237話 偽り 挿絵あり
大掃除で短いです
任務そのものは対象を通じての観察。ただ何事にも順序というものがある。現時点ではなんの接点もない私が同行を申し出ても不審がられるだろう。運良く彼等の後に並べたがその後に来た集団の声量が多少大きく、対象達は何か話しているようだが聞き取れない。内容も気になるが、後ろとは言えこれ以上接近すれば不審がられるだろう。ただファーストと対象が確実に知り合いで、良好かつどちらかからゲートへ・・・、命の危険のある場所へ赴くに当たり協力要請か或いは庇護を申し出る程仲がいい事が分かった。
軍部から貰った資料では対象とファーストは幼い頃からの知り合いとされており、彼女の実子と幼馴染という関係で先にいる工作員が観察した限りではその点に瑕疵はないと報告を受けた。ただ警察にしろ公安にしろ優秀で、それ以上は掴めた事と言えば実子に特定の女性がいると言う事と、ファースト本人に付いては色々と探りを入れられる範囲で入れたらしいが皆、口を揃えて美女の夫婦だったと証言する。
俄に信じられないが国が違う以上、真っ向からの否定も出来ず。更に言えば古くからの知り合いとされる人物から入手した結婚式の写真では、ファーストと妻とされる人物が2人でウエディングドレスを着た姿が写されていたし、勤め先とされた会社にも探りを入れたが出てきたのは、出社せずに在宅ワークで行ったとされる仕事の内容に入社時の履歴書。
最初の被害者として間違い無いと確証は得られている。ならば何故彼女がそこにいたのかと言えば、設計図を引く為の現地調査だったらしい。当所、巻き込まれたのは男性とされていたが、これは正式にテレビ局が間違いを認め女性としてHPに公表してある。息子方面の繋がりや娘方面の繋がりを探っても今の姿しか出ず、本名がツカサと言う事が分かったくらいだが、これ以上探り続ければこちらが特定されかねないと個人に対しての諜報活動は停止している。
ゲート前には警官が待機し、ドッグタグを見せたら入場としているが、警官自身も入場巻き込まれ事故を避ける為か左右に分かれて見ている。祖国でもよくよくあるが、潜る相手が見つからない者が先に並ぶ者に背後から飛びかかるようにして入り、無理やりパーティーを組む事がある。外に出て訴えれば相手は逮捕されるが、中で良好な関係を築けばお咎めはない。しかし帰ってこないなら互いにそれまでだ。ただ、互いの到達階層がある程度同じ辺りでなければ成立しないので最近は行われる事が少ないと聞く。
無理やりパーティーで入ろうとも、最高到達階層はパーティー内の最低到達階層までしか行けないのだから、無理やり奥へ行こうとしても不可能だ。
「だから、実入りがいい10階辺りから始めてればいいだろ?飯とかも準備したしさぁー。倫太郎もそれでいいだろ?」
「そうは言ってもそこから5階層分降りるとなると泊まりだぞ?今の俺達なら5階当たりでもう少し腕を磨いてから降りる方が安全だ。この前はたまたま上昇アイテム持ちの人がフリーで組んでくれたから行けただけだしな。まゆりはどう思う?」
「私もあんまり先に行くのは止めた方がいいと思うかな?それよりセーフスペースで採取の方が確実じゃない?6階層のセーフスペースの物でもまだ欲しがる所はいっぱいあるし。」
「いや、俺達上昇アイテム無いからセーフスペースに行く=15階層まで行軍だぞ!?」
「まゆりは行軍したいんだろ?なら、セーフスペース経由して先行こうぜ!倫太郎諦めろ!」
「だから!2日分くらいの飯は持ってるけどそれ以上の物資やらテントはないの!風呂にも入れず数日過ごせるか?」
「うっ・・・、それは平気じゃないかも・・・。空さん早く帰ってこないかなぁ。また補助してもらいたいんだけど。至君何か知らない?」
「研修中だろ?いない人よりも今日どこから潜るかだ。」
「ねぇねぇ、いっその事ゲートじゃなくてカラオケ行かない?たまにはストレス発散・・・。」
「まゆり・・・、東京で使った金貨3000枚は俺達の当面の活動資金+生活費だ・・・。階層は選んでも入らないと言う選択肢はない。」
「それだ倫太郎!俺達インナーがゲット出来たから奥も行けるだろ〜?それなら・・・。」
順番は進み対象がゲートに入ろうとする所まで進んだが、後ろのグループはまだ揉めている様だ。そこでふと思ったが、女子高校生1人で入るというのは違和感を覚えられないだろうか?失念していた訳では無いが私も中位となり単独でうろつく方が増えた。全くいない事もないが大抵は2人以上が多い。ここは一旦引いて機会を伺う方が得策か。まだ学校も始まらず接点すら無いのだ。一緒に潜ろうと申し出るには今の状況は違和感しか無い。
これがせめて対象も相手を探している状況ならやりようもあるが、流石に列に並んでからは無鉄砲が過ぎる。ただ、各地を回って得た感覚なら相手を詮索しない事の方が多い。だが、慎重を期すなら離れるべきだ。迷う時間は終わりこの場を離れようと動いた時予期せぬことが起こった。
「入るのはいいが10階層!」
「死ぬ気か馬鹿!装備が足りないって言ってるんだ!」
「落ち着いて2人とも!」
「えっ?」
「あっ!!」
「おっ!おおっ!ツカサさん!」
「手を離すな飛び込む!」
どちらに転ぶかは分からないが、私は後ろのグループの誰かが背中にぶつかり押されたのだ。タイミングは最悪で対象達がゲートへ入る瞬間。立ち止まろうと思えば立ち止まれる。拡張に至った私なら地面に身体を釘付けにでもすれば無理な体勢だが踏みとどまれる。しかし、劇的な出会いを果たし印象に残すという工作を行うなら、このまま入るのがいいのではないか?
