151話 クレープ 挿絵あり
「ただいま〜、なんかやたら疲れてるけど大丈夫?休暇で帰って来たのに連れ回しすぎちゃった?」
「いや、青山がさっきまで張り付いてた。」
「あー、貴方が絡まなければいい人なんだけどね。この前も初心者とゲートに入ってその人の代わりに大怪我して帰ってきたし。」
「大怪我?」
「そう、お医者さんの見立てだと右腕骨折、左腕から指先炭化。左右の足は肉離れ。回復薬は初心者の子に回して自分は最小限で切り盛りしてたから、15階層退出間近で大怪我。よくよく話を聞くと初心者の子が間違って・・・、ううん。
若い子だったから多分増長しちゃったのね。6階層の方に入ってそれを追って15階層の退出ゲートまで守りながら2人で走破したんだって。本当は青山さんもチームで動いてるんだけど、頼まれたら断れない質なのか初心者支援を良くしてるわ。」
話だけ聞くとめっちゃ立派。実力がなければ2人共死んでいただろうし、守りながら戦うというのは精神的にきつい。背中も預けられないし、下手をしたら恐怖で動かないし、何なら錯乱したらこちらに襲いかかって来る事も考えられる。
退出アイテムがない状態で潜るなら、上昇アイテムがないと前のゲートには戻れないし、何より15階層まで潜るとして準備不足ならかなり行き当たりばったりになる。流石に本部長候補に名が出るくらいなら回復薬の常備はあるだろうが、初心者に回す当たり本当に頭さえ・・・、俺の方に変な好意を示さなければ、仲のいい友人になれたかもしれないというのに・・・。
まぁ、人それぞれ。毒にも薬にもなるので仕方ない。しかし、この時期に未だ大分に残っていた理由はさっきの話のせいかな?湯治ではないが、温泉にでも浸かって休んでから東京へ行くなら行けばいい。参加者全員集合には期間が未だ残っているし。
「まぁ、あいつの事はいい。昼はどうする?」
「そうねえ・・・、ガッツリなら中華。そこそこならカレー、まだお腹に余裕あるならクレープかしら?」
「ふむ、全部行き付けがあるけど、たまには甘いモノ食べようかな。その後は暇だしドライブか家でごろ・・・。」
「エステ行きましょ?体験無料券貰ったのがあるのよ。確かダースベーダーが有名なんだって。」
「それは世界的に有名だけど、間違ってもマッサージはしてくれないかな。他にヒントは?」
妻特有の聞き間違いだろうがリラックスして暗黒面なんかに落ちたくないぞ?いや、眠りに落ちるなら意識飛んでるし暗黒ではあるのか。ただ、ダースベーダーがマッサージしたら絶対うるさいし、ライトセーバーを針の代わりにぶっ刺すとかだろ?電気も出してたから電気治療もしてくれそうだけど・・・。
「ヒント・・・?う~ん、なんかオイル漬けになるみたいよ?」
オイル漬け・・・、鰯じゃないからオイルサーディンは勘弁願いたい。マッサージってアロマオイル使うからオイル漬けで間違いはないけど、わざわざそれを全面に押し出すマッサージなんて・・・。高級店ならなになにの花から抽出したエキスが〜とか言いそうだけど、それは無料券でしてもらうには高いような気もするし・・・。あぁ、ダースベーダーと間違いそうといえばアレがあるか。
「アーユルヴェーダじゃないか?それ。頭にオイルを垂らすのはシローダーラーって施術で代名詞になってるけど、多分それで間違いないだろう。」
「へー、そんなのあるんだ。流石新聞読みだしたら隅から隅まで読む夫。物知りね!多分それだから行きましょう?」
「いいよ。ちょっとぬるぬるになってみるか。」
何時だったかエステに行きたいと考えたが、奇しくもこのタイミングか。最近冷静かと問いたくなる事も多かったしリラックスするならいいかな?確か瞑想効果とかもあるらしかったし。既に車は走り出しているので行き先は妻に任せる。まぁ、クレープ屋は行きつけの所がお互いお気に入りなので、多分そこだろう。
車を走らせる事数分。前は家の近くに店舗があったので行くには手間だったが、駅に出店したのでそちらで買える。久々だがここのクレープは巻いている皮がパリパリで甘さも甘すぎずに上品。お気に入りは和三盆を使った和風クレープで、抹茶と小豆が絶妙にマッチしている。甘いモノはあまり好まないけど、ここのクレープは別腹。
「昔はガブガブ食べるって感じだったけど、今は小動物みたいね。ハムハム食べてるけどおいしい?」
「旨いよ?向こうでも色々食べたけどやっぱり地元の味がいいな。食べ慣れてるし、戻ってきたらどの道またこっちの味を楽しめるから、変わらない味ってのもいいもんだ。」
そんな味を楽しんでまた少し移動してエステ店へ。やはりというか、メンズエステでは無いので男はいない。タイの古式マッサージとかなら踏んで貰うので軽い人ならいるかもしれないが、ここはオイルと揉む方がメインのようだ。
そもそも整体も行かないのでマッサージ店自体ほぼ始めて。昔あん摩を受けて揉み返しで熱が出たので、それ以来かもしれない。まぁ、下手に熱が出て会社を休む訳にもいかなかったしな。
