167話 米国料理とは? 挿絵あり
ウォーターゲートホテルとはワシントンにある5つ星ホテルである。ポトマック川沿いにある歴史的なホテルで、川を望む豪華な客室からの見晴らしも良く、リーズナブルな部屋からロイヤルな部屋まで様々な部屋がある。まぁ、それのスィートルームのある階を全て貸し切ったのだからいい値段がしただろう。今いる部屋はキングサイズのベッドが2つにゲストルームなる寝室にベッドが2つ。シャワールームも2つあるし、日本の平屋くらいあるんじゃないかと言うくらい広い。
そして、部屋に入るなり目に飛び込んで来たのはプレゼントタワー。一瞬サンタクロースの部屋と間違えたか?と、思うくらい高く積まれたプレゼントボックスには1枚のメッセージカードが置かれており、読むと『親愛なるファーストへ。ブランド物の靴や衣類だが全て受け取ってくれ。』と書かれていた。うぅむ、やる相手もいないし、サイズが俺基準なら妻には入らない。
指輪の肥やしにするのも勿体ないのでなにかの際には着るとしよう。ただ、エナメルの靴やブーツはいいとして、服が全部ヒラヒラドレスなのは勘弁して欲しかった・・・。まぁ、配信しか知らないならこういう嗜好だと思われても仕方ないか。試しに一着着てみたが、エマが報告に上げたのかサイズピッタリなのが恐ろしい。
しかし、ワンフロアー貸し切りなんて事をすると、下の階を吹っ飛ばされた某魔術師を思い出す。だが、俺は水銀なんてものは持ってないので大丈夫なはず。エレベーターの入口にしても、部屋の前にしても屈強そうなSPが目を光らせてるし・・・。そんなホテルだが、チップに馴染めないんだよなぁ・・・。
取り敢えず金貨1枚を渡しているが、多いのか少ないのか分からない。昔なら大金なんだろうが、ゲートの出現以来金貨は割と身近になりつつあるしなぁ・・・。最低価格が1万円とすると、かなり高額なチップだが、手持ちがドルだと政府支給の数千ドルしかない。紙幣か金貨・・・、まぁ、金貨の方が多いし渡す時に多少のユーモアをプラスしよう。
「なんでそんなにコインチョコを食べてるんダ?包み紙を煙で器用に綺麗に開けてまデ。・・・、なにかの訓練カ?」
「強いて言うならホームアローン的なユーモアの為です。コインチョコの包に金貨を包む為にね。食べたガムを渡すと手袋が使えなくなりますから。」
「その労力を別に使う気はないのカ・・・、平常運転と安心すればいいのカ、スタンピードを勝ち抜いた余裕と見るか迷ウ。」
「勝負は既に始まっていて、私の出せるカードは全てテーブルの上。問題はそのテーブルをひっくり返すような何かがあるか否かです。」
メンバーの到着は確実。民意や知らない政治家がゴネたとしても、事が始まれば送り出す他ない。米軍一万二千名の命。安くもなければ、日米同盟と言う枠組みをぶっ壊そうとでも考えない限り必ず派遣はされる。仮に松田がしくじったなら、その時は何度死のうとも立ち上がろう。なんなら、日本には中位もいるんだ。見限っても後は多分どうにかなる。家族で亡命すればいいしね。
「何カ・・・、話を聞きたイ。私はスタンピードを体験していなイ。スタンピードを生き抜いた者としての話を聞いてモ?」
「そうですね・・・、私はペテン師です。意味は分かるでしょう?それを抜きにするなら・・・、純粋な闘争です。貴方と私は違う。認めあえず分かりあえず、相手を殺す以外のルールは何もないそんな純粋なものです。」
「・・・、それは美化していないカ?人が死ぬ事柄を綺麗な言葉で塗り固メ、責め立てる様に追い立てる様に導いてはいないカ?」
立っていたエマが椅子に座り、一口水を飲んで口を開く。さてはて、死地に導くね。死者を導くならワルキューレ、死地に導くならウィル・オ・ウィスプ。既に宮藤がそれは見せてくれた。楽しげに歩き続ける兵の幻影を。きっちりとお別れをしろと言われたが、背負うと決めたのだ。いくらでも乗ってくるといい。ただ、1番は譲れないけどね。しかし、綺麗な言葉で塗り固めるのは性に合わない。
「エマ、それは間違いです。感情でモノを話すのは人間です。そして、相手を認められるのもまた、人間です。では、感情もなく認める事も出来ない害するモノを叩き潰すのは、物言わぬ機械ではなく、純粋な闘争心を持つ人間だけです。なに、偶に鳴き声を上げるモノもありますが、理解できなければ意味はない。」
「・・・、では理解出来れば意味はあるのカ?」
