160話 そんなもの使うなよ 挿絵有り
「ん〜、電波がない。圏外ですね。」
「バリ3とは言いませんが、せめて1本でも有れば連絡取れるんですけどね。」
タバコを吸いながら、電波を探すが飛んでもスマホを振っても圏外。橘が死語を投げ込んでくるが、確かに1本でも欲しい。時間を見ると16時なので退出予定時刻まで約1時間。クリーンな職場をモットーにアフターファイブは欠かせない。実際、日暮れもないので時間間隔は狂う。モンスターと戦っていれば余裕で2、3時間超えは当たり前。なので、早くともきりが良ければ出るようにしているが、連絡が取れないとその確認も出来ない。まぁ、戦闘中なら電話に出る暇もないが・・・。
「さて、このまま闇雲に探しても仕方ありません。退出ゲートを探しましょう。あちらにはバイトもいるので大丈夫だと思います。」
「バイト・・・、あの黒犬ですか・・・。ここで問いましょう。あれはモンスター、正確には犬に偽装したモンスターの残骸ですよね?」
そうヘルメット越しに俺の目を見ながら口を開く。中々よく視れている。確かに犬の中にクリスタルはない。あの犬をモンスター足らしめるクリスタルは俺の中にある。いや、正確にはあるが観測できなくなっている。だからこそ、ガーディアンは秋葉原事変終了時点では起動せず外に出てこなかったし、犬は俺を本体として付き従う。
稀に尻尾振ったり感情的なモノを外に出すが、それはあくまで俺に対するアピールの1つ。犬とはそういうものだ、犬とはこう言うものだというイメージを反映した結果の行動。それから学習し、従えば元の姿に戻してもらえる事も、自身としての意味を与えて貰える事も理解した。だからこそ、あの犬は従順に付き従う。
「御名答。秋葉原の最後の1を魔法で弄くり回した結果です。割と大変なんですよ、アレをするの。徹底的にイメージを固め、塗りつぶす。相手なんて関係ない、自身が見ようとするものに形を変える力技。」
「それは・・・、人にも可能であると?」
「さぁ?試す気はないですね。それに、これを公表する気もない。次のスタンピードでは間違いなく仕留めますよ。私は猫派なんでね。」
人の意思を捻じ曲げて作り変えるなんて願い下げだ。そりゃあ、人間だからムカつくやつもいれば嫌いなやつもいる。人の家族に手を出そうとする奴なんていなくなればいいと思う。ただ、これは人なら普通に持っている感情で、誰だって頭の中で誰かをぶん殴る事はある。問題はその頭の中の感情を実際にするか否か。考えるまでは犯罪じゃない。しかし、実行すれば犯罪である。
「貴女が貴女で良かったと返しましょう。さて方向は・・・、あちらで多分あっています。」
「そうですか、なら行きましょうか。鑑定しても人は視えませんか?」
「ここは広い。それに初めての場所ですよ?概ねの方向が分かるだけでも僥倖です。記憶に有ればいくらかは編集も使えるでしょうか、0スタートは流石にね。」
そう言って橘が俺をお姫様抱っこして飛翔する。やろうと思えば橘の速度は出せるが、それをすると衝撃波に橘を巻き込むので、抱っこされるのは仕方なかろう。タバコを吸って頭の熱も冷めたのか、それとも魔女が満足して引っ込んだおかげか危ない思考は出てこない。アレに飲まれる気もないし、光は既に決まっている。
「飛ぶのはいいですけど、煩わしいですね。」
「そう思うならさっさと迎撃してください!さっきからビームかすめたりして割と装甲剥がれそうなんですからね!」
ランダム回避で上へ下へ。喋っているが舌を噛みそうだ。1つ前でもモンスタートレインしたのに、ここでも空でモンスタートレイン。落ちろカトンボと言わんばかりに熱烈にビームを撃ってくる。スタンピードが近いせいでモンスターが多いのかは知らないが、誠にウザい事この上ない。
「どうせ装備庁の方々が喜々として直すでしょうし、武芸者の玉でどうにかなるでしょう?」
「装備庁は自衛隊組織!共同開発ですが、壊したら煩いんですよ!?」
「戦闘するんですから壊してナンボでしょうに。ファンネルとかないんですか?カオリは持ってましたよ?ファンネル。」
「アレはスピーカーでしょう!両手が塞がってるんですから早くしてください!何なら落としますよ!?」
「またまたぁ。落とされた所で飛べるんで問題ないですが、流石に面倒になってきましたね。後、人の尻を鷲掴みにするのやめてもらえません?セクハラですよ?」
「グローブしてるんで感触とか分かりません!次は素手で掴みますよ?」
さて、悪ふざけもそろそろやめるか。本当にグローブ外して揉んできそうだし、缶詰刑事がセクハラ刑事になっても事だ。肩越しに見えるモンスターは相当数。100はいそうだがどうにかするとしよう。プカリと煙を1つ。見える範囲のモンスターは羽?の様なモノで飛んでいる。・・・、いや、アレは羽だ。なら、色は朱がいい。
