166話 観光しよう 挿絵あり
「それで、モンスターの持ち出し方が知りたいと?失礼な言い方をするけど、もう予測は付いてるんじゃないかい?」
予測ね。ある程度は付いている。ただ、実際に行ったやり方が問題だ。そこの資料だけすっぽりと抜けているので、時間を掛ければたどり着けるだろうが、時間を掛けてまでそれをする暇があるかは別。
核実験よろしく四肢を切断して持ち出したならまだいいが、訓練用のそれをわざわざ行動不能で持ち出すかは微妙。次は箱による檻を作る方法だが、三つ目に箱を貫通されたので、それも危険が伴うし確実性は少ない。まぁ、これは無理ではない。後は、退出ゲート付近でタックルするように抱き着いて一緒に退出。これも危ないが、死にものぐるいなら出来るだろう。少なくとも、スィーパーなら溶かされる事はない。
最後は付き合い方を考える最悪。治癒師によるモンスターと人の結合。簡単に言えばキメラを作る方式だ。死体でも生きていてもいい、モンスターと接触し結合すれば多分インスタントラーメン感覚で結合出来る。人がまともに生きていられるかは分からないし、更に嫌なのは脳を奪われる事。
日本での調査では、モンスターは死体には興味を示さないと結論が出た。それが動かないからか、機能停止したモノは自身より下位なので取り込む術がないのか、或いはクリスタルではないから不要としているのかは分からない。ただ、事実として多くのスィーパーが入り、仲間を失った際の証言として、モンスターに敗北して逃げた後に短い間隔で回収に向かうと、消えかかってはいるが致命傷以外に破損を認める外傷はないらしい。
他にもいくつか想像は出来るが、それはあくまで想像であって真実ではない。想像しうる最悪を行って浅い階層でモンスターに知性が芽生えれば、ゲート攻略は更に難易度が上がりだすだろう。ソーツの認めたモノをモンスターに奪われるなんて身の毛がよだつ。
「予想は真実ではなくあくまで仮定。積み上げて真実にする事も出来ますが・・・、色々と不味い事態になってもよろしいと?別にテロ活動をする気はないですが、前の大戦のようにグレムリンが溢れかえるかもしれませんね。」
知っている人には有名な話。グレムリンはゲームによく出るが比較的新しく出てきたモンスターである。最初は確か第一次世界大戦の英国から、戦闘機のパイロットが原因不明の異常を報告し、そこから工場等にも異常が出る事から機械に悪さをするモンスターとして語られ、そこから世界へ広がりグレムリン効果なんて言葉も生まれた。そこまで悪意のあるモノではないと言われているが、飛行機を操縦していて空中で原因不明のトラブルとか気が弱かったら卒倒モノだろう。まぁ、卒倒したら証言する暇なくお陀仏だが・・・。
「それは現代社会なら死刑宣告に等しいよ。その様な事も可能であると?」
白々しい。既に自動扉を好き勝手にオープンしたのを見ただろうて。いや、不明を明確にする作業か。手の内は明かしたくないが映像記録に残っているので今更か。ここでグダグダやるよりは話を進めよう。
「私は魔法職ですよ?優れたハッカーをウィザードと呼ぶように魔法を使いましょう。なぁに、ちょっとなにか起こるだけです。先程のハッピーバースデーがスピーカーから流れた様に、ね。」
「OK、死刑宣告を死刑確定にされても困る。ウィルソン君すまないが彼女の欲しがっている資料を大至急用意してくれ。」
ウィルソンが部屋を出て行きエマとアライルが残される。取ってこいと言う事は何処かに隠されていたのだろう。やはり時間か。電子錠ないし鍵を掛けた部屋にペーパーで隠されるのが1番面倒だ。ケースバイケースだが、極端な話をすればペーパーでもUSBにでも保存して指輪に収納してしまえばいい。PCで保存してネットに繋がっていたなら、容易とは言わないがどうにか入手はできる。
「さて、資料が来るまでの時間も惜しい。ここの守りを固めるなら、何をするのが有効だと思う?」
「鑑定師による個別認証でしょう。橘さん曰く鑑定術師は見るだけでいい。魔法を使えばそこが空白ないし気持ち悪い色を出すそうです。なら、後はそれを追跡者とでも情報共有して追えばいい。嘆くならトライ・アンド・エラーで色々と試すのがいいですが・・・、ゲートの鑑定は控えるように。下手すると貴重な鑑定師の脳がやられる。」
情報量の問題か橘は倒れたしな。復帰出来たからいいものの、最悪寝たきりまであったかもしれない。用意する薬の等級で難易度は変わるかも知れないが、お勧めしたい事でもないし、貴重なS職を近道させた結果、再起不能にして使い潰すよりコツコツ地道に成長させた方がいいだろう。
