168話 ダラス到着 挿絵あり
爽やかな目覚めはコーヒーとタバコと共に迎え、英語しか話さないテレビはいくらヒアリングができると言っても・・・、うん。セス氏の動画で普通に聞こえてきたんだから、耳が慣れれば普通に理解できる。まぁ、訛りなんかがあればその限りでもないかもしれないし、スラングが理解できるかと言われれば微妙。それはさておき、朝7時頃に目覚めてコーヒーと山盛りパンケーキにカリカリベーコンを食べながら日本の派遣要請受諾会見の様子を見る。
米国ならCNNがやはり強いな。日本ならモザイク入る映像も無修正でバンバン流してくれるし、情報網がしっかりしているのでローカル放送とは違い大筋で合っているニュースを流してくれる。アライルの言うように日本時間18時頃から開かれた緊急会見で、正式に米国からの派遣要請を受けた日本政府は中位の派遣を決定。副長とした宮藤と橘がテレビに映り会見で話し、その後ろには赤峰や夏目、小田達全員が立っている。
多分、松田がそう指示したのだろう。配信でガッツリと日本の警察官として顔が出ていて容姿端麗、お茶目で実力もある送り出すにしても不安を抱かせない橘にファーストからの推薦で副長となり、秋葉原戦を戦い抜いた英雄の宮藤。実際、配信動画の紹介でも宮藤に付いては色々棒読みだが話している。その中には片腕のない理由も含まれ、先に配信した卓の動画でも、目指す人として名が上がっていたので知名度は高い筈。
他の中位はスタンピード対策の為に日本に残り、新しく発見されたメカニズムとして、ゲート内のモンスターを倒すという発言も安心材料として取らえられるだろう。仮にこの発言がなければ、選ばれなかった中位は一歩劣るのでは?と、変な勘繰りを起こされても後々困る可能性もあった。守る側には守る義務があるのは当然だが、守られる側にも守られた義務がある。即ち、守ってくれた人達への感謝と、その後をより良く生きる義務だ。押し付けがましい?当然だろう、人生を投げ出すにしても死物狂いで生きてからにしろ。その捨てようとしているモノは、失った人が差し出した未来だ。
会見の質問で俺の所在を聞くものが多かったが、私用で既に米国にいると答えるあたり、大概的な名目も立つ算段がついたのだろう。まぁ、政治家が常に何処にいるか監視されているわけでもないし、俺個人がどこで油を売っていても咎められる謂れはない。あくまで私用。休みに勝手に旅行に行って巻き込まれたなら、それはもう災難だったね。としか言えない。
「情報は出揃ったカ。」
「ええ。スッキリしましたか?したなら次は私がシャワーを浴びましょう。」
「うム、ウィルソンが来る前にすませるといイ。私はもう一度会見のニュースを見ル。」
入れ替わるようにシャワー室で頭からシャワーを浴びる。枕が合わなかったのか、それとも日本ナイズされてここのベッドが柔らかすぎて寝付きが悪かったのかは分からないが、エマは若干寝不足気味だったので先にシャワーを浴びてもらった。さっきも日本から持参した高槻製薬製のエナドリを飲んでいたので、その内体調も万全になるだろう。
今日の流れとしてはこの後ダラス空港まで行って、来るメンバーと合流するくらいしかない。陸路だと20時間近くかかるので、飛行機での移動となるだろうがそうすると3時間程度まで短縮される。日本からの直行便で行った場合は約12時間、政府専用機で移動すると予め話があったので運行次第では更に短縮される。ダラス周辺に何があるかは知らないし、米軍の移動は多分開始されているので変に遅れるよりは早めの移動がいいだろう。
シャワーから上がり身体を拭いて適当に着替えて外へ。エマもスマホやテレビで色々情報を漁っているようだ。ただ、ニュースから日本で言う朝の情報番組的な物にチャンネルが変わっているが、何かそちらの方が掴んだ情報があるのだろうか?
