171話 開戦1時間前 挿絵あり
起きぬけのコーヒーとタバコで一服。快晴で何よりだが見えるゲートはどんどんメーターを上昇させている。望田や宮藤の報告では45階層辺を残ったメンバーがガンガン掃除して回っていたと聞いたが貰える猶予にも限界があるらしい。ただ、気持ち悪いと言っていいのか分からないが開戦を前にして何処のテントも静かで、何なら作戦本部を兼任するこの場所も上官の怒号は聞こえてこない。まぁ、怒鳴る相手もいなければ怒鳴った相手が倒しに行く敵もいないのだ。当然といえば当然か。
服は既に黒いゴスロリ編み上げブーツにキセルもあるし、ゴングが鳴れば後は終わりまで踊り尽くすのみ・・・。後から恥ずかしくて悶えたくなる事はしない主義だが、昨日踊ったのはどうもこそばゆい。身悶えとまで行かなくとも、俺の下手なダンスなんて誰が見たかったのかと聞かれると本当に困る。
「おはようございます。いよいよと言った感じですか?」
「おはようカオリ。そうだね・・・、メーターの具合を見ると少なくとも今日中かな?幸い空気は軽いから後は終わりを探して幕を下ろすだけ。これだけ準備して準備不足を嘆いても始まらないしね。」
「そうですか・・・、私にとっては初陣です。檻を作ったら最後、中にはいるのは後の後・・・。身体も何もかも知っていますが、貴女は帰ってきますか?」
「ペテン師が征くんだ。その道はきっと落とし穴だらけで、私はそこに隠れて進んで帰ってくる。笑っていい、嘆かれるよりはその方がいいから。」
何があるかわからないスタンピード。精神をやられて壊れたように笑いながら帰ってくるまで考えられる・・・。いや、それさえも巻き戻るのか。記憶も精神か魂に付けろと言ったんだ。どんなに壊されようとも俺は自動的に動き出す。きっと、その姿があまりにも自然だから。
「朝から何を話し込んでいル?」
「開戦前の小さな約束ですよ。おまじないみたいなものです、何かしますか?帰ったら1杯奢るとか言う気の利いた約束を。」
「小さな約束カ・・・。なラ、帰ったらもっと砕けた話し方で話して欲しイ。小さな約束ならそれで十分ダ。」
「分かりました、帰ったらそうしましょう。では、コチラからはさっき言った1杯奢るでどうです?安酒1杯しみったれた焼き鳥屋でひっそりと飲む。」
「それなら焼き肉がいいんじゃないですか?大食いクロエが好きな食べ放題の店でガッツリ食べる。」
「奢られて上げましょう橘さん。」
「なら、自分もご相伴に預かりましょう。元上司ですし深い懐を見せてくれるはずですから。」
「私にたかるな億万長者!知らない間にどんどん富を蓄えて、そろそろ私腹で肥やした腹が破裂するんじゃないですか?それと宮藤くん。知ってますよ?こっそりとメンバーの物販を斡旋して中間マージン取ってるの。」
「上司が私腹を肥やせというもので。」
「部下の私腹を肥やす為に金儲けしないといけないもので。」
誰からともなく出た笑い声は、からりと乾いた晴天によく響く。これで何もなければ・・・、メーターが巻き戻り何事もない平穏なゲートに戻れば、怒りながらも何事もなくてよかったと笑って帰れる。しかし、それは無理なのだろう。もう頂点に達しそうなメーターはいつ溢れてもおかしくない。
「・・・、配置はもう済んでいますよね?」
「あア、指揮所の対面に赤峰と兵藤、左に夏目と雄二、右に小田と卓。他米軍は4km範囲に円を囲む様に配置されていル。外円の者は補給や救護以外にも通信を担うので、情報伝達に多少の誤差が出るにしても大きなズレはない予定ダ。他に戦場ジャーナリストがいるガ、コレについては一切無視していイ。あくまでお国の事情だ・・・。」
戦場ジャーナリスト、或いはカメラマンか・・・。日本だとゆっくり喋るあの人が有名だが、個人的にはハゲワシと少女を撮影したケビンとか?色々と物議を醸し「報道か人命か」という問題を浮き彫りにしたピューリッツァー賞受賞作品。ジャーナリストのジレンマとでも言えばいいのか、伝えなければ世界は知らない。しかし、伝えれば撮影者は助けの手を差し伸べなかったのではないかと疑われる。
