閑話 とある兵士の見た風景 47
「クソみたいな砂漠でクソみたいな任務だ。楽しみもねぇし、女もいねぇ!なぁ、せめてアビリーンまで遊びに行きませんか軍長。」
「ここは超重要作戦区域、スタンピード発生予定地だ曹長。周りを見ろ俺達が逃げられないように、ご丁寧に柵の棺桶まで作ってる。俺達にはファックファック言いながらモンスターに掘られて死ぬしかない。」
「軍長殿、掘るとはケツでありますか?」
「今回の作戦で特別昇進したディル伍長・・・。お前はケツを掘られて死にたいのか?」
「いえ!自分はそっちはちょっと・・・。」
「キャハハハ・・・、軍長いじめちゃいけませんぜ?そいつは治癒師、ケツの穴まで結合されたらクソも出ねぇ。」
「言うなハミング曹長。鼻歌みたいな名前で言ってもクソの役に立たんジョークはクソだ。」
「全くだ、クソが歌ってもクソみたいな声しか聞こえん。せめて聖歌隊張りの讃美歌でも聞かせろ。」
「ふざけんなダレス。これでも学芸会では引く手あまただ。まぁ、どんなに歌おうとも最後は嘆きの叫びで同じ音。・・・、誰かがやらなきゃならねぇが、誰もやりたかねぇ。ディル、掘るのは墓穴棺にゃ勲章それ1つ。空の棺桶でご帰宅すれば父ちゃん母ちゃんが見舞金で弟か妹をこさえてくれる。」
「俺もそのベッドに潜り込んでガキを作って惰眠を貪りたい。ディル、規律は大事だが俺達はチームだ。気楽に行け、どうせ戦闘が始まれば上も下もない。頼れるのは援軍と自分の勘だ。」
「はい・・・。」
モハーベ砂漠は今日も晴れて、乾燥と若干の暑さを見せています。荒野の砂漠は数日前に無理やり整地したので作戦区域は足元も良く、中央に置かれたゲートは少しずつ赤い光が頂点に向かい伸びていき、もう数日もすればスタンピードが発生するでしょう。自分がここにいるのは単純に治癒師だからです。
米国はガンナーや格闘家が多く、グリッド上級軍長も格闘家でこの地を良く走り回っています。本来自分は二等兵です。ただ、治癒師についたがゆえに昇進しここにいます。軍という場所のせいか治癒師は少なく、民間に目を向ければいるのですが作戦の特性上民間は頼れません。
初めてスタンピードが発生した日本では積極的に民間を採用していたと聞いていますが、ここに来る前の教育ではあくまで準備が追いつかなかった為とされて誰も反論はしませんでした。しかし、誰もが知っているんです。単純に軍が民間に頼る事をプライドが許さず良しとしなかった事を。
この選択が正解なのか失敗なのか今の自分には分かりません。そして、それが生き残った後に判断できるのかそれとも、判断する前にモンスターに殺されてしまうのかさえ不明です。そう、全く不明なのです。教えられている作戦を考えると、どの部分に我々米軍が必要なのかさえ分かりません。日本が檻を用意してモンスターを閉じ込め、外から数を減らし内部突入の先陣を切るのも多分日本の英雄達なのでしょう。
クロエ=ファースト。米国にいるはずのまだ見た事のないエキセントリック少女。米軍内でも配信を見るものは多く、ファンも多い彼女ですが関わる事もないので記憶から除外しています。自分がもし関わるとすれば、それはエマ大佐ではないでしょうか?米軍・・・、いや、米国が頭を下げながらゴリ押ししてファーストの弟子となった人物。米軍の希望の星であり新たなる英雄となる人。
米軍内では彼女の作成した報告書を元に訓練をしています。作成には彼女の師も携わったと聞いていますが、重要なのは米軍の大佐が作成した米軍向けの文章だと言う事です!はっきり言ってあの配信は米国人には難しすぎました。スマホで日本人の動画を見れば着々と職の理解が進んでいる事は分かりますが、言葉だけではなく感性も違うのではっきり言って理解が進みませんでした。
今でも同期で魔術師に成ったヤツが、嘆いて軍を去ったのを思い出します。日々杖を振っても駄目、呪文を唱えても小さな水は出せても戦闘には使えずモンスターが倒せないならゲート内ではお荷物扱いです。稀に・・・、そう稀に理解出来た人は火の玉くらいは飛ばせますが、それをするくらいならガンナーに任せた方が効率的で、1人また1人と同期は去っていきました。そして、今でも軍に残った少数の魔術師がようやく大佐の報告書でまともな魔術師として運用できるようになりました。
「ディル、遅れてきたヒーローがご登場みたいだ。」
「えっ?エマ大佐でありますか?」
「多分エマ大佐も来てるが・・・それよりもアレだ。」
タバコを吸いながら指差すグリッド軍長の先には、モウモウと土煙を巻き上げながら進むバイクと、それに乗る小さな人影。一瞬子供かと思ったソレは漆黒の衣を纏っていて、ゲートの前まで進み止まりました。この場であんな格好をしている人物はきっと1人しかいません。遅れてきたヒーロー・・・、クロエ=ファースト。大変な美少女という触れ込みですがここからは大まかにしか見えず、顔もほとんどわかりません。ただ、なんとなく目で追ってしまうと言う不思議な印象を受けます。
「おらぁあんなチビッコよりもボン・キュッ・ボンのねーちゃんの方がいい。死ぬときゃそいつの膝枕って決めてんだ。」
「よさんかハミング。この距離でも聞こえれば事だぞ。丁重にもてなせ、上からはそう言った指示もきている。出来んなら口を噤んで隠れてろ。下手に目を付けられても事だ。」
「へいへい軍長殿。ダレス、カードでもするか。」
「ツケを返してから言え。まぁ、他にする事もない。次はケツの毛も覚悟しろ。それを毟ったら次は玉の毛だ。」
