157話 パンドラ 後
「グラウンドまで使って到頭残りは私だけですけど、今からやります?神志那さんあたりはバテてそうですけど。」
冬の早い夕暮れの中、時刻は17時に差し掛かろうとしている。武器であったり出土品であったり、進んだ分だけおかしな物も数多く出てきていて、それを見て頭を抱える千代田と橘。俺はまぁ、ある程度予想していたのでそこまでダメージはない。しかし、体力のなさそうだった神志那が体力を捨てているとは思わなかった。当日の物販会場入場者の鑑定を神志那とモザ・・・、確か真田だったかな?がやる予定らしいのだが、歩くにしても走るにしても神志那は体力がない。何なら筋力は俺を持ち上げて限界らしく、前に担いで走った時は数日筋肉痛だったとか。
筋肉痛くらいならとっとと回復薬飲んで治せばいいと思うのだが、本人曰く『幸せの重さと痛みを忘れたくない!』と、湿布を貼りまくって重病者のような姿でのたまったとか。まぁ、本人がそれでいいならそれでいいのだろう。そんな神志那だが、出土品の中に乗り物がありそれを使って移動している。ぱっと見ルンバの様な円盤に座り、あっちで鑑定こっちで鑑定と仕事をしているが、そのルンバは地上から5cm程度浮いているし、通った後の地面に全くと行っていいほど形跡を残さない。
いや、ホバーなら風で地面は荒れるし、タイヤがあるなら轍が出来る。そろそろミステリー作家がペンを折るんじゃなかろうか?どんなトリックを考えても、はいはいスィーパースィーパーや、出土品を使えば普通に可能では?と言われれば返す言葉がない。懐かしの2時間ドラマで時刻表トリックなんてものもあったが、それをやるにしても電車に乗るよりビルの上飛んでいけば、どうにかこうにか間に合うんじゃね?と言われそうだ。
そんな神志那は動いていないが座っているだけで体力を削られたのか、エナドリを腰に手を当てて一気飲みしている。うちの会社に貢献してくれるのはありがたいが、あんまり飲みすぎても腹はタポタポになるし、昼食も栄養ゼリー飲料で栄養取れればいいと固形物を取っていないのはどうなんだろうか。
「そうは言っても私も明日から予定がありますからね。最近の警察は面倒なんですよ・・・、ちょっと前まで事件が起これば指紋取って鑑識が鑑定してなんてやってましたけど、今はもう事件起こったら追跡者呼べやら遺留品鑑定してもらえやらで・・・。
検挙率はうなぎ登りに跳ね上がってますけど、その分職を使ったり出土品を使ったりと巧妙です。その点、神志那君はいい人材ですよ。体力云々に目を瞑れば頭もいいし判断も的確です。元々は引きこもりらしいですけど、詳しく話を聞けば体験する意味が見いだせなかったとか。」
前の質問の答え合わせのようだな。始まりから結果まで予測できて、それをPC1つ有ればシミュレーションまで作り上げられる。数値が正確なら多少の誤差はあろうとも結果は得られる。真実を元に空想するならそれは既に仮定だろう。
ルンバで飛び回りながら栄養補給しているが、その顔は楽しそうだ。だが、なら何でまたモザと仲いいんだろ?彼はガチガチのヲタクだったような気がしたが・・・。
橘がやるといい千代田も、はよ出せと言う風な雰囲気を出しているので開封作業は続行。総数は感覚だけなら約2000個。朝からの開封作業を見る限りどうにか体育館でやれそうだ。端に山積みの使わない武器が置いてあるが一旦夏目達に収納してもらえば大丈夫だろう。
「ラストのパンドラ開封開始だにゃ〜!」
「クロエ、変なモノは出さないでくださいね?特に対処に困る物は私でも引き受けたくない。橘警視正もしもの時は使いこなしてください。」
「私だって嫌ですよ千代田さん。さっき開封した宮藤君の箱だって奥の物が多いせいか変な物が多かったでしょう?なんですか!?大気成分分析装置とか鉱物調整剤とか。どっかの星をテラフォーミングでもさせる気ですか?これを作った奴等は!」
おぉ、橘と千代田が互いに変な出土品を押し付け合おうとしているが、どちらが受け取ってもどの道最後は政府行きだよな?そのうち国の何処かに宝物庫とか出来ないか・・・、いや、物理的に作ると襲撃対象になるのか。壊され奪われ行方知れずの危ない出土品とか怖すぎる。
「橘さんそれ間違い。させるも何もできちゃうのだ!鑑定課で鑑定しまくって、リストにある品を使えば月とか火星くらいなら余裕余裕!因みに、ニュータイプはスィーパーだにゃ!」
橘と千代田が無言で互いに目をそらす。見たくない現実ほど壁として立ちはだかるのか・・・。かく言う俺も宇宙へ移住しないかと聞かれたら・・・、安全装置としてはありなのか?ゲート内のセーフスペースで暮らすのと何が違うか分からないが・・・。まぁ、それは後から頭のいい人に考えてもらおう。出来る事実を知っても俺にテラフォーミングは出来ないし。
「ところで神志那さんは、なんで外に出る気になったんですか?」
横を楽しそうにルンバライディングしていた神志那はピタリと止まると俺の横に来て口を開いた。どうでもいいがそのルンバ、割と高度が出るんだな。体感で2mは飛んでいたと思うが・・・。
「ん〜、クロニャン。ネタとお約束。ヲタクってどう思う?因みに私はヲタクに成れないヲタクだにゃ。」
脈略のない設問だがさてはて。ペーパーではないので、思った事を言うのが正解なんだろうが、神志那自身はヲタクに成れないという。そして、ネタとお約束か。何となく理解はできた。ただ、1つ確認だけは取っておこう。
「メンサ会員ですか?」
「うん。だから外に出た。」
「なるほど、理解は及びましたか?」
「全く無理だにゃ!この円盤だって使ってるけど原理は全く持って不明。」
楽しそうにルンバの上でジャンプしているが、膝から割とぺきっとかパキッとか音がしている。しかし、神志那は鑑定師らしい鑑定師だな。いや、寧ろ賢者よりか?
