131話 茶釜いる? 挿絵あり
挿絵がヤバそうなら消します
後ろ向きに進む、言わば撤退。魔女にこのタイミングで命令してボイコットされても困る。どこぞの悪魔から力が欲しいか?と、囁かれそうだが回答はNO。力はいらん御しきれるだけの材料が欲しい。てか、コイツって屈伏とかするの?させなくても良いが最低限の手綱は欲しい。仮に交渉材料とするならこの身体とか?奥へ行かないとこちらが駄々を捏ねれば相手も少しは・・・、無理だ。それは今の関係と変わらない。駄々を捏ねている訳ではないが、ゲートの外を先に落ち着けようと後回しにしているのも事実だ。畜生、警告しか出せないのか?何か引き出しを開けるバールの様なモノはないか?駄目だ、現時点では何もない。ただ、約束を取り付ける事は可能・・・、なのか?
(奥に行けば少しは疑問に答えてくれるのか?)
(そうねぇ?私と貴女の関係は、貴女が上で私が下。それは変わらない。でも、灰かぶりだったかしら?靴をなくしたお姫様、夢が覚めるのは、さて何時かしら?)
魔女はニヤニヤしてそうだが、灰かぶり姫で現実に戻るのは0時の鐘がなった時。その後王子様が迎えに来て継母達は鳩に目玉を抉られたとかいないとか・・・。しかし、仮に魔法が解けたなら何故靴は残ったのか?寓話なのでハッピー・エンドの鍵にしたと言われればそれまでだが、現実的に考えるなら王子に見初められた後だよな?戻ったのは。
灰かぶり姫、シンデレラは色々なルーツがあるが彼女自身は特に教養もなく、継母にこき使われて姉に嫌がれされてと、踏んだり蹴ったりだが一夜の夢は見た。誰でもない魔女のおかげで。しかし、問題はその先で魔法が解けたが帰りつけはした。だが、帰ったが靴は残り、その靴で見初められて王族になれはした。そう、なれはしたのだ。が、果たしてその生活は夢のようなものだろうか?
姫なので取り敢えず飯には困らない。世継ぎを産めば安泰でもある。しかし、社交の場には礼儀がないので出れないし、政治にも学がないので口出しはできない。出来る事と言えば美しさを武器にニコニコ手を振ったり、王子の心が離れないように、身を差し出しながら慎ましやかに暮らす事。ガッツがあって勉強するなら話は変わるかもしれないが、よくも悪くも取っ掛かりとなる継母は既に退場しているし姉達もいない。家事の手腕は意味はなく、そんなものは下女にさせればいいし、何なら姫に家事をさせる理由はない。
ハッピー・エンドで物語なら終わらせる事は出来る。幸せな瞬間にENDの文字を刻めばいい。しかし、現実はそうはいかない。ENDを刻めるのは文字通り終わりの・・・、死の瞬間だけ。その死が幸せな死なのか、孤独で寒々しいモノかはその時にならないと分からない。
さて、ここまで考えて灰かぶりは多分俺で魔女は魔女。無理を言わない間は夢を見ていられるが、それを見せている魔女への報酬はシンデレラだとない。つまり、無償で動く気はないと言う脅しかな?ネバーエンディング・ストーリーを見る気はないが、身体の作り的に見ざるをえないので、報酬として先に進むしかないな。
(期間が分からない。行けても中層入口までだと思う。時間があればその先も視野に入れよう。)
(及第点ね、いいわよ?まだ、夢は見させてあげる。使いなさい?私を。従えなさい?賢者を。貴女の従順な手駒はそれしかない。有象無象と戯れても、貴女は1人置いてけぼり。)
(最後のそれは訂正しろ。人が永遠ではないにしても、今を生きる妻も仲間達も確かにいる。あまり人を舐めるな魔女。)
(おぉ怖い。主様に睨まれたなら、下の者は竦み上がる。従順に、従順に訂正するわ。育てた力を見せなさい?)
言われなくても・・・。その言葉が紡げない。想定が分からない。何が溢れるかも分からない。規模は?数は?明確なのは範囲だけか?海外なら使える人員は?いや、それよりもその情報が入るのか?何時?何処でどれくらい?被害想定は?相手はゲートの穴蔵で自由に動き回っている。どれだけの人を配置して見送れば・・・。いや、その前に配置ができるのか?
(扇動すればいいじゃない?貴女の元へ駆け付け散る。ふふっ、素敵な事よね?魔性を秘めたる美しい貴女、人々を導ける貴女。)
(人の意志を捻じ曲げる気はない。自身で決めた事なら文句は言わない。だが、熱に浮かされたように群がるなら、それは既に個人の意志じゃない。再度言う、あまり人を舐めるな。)
タバコが灰になりフィルターだけが残る。やる事が出来た。今の今まで先延ばしにして検証を遠ざけていた案件、この身体の巻き戻り時間の確認だ。腕はすぐに戻った。頭も齧られても思考はできたしすぐに戻った。なら、最後に残るのは木っ端微塵。頭と言わず腕と言わず丸ごと無くなった時に果たしてどの程度で戻ってくれるのか?
