205話 尻拭い 挿絵あり
あ奴やりやがった。この後のプログラムを全部ご破算にする暴挙!確かにリタイアや棄権は認められているがここまでまともに戦っていたので、本部長になりたいのだと思っていたがここまで来て全部放棄して脱落者になりがった!合法的に飛ばして僻地にでも送る予定だったのに!
「えーと、全て試合放棄で脱落者・・・、予想外の展開です。」
「一度、審議の場を設けます。それまでは進行を中止しなにか代替え的なモノを流します。」
千代田も予想していなかったのか大急ぎで指示を飛ばしながら電話をかけている。合法的に認められた権利の主張なのでここで無理やり戦えとは言えないし、初期目標としての足りない本部長の枠も誰々に負けた!と、言う事がないので遺恨も残さない。ここから訓練して本部長になる事を考えると理想的な結末ではあるんだが・・・。
ただ、問題はここまで事を大きくして最後がこの結末と言うのは残った選手としてはいいかもしれないが、放映権を買った側としては納得いかないだろうなぁ・・・。手空きの現本部長達でバトルしてもらうとか?流れとしては代替え案はそれくらいかな?
「クロエ、ちょっと控室へ。発言通り審議しましょう。」
「分かりました、その間は場繋ぎとして私と赤峰さんの戦い及び海外に流していない映像を流しましょう。そうでもしないとクレームの嵐ですよ・・・。あのストーカー野郎!ここ一番でやってくれたのぉ・・・。カオリ、赤峰さんとの映像は初日に流したものがあると思うからそれでよろしく。他の映像も大急ぎで用意させるから。最悪手空きの講習会メンバー達に模擬戦依頼する。」
「分かりました、噂のストーカーは彼だったんですね・・・。どうにか繋いでいきます。」
望田に後をお願いして実況席を離れ控室へ。さてどうしたもんかなぁ・・・。さっき考えた代替え案で行けるならお茶を濁す事になるが大丈夫だと思う。賭けも次の試合と言うか、その試合毎にやっているので、払い戻しも大規模とまではいかないだろう。一番嫌なのは勝敗付けずにこのまま残った選手を本部長にする事に対しての異議申立だが、強さそのモノはバトルロイヤルとトーナメントで疑われる事はないと思う。
「さて、控室を出てすぐに戻って来た訳ですが何かいい案はありますか?」
「私もそれが知りたいですが、取り敢えず本部長は決定しました。明確な脱落者が出たのに戦わせるのは正直な所意味がない。やった所で戦意はないでしょうからね。そうなると代替案の模索となりますが・・・、手空き現本部長による模擬戦が妥当ですかねぇ?或いはそれに付随してお土産を渡してお茶を濁す。」
「ふむ、エキシビションマッチという案はどうです?私としては却下したいのですが、その声がない訳ではない。ただ、この案は最終的に何も出来なかった時に行うものとしたい。無論、勝ってもらいますよ?」
タバコをプカリ。エキシビションか・・・。分からない訳ではないが勝っても負けてもいいことはない。勝てばヤラセと言われるだろうし負けるのは論外。前に千代田に赤峰との模擬戦の話をして分かっている。そうなるとやはりお茶を濁せる程の材料か。ん〜、各国から1人専任してまた講習会を開く?いや、それは流石に無理だ。国連加盟だけでも193カ国。それをまとめて面倒見るとか、或いは順次呼んで行うと言うのは合理的じゃないし、何より中位に至るまで居座られても困る。
そうなると土産で懐柔して納得してもらうか・・・。要人達なら多分それで納得する。ただ、視聴者として納得するかどうかだな。盛り上がってラストバトルと意気込んでいた時に急に脱落と言い出した輩がいるので経緯は見たら分かるのだろうが、経緯が分かっても納得できるかは別の話なんだよなぁ・・・。そうなると、試合より納得できるモノが必要な訳で・・・。
「取り敢えず要人には魔法を渡して納得してもらいましょう。1人2個程度、米国にも渡しているので研究の遅れを危惧するところほど欲しいはずです。後は・・・、魔法講座とかですかね?米国でも魔法は難しいとされているので、魔術師向けの魔法講座あたりならお茶を濁せるとは思います。それでどうでしょう?」
「魔法の内容はどうするおつもりで?」
