閑話 50 エマの米国内活動
アライルは付与師となった。余り聞かない職だが、戦えるのは戦えるのだろう。講習会メンバーにも付与師はいない。語感で判断するなら後方組だが果たしてどうなのだろう?職とはゲート内で戦う為の力だ。変に色眼鏡で見ると足元を掬われ、また、下手な事を言うと本人のイメージを誘導する。そう考えれば、クロエを講師ではなく助言役とした日本政府の判断は正しかったのだろう。仮に彼女が講師なら結果は出せても別の方向に向かっていた可能性もある。
「職は選択できた。成る程、言葉では言い表しづらいと言っていたし、スィーパーの感覚でモノを言うと常人の感性とは違うとは言っていたが、確かにこれは言い表しづらい。何だろうね?拡散しているのに何かに収束を求めるような感覚とでも言えばいいのか・・・。いや、検証は後からでいい。先ずは武器を入手しよう。」
「了解した。質問は出てからするとしよう。こっちだ。」
最初の箱は何時も同じ所にある。そして、それはご多分に漏れずそこにあり、アライルが嬉しそうに箱を開ける。私達が開けた時とは全く違う。しかし、それは懐かしい光景。最初の箱を開ければ武器と指輪。アライルは指輪にはあまり興味がないのかさっさと指にはめてしまったが、コレが1番の傑作だとクロエさえも口を揃えて言う。確かにそうだろう。これがあれば物流という言葉が消し飛んでしまう。大量の荷物だろうと人一人と普通車が有れば遠くまで荷物が運べ、密輸を企てたとしても限りなく発見されるリスクは少ない。
事実、米国内の麻薬密輸はゲート開通以降、指輪での密輸がほぼ100%で寧ろそれ以外の方法で運ぶ理由が見当たらない。その麻薬中毒も回復薬を飲めば回復ないし緩和出来るので、一部の地域であった合法化を拡大し、マフィアの資金源を絶とうかと言う動きもあるらしい。確かに中毒のリスクなくハッピーになる物があるならマフィアではなく政府としても資金源にしたい。
ただ、その動きの中で販売価格を議論すると、金貨1枚となるらしい。話を聞いた限りでは、麻薬を低価で売れば売るほどマフィアを縛り上げる事が出来る為らしいが、私はそもそも父が麻薬でズタボロになったので、使う気もなければ関わる気もない。ある意味、この動きは人をゲートへいざなう為のモノだろう。マフィアから買うより低価、しかし、購入する為には金貨が必要。なら、商売するより自身で取りに行った方が早い。
「これが武器・・・。独創的だね、やはり。なんとなく使い方は分かるけど、何をどうしたらいいかは教えてくれない。」
「その黒いスティックが武器か。生憎私も付与師は初めてだ。」
手に持ったのは何の変哲もない口紅程度の大きさの黒い棒。ガンナーのそれよりは小さく、治癒師の物より更に小さい。さてはて、判定機は持ってきていないため詳細は不明。しかし、2人で入ったならその武器は付与師のもので間違いないはずだ。
「スティック・・・、いやこれは付箋だよ。ふむ・・・。身体能力的には微増と言ったところかな?腰の痛みもなければ、肩こりもなくなった。老眼鏡ともおさらば出来そうだ。」
「それは良かった。で、肝心の扱い方は?私としてはこのままバイクで走破して、戦闘も任せてもらってもいい。」
「それはよそう。職を検証するのも私達の仕事だよ。余り長くするつもりはないが、互いに知らないならやるしか無い。次にいつ入れるかは分からないからね。それと、何か別の武器を貸してもらえないかな?」
「なら、これでいいだろう。護身用ならこの程度でいい。」
渡したのは分解ロッド。この棒は今のところ誰の武器という指定はない。ただ、魔術師を選ぶとこれが高確率で出るらしいので、やはり魔術師の護身用なのだろう。まぁ、魔術を使いこなせる時点ではこの棒はほぼ無用の長物となる訳だが・・・。しかし、アライルが初の教え子(?)となると、何だか居心地が悪い。それこそ、すぐに追い抜かされてしまいそうに思えてならないのだが・・・。
「貼付け、下限、上限。説明はこれだけで武器は付箋。さて、頭を働かせよう。貰えたモノはこれしか無い。しかし、これが有れば事足りると言う事だろう。先に入った先達方は偉大だね・・・。私の様に知識があればまだ抗える。でも、それもなければ嘆き出す。ファーストさんの胆力にも舌を巻く。薄暗い中に1人、未知と会おうとも前を向いたんだからね。」
「おしゃべりはいい。それは後から出来る。先ずはモンスターを倒すイメージが必要だが何かあるか?」
「すまない、あれだけモンスターの映像は見たけど流石にない。ただ、なにかできそうな気はする。」
「なら、そのイメージを固めろ。否定は駄目だ。否定すれば限りなく能力が低下する。先ずはなんでもトライする所から。歩いて行こう。」
石造りの道をコツコツと音を響かせて歩く。普通ならしないが私はこれでいい。何なら音響爆弾やドローンを先行させた方が楽だが、あまり手伝いすぎるのも悪いだろう。あくまで私は補助者だ。そこまで手を貸してしまえばここはただのアトラクションになってしまう。
スタンピード後だからなのか、それとも何時も通りと言っていいのか?やはり最初の入口付近にモンスターは少ない。捕食する為に奥へ向かうのだろうか?外にこそ出ないが、奥へ行けばゲート付近には獲物を待ち構えたモンスターがいる。ただ、いるだけで退出ゲートへは興味を示している所を見ないので、ガーディアンの存在を恐れているのだろうか?