数は力だがその力を使う前に、手を差し伸べるのか否か。世論に感情に政治家に国と一筋縄ではいかないが、それに対抗する正解もまたない。エマは無視していいと言うが、内円に入らない限りは安全だろう。ただ・・・。
「依頼できるなら内円に入る方達の写真を、出来る限り多くお願いします。生きて帰れば記念写真、そうでなければ・・・、最後の姿でしょうから。」
「そうだナ・・・、地雷の設置も完了し装備も渡せるだけ渡しタ。瞑想もして心穏やかダ。」
メーターはほぼ頂点。多分そろそろ人を逆撫でする声が聞こえるだろう。クソ!彼奴等音声変更しないかな。溢れ出す時のアナウンスは妻の声。誠に腹立たしく愛する人の声が凶報を伝えるが我慢ならない。しかも、勝手に使われていると言うオマケ付きだ。
「私はそろそろ準備しだしますけど、クロエはなにかして欲しい事あります?」
「ん~、邪魔だから髪結んで。」
取り出した1本のリボンを手渡すと、望田が器用に髪を結ってくれた。タバコをプカリプカリと吸い、やり残した事は無いかと考える。配置は終わった、作戦区域内の通信も大丈夫、檻を作る望田は既に準備を始め、地雷の埋設も完了済み。米軍の装甲車にある銃座からはガンナーがゲートを見つめ、ヘリも作戦区域外を飛行して指揮予定。見落としはないか?出来る事はないか?
タバコからキセルに変えモクモクと煙を出す。順調に作戦が推移すれば大団円で済む。それこそ、被害も少なく小骨と中層のモンスターを潰せば終わる。そう、その状況なら被害はほぼゼロに等しい。だからこそ、魔女達が言う事が不穏なのだ・・・。前回は上澄みだという言葉が・・・。
『ゲート内容量の既定値が満たされました。これより1時間後、強制排出を行います。転送範囲内のゴミを掃除してください。排出量は60万想定で順次排出されます。』
50倍か・・・、辺りは声を聞いて騒然としている。秋葉原より尚も多い戦力差。しかし、問題は数ではなく質!雑魚はどうにかなる。だが最後はどうなる・・・?中層のモンスター多数ならまだやり様はある。しかし、その先はある・・・、のか?
(魔女、賢者答えろ。中層の先は出るのか?)
(さぁ?出たら必ず貰うわよ?)
(出るかもしれないし、出ないかもしれない。ただ、今回はそれなりに戦える人がいるからね。前回と今回を考えるなら必ずこっちの方が多く出る。)
(・・・、勝てるの・・・。いや、必ず勝て。貰うと言うなら全て平らげるつもりで行け。)
「クロエ・・・、これは想定していたカ?」
タバコを取り出しプカリ。後1時間か、雑魚ばかりその数出るなら喜ばしい。檻に閉じ込めさえすれば槍衾で倒していける。だが、2人の言葉なら多分最後の1はそれが出る。或いはその辺りにいるモノが出る。今更その推測は無意味か。出たら潰す。どのモンスターも一切の区別なく等しくクリスタルへ返す。今更あがいても仕方ない、全てはベット済みだ。
「エマ大佐・・・、今更その議論に意味はありますか?」
「意味・・・。」
「ええ、意味です。作戦は決まり時は開戦直前、戦端は既に開かれる時刻が決定され、来る相手の規模も分かっている教本の様な戦場です。故に問います。エマ=ニコルソン大佐。今更相手の規模が大きいからと逃げ出す先を探すのですか?答えなさい。」
「それハ・・・。」
私は私の顔が嫌いだ。家を出て逃げる先に居場所を求めるように軍に入り戦場を歩き、歩いた先で仲間と出会い別れ、新たな居場所を見つけ嫌いな顔も少しは意味があったと考えられる様になった。そして今、その居場所をまた追われようとしている。ろくでなしの父親はもういない。出ていった母の居場所は分からない。死んだ仲間の魂が何処にあるのか知らない。だが、ここには新たな仲間がいて、指揮する部下がいて、人の国を我が物顔で観光しようと、今か今かと好機を狙うクソ虫が薄暗がりから覗いてきている。