「話を知らなければネタとは気付けない。定石を知らないとお約束は通じない。神志那さんはそう成れるほど熱中する事がなかった。考えれば結果が出ますからね。アニメも漫画も小説も他人の空想を追体験していると考えて楽しめたけど、結果は空想でしかなかった。でも、今になって自身の全く解けない謎が出た。いいんじゃないんですか?
何かで読みましたけど、ヲタクはなろうと思ってなるものじゃなく、気がついたらなっている。今の神志那さんは既にゲートヲタクですよ。って、なんで抱きつくんですか?」
「いや、私の嫁にしようかにゃあと。的確な理解ありがとう。今から私はゲートヲタクにゃ。なら、当然ゲートの秘宝クロニャンヲタクでもあるのにゃ。」
「既婚者ですが、秘宝ではないですね。さて、開封しましょう。」
箱を開けると言っても封を切るだけなら簡単で、蓋もすぐに開く。内容品も金貨だけだったり、金貨と鉱石だったり薬と鉱石だったり出土品オンリーや武器オンリーと言う事もある。まぁ、1つの箱に1つとは限らない、それは既にパーティーで入れば最初の箱に複数のモノが入っている事で立証されている。
総掛かりで開ければ一人頭約60箱少々。メンバー以外の人を呼べば更に数は減らせるが、流石に何が出るかわからない奥の箱。信頼できない他人に任せるわけにもいかない。だからこそ、こうしてメンバーや近しい人で開けているのだし。しかし、テラフォーミングか。ソーツは俺達を宇宙に招待したいのだろうか?宇宙人がいる事はほぼ確定だと思っていいのだろうが、星を開拓となると話が違うような・・・。まぁ、技術があろうと材料も足りないのだろうし、先の未来の話だろう。
そのうち金髪仮面が『増えすぎた人類が〜』なんで言い出してコンペイトウとか持っていくのだろうか?いや、神志那曰く地球人がニュータイプなら宇宙に行った人はオールドタイプ?流れ的にゲートに入った人をニュータイプと位置づけているように思うが・・・。まぁ、共感は出来なくともそれよりも戦闘寄りな能力は貰えているのか。
「クロエー!こっちから設計図出ましたよ!」
「私の方は出土品ダー!鑑定師を頼ム!」
望田やエマから声が上がる。その他にも薬やら武器も出てくるが、やはり多いのは金貨関係。次いで資源に鉱石か。前に欲しがったダイヤは何個か出て来たし、何ならサファイアやルビーもある。ただ、1㎥だと有り難みがなく下手したらイミテーションに見えるな。薬の方は回復薬がやはり多く、高槻作成の等級表に当てていくと大体真ん中くらい。
真ん中というと消し炭の腕が生えるらしいので、部分欠損補填材とでも言えばいいのだろうか?少しづつだが上3つに近付いている気がする。まぁ、どの階層で回収した箱が分からないので、その感覚で合っているのかはわからない。
海外の配信者はトレジャーハンター気分で1〜5階層マラソンを繰り返して寿命2年分なんて言うものが出たりもしているのだし、最悪底まで行って最後の箱にタワシが入っていても驚かない。ただ、それが出たなら2度と底には行きたいと思わないだろう。
「エマ、出土品はなんですか?」
「うム、これなんだが何だと思ウ?」
パッと見筆箱。半田が使っていた箱に近い様に思うが、叩いても武器と思って使っても腕はでない。他のメンバーの箱から腕は出たので買い取って遥に渡した。何個もいるような物ではないがさてはて、これはなんだろう?表面を触るとスライドして開き、中は空っぽなんだが・・・。
「鑑定師のデリバリーにゃー。ヘイパス!」
「ほい、パス。」
神志那が文字通り飛んできたので、すれ違いざまに空に放れば、胸に抱くようにナイスキャッチ。橘や千代田、他のメンバーも判定機や本人が鑑定していく。そう言えば、一部は墜落機から回収した箱もあるんだよな。宮藤の時も胃を遡って心臓に悪いモノが割と出ていたが・・・、これもその類か?神志那の鑑定待ちだが、設計図も気になるな。
「カオリ、なんて書いてある?」
「えーとですね、特殊条件下におけるエネルギー生成装置ですね。内容的には・・・、特定温度下、−270℃くらいだとどんどんエネルギーを作るみたいです。後は超高熱とか」
確か地球上で1番寒くなった記録でも−70℃くらいだったから、あまり有用な設計図ではないな。特殊過ぎて使い道が内容に思うし、払い下げないにしても公開しても問題なさそうな・・・。
「うおぉぉぉー、宇宙エネルギーキター!!やっぱり地球はリングだぜ!その温度は絶対零度付近、つまりは真空の宇宙空間で光さえないのにエネルギー生んでくれる代物さ!ヒャッホイ!宇宙船はよ!」
墜落機の残骸あるよとは言いたくないな。ここでそれを言えばなにをどこの研究者がアップしだすか分からない。スペース・オペラは嫌いではないが、そうなると宇宙空間にスクリーンとステージ用意して、望田が景気よく歌を歌うことに・・・。バリアは張れるので、あれを上手く扱えばピンポイントバリアパンチに出来る?