「あれがモンスター・・・。」
「そう。雑魚だが何をするかは分からない。」
「分かった、出来る事をしよう。手札は付箋とロッド。少なくも思うが、しかし、これで倒せるから支給されたんだろうからね。」
現れたのは気持ち悪いが特筆する事はない三つ目。槍を手にしたそれは動きこそそれなりに早く、槍を使う知性はあるがビームを放つわけでもなく、触手が伸びるわけでもない。日本では観察型と命名されているがクロエ曰く見つけたら必ず倒すべき敵らしい。強い弱いの問題ではなく人をスキャンする様な動きが問題で、仮に人のデータを蓄積しているなら面倒な事になると。
背筋の伸びた老人とモンスターが対峙し私は静かにトラップを仕掛ける。死なれては困るが、私が倒してしまっては問題が出る。仮にこの先に砲撃型がいるとすれば、それの対処はアライルの手には余るだろう。何せゲート処女。今でこそ私はビームを躱す事も触手をいなす事もできるが、最初は出会うだけで死を覚悟した。
「始めよう。これでも昔はアメリカンフットボールをやっていた。それなりに動けは・・・。」
「能書きはいらん!来ているぞ!」
「くっ!確かに口は無用か!」
静かなモンスターは静かに床を走り突き立てるように槍を振るう。突かない辺り、やはりこのモンスターは低能なんだろう。しかし、成人男性が走る程度の速度はあり、捕縛しようと後ろから掴みかかれば兵士を払い除けるだけの力はある。アライルはその槍を大きく飛び退いて躱し、ロッドと付箋を構える。さて、あの付箋はどういったものか?説明はちゃんと読んでいる。後はそれで何が出来るのか?その閃きと実践だが・・・。
「投了するならソレを始末する。後続が来れば後続を始末する。」
「ありがたい、ね!」
槍の軌道は縦横無尽。三つ目の背中には隠し腕が2本ある。それも使い方、槍の軌道は人が振るうモノとは違い、無いだろうと思う所から穂先が現れる。倒さないなら手を貸す。倒せるなら任せる。そして、ギリギリなら待つ。動きやすいジャージを着て多少身体能力が上がった事から、どうにかロッドで穂先を叩いているが、腕を掠め足を掠めと血が滲み出す。致命傷ではない。しかし、やはりデスクワーク専門では無理か。
「速い軌道が読めない、そして何より小さくてすばしっこい。雑魚と言うが初戦の相手としては十分!でも、私は付与師なんだよ。」
一瞬の光。それは目眩ましでクロエが嫌がるスキャンかもしれないもの。首に手を当てているが、そこにビームは来ていない。流石にこの薄暗い中で視覚を奪われればパニックになるか。潮時だろう。コイツをここで倒したとしてもそれは誇れる事ではない。数多くいるうちの1体を倒したという事実しか証明できない。銃を静かに構える。引き金を引けばモンスターは倒せるし、頭上から刃を落としてもいい。部屋である分この地形は私に有利だ。ただ、これが最初から出来たならと考えてしまいはするが・・・。
「待ってくれ!今からだ!」
ガン!そう叫んだアライルの動きは何と言うか格段と良くなった。多少動ける老人からアスリートとへ様変わり。どうにか対処していた槍も掴んで逆に引きずり倒している。付与師とは何だろう?やはり職はおかしい。語感の色眼鏡は投げ捨てよう。ただ、この老人だから出来るという線も捨てがたいが・・・。
殴り合う様に穂先よりも前に出て、伸びる2本の腕も回し蹴りで打ち払い、振り向きざまにロッドで頭をかち割る。いや、割るというよりは削ぎ取るの方が正しいか。断面は滑らかで、首の辺りにあるクリスタルを引っこ抜いて終了。倒したモンスターの身体は徐々に消えだしている。
「すまないが・・・、回復薬はないかい・・・?身体が悲鳴を上げていてね・・・。」
「1本エナドリがある。それ以外はないから我慢だな。」
「分かった・・・。確かに戦える。しかし、相当にハードな職だね。付与師とは・・・。」
息荒く大の字になって話す。取り敢えず顔の横にドリンクを置いて周囲を確認するが、モンスターの気配はない。索敵範囲外からビームを撃たれれば困るがそれでも対処は出来る。しかし、この老人は一体何を閃いてあの動きになったのか?