「出たカ、微妙なニュースがあル。」
「良くもなく悪くもないと?嫌な不確定要素ですね。」
「うム・・・、スタンピードの発表以降で義勇軍が作られタ。最初は気にしていなかったガ、著名人の出資もありかなりの数がいるそうダ。」
自分の国は自分で守ると言う意識の現れか。扱い方次第では毒にも薬にもなる集団だな。台風被害とかある度に略奪が〜とか叫ばれている様な気がするが、そこまで行き着いていないならまだ手はあるだろうし、多分アライル辺りなら活用法のお触を出すだろう。
ただ、ボランティアではなく義勇軍か。被災地のボランティア問題なんてのも前にあったな。助けに来てくれるのはありがたいが、身一つで被災地に入り寝床や食事を要求するなんてやつ。普通に考えればそんなものあるはず無いのだ。なにせ、被災して自分達の衣食住もままならないのに、歓迎出迎え上げ膳据え膳なんて出来る訳ない。しかし、思いが先行するあまり行ってしまって、結果として自分達も配給を受けるなんて事になる。
今回のケースも似ているが、問題なのは軍を名乗る以上武力があることだよなぁ。人を募った、組織化した、戦う武力はある。なら、その先の言葉が問題だ。一緒に戦おうなのか一緒に戦ってやるなのか。これが昔の戦争や戦なら数は歓迎されるが、今の状態だと混乱の元になる。上から目線で来られて、戦ってやるから作戦区域に入れろとか言われだすと、無駄に死者を増やしかねないし人が増えれば小競り合いが起こる。
前にWorld of Warcraftで起こった毒拡散事件、スタンフォード監獄実験を例えたが、名目や肩書が出来ればそれに乗った増長慢や愉快犯は来る訳で・・・。正式に作戦区域の発表があれば更に面倒な事になるかも知れない。だがまぁ、数はいるんだよな、数は。
「おはようございますファーストさん、それにエマ。すいませんが、至急電話に出ていただけませんか?」
「おはようございますウィルソンさん。相手はアライルさんですか?」
「ええ、お願いします。エマ、君は私とブリーフィングだ。ありがたい事にファーストさんの追っ掛けはほとんどリバティ島かニューヨーク方面に行ったが、それでも0じゃない。ワシントン空港までの安全な経路を話す。」
「了解しタ。やれやレ、人気者の同行は辛いナ。」
「喜べお前にも追っ掛けがいる。今度からパパラッチに気を付けるんだな。」
ウィルソンから電話を受け取り隣の部屋で話し出す。さて、この状況で何が知りたいのかな?義勇軍の取り扱いとか言われても正確な情報もなければ知らんぞ?そもそも他国の人間なんだから、自分の所の人間くらい自分で管理しろよ。俺はなんでも答える万能人間じゃないんだし。
「もしもしアライルさん?ご要件は?」
「おはようファーストさん。会見は確認したね?まだならどこでもいいのでニュースを見るといい。今回連絡したのは米国としての義勇軍の取り扱いについてだよ。作戦区域には入れず街の自警団の様なモノとして警察の下につける事となった。」
「いいんじゃないんですか?区域に入らないなら私というか、日本側としては言う事はないでしょう。自然災害と違って現状での略奪行為はただの窃盗ですし。」
「あぁ、そうだね。ただ面倒なのは作戦全容を開かせろと言うマスコミと、余剰な人間達の暴動。そこで1つ聞きたい、スタンピードとはなんだね?それが正式名称で本当に合っているとは思えないんだよ。モンスターが暴走して外に出るなら、普段から外に出てもおかしくないし、ガーディアンが空を常に飛び回ってもおかしくない。突進しているのなら、転移ではなくゲートから直接出てくればいい。正式なメカニズムは知らなくても、なにか情報があるんじゃないかい?」
なるほど、スタンピードと命名され、米国でもスタンピードと呼ばれて言葉本来の意味がすっぽ抜けたか。ただ、検証するにしても調査するにしても溢れたのは日本での一回きり。不確定な部分は多いし、何が出てくるかもわからない。それに、スタンピードに乗って出てくる箱も問題で、日本はブラックホールエンジンの作成方法を見て、出土品から設計図を除外して欲しいと言ったくらいだ。ん〜、話すのはいいが箱については伏せるかなぁ・・・。何が出るかも分からないし。
「不確定要素は多いですが話しましょう。スタンピードとは日本政府が命名した分かりやすい呼び名です。本来は名前などなく、ただ溢れるとだけ言われました。」
「溢れる?暴走でもなく突進でもなく溢れ出ると言う事かい?」