「クラッカーと広範囲ビーム無効辺りが妥当かと。流石に攻撃魔法を渡す気はありません。テロに使われても事ですし研究用なら妥当かと。まぁ、作るなら会場で作成して手渡しでしょうね・・・。」
話しているさなかも時折耳につけたインカムを抑えているので、会場や各方面からの連絡がバンバン入っているのだろう。赤峰との試合映像も10分少々、R・U・Rを使っているので立体的に見えるが結末の分かった試合だしな・・・。非公開映像はあまり多くないので場繋ぎにしてもパンチは弱い。早々に方針を決めてしまいたいのだが・・・。
「現在場繋ぎとして模擬戦から奥の様子等の動画までを放送しています。尺が短い資料映像もあるので、流石にそろそろ方針を決定しないと場繋ぎも限界です。魔法の件は難色を示す方達もいますが仕方ないでしょう。握手会と魔法の受け渡し及び魔法講座という方針で落ち着きそうですが、講義内容が稚拙では納得しないというのが上がった意見です。糸出しでは流石にお茶を濁せませんが、どうします?」
「流石にそれでは駄目ですか・・・。・・・、電波塔建設は36階層でも完了していますよね?」
「ええ、通信や映像にラグはありますが完了しています。随時個数を増やしているところですね。」
「稚拙な講座が駄目ならいっその事実践形式で中層、51階層へ足を踏み入れましょうか・・・。これならパンチも何も完全本邦初公開ですから文句は出ないでしょう。」
半ばヤケクソだが納得すると言うならこれだろう・・・。本当は糸出しや魔法を渡す方を解説する方が遥かに楽なのだが、糸出しも駄目となるとこれが1番マシな解決方法かなぁ・・・。それに予想だとたぶん次はセーフスペースだろう。いきなり訳もわからない中層で戦わせるよりは一旦様子見させるだろうし、何より50階層を越えると次は10階層分潜る事になる。セーフスペースの配置間隔的には61階層と考えられない事もないが、今までの経験則で言えば、5階層降りた先にセーフスペースがある事が多い。
なら、総合的に考えると確率的なものだが次はセーフスペースだろう。まぁ、誰も知らないのでこれなら完全に文句無しでお茶を濁せる。問題は誰と行くかだが・・・、宮藤だろうな。連れて行かないと怒るだろうし。
「それは・・・、OKが出ないとは考えないのですか?」
「考えませんね。いずれ行く場所です。それが早いか遅いかの違いしか無いならさっさと行って攻略動画にでもしたほうがいい。それにここを掃除できれば基本スタンピードは起きないはずです。残念な事にこれは国益の問題ではなく1つの種として直面する問題、ならここで奥の姿が共有できれば危機管理的にもいいでしょう?危なかったら逃げますよ。では!」
「待って下さい!まだOKとは!」
千代田の声を後にさっさと走り出し宮藤に連絡。今日は物販会場の方にいるようだが、秋葉原ゲートから51階層に行くという一言で持ち場を誰かに預けてすぐに来るとの事。リアルタイム放送用のカメラは前から使っている首輪型カメラが奉仕刑用に改造されたものがあるので、それでどうにかなる。服をゴスロリに着替えてカメラを装着。ゲート前で待ち合わせして合流前に千代田に電話すると、諦めたような声が・・・。割と無茶を言っているので後で胃薬でも差し入れよう。
「ゲート前到着です。カメラチェックしますが大丈夫そうですか?」
「会場で総当たり戦をやらなくなった時間分、51階層の動画を流すと言う事で了解を得ました。ただ、状況にもよりますがある程度指示があるかもしれません。当然と言えば当然ですが、戦闘に関するものは無視してくださって結構です。場所は秋葉原ゲートから入りますか?」
「ええまぁ、ここが1番近そうでしたからね。一緒に宮藤さんも潜るので、余程の事がなければ大丈夫でしょう。お、近いせいもあってか来たみたいですね。」
「お待たせしました、カメラマンの宮藤です。」
「最初の配信じゃないんですから今は英雄でしょう。もしかして、もう撮ってるんですか?」
宮藤も首にカメラを付けているのでカメラマンである事に違いはないのだが、どちらの映像を優先して流すかは勝手に決めてもらおう。感覚としてはダブル生放送だし、互いに見ているものが違えば興味の対象も変わってくる。