問題があるならそれはファーストが私に気付くかどうか?しかし、悪意ない不慮の同行者を疑うのかと言われれば余りにも警戒しすぎなのではないか?私がいいように考えていると言うのは分かるが、客観的に考えても今の私に悪意はない。寧ろ最初から悪意などないので隠すものはない。好都合と捉えるなら私が対象に好意を抱くだけの事が起これば、今後の活動は更にやりやすくなる。
「いっててて・・・。」
「いるな?君は?結城君怪我は?」
「すっ、すいません!私後ろから押されて・・・。」
顔を上げるとファーストが矢継ぎ早に状況確認してくる。端的で分かりやすい。確認しながらも手にはパイプを持ち周囲に目を向けている。そんな彼女と共に入った対象は私の下敷きになりクッションの代わりを果たしている。女性である事を声だけではなく身体にも伝えておくか。そこまで盛っていないが胸を押し付けておく。この年代なら嬉しいだろう。ただ、これは一瞬でいい。
「ごめんなさい!すぐに退きます!」
「大丈夫大丈夫、女の子はみんな軽いから!と、君誰?」
「時枝と言います。後ろで順番待ちしてたんですけど、その後ろのグループが揉めてて誰かが背中にぶつかってきたんです。本当にすいません!」
「えっ、君も含めて後ろのグループじゃなかったの!?」
「いえ・・・、私はその・・・、ソロです。」
職はどちらを明かす?肉壁ならパーティーだと恥ずかしいからと言い訳は立つ。私の武器は夏目の様なボディースーツではなくもっと面積の少いワンピース水着の様な物だが、灰色になっているのでダメージを受けて露出する確率は低くとも中位だと一発でバレるだろう。なら、サバイバーを名乗る他無い。
箱の回収優先サバイバー。これならソロでも疑われにくい。戦闘に関しては素人に毛が生えた程度、到達階層には言及せずに小遣い稼ぎに潜っている。転校する事は確定なので後は別れ際までに同い年アピール出来ればそれなりに繋がりは確保出来るか?いや、話の流れに乗ればいい。必要なのは不自然を失くす事だ。
「ソロか。なら別行動でも構わないのかな?私達も小遣い稼ぎだけど人数が増えて実入りが減るのはお互いに嫌だろう?」
「いやいや、女の子独りって危なくないですか?クラスでも大抵チームで潜ってるし。」
「結城君、それは間違いだよ。ソロにはソロの理由があるからね。時枝さんアナタの職はなんですか?」
不味い事になった。回収優先サバイバーだと同行者ではなく放逐される可能性が出て来た。足を捻った事にする?駄目だ回復薬を使えば問題ではない。なら、肉壁を名乗る?野良の中位がいる時点で国へ報告される案件だ。それだけは回避しなければならない。なら、素直に名乗って残念だが同行は諦め・・・。隠れ蓑は眼の前にあるじゃないか。私もバレたくないがファーストもバレたくはないはずだ。
「サバイバーです。お二人の職はなんですか?えっと・・・、ご兄妹とかですか?でも、すごくいい声ですね妹さん。メイクもバッチリみたいだし。」
白髪に真っ白な顔のメイクは流行っている。なら、兄妹に間違うのは問題ない。牽制を込めて声まで言及したので後は反応次第。互いに目配せしているが主導権をどちらが握るのか?ファーストが握るのが普通だろうが、見ず知らずの私に正体をバラす事を良しとするかどうかで対応が変わる。サバイバーの撤退はまだその時ではないとしているので、まだ言葉選びさえ失敗しなければ大丈夫だろう。頭の中でサイコロを転がすような音がするが、ファンブルでなければいい。
「僕は工藤って言います。職は魔術師:土で5階層で出る予定なんだけど・・・。」
「ツカサ。職は剣士で変わった出土品で戦ってるよ。因みに兄妹じゃなくて保護者だからよろしくね。」
剣・・・、士?いやいや、天下の魔法使いが言うに事欠いて剣士!?確かに賢者という情報は開示されている。なら、第2職として剣士を選択していた?いや、早まるな。下手に突くとブラフであった場合私が絡め取られる。なら、話を合わせながら観察すれば良い。そんな私を尻目に手には黒い剣が現れる。普通の剣士の剣よりも細身な剣は硬質な感じはせずにそこにある。
「剣士さんだったんですか!私こっちのゲートに慣れてないんで一緒に潜って貰えませんか?来たばかりで友達とかいなくって・・・。」
「来たばかり?」
「はい、父の仕事の関係でこっちに越してきたんです。」
嘘は言っていない。どれもコレも真実で証言に嘘はない。なら、この場では全て事実になる。意識しろ、ファーストは見るな。興味の対象はあくまで同い年の男子としろ。嫌にファーストに視線が誘導されるが、それも制御し工藤を見ろ、ボロは出すな。
「時枝さん転校生?どこか知らないけど温泉で有名だから堪能してね!と、ツカサさん大丈夫ですか?」
「ん?小さな年長者の実力が疑わしいかい?まぁ、安心して見てるといい、変わった出土品で戦う私をね。」