「ええ、溢れる原因はゲート内にクリスタルが数多くある事だと私と橘さんで結論が出ましたが、どの程度の量を外に出せばいいのかは分かりません。更に言えば、奥に行けば行くほどモンスターは進化しクリスタルも大きくなる。私が日本を出る時に残った中位に依頼したのは45階層付近のモンスターを倒し少しでも猶予を稼ぐ事でしたね。」
「・・・、なるほど・・・、今のゲートのメーターは丁度半分程度。日本で発生した時より上昇が緩やかだと感じたのはそのせいか・・・、なら、多数のスィーパーでクリスタルを持ち出せばメーターを下げて発生させない事も出来るね?」
上昇が緩やか・・・、多少は掃除の効果があるのだろう。何も中層まで行かなくとも小骨を多数狩るでもいいし、雑魚を無数に倒すでもいい。米国でスタンピードが予見されようとも、他国の人間がゲートに入らないと言う事はない。秋葉原時期と比べてゲートに入る人間は格段に多くなっているんだ、下げられる確証はないが遅くは出来ている。
「確証はないですが、私も掃除が遅いと言われている身でして。不可能か可能かで言えば多分可能です。ただ、効率としては奥に行く方がいい・・・。命の危険はありますが、中層手前までは下位でも行けます。」
「奥へ奥へ・・・、宝物もひっそりこっそりだね・・・。分かった。それで、君の交渉相手はどうして私達を選んだんだい?ゲートの分布は大都市に多く、人は日夜ゲートに入っている。E.Tなら友愛を、エイリアンなら苗床を、プレデターなら戦いを。さて、君の相手は何を求めた?」
「・・・、貴方は頭のいい人だが、悪魔の言葉を聞く用意は?」
「好奇心は猫をも殺す。なら、知的好奇心は悪魔に魂を売ると?ファウストじゃないけど差し出そうか。歳を取っていて24年も享楽は得られないかも知れないけど、その取引をしよう。」
聞かなきゃいいのになぁ・・・。俺は別に頭もよくなければそれに対するプライドもない。前の仕事でミスする事もあればハメを外してバカをやった事もある。酒を飲んで飲み過ぎて、二日酔いでフラフラになる事もあれば、高槻の言う様に、タバコを吸って自ら寿命を縮める何て言うバカな生き方もしなかったかもしれない。
「私達が認められたのは戦う事への有能性。知性はギリギリの及第点、下手したら赤点かも知れませんね。他の星にもゲートがあって彼等は扱えそうな星にゲートを設置して内部のゴミ掃除を依頼し、報酬として廃棄品や資源なんかをくれます。実情が見えて嫌になりましたか?先に言いますが、彼等は侵略者じゃない。溢れてもゲートを回収して放置されるだけです。」
「スラムのゴミ拾いか・・・。いや、はっきりしてスッキリした。そして、君がモンスターを狩ろうとする理由もね。・・・、確かにゴミ如きに私達の住む世界を穢されては虫酸が走る。」
声は穏やかだがカチンときているような気がする。まぁ、どの道この事実もいつかは開示されるだろうし、早いか遅いかの違いしかない。そして、開示された後に否定するも受け入れるも本人の自由。自由の国米国、怒って立ち向かおうが、否定して目を逸らそうがゲートがある事に変わりはない。
「必要な情報は得られましたか?」
「あぁ、色々とね。これからは私も忙しくなる。義勇軍にはCIAやFBIも潜り込ませているから、そちらの対応にかかりきりになるだろうけど、何かあればウィルソン君に言うといい。出来る限りの対応はしてくれるはずだ。」
「お心遣い感謝します。では。」
「次に会う時はきっと事が終わった後か、下手をすれば日本からのテレビ通話かもしれない。こちらにいる間は米国を楽しんで欲しい。では。」
電話を切ってエマ達の方へ戻れば、ブリーフィングは終わったのかそれぞれスマホとテレビを交互に見るようにしている。国より早いテレビ情報ってある?少なくとも作戦区域も何もかも決まっていると思うし、義勇軍もコントロール出来ているように聞こえていたが・・・。タバコをプカリ。移動するならさっさとしてしまいたいのだが・・・。
「どうぞウィルソンさん。アライルさんと話は付きましたがすぐに移動ですか?」
「予定では10時にワシントンを出てダラス空港へ13時頃到着予定です。一応、1時間程度は余裕がありますが、外出は控えてもらえれば嬉しく思います。」
外出かぁ。昨日の時点でお土産の自由の女神像は買ったし、ある程度日本からも買い込んできているので、そこまで必要なものはない。タバコは支給された現金と一緒にあったので多分足りるし、砂漠に滞在するにしても1〜2日くらいだろう。特に出来る事もないし、貰ったプレゼントは指輪に入れた。妻とLINEもしておこう。
