230話 殺意を胸に秘めて 挿絵あり
車を収納して裏口から中に入る。姿は隠しているが釣人や散歩する人、中にはランニングしている人もいるので流石に正面から入れば騒がれる。まぁ、建物が敷地中央にあるのでスーツを着た千代田が鍵を開ける時点でコチラを伺って見ている人もいたが、どこかの業者の人間と思ったのか騒がれることはなかった。
しかし、外から見ると窓もないので巨大なモノリスに見える。建設中は窓があったので今はシャッターが降りているのだろう。スタンピード発生時はここが砦となるので、出来るだけ弱い部分を隠せる様に設計したとか?まぁ、スタンピードの時以外はシャッター開放だな。
「真っ暗ですね。電気って通ってます?」
「大丈夫なはずです。事前に視察すると連絡しているのでつくはず・・・、このスイッチですかね?」
千代田が見つけたスイッチが当たりだったのだろう。照明がつくと中の様子が浮かび上がる。裏口から入ったのでエントランスではなく資材置き場に使う為の空間か、棚と埋込式の照明だけがこの施設が生きている事を知らせてくる。棚に置いてあるダンボールを見ると医薬品と言う文字が目に付くので、怪我人が出た際にはここのお世話になるだろう。見渡す限り並べられた棚にはダンボールがあるので、多分全部医薬品なのかな?
「地図によると医薬品備蓄庫ですね。抜き打ち視察なので案内人はいませんが操作等は大丈夫です。」
「結局これって何階建てになったんですか?初めに聞いた話より大きくなったような・・・。」
「必要施設の要望を集約した際に元の設計よりも大型化しました。地下は2階、上は5階建てですね。どこから見ます?」
「取り敢えずエントランスを見て地下に行った後、上でいいんじゃないですか?」
「分かりました、ではエントランスへ行きましょう。メインブレーカーは地下と最上階に設置されています。なにかの際はそこを操作してください。」
部屋の外も暗いかと思いきや廊下は明るい。その廊下をコツコツと靴の音を響かせて歩く千代田の後をついて行く。見渡すと天井にはプラカードがぶら下がり矢印で何々室方面と書かれている。設計の段階である程度何に使う部屋か決めていたので明示してくれたのだろう。次いでに言えば廊下にも色とりどりのラインが引かれているのでエントランスから入れば迷う事はないと思う。
建物が新しいせいか歩く中で漂う匂いは、石油製品特有のものが漂い、埃っぽくはないもののどこか人を拒絶しているように感じる。まぁ、通い慣れればそれは薄れるだろう。現段階で言うなら異物は少数の俺達であり、家主は暗闇とこの香りだ。かなり広いエントランスに着くとインフォメーションカウンターを正面に置き左右にゲート入場口と企業用窓口が設置されている。粋な計らいと言えばいいのか、壁にはコルクボードが設置され不特定者用依頼ボードとしてある。その奥は酒場兼食堂かな?
「この依頼ボードって雰囲気はありますけど実際使うと思います?」
「それは稼働後の状況次第でしょう。大企業は一定数の腕に覚えのあるスィーパーと懇意になっているそうなので、指名依頼としてその方達が受け、それで手が足りない時にボードかスマホアプリで対応する事となります。まぁ、依頼以外でも入ればお金は稼げるのでコレばかり見ている人は少ないでしょう。」
感覚としては日雇いバイトの依頼書張り出し口か。出土品をギルドを通してオークションで売るのか、依頼主に直接渡して満額もらうのかは本人の自由だ。因みに取引は電子マネーなのでかさ張る物はないし、不特定者用依頼は先払い式で依頼主が依頼期間を決めて張り出し、指定品がギルドに納品された時点で終了となる。スマホのアプリにも連動しているので情報入手速度が物を言うが、自分に出来る出来ないの見極めが肝心なので、朝早くよりもゲートから帰ってきたタイミングで依頼を受けて即納品と言う流れになるのではなかろうか。まぁ、先に依頼を受けてそれにかかりっきりでも問題はないのだが・・・。
「少ないでしょうけど・・・、ココが1号でネットで依頼を見られるにしても相当混雑しませんか?」
「・・・、大分行きのフライトチケット、船の乗船券は稼働予定日付近の物が全て売り切れたと聞いています。」
「・・・、増強配置!交通整備から受付まで全て増強配置!絶対仕事回りませんよ!!」
「政府の見通しとしてはネットでも依頼は受けられますし、スィーパー派遣会社も多数を設立されています。全てがここに集約される訳ではありません。ギルドはスィーパーの管理や取り締まり、出土品の精査や保管、他ゲートそのモノの管理業務者でしょう?」