「ええ、リアルタイムで会場に流れてるならクロエさんの顔が大画面に表示されてるんじゃないですか?」
若干屈むようにしてカメラを俺の方に向けてくるが、そんな事しなくてもいい。ただ、放送の意図が分からないかも知れないので説明はしておくか。
「私の顔を映しても面白くないので、前を向いておきましょう。では、行くとしますか。50階層からの放送でーす。本部長は選任されましたが、予期せぬトラブルの為に総当たり戦が放送できなくなりました。そこで、お詫びとして中層、51階層の映像を流します。私自身も初めて足を踏み入れるので、そこがセーフスペースなのか普通にモンスターがいるかは不明です。今回は私と宮藤さんで潜りまーす。」
「いつも通りですね、緊張とかないんですか?それと、はいどうぞ好きな銘柄のタバコです。」
「怯える時間は疾うの昔に終わっています。日本で米国でゲート内で、あらゆる所でモンスターと戦ってきたんですよ?今更です。一本吸いながら行きましょうか。」
タバコを咥えると宮藤が魔法で火を付けてくれてので、俺も宮藤のタバコに火を灯す。吐き出した紫煙は2月の風に吹かれて消えていき、微かな匂いだけが残る。ゲートを潜り50階層、中々手酷い歓迎だな!運悪くゲート周囲での待ち伏せに遭遇したか!俺は空に舞い上がり宮藤は目に付いたモノから焼き落とす。ゲート反対側のモンスターは動こうが煙で巻取り串刺しにしてさっさと処理。次へ向かうゲートはあちらか!
「宮藤さんは飛べましたっけ?ゲートの位置は把握しました。」
「神志那さんのアレと似たような物を買ったんで大丈夫です!ただ、不慣れには目を瞑ってください。」
指輪から神志那の物より大きいルンバを取り出して飛び乗り追走してくる。高度を下げるか、7mは上に飛んでいるし。大勢ならその高度でもいいだろうが2人だと宮藤にモンスターの攻撃が集中しすぎる。キセルを取り出しプカリと1つ。ビーム減衰用の魔法を2人で纏い突き進む。本当は無効出来るといいのだが、何分出力が上がってるんだよな・・・。1人なら無効でもいいが、流石にそれで視界を奪うわけにもいかない。
「中々いいライディングじゃないですか!スノボーとかスケボーやってました?」
「片腕なくなってからやってる体幹トレーニングの賜物です!間違っても自分より前に出ないでくださいよー?スカートだから全世界にお尻丸見えになります!」
「忠告どうも!必要な時と場合以外は出ないようにします!」
レーザーカッターが怖いので少し先を飛んでいたが今は並走。下着は何時ものあれなので、文字通りパンツではなくお尻が見える。早着替えで短パン出そうにも早すぎて置き去りになるだろうし、タイツはパンツがずり落ちない為にベルトの意味も込めてガーターベルトで吊っている。着々と娘から女子力を上げられているような気がするが、ゲート内で破れた時に片方だけ変えられるので便利なんだよなぁ・・・。
「どんどん追ってきてますね、仲間達よ憎きモノを焼き落とし戦火を鎮め灰となろう。」
「50階層手前くらいから待ち伏せは多くなりまーす。襲ってくるモンスターも数が増えまーす。隠れてやり過ごすか、自信があるなら多数を殲滅して下さーい。来いバイト!貸してやろう群れを。従えよう従僕を、従順に従順に頭を垂れて従えば、褒美に煙を分けてやろう。」
炎の兵達と犬達がモンスターに襲い掛かり、後ろはこれでいいだろう。放送しているのでバイトは白い大きな犬のシルエットだが、モンスターをどんどん削って倒しているので良し。無言でこのまま飛んでも仕方ないので、少しくらい魔法の事を話すか。
「思考し、妄想し、空想し、操作し、具現化し、法を破る。魔法の説明はそのまま奥義でーす。前半3つでイメージや何をしたいかを明確に定めて下さーい。属性があるならそれに沿ったイメージはより強固になりまーす。ここで否定すると破綻しだすので出来ると言う完成したイメージを持って下さーい。宮藤さんは灰も操れまーす。」
宮藤の方を向くと片手でルンバを掴み乳白色の灰の腕で手を振り器用に花を作って出した。卓でも難しいと言っていたが、まぁイメージがそれに沿っているので仕方ない。元々家が焼けた所からのイメージだし。