妻とLINEして定刻となりホテルを出る。居場所が割れていないので正面から普通に出てウィルソンの運転で空港へ。取り敢えずベッドの脇のテーブルに金貨を包んだチップと、ホテルマンやらなんやらにも渡したがどうなんだろう?まぁ、コインチョコの包に包まれていたので、貰った側は一瞬訝しんでいたが・・・。
「エマ、チップの相場っていくらです?適当に渡してたんですけどなんか気持ち悪くて・・・。」
「最高5ドル程度が相場だナ。良くできたと判断したなら多く払ってもいイ。まぁ、私が米国を出る前の認識なので、そもそもチップを金貨で払う姿など見た事なイ。ウィルソンは知っているカ?」
「実情とするならチップを金貨で払うなら1枚。それなりに稼ぐスィーパーがやりだしたらしいが、紙幣と乖離がある以上それが適正でそれ以上はないらしい。まぁ、貰った側はハッピーだろう。ドルに換算しても遥かに価値がある。」
適正ではあったようだ。一安心して空港に着き後は登場機待ちかな?と、思ったらそのまま何やらまた黒塗りセダンに囲まれて滑走路へ。どうやら俺は空港に来ても空港の中には入れないらしい・・・。目の前には既にジェット機が離陸はまだか?と待っているし・・・。
「今回の移動はアレでしてもらいます。」
「構いませんがどっちです?」
「撃墜はないだろうガ、別れて乗る事も考えられるナ。」
エアフォース・ワンと多分もう1つはナイトウォッチかエアフォース・ツー。ナイトウォッチは確か国家空中作戦センターとして使われる機体だったと思うが、飛行機は詳しくないので違うかもしれない。まぁ、どちらかが随伴機と言う事だろう。
「あちらへ。ダラスまでは3時間程度とは言え普通の飛行機では窮屈です。大統領より快適な空の旅をと言う事で使用許可が出ています。」
どうやら豪華な旅をさせてくれるらしい。エアフォース・ワンと言う映画だとハイジャックされて大変な事になっているが、今回はテレビクルーも乗らないようだし大丈夫だろう。さっさと飛行機に乗って待ち時間も僅かな内に離陸してダラスへ。テキサスにある近代都市だが、何かあったかな?他のメンバーと合流するまでにはそれなりの時間があるし、先にホテルで待っていてもいいな。それはそうと・・・。
「ウィルソンさん、マカデミアナッツチョコの美味しいお店知りません?お土産に欲しいんですけど。」
「昨日から甘いものばかりだガ、スィーツに目覚めたのカ?普段は甘いモノを好まなかったと思うガ?」
機内サービスが充実しているな。何やら高級そうなシャンパンとかマッカランなんて書かれたラベルのウィスキーもある。座るのも個人席ではなくリビングルームの様な部屋だし、やろうと思えば寝っ転がってゴロゴロ出来る広さがある。
「目覚めてないですね。何なら朝のパンケーキもバターとベーコンだけですよ?エッグベネディクトにすればよかったと後悔しています。チョコは妻からのお願いです。無事に帰ったら2人で食べようと言うね。」
「嗜好が分からないので取り揃えましょう。何なら全ての種類を持って帰って下さい。今後の予定ですが、日本から来る方達との合流まで時間があります。先にリッツカールトンホテルに向かわれてもいいし、マスコミがそれなりの数いますが・・・、出来れば姿を現して観光していただきたい。」
「まテ、それに危険はないのカ?スタンピードの前に荒事が起こるなどゴメンだゾ?」
「分かっている。警備は大統領を護衛する程に厳重に行うと約束するし、早くに決定すれば人払いもする。何なら俺だってこんな申し出はしたくないが・・・、ファーストさんが米国メディアにほとんど露出していないのが問題なんだ。」
あー、あれか。自由の女神は見に行ったが、そこでサインなんかをしたのも少数。その他は出歩いてもいないので、本当にいるのかという疑心暗鬼が発動したかな。政府陰謀論やら天動説を信じる人が一定数いる国でいくら政府が『ファースト来てるよ〜』と、言おうとも本当に?何処に?サイン貰った人いる?そのサイン本物?実はいないんじゃない?と言う疑惑は晴れない。
「・・・、義勇軍に国連の息の掛かった方はいますか?」
「・・・、少数ですが確認されています。」
漁夫の利だよなあ。姿を見せれば海外にいたという実績を積まれ、姿を見せなければ本当に対応したのかと問い詰められる。どちらが嫌かと言えば、問い詰められる方が嫌だな。ちょっと国連本部に来てお話でもなんて言われたら、姿を見せていない方が断りづらい。特に今日以降は、だ。プライベートで米国に遊びに来ているなら、いるいないが分からなくてもいい。しかし、派遣要請後なら既にいると報道されているので、姿が目撃されないとおかしい。
