121話 視察終了 挿絵あり
不死に不要なもの、何だと思いますか?
「その腹の何処にその量が入るのダ?」
「この腹のここに入ってるんじゃないですか?まぁ、私の胃袋は宇宙です。」
「医者としての意見はどうなんダ?ドクタータカツキ。」
「そうですね、胃下垂の方が大食いなのはご存知ですか?クロエはそれに該当します。通常の方の2〜3倍程度なら余裕でしょうね。胃下垂の方は満腹中枢が鈍いので、食べても満腹感を感じるのが遅い。CTで見た際も極端に胃が下がっていたので間違いないでしょう。更に、クロエの腸は栄養吸収率が悪い。後、脂肪萎縮症と言う病気をご存知ですか?日本人では100万人に1人程度の特殊な病ですが、極々軽度のそれを患っている可能性もあります。健康体であるのは間違いないのですが、クロエは体質上太らないではなく、太れないの方が表現としては正しい。」
医者スゲー。出された料理をポンポン口に運んでいる横で、こんなに食べても大丈夫と言う理由付けを医学的見地からやってしまった。胃下垂は聞いた事あるけど、他の病はどうなんだろう?多分、本当にある病で嘘の病名ではないと思う。高槻以外に診察される気もないので、後で大食いの理由としてメールかLINEで送ってもらって覚えておこう。
「そんな秘密ガ・・・、私の分も食べるカ?」
「いいですよ、そろそろ食べるのやめようかと思ってましたから。妻からも前にあまり食べると、ブーストちゃんになると言われて心配されましたからね。」
本当は中身が無いだけなのだが、その辺りは秘密である。遥は早々に一杯食べてインナーの修繕に向かったのでいないし、あまり食べすぎても中野達に悪いだろう。まぁ、それでも結構いい量を食べたのは半田の腕前がいいからか。
「ごちそうさまでした。」
「おう!お粗末様でした。いゃ〜、こんなに食ってもらえて良かった。最近はツマミばかりで量を作る事なかったからなぁ。次来る時は言ってくれ、事前に食材揃えて待ってるからよ!」
支払いに金貨を数十枚置いて店を出る。妥当か否かは誰もわからない。なにせ、食材の一部は持ち込みで他は馬の肉だったり、草だったりするので価格設定にお互い迷い話し合った末に、この額となった。料理人が調理すると、馬肉でさえ歯ごたえが生まれるのは嬉しい誤算で、ゲートに入る際は贔屓にしようかな。
店を出た後は本来の目的である回復薬の生産現場の視察。生産工場はゲートの外にあるので、ここでは一定数の薬の生産と開発に比重を置いているらしい。作っている人間は割と多く、見た感じ20名程度。白衣を着た若い人達が草をすり潰してみたり、粉末を混ぜてみたりと色々しているし。
「ここでは回復薬の精度向上を主として研究していますが、それはサブの目標です。彼等は学生か或いは調合師の職に就いた人達を引っ張って来たので、先ずは調合と言うものの理解から始めています。レシピは・・・、社外秘と言う事で言えませんが、まずはのびのびと学んでもらってますよ。」
高槻はそう言うもののやってる若者達の目は真剣で、時折ノートにペンを走らせている。顕微鏡とかありそうなイメージだったけど、あるのはすり鉢と棒、他は素材の山とか。職で作っているのでこんなモノなんだろう。そんな現場を視察し、時に握手や写真を頼まれながらできるだけ邪魔にならないように回る。
「一本回復薬を作るのにどの程度の時間がかかル?開発は分かるが、効率はどうなのダ?講習会では結構飲んでいたガ。」
「そうですね・・・、工場の規模と材料、人員次第ですよ。少なくとも調合師は最低1人は必要です。基本的に職で事をなすので、計画的には工場建設後、回復薬職人を米国派遣してから運用となります。まぁ、いい点は素材は現地調達出来るので、派遣人員の安全さえ守れれば後の量産の目処は立つところですかな?」