「エステ体験コースで・・・、お連れの方は失礼ですが成人されてますか?年齢制限もありますし、会員証を発行する際にお顔が見えないというのは・・・。」
「年齢は大丈夫ですよ。こう見えて私より歳上ですから。それと、顔は見えないとまずいですか?」
「一応、施術する時に表情を見て強さを判断しますので・・・。」
色々言い合っているが、顔を見せるくらいなら大丈夫。ただ、騒がれないように気を付けるくらい。マスクと帽子にサングラス。その下は更に魔法で分かりづらくしているが、少し魔法を解くとしよう。しかし、他にも顔が見えない人っているのかな?あまり驚かれないところを見ると、それなりにいてそれなりに対応しているようだが。少し聞いてみよう。
「顔は見せますが騒がないようお願いします。少し話を聞かせてもらっても?」
「はぁ・・・、はぁ!?えっ、帰ってらっしゃったんですか?」
「ただいまを言う間柄ではないですが地元ですからね。それより、顔を隠す人は多いんですか?」
「ええまぁ、その・・・、真っ白塗りのメイクで来られてメイクを落とさないように注文を付ける方が多いんですよね。ファンデーション代も高いし、そもそも白に近い色は売り切れが多いし、そのうち鉛入りでも売り出すんじゃないかしら?」
「それはまた・・・、鉛入りは流石に中毒になるんで売らないでしょうが、まだ流行ってたんですねそのメイク・・・。」
そろそろ下火でいいぞ白粉メイク。なんか見慣れてテレビとかでも赤い瞳に真っ白な顔、黒い服でモノクロ写真みたいになってるけど弊害がこんな所にもあるのか。
「流行っていると言うか日常化していると言うか・・・。ご本人さんは・・・、メイクとかしてます?」
メイクとかしないから何も持っていない。前に夏目達と買いに行こうという話になって付き添ったが、結局化粧水1つ買わなかったな。独身の時も結婚してからも日焼け止めとかシェービングジェルとかは買ったけど、美容関係は全く何もしていない。一時期タバコでビタミンCが壊れると言われてサプリを飲んだけど長続きはしなかったな。
「口紅さえ持ってません。顔に何か塗るのやアクセサリー関係は苦手でして。すぐに洗ってサッパリしたくなる。」
「手を加えなくていいくらい綺麗だしね。それはそうと体験コースは大丈夫ですか?」
「はい!大丈夫です!寧ろオーナー連絡をとっても?」
「別にいいですけど、プライベートなので宣伝写真とかは撮りませんよ?来店した事を公表するのはいいですけど。」
「大丈夫です!多分悪いようにはなりませんから!」
そう言われて奥に案内され施術着を来て、仰向けで寝転びオイルを額に垂らされる。寝たら後は勝手にうつ伏せにしていいと言ったし隣に妻もいるので大丈夫だろう。ただ、紙パンツってTバックにもなるんだな。知らんかった。カウンセリングでごま油がいいと言われて、顔をタオルで覆って額に垂らされる。何かしらのハーブも混ぜてあるのかいい香りで眠く・・・。
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「なってここに来たと。まぁ、せっかく来たしちょいとあの視界の練習をしたい。」
「いいけど、何で頭ぬるぬるしてるのにここに来られるの?もう少しこう寝てリラックスするとかなかったの?」
「悪いがこれも瞑想とかリラックス効果があるらしいぞ?」
「君の知識で見れば拷問の類じゃない?ずっと頭に水落とすのって。まぁ、君がいいなら僕は文句は言わないよ。それで、視界の練習だったか。確かに教材はある程度読めているようだし、他の中位よりは半歩くらい先にいるかな。」
半歩か。確かに望田はある程度教材が何を言っているとわかるようだし、夏目は触りくらい分かるらしい。他のメンバーに聞けば大なり小なりそれぞれの見解が聞けるかな?まぁ、もうすぐ中層という所に来ているし、何にしろ犬等への対処準備が進んでいると取ろう。
「それで、なにをすればいい?イメージとしては視点を変える事の様に思うが。」
「間違いじゃないけど、正解でもない。君達風に言うなら俯瞰状態かな?どんなに早かろうと何を思おうと結局の所敵を感知出来なければ攻撃はできない。無差別に辺りを吹き飛ばしたとしても、死亡判定は出来ず不安は残る。有り体に言えば君の補助具を通してコードをより見やすいものに変えている。その中を何かが動くなら、君に捉えられない訳がない。」
「ふむ・・・、ん?あのキセルの煙はコードなのか?」
「そうだよ?普通は吹くモノなんだけど何で君は吸うんだろうね?あの煙は何モノにも成れなかった成れの果て。染まらず揺蕩い行く先を求めてプカリと吐き出される残滓。本来の話をするなら君の中には観測出来ない物が入ってる。だから、口からコードを取り込んでもなんともないだろうけど、普通の原生生物が吸うとちょっと面倒になる。」
知らない間にコードを吸い込んでいたと・・。ん〜、確かに武器で吸う物って見た事ないな。そして、武器が黒から灰色になったのはソレに対応する為に進化したか、あるいは使い熟したと言う判定だろう。ただ、灰色の武器って壊れたらどうなるんだろう?