そして、プライベートを言い訳にするなら、観光地に姿を見せるくらいはしないと面目もたたないだろうし、なんならワガママで観光を優先させたとでも思わせれば、呼ばれても気分が乗らないので行きませんと言える?会った事ない人達の俺への印象はエキセントリックな少女だが・・・。
「観光はいいです。メディアに露出するのもいいです。カメラや人の目は苦手ですが我慢は出来ます。ただ、実績を積まれ国連なんかに呼ばれて話せと言われる事態は避けたい。」
「重々承知しています。日本政府からもファーストさんを海外へ出したくないと散々言われたと、国務省の人間から話は聞いています。なので、今後国連側からそう言ったアプローチがあった場合、米国政府は最大限にファーストさんの意思を尊重すると結論が出ました。正式な書類は米日間で秘密裏に交わされます。」
どうやらバックに米国が付いたらしい。呼ばれた際にどれくらい圧力を掛けてくれるか知らないが、少なくとも無視できない国名ではあるだろう。既に行きたくないと言うのがワガママな気もするが俺は妻や家族とひっそり暮らせればいいのであって、世界をまたに大活躍なんてしたくない。目の届く範囲、助けられる範囲、困ってる友人に手助けできる範囲。そんな中でやれればいいんだよ。
「その話を聞けてよかった。聞けなかったらエキセントリックな少女になるところでしたよ。例えば飛行機を降りる時は虹色のカーペットとお菓子の家がないと嫌とか、歩きたくないからホテルに車突っ込ませろとかね。」
「なかなか愉快な登場だナ。」
「黙れエマ!気が変わって本当に要求されたらどうする!ファーストさん、飛行機を降りる際に目立ってもらうのは寧ろ大歓迎です。しかし、先程の件は・・・。」
「話を聞く前ならいざしらず、今はしませんよそんな要求。しかし、降機から目立って欲しいんですか?」
「ええ、マスコミもいるので派手にやれるなら。その方が、米国民も安心はすると思います。」
派手な降機ねぇ・・・、姿隠してそそくさとホテル直行でいいんだけど、なんか出来るかなぁ・・・。ついでに言えば、話しているエマは俺が頑張るんだろうなぁと、のほほんと俺の方を見ているし・・・。よし、巻き込もう。
(魔女さんや、人が沢山いて目立って欲しいけどやれる?)
(いいわよ?目立って見てくれるんでしょう?写真でもなく映像でもなくその目で私を。素敵ねぇ。溢れた時に私に取り分を寄越しなさい?それでやってあげる。)
(取り分はいいとして、あまりやりすぎるなよ?)
「分かりました派手にやりましょう。それと、エマも手伝う事。」
「いヤ、私はひっそりと降りていいゾ。うン。」
「エマ、私は貴女の師です。弟子として付き合いなさい。」
「・・・、何をすればいイ?」
「そうですねぇ・・・、先に降りて下さい。私はその後に降ります。」
「それだけでいいのカ?」
「ええ、それだけでいいです。なんなら名前とか呼びます?『クロエ早く来い』とか。その方が、私がいる事が分かりやすいですが。」
「その程度なら構わなイ。」
よし、エマも承諾したし近くなったら着替えるか。派手にやるなら着替えさせろと魔女がうるさいし、米国ならアレは皆知っている。派手さならアレが多分派手だろう。そんな事を考えながら空の旅を終えてダラス空港へ。2月だが砂漠が近いせいか熱くもなければ寒くもない。適温と言った所か。飛行機から外を見ればメディアが多数押し寄せてきている。ゲートの移設を見られて派遣組がこちらに来る事も予見されるし、何より飛行機がエアフォース・ワンなら要人がいるのは確定。エマが先に降りて報道陣の前に出る。さて、後はエマの声が聞こえるだけ。そうすれば派手に行くとしよう。
「我が師、クロエ=ファースト。早く来て欲しイ。」
キセルを吸ってプカリ。辺りはそれだけで別世界へ変わって行く。やれやれ、派手にやっていいとは言ったが、これはやりすぎじゃないか?中で待っていたウィルソンも驚いているし。
「えぇ、えぇ、今行くわ。夜道で師を呼ぶ子がいるのだもの。行かない訳にはいかないわ。ではウィルソン、ご機嫌よう。」
昼に夜を現し空に月浮かべ、その月光さえも邪魔と言わんばかりに赤い傘をさし紅いドレスを纏った彼女は、タラップを1段も踏む事なく傘で空を飛びエマの横に降り立ち1度俺の方を向いて魅力的な笑顔を浮かべた。アレは駄目だ、アレはポスターと同じような笑みだ。きっと、今使われている魔法よりもあの笑みが1番の魔法・・・、だ。