「おーこわっ!そんなに毟られたら無料で脱毛してツルツルになってカミソリ代が浮いちまう。今回は毟られんように勝つさ。」
「全く彼奴等と来たら・・・。ディル、お前もあまり見るな。見すぎると魅入られるらしいぞ。」
「魅入られる・・・。魔法でしょうか?」
「知らん。視線誘導かも知れないし単純に色香かもしれん。魔法なんて不確定なモノ、俺達が理解できると思わん方がいい。俺が信じられるのはコイツとコイツだけだ。」
そう言って見せられたのはゲートから出てきた武器と一丁の何の変哲もない拳銃。ガンナーの武器が仕込まれていればモンスターに有効かもしれませんが、見た感じ普通の弾倉が入っているように見えます。
「鉛玉はモンスターに効果なしと判定されましたが?」
「自分の頭を吹っ飛ばすなら、せめて人が作ったものがいい。覚えておけ。俺達は人でろくでなしの兵士だ。死ぬ場所は選べんが死に方ぐらいは選んでいい権利がある。なんかの時、俺は人の作ったモノで死にたいしビームで蜂の巣にされるのはゴメンだ。」
「戦場哲学でありますか?」
「違う、俺の美学だ。と、おいおい!サイボーグまでお出ましか!ははっ!メイド・イン・ジャパンの秘密兵器まで引っ張り出すとはご機嫌だな!来るとは聞いていたが、中々どうして。こっちの方がまだ現実的だ。」
砂漠を低く飛行しファーストの横に降り立つ影。噂のサイボーグ、橘。ファーストは否定し日本も否定していますが、あの姿を見れば嫌が応にも同じ人間とは思えず、鎧を脱げば中は成人男性だとされていますが、どうも納得ができません。魔法ではなく科学での単独飛行、エマ大佐の報告では武装せずともモンスターの群れと戦えるスペック。視認するだけで情報を抜き取れる職の性能。
ファーストは魔法職とされ、職そのモノは公開されていません。実質最高位のS職に就き表舞台にはあまり立たず、その職を使いこなす中位の存在。橘についてはファーストの紹介配信にも登場していないので、その謎が更に深まります。自分個人としてはMARVELが好きなのでこうして本物が目に見えるなら興奮は抑えられません!
2人でゲートの前で話し、日本のキャンプのある司令所へ戻る姿は浮世離れしていますが、吹き上がる埃と微かに甘い香りのする煙が現実へ引き戻します。そう・・・、彼等が来たと言う事は始まりの時が刻一刻と近付いていると言う事・・・。過ぎ去る姿をどれくらい見ていたか、自分でも分かりませんが多分馬鹿みたいに口を開けて長い時間、声をかけられるまで見ていたのではないでしょうか?
「ディル伍長、呆けるのはおしまいだ。日本側から治癒師を集めて欲しいとお達しがあった。なんでも練度が見たいそうだ。他にも複数行くのでお前も参加するように。」
「はっ!」
気が付けば足が痛くなるほど立ち尽くし、軍長の声で我に帰ります。教育で作法を叩き込まれた身体は意に反して敬礼を行い、指定された場所に向かうと、既に治癒師が集まっていました。そして、その視線の先には3人の人物。魔術師:水の中位兵藤、治癒師中位の小田、肉壁中位の夏目という錚々たるメンバーです。
「自分は日本から来た兵藤と言う。今回は生存率向上の為、治癒師に対して軽くだがアドバイスをできればと思いこうして集まってもらった。自分は治癒師ではないので、主に2人が教えて回ることになると思う。それと・・・。」
続く言葉を話す前に、横から誰かが飛んできてドサリと兵藤と名乗った人物の前に倒れました。それは、よくよく見ると腕っぷしが強いと言われていたカーネスだったと記憶しています。しかし、ステロイドで膨れた筋肉は打撃の跡があり、仰向けに倒れた胸が上下に動く事で生きているのが分かる始末。戦う前に怪我でもしたら事なのですが・・・。
「あ〜、うん。誰か治癒師、治療を。」
困った様に兵藤は言いますが、可能不可能で言えば誰もそこまでの手練れではありません。トリアージを行い、その部分に造詣の深い治癒師が数人がかりで治せればいいと言ったところでしょうか?治癒師とは医者の様に器具を使用しない代わりに、その部分に造形を深めて治すものだと思うのですが・・・。
「はぁ~、小田やれ。」
「はいはい、多分皆さんやる前に考えすぎなんですよ。」
小田と呼ばれた優しそうな女性が指輪から灰色の武器を・・・、リボルバーグレネードランチャー!?ガンナーが使うならまだしも、治癒師の武器ではありません!寧ろそれは引導を渡し、苦しまずに済ませるような措置なのでは!?誰もが止めるまもなく引かれた引き金から放たれた光はカーネスに当たり、しかし、それで苦しそうな息遣いは収まり寝息のようになりましたが、その顔に兵藤が手から出した水をドボドボとかけていきます・・・。
「かっ!ごほ!おっ!・・・・・・はっ!」
「はい、おはようさん。じゃあ、ブートキャンプにいってらっしゃい。」
立ち上がったカーネスはぼんやりと辺りを見た後にすごすごと戻っていきます・・・。あちらでは人が宙を舞っていますが近接職の訓練でしょう・・・。心底アチラでなくてよかったと安心します。自分は治癒師、回復を旨としたサポーター・・・。
「検体はどんどん来る。そして自分は君達を攻撃する。避けて結合して落として倒せ。少なくとも4つ結合すれば消えるようにする。では開始!」
その後は言うまでもありません・・・。濡れ鼠になる者、水が当たった所がアザになり水玉模様になる者、固まって迎撃している間に飛んできた負傷者に対して死亡判定され嘆く者・・・。治癒師とは一体何なんでしょう・・・?