「宇宙船?それならあの墜落機ヲ・・・。」
「エマ、それ以上はいけない。ロズウェルでもエリア51でもいいですが、下手な事を言うと未来が危ない。」
「・・・、何だそれハ?」
「彼女はメンサ。つまり、私達よりはアインシュタインに近い。下手すると作るんですよ宇宙船を!」
地球で手一杯なのに宇宙とかやめてくれ。主に俺のない胃が痛む。下手に理論を提唱しだすとそれを検証する輩が出る。そして、検証して失敗してを繰り返すと何かが出来る。その何かが有用か危険かは分からない。そもそも核に使うウランだって最初は使い道がなかったのだし・・・。
「墜落機とか言った?」
神志那が目ざとく聞いてくるが、ここは誤魔化すとしよう。こっそり夢想して楽しむ分はいいけど、本当に国を上げて作り出すとかはまだ先にして欲しい。設計図を望田から返してもらい、神志那にはエマと話していてもらおう。
「ロズウェルは嘘だ!」
「それが嘘だ!ヒタヒタ背後から歩いてくるよ?」
「オヤシロ様はいなイ!鷹野がやった事だ!」
おかしい、ひぐらしは鳴いていない。そんな会話をしているが、エンディング次第では宇宙人なんかもいるので、変にリンクして話に入りづらい。2人がガッチリと握手しているが、エマよ・・・。鑑定師と握手してよかったのか?悪魔の証明は今更してやらないが・・・。まぁ、人を鑑定するのは難しいらしいので、直近の記憶を探すくらいしか出来ないのかな?
そんな事を思って見ていると、神志那がさっきまで鑑定していた箱をこちらに渡してきた。中は空だしイマイチ使い道がないように見える。何かをこの中に収納するとか?エピパンとかダーツ、ガンナーの黒棒は入りそうだが・・・。
「化粧箱にゃ。」
「化粧箱?私は口紅1つ持ってないので、使い道がありません。ゴミとはいいませんが、ハズレ出土品ですね。」
「違うにゃ、クロニャンのキセルを入れればいいにゃ。」
吸おうと思って取り出したキセルを箱に入れろと?まぁ、キセルに装飾でも付くのだろうか?試しに入れて見るか。サイズ的にはキセルを入れても余裕があるが、わざわざ他の物まで詰め込まなくていいだろう。
箱に入れると神志那がカタカタと箱を振り出し、数度振ると開いて中身をコチラに差し出した。外見的には何も変化がないが、化粧箱とは一体・・・。
「吸うといいにゃ。」
言われるがままに吸ってみる。ふむ、何と言うかベープのリキッドを入れ替えた感じ?何時ものタバコの味にほんの少し桃の様な味と香りがする。不味くはないからいいのだが、これをわざわざ作る意味が分からん。
「おぉ~、ピンクの煙が見えるにゃ。」
「・・・、これは・・・。私が個人で所有するとしましょう。」
賢者は言った。煙はコードであると。点滅していたブラックボックスは様々な色で語りかけてきた。それが言葉であると証明する様に。つまりは、この色の違いが分かればより深くコードが分かるのではないか?ふむ、交渉の席につくにしても、日本語と彼らの言葉では意味合いが違う可能性がある。
それを深く理解できるなら、交渉材料を探す時に使える。なるほど、箱開けはダルいがまとめてでもいいのでこまめにやろう。なにせ、なんの取っ掛かりもなかった交渉について少しは前に進めたのだから。