「過信、自惚れ、傲慢、怠慢、信じた羽は溶かされる。熱さに負けて溶けていく、飛べないアナタは真っ逆さま!」
羽を溶かして動けない所を串刺しにしていく。朱の煙は陽光を思わせ、落ちるモンスターの姿はさしずめ、太陽に近づき過ぎたイカロスの様。全部とは言わないが、それなりに数は減らせた。こちらが派手に動いてあちらが見つけてくれてもいいのだが、何も反応がない所を見ると、こちらを視認出来る距離にいないのだろう。
「何も反応がありませんね。仕方ない、私達はこのまま退出ゲートを目指しましょうか?」
「そうですね、適当に蹴散らして行きましょう。憂さ晴らししたいなら私を宙に放って下さい。両手が使えれば戦えるでしょう?」
「ふむ・・・、多少被弾したのでチェックもしたいし、直接戦ってそれなりに対処のイメージも持ちたい。名残惜しいですが解き放ちますよ?」
「了解、カウント3でお願いします。」
ストンとお姫様抱っこから落とされて、空中で刺又を取り出して高度を落として横座り。落とされた直後から橘は加速し、黒い筋を残すように仄暗い空を裂いていく。あの布はバーニアの光を隠すためのものでもあるのか。時折見える光は流れ星を思わせるが、前は気合で反動を我慢していたが、何かしらの改良もされているのだろう、以前よりも更に早くなってらっしゃる。
普通に見る分には多分、目で追えなかっただろうが賢者の視界様々。俯瞰して見ているので、モンスターの位置も橘の攻撃順番も見えてくる。と、んんん?橘が煙を出したが、多分アレは前に渡したものだろう。へー、なんか画面分割されたように頭の中で周囲の光景が2つ見える。同じ煙でも、今の煙と過去の煙。
ビームを無効化するのに使ったので、どんどん削れていっているが、これはなにかの際に使えるかもしれないな。子供や妻に持たせて何かの際に開放してもらえば、多少はなにか出来るかもしれないし。
橘が展開した煙は削りきれる前に戻され、銃に剣に狩人のトラップにと好き放題攻撃している。乱戦は控えてヒットアンドアウェイの様にモンスター達を確実に仕留めているが、中層間近のモンスターと言う事もあり対応が早い。興味の対象は橘だが、他のモンスターに構う事もまたない。最も、一発ビームが当たって落ちるくらいなら、モンスターもこの階層には来ないだろう。証拠と言っては何だが、当たっていても普通に飛んでいるし、他のモンスターに反射させて跳弾させるモノもいる。
しかし、スクリプターは攻撃こそダメージを重ねる方向で考える者が多いが、回避盾として使った方が強い気もする。高速戦闘をしているが、時折不自然にビームの先端が止まる時がある。多分、橘がビームのない世界をそこに編集して重ねているのだろう。数秒でも遮れれば回避は出来る。攻撃手段は装備で賄えるし、防御方面もどうにか出来る。寧ろ、ターン制のゲームだったら壊れキャラだな。
ただここは現実でゲームではない。モンスターが行儀よく一体づつ攻撃する訳でもなければ、当然、統制が取れている訳でもない。ヒットアンドアウェイで攻めているが纏わりつく触手も形を変えて網の様になる銀の玉も、何ならここまで物理現象を使う攻撃は少なかったが、爆発なんかも起きてる。
火薬かは知らないが、燃料や可燃物を使って現象を引き起こすと言うのは退化だろう。別に今ビーム兵器が進化の先とは思わないが、下手に引火したり衝撃で自分が吹っ飛ぶ可能性のある物など持ちたくない。
「加勢は要りますかー?」
こちらにも来るので接敵前に煙で叩き潰しているが、留まりすぎたのか、空のモンスターが暇してたのか数が減らない。橘もある程度憂さ晴らしは出来ただろうし、時間を考えるとあまり長居もできない。
「もう少しやりたいですが、時間ですかー?」
ヘルメットにスピーカーでも仕込んでいるのか、電子音声で聞こえてくる。橘が使っている装備はプロトタイプ的な物なのだろうが、その方向性は2つに別れる。1つは低コストで汎用性を求め、他の装備を試す為だけの本当の素体。そして、もう1つは出来る技術を詰め込みまくって、現時点の最高品を作成し、そこからスケールダウンや特化したモノを作るという方式。橘の装備は後者だろうな。アレは使えればかなり有用だが、鑑定師でも神志那はやモザが使いこなせるかと問われれば無理そうだし、アレをそのまま量産出来るかと問われれば無理だろう。
ただ、1つ言えるのは装備庁にディティールに拘る人間がいて良かった。橘の装備はカッコいいが、これが人型にしなくてもいいよね?とか言いいだすと、それこそ大型化したりモンスターの銀の玉みたいなのに乗って料理人の腕を使えば攻撃もできる。何ならみんな大好きデンドロビウムの様に橘を核に色々取り付けまくることも・・・。
