消えたか・・・、寝よう。」
「寝るな!恐ろしいと思わないのか?ヒラヒラを消したのは吾輩だぞ?獲物を取られて悔しかろう!」
「全然?別に食べないし。それで何なの?暇なの?私は寝るので忙しいの!暗くなって王様である私にオヤツが来るまでは寝てたいの!」
王様?様とは敬う者に付けるものだったか?魔女も姫様と呼ばれる事もあった。ならばにゃん太は偉いのか?分からぬ。そもそも偉いとは何なのだ?強いならぼんやりと分かる。暗い場所で吾輩は強き者であった。クロエに敗れはしたが、小弱よりは余程強い。だが、強い=偉いではない。それならばクロエは毎日面倒とは言わないだろう。
「にゃん太は偉いのか?」
「当然!寝て起きたら飯があって、ちょっと鳴けば顎の下をマッサージされて、縄張りを散歩して他の猫と交流してればまたご飯が来る。そもそもお前は飯が取れないから恵んでやったんだろ?ちゃんと食ったか?ただでさえデカいんだからちゃんと食えよ?」
「それは・・・、偉いからそうしてもらってるのか?」
「偉くなきゃ飯は自分で用意するだろ?大きかったのも多分偉かったけど、私にはちゃんとご飯を渡してマッサージもした。小さくて白くなったけど、それは変わらない。なら、あれよりも私は偉い。」
謎の多き所だ。話したいと言って話してみたが、どうもこのにゃん太と言う者は偉いらしい。話を照合してみたが確かに筋は通っている。なれば、吾輩もこれを敬うべきなのだろうか?