「法律で分からない事があれば弁護士、ゲートで分からない事があれば?」
「ギルドでしょうね。」
「多分、チケット買ったのはその分からない事のある企業人ですよ?法律関係なら熟知した人がいます。なら、出土品で払い下げ出来ないモノの説明する人は?少なくとも私は鑑定師ではないので判定機で判定は下せても、何がどう危ないかは説明できませんよ?」
「その点は大丈夫です。出土品鑑定スタッフとして神志那君を滞在させます。ゲート内が地続きなので彼女の体力が大丈夫であれば何度でも行き来は出来るでしょう。」
澄ました顔で無茶な事を言ってやがる。神志那の体力のなさは折り紙付きだ。それこそこの前の飲み会で腕立て10回出来たと嬉しがっていた。スィーパーである以上、ある程度イメージがあれば補えるのだろうが、彼女の場合運動そのモノに対して彼女自身が出来るイメージを持っていない。そうなるとかなり厳しいような・・・。
それに企業人相手にまともな受け答え出来るのかな?プライベートでにゃーにゃー言おうと構わないが、相手は企業人だしな・・・。いや、逆ににゃーにゃー言ってもらうか。そもそもギルドは新しい施設なので何の馴染もない。最初から喧嘩腰に話すよりは節度を持ってフランクにしてもらうくらいでいい。にゃは方言とでも言えば押し通せそうだし、恐いギルドになるのは犯罪者相手でいい。
普段から怒ってる人が怒ってもまたかで済むが、優しい人がブチ切れる方が恐い的な?どうせスタンピード以外は外にしても中にしても、スィーパーと一般人がわちゃわちゃしてるんだしそれくらいでいいだろう。
「鑑定等の対策は分かりましたが増強配置を望みます。では下に行きましょうか。」
「階段とエレベーターがありますがどちらにします?」
「行きはエレベーター、上りは階段でいいでしょう。」
千代田の先導で地下2階へ。ここも設計が変わったのか地上行きエレベーターなるものがある。いざという時はここからも出撃出来るな。他は階段やらトレーニングルームなのかベンチプレスやエアロバイクが置かれた部屋にシャワールームと・・・、温泉?エアロバイクで汗かいて温泉浴びたら酒場へGO!スパかな?
「掘ったら温泉出たんですか?」
「ええ、市長からお金は出すから調査して出るなら掘ってほしいとオファーがありました。調査の末出る事が判明したのでこうしてスィーパー用の入浴施設として利用しています。ただ、源泉がかなり高温だったので建物内をパイプで通して暖房システムとしても利用していますね。」
「ここだけフィットネスクラブみたいですね。まぁ、好きなので入りますが。」
無料温泉ゲット〜。後でこっそり入ろうかな。まぁ、知り合いがいたら嫌なので入るにしても深夜とかになるだろう。トレーニングルームにR・U・Rも設置するのかと思ったら違う場所になるらしい。図面を見ると3階に専用の部屋を作った様だ。かなり広く取っている所を見ると台数は増えるのかもしれない。それに出力室も完備しているので他の人が模擬戦しているのも観覧出来るようだ。
そんな地下2階から厳重に隠蔽された階段で地下1階へ。ここはフロア全体が更に厳重警備されているのか千代田がカードキーや暗証番号を打ち込んで入る事が出来た。ここは当初の予定通りのようだ。伽藍としたコンクリート打ちっぱなしの壁と重そうな扉は何とも似合う。
「本部長や要人の特別侵入口ですか。この溝にゲートを挟み込むんですよね?」
「ええ、ゲート格納後油圧ジャッキで止めます。ジャッキ自体はここ以外にも何点か設置されているので簡単には倒れないでしょう。この建物自体の耐震強度も震度10の地震でもびくともしないとされています。」
「なるほど、他は全部金庫と言う認識でいいんですよね?」
「そうなりますね。出土品で危ないと判定されたモノはここに眠る事になります。設計図もここに安置しようかと言う話もありましたが、中位の戦闘能力を見るに指輪へ収納していただいた方が安全ですね。」
「了解したくありませんが、泥棒を考えるとそうなりますね・・・。」
自分がどうにかできてしまう分、安全策を取るなら指輪の中だよなぁ・・・。さっさとラボに運ぶと言う手もあるが、仕事中に早々ここを離れる訳にも行かない。折を見てまとまった数が揃ったら運ぶとか?まぁ、何にせよ出てきたら買い取りから考えないといけないのか・・・。