「動きがよくなった理由は?」
「これだよ・・・、付箋は貼り付ける。なら、それはレッテルだ。」
首元を指差されそこを見れば、黒い付箋が貼られている。何も書き込まれていないが、刻印の様に本人しか分からないものなのだろう。ただ、これを貼るだけでそれほど能力が飛躍するとは驚きだ。ただ、その代償が今の姿?
「扱いは?」
「付箋にこうとイメージを込める。そして、付与する。最も、格闘家をイメージしたけど私では釣り合わなかったから上限を上げて限界を超えた。ゲートヘ入るなら身体を鍛えるのは準備。ランニングは的確な方法だよ。・・・、このドリンクやけに効くな。だいぶ楽になった。」
「回復薬の格落ち品だ。効果は実感できただろう?リーズナブル価格だ。」
缶をマジマジと見ているが、私もそれは実感している。日本に戻ったら買い漁ろう。数はあるがすぐ売れてしまってなかなか手に入らないが・・・。さて、これで気も済んだだろう。
「工場稼働を急ごう。」
「それと退出もな。これからはバイクで走って私が迎撃する。異論は?」
「ないよ。流石に私もこの身体でやらせてくれとは言わない。日本式訓練はこれよりも?」
「過激で凶悪だ。ただ、彼女は何時も見ていてくれるがな!」
バイクを取り出しサイドカーにアライルを乗せて突っ走る。護衛のドローンが感知すれば射撃し、足りないなら矢でも刃でも壁から出す。あのゲームの世界にはこんな地形もあったな!逃げる敵は追って倒せ。如何にスタイリッシュにコンボを組めるのか?ヌルゲーだ。追尾が有れば外さない!
「ジェットコースターの様だ!これだけ戦えればさぞ楽しいだろう!」
「1つ忠告する!娯楽はいいが、快楽は駄目だ!」
「それはファーストさんからかな?」
「ああ、娯楽なら先に行く目もあるが、快楽なら雑魚にしか目がいかん!」
そんな話をしながら数時間。箱を無視し時折爆弾の反響で道を決めて出来る限り早く退出ゲートを目指してようやく着いた。後は出るだけだ。日本へ戻る時間も有れば、外での仕事もある。頭は痛いがやらなければならないからな・・・。
「ありがとう。さて、次へ行こうか。これも必要なことだ。」
「まてアライル!なぜそちら行く!」
あのバカ!従うとはでまかせか!この期に及んで退出が読めないとは言わせないぞ!えぇい!置き去りにすれば次は15階層までの単独行進か!快楽はやめろと言ったが、思い上がりもやめろ!仕方なく追えばゲートの前で辺りを見回すアライルの姿。セーフスペースは安全だが、その先は今のアライルには厳しいどころか単独なら確実に死ぬ。
「どういうつもりだ!単純に興味本位なら今すぐ私がお前の頭を撃ち抜いてやる!このクソボケが!」
「罵声をどうも。しかし、私達2人じゃないといけなかったんだ。回復薬の製造工場予定地。表向きは外に作るけど、母体は日本に習ってここだよ。そして、その為の時間検証をして欲しい。」
「時間検証・・・、まさか・・・。ここから自衛隊基地へ行けと言うのか?」
「あぁ、そのまさかだよ。様々な協議を行った。様々な安全性の検証もした。結果、ここに作るのが1番だと結論が出た。そして、作れる技術者は米国に来てもらい、ゲート内の移動で足りない分を賄う。今の所、日本の基地を明確に知っているのは君だけなんだよ。」
確かにセーフスペースは安全で、仮に敵となるモノがあるならそれはスィーパーだ。そして、そのスィーパーも簡単には工場を探せない。偶然に見つけたとしても、それが何なのか?或いは明確にイメージ出来るのか?そういった問題がある。確かに建設するには難しいが、その技術提供も受けている。そして、回復薬が有れば訓練は更に効率的に出来る・・・。
「面倒と言えない仕事か・・・。分かった。ただ、出たら覚えていろ。」
「あぁ、外でお茶をしながら待つよ。上昇アイテムは持ってるからね。それと、先に質問を教えて欲しい。」
やはりこの老人は好きにはなれない。久々にムカっ腹が立って仕方ない。そもそも、その検証があるなら素直に協力を・・・、申し出れば情報が漏れるのか・・・。粗悪な回復薬は今も作られている。そして、世に出て効かないという抗議があって潰れる。まともな回復薬は今の所日本と一部の極少数が試行錯誤して作るものくらい。
言わばこれも軍用品だ。数があればそれだけ死者の少ない戦争ができ、敵対するなら必ずその拠点は潰さなければならない。そうしなければ、ゾンビの様に後から後から兵士が送り込まれる、まるで赤い国がやったように・・・。
「アナタの職はなんですか?挨拶の様に使え。意味は茶を飲む暇がないほど考えろ。」
「分かった、外で頭を働かせるとしよう。あと、なにか行った証拠を頼む。」
近くの馬を鹵獲し駐屯地へひた走る。イメージはある。マカロニチーズは旨かったし、山口女史のトークは津波の様だった。そして、食いしん坊のクロエをして脳がバグるといった料理。中々思い出深い・・・。