コードでダメージを受ければ吐きたくなるが、少なくとも犬に食われたくらいでは吐き気は催さない。なら、そこまで時間がかかるものではないと思う。あの時は時間がなかった、しかし今回は時間がある。試さないという選択肢はない。スマホを操作して電話・・・、いや、メールにしよう。数日ゲートに籠もる趣旨のメールを妻や望田に送り伝票を持って席を立つ。爆発物は高槻か山口に言えば手に入るだろう。流石に市販されていないので、入手ルートは限られる。会計を済ませてそのまま店の前から飛び立って電話をかける。
勢いがないと怖くてできない。躊躇する暇なく頭を回して必要な事だけを選択して要らない事からは意識を外せ。警告はなされたのだ。大会の事もあるがそちらは日程的に猶予はある。
「もしもし、高槻先生?」
「もしもし?どうされましたこんな時間に。」
確かに色々と話し込んでしまって20時は回っている。さて、高槻がどこにいるかで話が変わってくるが、さてどう言いくるめようか。流石に自爆するために爆破物くれでは譲ってくれないだろう。なら、奥のセーフスペース関連で使うとしてラボにいるなら作ってもらおう。
「奥のセーフスペースの魚・・・、と言うか湖の深さを調べるために爆発物が必要でして。狭心症用の薬からニトロを準備できませんか?C4とかでもいいのですが、取り敢えず反響調査なので強力な爆弾が欲しいんです。」
「ふむ、私は外に出ているのですが、急ぎなら山口君に頼みましょう。しかし、こんな夜更けにする事ですか?」
「ゲートには夜も昼も無いですからね。それと、小腹がすいて取った魚を食べようかと。際限なく食べられるので外で食べると食費が・・・。本気で食べると間違いなく引かれますし。」
「中身がないと言うのも考えものですな。分かりました、C4っぽいモノを準備させましょう。探窟家の方が掘った穴を広げるのに使っていたものの残りがあります。それを調合すれば同じようなものが作れます。流石にダイナマイトでは時間調整が面倒でしょう?しかし、ただの爆弾で大丈夫ですか?」
「調合師が調合したものが、ただの爆弾かは悩みどころですね。成分をいじるのでしょう?」
「ええ、何なら調合師謹製の爆弾とかも作ってもらうよう言っておきましょうか?」
「お願い出来るなら数個下さい。では、お伺いします。」
電話を切ってそのままセーフスペースへ直行。ラボへ行くが流石に早すぎるので爆弾は出来ていないと山口に言われたので、半田の所で軽く飲みながら待つ。酒の仕入れがいい。洋酒に日本酒、どぶろく何てのまで置いてある。ウイスキーをレモンと塩をかけたサラミをツマミに飲みながら考える。
前提条件は死なない事、巻戻りだ。流石にこれが働かないのでは話にならない。今まで受けた傷を思い返せばたしかにソレは正常に働いている。問題は全損時の回復時と・・・、俺が俺で居られるかという点。死を認識してそこからの復活。変わる事を恐れるなと言う人もいるが、変わってしまってはいけない事もある。
(賢者、俺という存在は結局何なんだ?)
(なんだろうね?何者かになりたいのか、何者にもなりたくないのか?個であろうとするのか、それとも群れでありたいのか?思い1つだけど君は何を望む?)
(妻の夫でありたい。)
(それが君の思う形で望むモノあると?)