「残念な事に鑑定師は貴重で、そうそう配備も出来なければ24時間体制でいてもらう訳にも行かない。ファーストさんは何が嫌かな?」
「ペーパーかUSB、或いはハードディスクを指輪に収納されたら手も足も出ませんね。知ってます?指輪を腕ごと失おうと不思議と指輪は生きてる限り持ち主の所に戻ってくる。逆に本人が死んでしまえば取り出す事もできない。エマにでも預けて持ち歩かせるのが1番安全じゃないですか?少なくとも、下手な下位に拉致されると言う事は考えられない。」
少なくとも、部屋を作って格納するよりはエマが持っている方が奪いにくい。今までは人1人が持てる物の量はたかが知れていたが、指輪という存在が出現した事で個人の持てる物量は圧倒的に増えた。それは、輸送機丸ごと1つ収納できる事が証明している。エマも見たんだ、出来ないとは言わないだろう。
「まてクロエ!それでは私が歩く最高機密になるではないカ!嫌だゾ!ただでさえ大佐になって頭が痛いのニ、米国の最高機密を持ち歩くなゾ、夜も眠れなくなるではないカ!」
「なら、とっとと中位が誕生する事を祈るしかないですね。ハッピーバースデーを流したんです、生まれているかもしれませんよ?知らず知らずゲートの中の何処かでね。」
「あの曲はそう言った皮肉だったか。なるほど、外見に騙されると手痛いパンチを貰う。さて、そろそろ戻ってくると思うけど先に話せる部分を話そう。ファーストさんからはなにかあるかな?」
「そうですね・・・、私物でエマや私が着ているインナーと同等の物約5000着、エマが送ったような靴1000足、回復薬は到着待ちですがそれなりの量がありますし、この前開封作業を行ったので純粋なゲート産もそれなりにあります。」
「ぶっ!」
「クロエ・・・、お手柔らかにふっかけて差し上げロ。」
「戻りましたが・・・、局長。このタイミングでボケるのはやめて下さい。コーヒーが口からこぼれてます。それと、これが資料になりますファーストさん。」
もらった英語の資料を受け取りエマへ渡す。英語は読めないよ?ホントだよ?賢者が読めるけど俺は読めないので、結果として読めないでいいだろう。まぁ、聞けば教えてくれるし、人の中にいるので感覚的に何となくは分かるのだが・・・。しかし、それは読むというよりフィーリングで理解していると言えるだろう。
「ウィルソン君・・・、ボケてはいないが君も彼女の持参品を聞けば吹き出したくなる。」
「はぁ、何があると?手土産に写真集があるなら欲しいですが・・・。」
「写真集は欲しいならあげますが・・・、それよりも別のものです。」
「端的に言えば米軍5000名の命ダ。薬にしろインナーにしろ、彼女の私財としてその程度の用意はあル。」
私財・・・、まぁ一括で買い取ったから私財と言えば私財か。インナーで言えば、返して欲しくとも登録されれば本人に帰っていくし、貸出という形は取れない。感謝の気持ちはいくらでもあるが、それとは別にきっちり支払いはしないといけないし、何ならボーナスでも出してあげたい。そもそも、感謝の気持ちがあるのは前提条件だしね。人が動く以上、サービスを当然と取ってはいけないのだよ。
「・・・、局長名義で財務省に掛け合いましょう。販売額は如何ほどの予定で?」
「好きに決めていいですよ?ただ、継続して輸出したくなる額だと嬉しいですね。」
「ウィルソン、良かったな。ケツの毛は残してくれるそうダ。」
「必要なら俺の毛をむしって渡す。」
「いるかバカ!クロエが穢れる!」
活気のある楽しい職場のようだ。まぁ、エマは軍属なのでここで働いている訳ではないだろうが、程よい距離感でやり取りはできているようだ。販売額は任せるとして、後は滞在先か。いや、その前に。
「そう言えば、派遣発表はありましたか?その後メンバーが来る予定ですが。」
「日本時間の18時頃正式発表という運びなので、来るのは明日以降になるね。その後砂漠へ移動して現地で地形を見ながら打ち合わせとなる。ファーストさんは英語が苦手なようだからウィルソン君を2人のサポートとしてつけよう。」
「おはようからお休みまで暮らしを見守ろう。必要なものはどうぞ私に。エマはガサツだから滞在先を決めずに下手したら車中泊とか言い出す。」
流石にそこまで酷くないと信じたい。まぁ、車中泊は車中泊でキャンプみたいで楽しそうではあるが、飛行機でここまで来て更に箱詰めにされるのは勘弁願いたい。