「電子キーと暗証番号、指紋認証に虹彩認証、最後に固定処理を施した大型南京錠等々。簡単には入れない仕組みを施してあります。侵入者を検知した場合即座に隔壁が降り中を特殊ベークライトで満たし侵入者毎固めてしまいます。なので、くれぐれも認識システムを面倒臭がらないように。普段は大気発生装置で空気を生み出しているので通風口もありません。」
「面倒くさがらないのはいいですが、これって侵入者殺すシステムですよね?」
「その為のシステムです。私から言わせればこれでも甘いと思います。中位のスィーパーなら扉を破るくらいやるでしょう?」
「発見されて逃げ切れる自信があるなら間違いなく。はぁ~、魔法置いときます。」
「置くとなにかあるんですか?」
「千代田さんを疑いたくないので何があるか言いません。」
キセルを取り出しプカリ。ここに来る人自体少ないし施工業者も知っていたとしても入れないようにすればいいかな。前後不覚の魔法を込めてついでに、もう何個か迎撃用の魔法を込めて適当に床に転がす。そもそもエレベーターで見た時は地下は1回表記しかなかったので、この空間にエレベーターは止まれないし、隠し階段もこの階より上へ続く物がなかったので逃げるのはかなり難しいだろう。
そんな隠し部屋を見て次は地上2階へ。ここは医療フロアなのかベッドがたくさん置いてあったり、勤務者とスィーパーの託児施設が併設されていたりと、全体をパステルカラーで纏めてあるのでここだけ本当の病院の様に見える。医薬品の運び込みもあらかた終わっている様なので稼働すればすぐに対応出来るだろう。
妻もここに務める予定なのでちょっと憧れるオフィス・ラブが展開されるかも?まぁ、実際は人や患者が多くて暇がないかもしれないが、昼食くらいなら一緒に食べられるだろう。
「病床だけで30床。カーテンで仕切るのでその数となりました。一応、重症者用の部屋は区切ってあります。」
「これだけあれば文句はないでしょう。基本はスィーパー用の救護所ですし。老人が治療を受けるなら病院へ、ですね。」
法律が出来たので一般人で溢れかえる事はないだろう。ただ、医者が常駐したらそこは病院なので全く来ない訳ではない。カルテとか保険証とかどうしよう?今まで救護所ってボランティアの範疇だったから多分何も作ってない。医療事務出来る人も手配しないといけないのだろうか?
「ギルドでの治療は全て自由診療扱いとなります。なので、だいそれた金額でなければ好きに決定してください。目安として骨折なら金貨10枚とかでしょうか?スィーパーの金銭感覚と一般人の金銭感覚は違うので円換算すると高額ですが。」
「金額はいいです。保険適用外なら医者にカルテ作ってもらうだけですからね。寧ろそれも省けます?」
「後からここも悪かったのに治療されてないと言う、押し問答をしたくないなら医者に問診させてカルテ作った方がいいですね。寧ろ医師会としてはその辺りに居場所を求めないといけないようです。」
「了解です。なら、回復薬を処方箋扱いで高めに売るとしましょう。しかし、医師会も医療研究者として方向転換した方がいいと思うんですけどね。」
唾つけときゃ治るの代わりに回復薬飲んどきゃ治るを発動。実際風邪とか飲めばすぐ治るし熱も下がる。1時間くらいすれば余裕で走り回れる。噂によると回復薬とエナドリのおかげで今年はインフルエンザ患者が少なかったとか。調合師雇用した会社の薬はかなりよく効くらしいし、歯医者が治癒師なら虫歯も削ろうが元に戻せる。免許で飯食ってた奴には大打撃だが、問診方面に力入れだしちゃったかぁ・・・。こっちは技士が欲しいんだけどな・・・。
そんな2階を後にして3階4階は備蓄庫と警察やら鑑定師が配置される場所だが伽藍洞の部屋が多く、荷物のある部屋は缶詰やら水やらが大量に置いてある。序に言えば空のダンボールも多く置いてあるのでスタンピード対策だろう。重なり合わない様に出現するなら空間を埋めてしまえばいい。空のダンボールには後からなにか詰めておこう。銀の玉とか無理したら入りそうだし。
そしてついに来た最上階!本部長室またの名をギルドマスタールーム。まぁ、何がある訳でもなく俺がこれから書類に埋もれる場所があるだけ。そう思い扉を開くと机と椅子、他はなんかアンティークっぽい調度品が置いてある。趣味が否かと聞かれたら趣味がいいので悪い気はしない。ただ、机の上に稼働後の10日間は来客者の為に禁煙と殺意を抱くには十分な事が書かれていた。
「部屋は気に入りました。ただ、この紙を置いた奴は殺処分ですね。」
「10日間仕事中に控えるだけです。喫煙室では吸っていいので我慢してください。」
その10日間で何があるんだよ・・・。まだ稼働もしてないのに今から憂鬱だ。