「さぁ?辞世の句は聞けるんじゃないですか?聞けてもインベーダーを許す気はないですけどね。」
モンスターは叩き潰す。ゴミは掃除する。魔女ではないが、勝手に人の星を踏み荒らそうとするなら、それ相応の罰は受けてもらうし、差し出すものは差し出してもらう。ウィルソンが吸っていいと言っていたのでプカリと一服。
「なるほどナ、慈悲なく叩き潰せカ。確かニ、そんなモノをかけている暇があるなら一匹でも多く倒して仲間を守ル。久々に入隊時のランニングを思い出しタ。」
「アレですか?俺の彼女はM14ってやつ。」
「アレは海兵隊、陸軍は若干リズムが変わるガ、卑猥な事には変わりなイ。嫌いカ?」
「まさか、相手は決めていますが3大欲求を否定するなんてとんでもない。生めよ増やせよ、人と深く繋がれるのは素敵な事ですよ?まぁ、米国ではスキンシップやスポーツなんて考える人もいるみたいですけどね。」
映画とかで怒って言い合いしてるのにキスして仲直りしてベッドインするのは、米国人の切り替えが早いから。まぁ、ガッツリ怒った後なら全部吐き出しているので、切り替えも早くなる。まぁ、後はモノにできるかは本人の腕次第か。
「あー、うん。コールガールが必要かな?ファーストさん。」
「私は既婚者です。浮気する気はないですね。」
「奥さんが見ていなくても?日本と米国じゃあとやかく言いようがないでしょう?ハメを外してもバレやしない。」
「コールガールを呼ぶくらいなラ・・・、そノ、わ、私が相手をすル!」
「ウィルソンさん。それは間違いです。とやかく言われるのが嫌なんじゃない。裏切った自分がキライなんです。死ぬ間際の人を人工呼吸で助けるならまだ解りますが、愛する人を裏切って自らキライな自分になる必要性はない。あと、エマは変な事を口走らない。」
米国式歓迎なのかハニトラなのかは知らないが、コールガールは不要。ストリップを見るくらいならいいが、ベッドを共にする気はない。当然、ベッドを共にの意味は添い寝のそれではなく男女のソレである。しかし、アライルへ報告があると隣の部屋に消えていたが、戻ってきた事を考えると報告は終わったようだ。エマも変な事を口走っているが自分は大切にしろよ〜。若返って美女になってるんだから、そんな初々しい姿見せると変な男が寄ってくるぞ〜。
「それで、買取価格は決まりましたか?」
「いや・・・、ファーストさん。インナーを何枚か試供品として貰えないか?講習会のメンバーやエマが使っているのは知っているが、米国にはそれを作る技術がない。大きな取引だ、現品を見ずに買い取りはできない。」
ふむ、要は試供品が欲しいと。確かにネットでポチるのとは訳が違う。こちらの提示した性能と向こうが思う性能に乖離があって後から文句を言われても困る。3着くらい渡せばいいかな?見た目的には全て一緒だが、制作者の癖なんてものがあるかも知れないし、自分の糸で作られた物とそうでないものの違いはわからない。ならついでにウィルソンをぐるぐる巻きにして一着作るとしよう。キセルを取り出してプカリ。
「渡すのは3着。あと、これはウィルソンさんの報告用ですが装飾師程上手く作れないので、粗悪なら糸にでもしてください。多分、装飾師なら出来るでしょう。動かないでくださいね。」
吐いた煙をキセルでクルクル回しながらウィルソンに被せていく。気分はシンデレラの魔女。ただ糸を巻き付けたようにも思えるが、一応服の形は出来ているが装飾師ほど上手くはできないな。練習すればできるのだろうか?賢者の視界で被せる者の形は分かるのだが。
「おっ!おぉ~~!俺にも到頭インナーが!いや、その前に撮影!エマ!すぐにカメラ回せ!はっはー!シンデレラの気分だ!」
「お前のようなシンデレラがいてたまるカ!良くてネズミで馬にでも成ってロ!と、言うかクロエ!こんな事が出来るなら早く言エ!私ももう一着欲しいゾ!」
「気が散る!ぶっつけ本番なんです。ミスして輪切りになったらどうするんですか!」
大丈夫だとは思うが、強度だけなら数トンの重さでも釣り上げられる。それが人に巻き付いているので、下手にサイズを小さくするとそのまま食込む。まぁ、視界を介してやっているのでそんな簡単にミスするとは思えないが、万が一はあり得るわけで・・・。
「・・・、さようならウィルソン。殴り足りないがハムになったら焼いてやル。」
「Wait! Am I going to die!? If I'm going to die, at least let me see the photo album!」