はん!私もヤキが回って丸くなったものだ!私はマッド・ドッグ。そう呼ばれクソほどの度胸で人だろうがモンスターだろうが狩る狩猟者!確かにクロエに聞いた事に意味はない。全く持って無駄で口から吐いた言葉はゴミ以下だ。
「クソを吐く方がマシな問ダ。勝ち戦を自分から投げ出して負け戦にする気はなイ!」
「よろしい。ならば指揮官として動きなさい。私の仲間達は既にやる気満々ですよ?」
耳にしたインカム越しに日本メンバーの心強い声が聞こえてくる。思えば最後に無理やりメンバー入りし、微妙な立場である私をみんな気にかけてくれていた。分からない事を聞けば丁寧に激しく教えてくれた。代わりに大火傷しそうになったが・・・。
想い人を同じくした彼女は今ではいい友であり、ライバル。2人共負け犬だがたまに思い切った事を言うくらい許されるだろう?なに、結果は負けで確定しているのだ。なら、気負うこともない。
初対面で鑑定されて情報をどれだけ持っていかれたかとやきもきした。駄賃のお願い権は有効に使い、出来る範囲のお願いとやらを十分にせしめ取った。休日も街の案内をしてくれた。彼女が欲しいと嘆くが多分出来るだろう。米国に来れば取っ替え引っ替えいくらでも出来る。だが、彼の本質は多分人の先の礎、日本から出る事はないだろう。
肉壁は死兵を思わせる。しかし、その実態はあまりにもしぶとく理不尽。戦えば戦うほどこちらに合わせて、ランクアップする様に手を変え品を変え姿さえも変えて襲いかかってくる。何度胸を揉まれたか・・・。治癒師とは何か?あれはサポーターであってサポーターではない。襲い掛かるモンスターは束ねられ、おかしな挙動をしている間に、その身体が肥大化しては崩れる。モンスターに成長限界があるのかは知らない。だが生身に見える部分は増殖限界になれば崩れ去るらしい。
理不尽で風変わりで私の手には負えない、心強いメンバーの声が聞こえる。そして、そんな私が思う思いはきっと私に指揮される米兵も一緒だろう。私の言葉にどれほどの意味があるかは分からない。きっとクロエの様に感情を動かして回る事などできない。だが、それでも私は軍人であり指揮官だ。
クロエが無言で無線を渡してくる。この作戦区域に全て届くフルオープンチャンネル。師というだけあってさり気なくこうした心遣いをしてくれるのは素直に嬉しい。
「私はエマ=ニコルソン大佐。米国初の中位であり、この戦場の指揮官だ・・・。・・・、かたっ苦しい!私はマッド・ドッグ!お前達のケツを蹴っ飛ばしクソみたいな戦場へ連れて行くろくでなしの長だ!志願したかは知らん!連れてこられたかも知らん!
ただ確実なのはお前達はここにいて、戦う相手は今か今かと私達を値踏みしながら見ているという事だ!甘ったれて泣き言を言うヤツはこい!直々に蹴っ飛ばして戦場へ送ってやる!作戦が開始して初撃が終われば私も共に向おう・・・!否!!私に付いてこい!私が先頭を走ってやる!日本開催の美女コンテスト1位の私がお前達を誘ってやる!四の五の言わずに追ってこい!以上だ!」
エマの鼓舞と言うには荒々しく、演説と言うには感情的なそれは中々どうして心を撃つ。荒々しい米兵は雄叫びを上げ悲壮な顔をしていた者達も今は目に光が浮かぶ。それは戦場の狂気か、はたまた美女の色香か。
「いい放送でした、全米2位じゃなくてよかったんですか?」
「さっきの言葉を返ス。それに意味はあるのカ?」
「さぁ?2位より1位がいいからそちらを選んだんでしょう?マッド・ドッグ。」
「当然ダ、ファースト。」
さて、士気は高まり時間いっぱい。戦力差は作戦で潰しそれで足りないなら叩いて潰す。やっぱり暴力!ゴミ相手なら暴力は全てを解決する!