「次の3つで魔法を完成させまーす。大雑把にしたいなら絵本。理論立てて組み立てたいなら参考書でーす。漫画もゲームもいいですが、変に魔力値が〜と言い出すと自分を縛り上げまーす。なので、自由な発想と理論でじゃんじゃん法を破りましょう!糸にしろ魔法の受け渡しにしろ鍵は具現化を固定したまま法を破れるかによりまーす。何にしてもイメージなので学んで鍛えて下さーい。頑張ればこんな事も出来まーす。」
モンスターの犬が仲間を投げつけてくるので煙で鹵獲してモーニングスターの様に振り回して殴りつけ、放たれたビームを影に取り込みモンスターに打ち返す。辺り一帯を吹き飛ばしてしまおうかな、特に制約もないし。魔女も心なしかウズウズしているような気がする。宮藤はレーザーカッターを巧みに躱しているし。
「災禍起こりて地に溢れ、立ち昇るは紅き焔・・・、火山。」
やる前に宮藤に取られた・・・。景気よく地面が噴火しどんどんマグマが溢れている。炎の兵ごとマグマの海にモンスターを沈めてしまったが、当の兵はバタフライしながらモンスターに飛びかかっている。あれから逃れるのは至難の業だろう。俺も消し飛ばしたかったのに・・・。
「こうして魔法講座を聞いてると初めてゲートに入った時の事をしみじみと思い出しますね。って、どうしたんですが?恨めしそうな顔して。」
「いえ、私もほんのちょっぴり暴れたかっただけです。外で暴れると被害がね・・・。今のでモンスターもいなくなったたので、気持ちを切り替えて先へ行きましょうか。バイト、クリスタルの回収は任せた!」
吠えもしない犬は1つ頭を下げて走り出した。宮藤の魔法に巻き込まれていくらか群れの数は減ってしまったが、まぁ大丈夫だろう。見えてきた次へ進むゲートへ飛び込みいよいよ中層へ。予想通りならセーフスペースなのだが・・・。
「明るい?」
「50階層よりは遥かに明るいですね。」
今までが薄暗がりだとすればここは曇天とか早い朝焼けとかだろうか?セーフスペース以外にも所々少量の草は生えていたが、ここは草原と言う程に茂っている。まぁ、どの植物?も奇っ怪な形をしているので、ここを地上の何処かで撮影していると言うなら、そいつはゲートの中を知らない奴だろう。
辺りの草も死肉色から何やら茶色になったり赤があったりとほんの少しばかり風景と呼べるものになってきているし、空には鳥っぽいモノもいる。遠巻きにこちらを見る三つ目の馬もいるので、ゲート内である事は疑われないはず!
「本邦初公開、中層でーす。明るいのでわりかし周囲は見やすいでーす。今の所モンスターの気配はありませーん。」
「多分セーフスペースでしょう。時間的にはここでいい時間なので放送は終了となります。」
宮藤の時計のアラームが鳴り、スマホを出して時間を確認すると閉会式間近。個人的にはこのまま調査続行と行きたいが、閉会式をすっぽかす訳にもいかない。一応、通信状況だけでも確認しておくか。取り出したスマホから千代田へ連絡。コール音もなっているし、電波表示も2本あるのでクリアとは言わないが通話出来ない訳じゃない。
「もしもし?今から出ますけど会場は大丈夫そうですか?」
「・・・、大丈夫・・・、指示・・・、確保・・・、放送は・・・雑・・・。」
「電波強度が足りませんね。録画もされているので改めてアップするとしましょう。では。」
「・・・の確保・・・。」
LINEなら文章で来るので大丈夫なのかな?まぁ、時間も時間なのでカメラを切って適当に草と鳥っぽいモノを捕まえて脱出アイテムで脱出。ゲート前に出れたけど、放送を見た人が詰め掛けてかなりヤバそうな・・・。時間間に合うかな?最悪、千代田が副委員長なので代わりにやってくれてもいいのよ?
「クロエさん、取り敢えず飛ぶなりして急ぎましょう!」
「そうですね・・・、すっぽかしたいですが最後の締めなので行きましょう。」
刺又を取り出して横座りで座り空へ舞い上がる。宮藤もルンバで追っかけてくるのだが、俺もあれちょっと欲しいな。バック・トゥ・ザ・フューチャーのスケボー思い出すし、改造してもらえばその形に出来るんじゃない?
「クロエさん、中層に入ったら最適化って言葉が頭に響いたんですがなにか知りません?」
「いえ?私は聞こえませんでしたけど?」