ウィルソンが英語で叫んでいるがあー、あー、聞こえない。と、言うか本人が目の前にいるのにそんなに写真集が見たいと?趣向は人それぞれなのでとやかく言うつもりはないが、このおっさん大丈夫か?アライルと一緒にいると言う事はそれなりの地位なのだろうが、目の前のおっさんは残念でならない。
「それでクロエ、コイツは輪切りになるのカ?助かるのカ?」
「作業は終わったので大丈夫です。やはり装飾師には負けますね。オーバーサイズで作りましたが、どうもディテールが甘い。服飾は専門外なので、仕方ないと言えば仕方ないですが・・・。」
出来たのは俺やエマが着ているタンクトップに短パンではなく、夏目のボディースーツのような形状。上下別れているので一応脱げる。全身を守るという観点ならこの形状になるが、脱ぐ時に首が引っかかりそうだ。もう少し精進して拘束衣とかも作れるようにしようかな。犯罪者を捕まえるのにも楽そうだし。
「死なずに良かった・・・、このまま1日着ていればいいんですね?」
「下のスーツは脱いで肌着として使って下さい。材料は同じなので、強度は大丈夫でしょう。ただ、衝撃はあるので銃で撃たれると打撲程度は覚悟して下さい。試供品3着と実験台のお礼です。米国非売品なのでこっそり見るように。」
「了解した。と、おお!写真集!」
エマにもう一着作っている横で、黒タイツのウィルソンが写真集を抱いて小躍りする様に喜んでいる。そんなに嬉しいもんかねぇ?取り敢えず、これで米国には2冊か・・・。自身の黒歴史を自らの手で拡散しているような気がするが、どの道万単位で拡散するので諦めよう。
「ウィルソン、そのインナーをそのまま指輪に収納して自身の前に出す様にしながら歩ケ。そうすれば早着替えが出来る。ここでやるなヨ?お前のたるんだ腹など見たくなイ。」
「勿体ないから見せてやらん。ちょっとインナーを渡してくる。ファーストさんは心置きなくルームサービスで好きな物を好きなだけ頼んで下さい。では!」
渡してくるって、その辺にいるSPにだろうか?まぁ、渡した後にどうなろうと知らんし、使用者登録はどうにか回避方法が見つかったから良かった。最初のきっかけは指輪に収納した後に誰かに受け渡したいと言う所からだったが、方法は単純に他の人の指輪に一定期間入れる事と明確に不要とイメージする事の両方。ただ、登録解除時間がマチマチで長く使っている物ほど解除されない。さっさと売り渡してしまいたいし、これ以上指輪に入れておくと解除時間が伸びそうなんだよな・・・。
「なにか食べたい物はあるカ?ステーキでも酒でも良いものが揃っているようだゾ?」
「そうですね、米国と言えばステーキは外せませんね。お酒はウイスキーで他はピザにマッシュポテト。あとはエマのオススメを。」
米国料理といえば?高級ディナーと言われてこれというものは特に思いつかない。まぁ、建国が比較的新しいので仕方ないだろう。今言ったもの以外だとクラムチャウダーとか?一時期バターの揚げ物とか話題になったが食べたいものではない。やっぱり肉!肉があれば心は豊かになる。
ウィルソンも帰って来たし料理を運んできたボーイには、ニコニコしながらコインチョコの包み紙に包んだ金貨をチップとして渡したし、早速大量の料理を食べるとしょう。
「日本に行ってえらく大食いになったなエマ。」
「私じゃなイ。ほとんどはクロエが食べル。どんなに多かろうと丁寧に食べるから下品でもないし、魔法の様に消えていくゾ?」
「うちの魔術師達にこれを見せれば、ちっとは肉がつくかねぇ?ウチの魔術師は青瓢箪かギークが多い。」
「仕方ないでしょう?国の成り立ちを考えればイギリスに傾向するのは。日本では魔術師=細身の男性と言うイメージは払拭されつつありますが、英国に靡くならガンダールブルやマーリン、或いはクトゥルフ神話でも魔術師は髭の生えた老人となる。イメージで事をなすなら形から入るのも仕方ない。」
クトゥルフ神話は創作神話で比較的新しく、誰が書いたかもはっきりしているし、架空のものであるのは間違いないとされているが、宇宙的恐怖を書いたのが面白く、更には作者がシェアワールドとした為、様々な作家が世界観を共有して書いている。最初は属性なんてものはなかったが、オーガストが属性を取り入れて話を書いてそれが定着するなどもしたし、未だにネクロノミコンを見つけたなんていう話も出る。