「灰色の、中位の武器が壊れたらどうなる?1度幻影とは言えブチ壊した事があるんだが。」
「知ってるし見てた。何なら昨晩はお楽しみでしたね。とか言った方が信じられる?」
「いらん世話だ。心にそっとしまってその事実を忘れとけ。俺と妻との楽しみだ。」
息子にこっそりと濡れ場を見られた気分だ・・・。まぁ、人の目を通して世界を見ているので、ガミガミ怒っても仕方ないのは知っているがワザワザ報告しなくてよろしい。
「いい声で鳴いてそうだったけど、忘れろと言うなら忘れよう。と、武器についてだったね。壊れたら修理するか粉々なら数日間は使い続けるしかないね。使い続ければ自然と武器は使用者に寄り添ってくれる。」
「つまり、壊れても新しいモノを使い続ければ体に馴染むと?」
「そう、ただ浮気するとすぐ黒くなりだすから使い続ける事が大事かな?」
即時同じ物を使いたければ修理依頼で、時間がかかってもいいなら新しいモノを使い続ければいいと。まぁ、壊さないにこした事はないが新しい武器を選ぶ選択肢も取れるのか。流石に昨日までメリケンサック使ってて今日からヌンチャク使う事はないだろうが、ボクシンググローブとかなら有りかもしれないしな。
「と、話が逸れたが練習方法は?」
「煙を通してものを見る癖を付ければいい。君達とコードを使うモノは同じ物を違う様に見てる。君はコードを使うモノに寄せていけばいい。そうすれば、どこでなんの魔法を使っても瞬時に発動するし、動きも分かる。上手くなっていけば固定処理なんかも出来る。あれはコードで相手を縛ってるだけだからね。」
「おぉ〜、大盤振る舞いだな。」
拘束術の完成形は最初に見た三つ目が止まってたやつか。なるほど、拘束していようとも別に表面が止まっている訳でもないしたしかに触れば溶けるのかもしれない。停止と言っていたが、時間ではなく動きを停止していたのか。しかし、ここまで教えてくれるならやりようもある。常に煙を薄く撒いて過ごせばいいのだろ?問題点は・・・、匂いでバレるとか?
「本当はこれも初歩。魔法を使うものとしては原理を知れば次はその動かし方を知る。前にも言ったけど、チグハグなんだよ君達は。棍棒と知って石を叩くんじゃなくて、棍棒の様なものだと考えて石を殴ってるんだ。」
そう言われると言い返せないが、確かに魔法の原理をコードを知らなくても火は出てたし空も飛べたからな。しかし、これからはタバコよりキセルを多めに吸うか。いつも吸ってるけど、感覚としては紙巻きからベープに変えるようなものだ。味は変わらないし吸った気になるから気にならないし。
「まぁ、お前達?と俺達は違う。練習は続けて中層も攻略するさ。」
「あぁ、暇な時はまた相手をしてあげよう。」
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「起きて起きて、もう終わったわよ?」
「ん〜、そんなに経ったか?」
「2時間くらいかしら?うつ伏せにして、その後もひっくり返しても起きないしよっぽど疲れが溜まってたの?」
「いや、ちょっとばかし精神と時の部屋に飛んでいた。アーユルヴェーダには瞑想効果もあるらしいからね。」
マッサージを受けたかもあやふやだが、何だかスッキリしているのでプラシーボ効果だとしても腕は良いのだろう。帰る時にオーナーから無料で回数券をもらい、代わりに来店した事を公表していいかと聞かれたので許可して帰宅。今日は結城くんも来ているようで、晩飯は更に賑やかだろう。