まぁ、大型化はゲート内ではないな。スィーパー100人に聞いても、大きくしたら攻撃を避けれないと返されるだろうし、仮に必要だとすれば大型のモンスターが出た時くらいだろう。まぁ、それでも人で倒せない事もないので全否定はしないが、時と場合だろう。少なくとも、橘の今の戦闘スタイルには合っていない。
「ええ!一応、移動しながら戦っていますが、そろそろ移動に専念しないと多分間に合いません!」
「分かりましたー!空域を離脱してついてこれますかー?」
「どうにかするのでお気遣いなくー!」
橘がバーニアを吹かすので、こちらもそれに追い付くように速度をあげる。上げる・・・、上がる?いや、そもそも魔法で飛んでいるのだ。強化で赤峰を補足できるならその速度を出す事も出来るだろう。空を飛ぶもので安全に下に降りれて速度のある乗り物もの・・・。コンコルドか。あれならマッハ出るし退役したとは言え、それより速い飛行機を俺は知らない。
取り敢えず、橘に並走できるくらいまで速度を上げるが、モンスターも食い下がって来るな。高度はそれなりに取っているが、下からも投げつけられたモンスターやビームが飛んでくるので面倒だ。ヒラリヒラリと躱すが、背後はよくても下は見えづらいので見えている俺はいいが、橘は神経をすり減らしそうだ。
「橘はなにか考えあります?なければ辺りをふっ飛ばしますけど。」
「うおっ、この速度でそんなに鮮明に声が聞こえるものなんですね。最後に試したい兵装があります。打ち漏らしたらそれを。」
「了解です。位置取りはこのままで?」
「並走してください。」
そう言うがね、お前はよくても俺に生身でインメルマンターンを決めろと!?後ろを取るわけではないが、確かに急制動殻の反転は橘の飛び方的に厳しいだろうし、反転するにしてもGを逃がす必要がある。あるのだが、それに生身で並走しろとな?そりゃあ、刺股なくても飛べるけどさぁ!なら、地点指示だけしてくれれば俺はターン決めなくてよかったんじゃないかなぁ!?
「小田くんの武器を知っていますか?いや、愚問でしたね。クリスタルを利用した銃。装備庁でも研究されてまっっったく原理は不明ですが、特性は分かるから取り敢えず作ったものがこれです。」
小脇に抱えられた銃は橘よりもなお長く、懐かしい人ならバスターランチャーと叫ぶだろうし、最近ならアグニとか言うかもしれない。いや、アレもちょっと古いか?パチンコになってCMよく流れてるけど。しかし、橘の説明で安全性は考慮されているのか?使ったはいいが暴発して花火になりたくはないのだが・・・。
「それは・・・、大丈夫なんですか?瑕疵があればタダでは済まないような・・・。」
「鑑定した感じ壊れそうもないです。色々と武器はありますが、クリスタルを使ったものは少ない。それの転用実験だと思って下さい。では!」
モンスターの上に位置取り、言うが早いか引き金を引くと、モンスターが放つようなビームが発射される。おかしいなぁ、小田の時は当たれば爆発していたようだったが・・・、あぁ、リボルバーグレネードランチャーみたいな形だったからそれに流されたのか。それはいいとして・・・。
「熱いんで離脱しまーす・・・。」
「待って下さい!私も熱い!」
「引き金離せばいいでしょう!貴方は鎧、私は生身!並走させずに先に離れさせて下さいよ!そんな何を巻き散らかしてるか分からないもの近寄りたくない!」
見た時から煙を撒いてガードは固めているよ?ただ、それでも熱波は来るわけで・・・。仮にこれなんの準備もしてなかったら下手したら蒸発まであるんじゃなかろうか?撤回しよう。装備庁も頭の沸いた連中がいるらしい。
「助けて下さい、引き金がもどりません。クロエ、助けて下さーい!」
「橘、私には銃をどうにかする術はない。気の毒ですが・・・、しかし橘。無駄死にではないです。貴方が装備庁の頭の湧いた連中を引きつけてくれたおかげで、私は心の安寧を得る事ができたのです。」
「そんなザクを見捨てた少佐みたいなセリフはいりません!」
「正直言っていいなら銃を投げ捨てて、全速力で離脱しましょう!装備庁には厳重抗議すればよろしい!」
「くっ!ストレス発散したのに、またストレスが!今晩また飲みましょう!」
「それはいいですが、さっさと捨てて逃げる!砲身が融解しかかってます!」
橘が銃を槍のように持ち替え、上下左右に振った後に地面に向けて投げつける。これで流石にモンスターも残らないだろう。背後を見るのも何だか怖いし、あの銃にどれくらいクリスタルが使われてるかも分からない。橘と全速力で飛行しどうにかこうにか退出ゲートに飛び込んで外に出た。