「言うかバカ!モーテルくらい心当たりがある。国賓待遇でなのだろウ?何処に宿を取っタ?マリオットか?」
「ウォーターゲートのスーパースィートをその階ごと取ってある。ルームサービスも何もかも全て自由に使える。私は隣の部屋に詰める予定なので何なりとお申し付けを、お嬢様。」
「私ハ?」
「同室で護衛だ。さてと、ファーストさん移動しましょうか。時間的に1箇所くらいなら観光できますよ?」
ワシントンで観光か・・・。ステレオタイプの日本人の様にあれを見に行こう。米国らしいと言えばやはりあれしかない。海辺で寒そうだがまぁ、着替えれば済む話だ。
「自由の女神を見ましょう。やはり米国に来たならあれを見ないとね。」
椅子から立ち上がり歩きながら服を入れ替える。指輪からの早着替えは練習しましたとも。あれの原理は人に重なり合わないように転送される事を逆手に取った裏技で、服を畳んで収納するのではなく、ある程度人が入れる空間を開けて収納すれば、今ある服と指輪の中の服が入れ替えられる。
1番楽なやり方は1度服を着て、その服を指輪に収納するやり方。失敗するとびんぼっちゃまスタイルや、服に入れず下着姿で目の前に服が落ちるなんて事もある。練習しだした頃は何度下着姿になったか・・・。今はミスもなく着替えた事さえ分からないように使いこなせる。
「ウィルソン君・・・、君あれ出来る?習得できるなら兵士に習得させてすぐに武器をスイッチ出来るようにしたいんだけど。」
「聞くなら私より大佐でしょう?間近で手解きを受けたんだ、出来んとは言わせんぞエマ大佐。」
「遊びのような技術だガ、慣れるのは難しイ。お前のストリップなど見たくないかラ、やり方を教えた後は1人で練習しロ。」
黒い服に黒い帽子。それなりに厚手なので寒くはないだろう。ウィルソンとエマが言い合っているが、時間も惜しいしさっさと行こう。2人を促し来た時とは逆に見える姿でペンタゴンの廊下を歩く。先頭はウィルソンだが人に会うたび注目を集めるのは面倒だ。有名税なのは分かるが、そんなに見なくても良いしお菓子を渡そうとしなくてもいい。好意なので貰うけどさ。
適当に愛嬌を振りまきながら歩いて、車に乗り込み自由の女神見物へ。ただ、自分で言うのも何だがモノを知らない痛手が出た。連れて行ってくれると言うから近いと思っていたら、片道車で3時間。往復6時間の長旅である・・・。ま、まぁ?途中でハンバーガーも食べたし色々と有名な名所も教えてもらった。
出発してすぐなら謝って引き返したり、目的地を変更もできただろうが1時間走って引き返して?とは流石に言えない・・・。見たかったのは事実だが、これならスミソニアン博物館にしておけばよかったと、調べもしなかった自分を叩きたい。そんなこんなで4時間くらい掛けて自由の女神へ到着。
ゴーストバスターズでスライムまみれにされて歩いたり、クローバーフィールドでは頭が転がって来たりしていたな。元々は銅色でフランスから寄贈されたものだが、年月が経って今の色へ。歴史を見て来た女神様は一体今何を思うのか・・・。お前が朽ちるのが先か、俺が倒れるのが先か1つ勝負をしよう。と、心のなかで覚悟を決め、ブルックリン橋やセントパトリック大聖堂を見て回る。
ついでに言えば姿は隠していない。普通の観光客としてウロウロしているが、エマと手を繋いでいるおかげか、ほんの少しだけ視線誘導をしているせいか、時折本人と確認してサインを求める人以外話しかけてこない。まぁ、エマもウィルソンも偉く鋭い眼光で睨んでいるので怖くて来れないというのが1番の正解かな。
「そろそろ戻りましょうお嬢さん方、ウォーターゲートのシェフが首を長くしすぎて首が折れちまう。」
「シェフ?宿泊者の名を明かしているのカ?下手にマスコミに知られれば身動きが取れなくなるゾ?」
「違う。よく食べるという事で料理を大量に発注していた。今から戻ればちょうど夕食には間に合う。部屋で食べる事になるが賑やかなのがお好きならご一緒しても?」
まぁ、ウィルソンも知らない仲ではないし、エマとの掛け合いも面白い。どうせ隣の部屋に詰めるのだし、晩飯を一緒に食べるくらいなら大丈夫だろう。まさかここでウィルソンが黒幕で襲ってくるなんて言うバカな話はないだろうし。
「では、戻って一緒に食べましょう。」
ウォーターゲートへ向けて車はひた走る。発表が日本時間の18時ならこちらは朝6時頃。どうやら明日も忙しくなりそうだ。