「その姿で間違いないと?日本の中位魔術師は筋肉ムキムキの兵隊やオーディンじゃないが片腕のないやつもいる・・・。走らせるよりは机に齧り付かせた方が為になると?実際、エマは日本で見てどう思ったんだ?報告は聞くしスィーパーとなったが、言葉にするのは難しいな。」
「私としては勝手に動き出すのを待てばいいと思うゾ?どの道自身の職でなにが出来るかを考え出せバ、結局はゲート内で試したくなル。必要なのは速度ではなク・・・、言葉ダ。報告書のようにロゴスでもいいシ、言葉でもいイ。何か本人に当てはまる切っ掛けがあれバ、自ずと動き出ス。」
ステーキを切って食べる横でエマが語る。言うは易いが、しかしてそれを見つけるのが難しい。ゲート外で至る切っ掛けを掴む人もいれば、戦いの中で目覚める人もいる。個人的には生産系は割と外で研究とかしていても、切っ掛けをつかめる人が多いように思う。まぁ、外でもそれが好きでやっているので、順序が逆になっているのかもしれない。
「なら、走らせなくていいと?俺もランニングをやり出したが、走らなくてすむなら別の方法を考えたいね!」
「お前はバカか?ゲートに入るなラ、身体を鍛えているのは最低限の準備ダ。スクリプターなのだろウ?疲れを編集して取り去ってしまエ!」
「そんな簡単に出来るか!重い体を引きずって走って、酸欠の回らない頭で考えてるんだぞ!偶に早く着きたいと皮肉を込めて昔の自分を思い出せば楽にはなるが・・・。」
「自分を編集出来てるじゃないカ!それを発展させていケ。」
「まぁまぁ、最初のエマだって意気込んで走ったら、私や兵藤さんにかなわなかったじゃないですか。ウィルソンさん、エマの言うように疲れを編集して疲れる前に戻してもいいし、身体を管理して走れる持続時間を伸ばしてもいい。考え方は人それぞれですよ。」
「それぞれ・・・、ファーストさんは魔法を使う時に何を考えてるんですか?配信を見ても実際に見てもちっとも分かりません。なにか自在に使える秘訣みたいなものはあるんですかね?」
ウィルソンが身を乗り出して聞いてくるが、魔法の秘訣ねぇ・・・?知識があるのは前提条件、思考を回すのも前提条件、なら、あと必要なのは・・・。
「当然な事を当然にする。私は多分そんなイメージで魔法を使ってますね。ちょっとしたスパイスやユーモアは入れますけど。」
そんな話をしながら酒を酌み交わして夜を過ごす。高級ホテルだからか、味付けも日本人好みで旨いし、肉もレアからウェルダンまで出てきたので歯ざわりを楽しませてくれる。しかし、鳥の叩きや刺し身が好きな身としてはレアが一番いいな。
ある程度食事を食べてお開きとなり、ウィルソンは部屋に戻り、俺はシャワーを浴びて一服しLINEで妻とやり取りをしてベッドへ。バスローブを着るか迷ったが、どうせ寝れば開けるので日本で散々風呂にも一緒に入ったし下着でいいだろう。長旅の疲れはないが、明日朝6時頃には日本から派遣発表があるはずなので、情報の速さを考えて7時頃には起きたいな・・・。
ーside エマ ー
日本から米国に来てペンタゴンを荒らして、観光して今ホテルに居る。そう、私はクロエと一緒の部屋で寝ている!勢い余って相手をするなどと口走ったものだから変に意識する。
「ん・・・、はぁ・・・・・・。」
時折聞こえる吐息が艶めかしく、誘われているように耳に入ってくる。・・・、寝てるんだよな?カオリは一時期クロエと2人でホテルに宿泊していたはずだ。自制心・・・、彼女もクロエに惹かれているはずだが・・・、良くこの状態で自制が出来る!寝る前は下着だったんだぞ!バスローブはと聞けば、今更見飽きたでしょう?とTバックに近い下着姿でウロウロしてたんだぞ!
・・・、瞑想だ!瞑想をしょう。心を落ち着かせ、穏やかな心を持って煩悩に立ち向かえば私はきっと何事もなく明日の朝を迎える事ができる!信頼している相手を裏切る・・・。
「んっ・・・・・・っ、はぁ・・・・・・。」
鼻に付いたように雲がかった声はやはり艶めかしい・・・。いや、もしかして顔まで毛布を被りベッドに埋もれている・・・?このホテルのベッドはキングサイズで柔らかさも身体を包み込むほどに柔らかい・・・。なら、安全を確かめるのはカオリに託された身としては必要で、何らやましい事はない。そう!寝顔を見たいとかそんなやましい気持ちではなく、ただ純粋に心配しているだけだ!
「・・・クロエ〜、大丈夫カ?」
「・・・」