「なにをしている?休む暇はない。本番や奥なら更に大量のモンスターが待っているぞ?」
「夏目・・・、サンでしたカ?自分は体力の限界デス。」
「甘えるな。私達は更に過酷な旅をしたぞ?この程度クロエの訓練からすればピクニックだ。安全に訓練できるんだから、やれる事をやれ。」
這いつくばった自分の尻に蹴り一発。日本の女性は大和撫子で物静かで奥ゆかしいと思っていましたが、思い違いな様です・・・。更に悪い・・・、いえ、訓練なのですから苛烈といいましょう・・・。木崎に神崎、宮藤・・・。そうそうたるメンバーで、人によっては金を払ってでも教育を受けたいという人もいるでしょう。ただ、自分はそこまでたどり着けません。気が付けば背中を指でなぞられ『今背中斬られたっすよ』と言われ、またある時は『拘束しました。どうにかして解除してください』と、灰の手枷足枷で拘束され抜け出してどうにか戦おうとすれば『炎は出しませんが、足かけて回ってますんで』とすっ転ばされる。
そして、なにか失敗する度に死亡判定を受ける・・・、いえ、治癒してもらえば死亡判定は受けませんでしたね・・・。代わりに飛んできた近接職の方が死亡判定を受けていましたが・・・。この数日、緊張してゲートを観察しその糸が切れた頃にこの仕打ち・・・。インナーと靴は治癒師に優先的に回されていますが、それだけでこの人達をどうしろと・・・。
過激な訓練は夕方まで続き日が傾いた頃に終わりました・・・。自分は結局何ができたのでしょうか?転ばされずぶ濡れにされひたすら回復しては、回復している間に死亡判定を受け・・・。今日だけで残基制のゲームならダース単位でゲームオーバーを叩き出したのではないでしょうか?疲れた身体を引きずり軍長の所に戻れば誰もが同じ様な姿・・・。
無言で使える顔を突き合わせ、話す事も億劫だと言わんばかりです。いつも明るいハミングでさえ口をつぐんでいます・・・。そんなどんよりと疲れが纏わりつく中、どこからともなく笛の音が木霊してくる・・・。
「みんな・・・、今日は疲れただろう。日本側がささやかだが酒と歌を振る舞ってくれるらしい。疲れた者は寝ていいが、酒くらいは飲んでおけ。」
そう軍長が言い酒が入ったグラスとボトルが配られます。良く冷えたビールやウイスキー、あまり酒は飲んでいませんでしたが、歌と音楽で少しばかりは疲れが取れます。ここにいるのももう数日・・・。先は分かりませんが、生きて帰りたいものです。
「おい!グリッド軍長にダレス!後ディルも!見てみろ!妖精が踊ってやがる!」
「酔うにははえーぞハミング。外でなにがあるのか?」
「ああ、ファーストが踊ってやがる・・・。ははっ、見たことねえ踊りだがありゃあ綺麗だ。」
テントから顔を出すと笛を吹く女性と歌う・・・、エマ大佐?その前で見た事もないリズムで舞う白き人・・・。砂漠の踊り子の様な姿の彼女は確かにゲートを見ていたファーストに似ています・・・。
古い報告によれば、米国で発生したスタンピードの作戦開始前夜にファーストが踊りを披露したとの記述がある。日本側に問い合わせたがどの様な踊りなのかは一切不明とされ、また、ファースト本人もダンスは苦手とした。しかし、その時その場にいた兵達は言うのだ。フェアリーダンスを見たと。これはファーストのフィールド作成の応用だと思われるが、詳細はこんにちまで分かっていない。