(あぁ、色々な人に会って話して仲良くなったが、最後に行き着くのはソレだ。多分、何かあれば子供よりも妻を優先する。)
妻に・・・、莉菜に言えば激怒されるだろう。だが、本心はコレだ。子供達は好きだし、家族は大事だ。しかし、その発端は妻である。彼女がいなければ何も始まらなかった。出来た人間でない俺を好いてくれて、愛してくれて、家族となってくれた大切な人。平々凡々な俺が心の底から愛する人。
(ふ〜ん。よく分からないけど、それが望みなら忘れない事だね。望みは光で希望は導く。僕達は手助けは出来ても君からは出られない。でも、僕達が手助け出来るなら、君も僕達を手助け出来る。相互扶助だから、何かあれば手助けしよう。)
(・・・、分かった。)
「ファーストさん、何かありやした?」
「そうですね、下のセーフスペースに行って魚をどう料理するか悩んでます。焼きか刺し身か或いは煮魚か。レパートリーは少ないですが、旨味と歯ごたえだけの食材を、どうすれば飽きずに食べられるか悩みものですよ。」
「あの魚ですかい・・・、色々試しやしたが炊き込みご飯は割とよかったでっせ。臭みも風味もないのに旨味だけは米に移るし、身を砕けばいい具材になる。骨もないから丸ごと行けまっせ。」
「ほう!ソレは盲点ですね。調味料や調理法は考えましたがなるほどね、メインではなく具の1つとして見ると。どうしてもゲートを歩くと素材そのままに味変して齧り付くくらいしか出来ませんからね。」
「次連絡してきてくれりゃあ用意しときますよ。まぁ、魚は持ち込みなんですがね。大漁期待してますよ?」
「ええ、大物とは言いませんが量は揃えましょう。」
グイッとウイスキーを煽りサラミを一口齧ってプカリ。臭いが移ると料理人はタバコや臭いの強いモノを嫌いそうだが、ゲートの中なので大丈夫と灰皿を用意してくれた。半田の考え的には食べた人が旨いと思うものが旨い料理であり食べ方。それぞれの味覚があるので、それに対して料理人が押し付けるような真似はしたくないらしい。
確かに、ハンバーグを旨いと思う人もいれば、挽き肉が嫌いだから嫌という人もいるし、みんな大好きカレーもカレーライスならいいけど、カレー味のスナック菓子は嫌だという人もいる。あくまで食べる人が主体で、その人の注文に自分の色を添える。それが半田の料理道だそうだ。
「飲み終わりましたか?」
扉が開き山口の声がして中へ入ってくる。深夜ではないが、まだ白衣で出迎えて今も白衣を着ているけど、ちゃんと休んでいるのだろうか?どうしても掛け時計は消えてしまうので、腕時計やスマホで時間を確認しないと時間の感覚が消えてしまう。一応、隣の基地から起床と昼食、夕飯のラッパは鳴るらしいが、籠もるとそれもまた遠くでなってるな〜。位の感覚になるらしい。自衛隊側が配慮して音を絞っているのだろうか?
あのラッパは唇だけで演奏するラッパでピストンはない。まぁ、突撃とかする時に両手で演奏するなんて言う悠長な事は出来ないし、そんな事をしていればいい的である。先輩がラッパ教育に行って帰ってくるとアヒル口になったと悩んでいたが、確かに野郎のアヒル口なんて見たくないし、殆どは録音なので行って帰ってきたら後は数回吹いて技術は返納するという流れになりやすい。
「ええ。半田さんごちそうさまでした。取り敢えず、今回はこれでお願いします。」
「へい、またご贔屓に。」
値札がないと言うか、メニューもないので全て時価。金貨を数枚置いて席を立って山口の後を付いて行く。さてさてどんな爆弾かな?茶釜に詰めて松永の真似をする気はないが、自爆繋がりならありなのだろうか?まぁ、詰める茶釜もないので腹マイトコースだが・・・。
「取り敢えず3つ作りました。信管は既に差しているので後はグリップレバーを握るだけのものが1つ。あとの2つは時限式です。時間調整はボタンを押せば調整できて、起動は赤いボタンを押してください。ゲート内の湖で魚とり放題、ロマンですね!研究用の素材はどれだけあっても邪魔ではないですし、そもそも流通量がほぼない。それを乱獲して色々試せるなんて正に夢の空間じゃないですか。形の違いは?深海魚はいるのか?そもそも、深くなれば水圧は発生するのか否か?常識でモノが言えないゲート内、あの馬でさえ新たな発見の宝庫で職と合わせれば更に発見が!」
「爆弾は確かに受け取りました、研究や実験もいいですけど休みは取ってくださいね?では!」
山口のマシンガントークをぶった切って部屋の外へ。アレだけ話したがりなら、学会で発表とかした方が本人的にはいいのでは?まぁ、引き籠もっているので話し相手に飢えていると言われればそれまでだが・・・。さて、準備は整った。
一度外へ出て再度入って36階層湖近く。静かで薄暗く、魚の跳ねる音もしない。周囲には誰もいない。さて、脱ぐか。服はあってもどうせ吹き飛ぶには邪魔になる。スルスルと服を脱ぎ下着を脱ぎ、産まれたままの姿・・・、違うか。作り出された姿へとなる。
「湖底の調査はまぁ、戻ったらするとしよう。時間は・・・。出来すぎたように0時前か。」
指輪から取り出した爆弾とグリップ。怖くないと言えば嘘になる。巻き戻る前提だとしても痛みはある。願わくはせめて一瞬でありますように。無意識で魔法を使わないように爆発を受け入れるイメージをしてグリップを・・・。
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薄暗い周囲を閃光が走り爆風が遅れて湖面を割り、戻す風で水柱が天高くそびえ立つ。ただそれっきり。寒い冬の午前0時、黒江 司。或いはクロエ=ファーストは確かに世界から姿を消した。
「あ゛〜、今はいつだ?」