ここから出て渡米して単身赴任。何人送るか知らないけど、送るのはそれなりに信用のおける人物だろう。会社の事には口を出す気はないので人選は任せるとして・・・。
「糸を作れる人も送りますか?調合師の糸は耐久性に優れていますし。」
「厶、なにか違うのカ?」
「耐久力は調合師、機能は魔法糸。遥が作っている私の服はそれの合作です。エマのは100%魔法糸なので丈夫は丈夫ですけど、合作よりは多少耐久力は落ちます。まぁ、新繊維はどの国も欲しいので・・・、作れる人が行ったら更に危なくなる?」
未だにエマから糸くれと言われる事があるので、米国ではまだ糸が出来ていないのだろう。そこに、作れる人間を送り込むと色々と面倒事になりそうだな・・・。まぁ、俺ではなく行った人間が現地でどう動くかと言う所だが、産業スパイなんて言葉もあるから心配ではある。
「その辺りはウィルソンにでも話せばどうとでもなるだろウ。」
米国のおっさんは多分国務省当たりの人間。地位や役職は知らないけど、あの会談の場にいたらならそれなりだろう。
「糸は難しい所もあるので追々ですな。あまり事を急いでもしくじるので、先ずは回復薬の工場が稼働して軌道に乗ってからです。」
そんな視察を終えて外で一服。研究にしろ生産にしろ手広くやっているようで、人もいるので発見もある。しかし、素材が現地調達出来るのはいいな。米国スィーパーの事も多少レポートしてもらえれば嬉しい。
「今日はありがとうございました、素材の受け渡しはどこでしましょうか?魚は少し食べちゃいましたけど。」
「ここでいいですよ。箱に入ってるのでしょう?」
指輪から素材の入った箱を出して高槻に受け渡す。メンバーで乱獲しているので結構な量を揃えられた。流石に売り物にもするので全ては渡せないが、命あっての物種なのでそこまで惜しみはしない。エマは自衛隊基地の方も視察したいと言うので、遥の迎えがてら中野に案内してもらっている。あぁ、ついでにお願いするか。
「今度本部長選出戦で回復薬の販売と、半田さんの料理店を出してもらえませんか?色々売る予定ではあるのですが、半田さんと薬の在庫が大丈夫そうならお願いしたい。」
「二つ返事とはいきませんが、打診はしてみましょう。・・・、時にクロエ。スレイシスと言う人物をご存知ですか?」
どこかで聞いた名だが、どこだったか・・・?偉人ではなかったと思う。特定の分野の誰かなら知らない可能性もあるけど、少なくとも俺に直接関係ある人物ではなかったと思うが・・・。
「存じ上げない人物ですね。医学者かなにかですか?色々と本は読みますけど、少なくとも知り合いにはそんな人いません。」
「ふむ、不死の薬を飲んだ人物です。薬の出処はクロエだと思ったのですが、違いましたかな?」
「えっ・・・、あぁ!思い出した。いつぞやテレビで報道されてましたね。接点がほぼないので完全に忘れてました。その人がどうかしました?」
要らないので売ってしまった薬を飲んだ人か。その人がどうかしたのだろうか?急に死にたくなったから殺してくれとかいわれても困るんだけど・・・。少なくとも納得して飲んだのなら、その責任は自分でとって欲しい。今更文句言われても困るんだけどな。
「いえ、どうもしないのですが、強いて言うなら好奇心です。色々な方に質問しているのですけど、不死になるにあたって不要なものは何だと思います?」
不死になるのに不要なモノ・・・。さて、色々あるとは思うけど最初に思いつくのはこれだろう。そもそも不死とはなにか?何を持って不死とするのか?と言う問いになってくる。なってくるのだが、それは窮屈なのか、或いは自由なのか。人によって捉え方も違うし、正解のない問題だが、回答はスレイシス氏がいずれ導き出してくれる。なるほど、学者や研究者は楽しいだろうな。
「戻ったゾ。」
「ただいま、まさかあんなに修繕が必要だとは思わなかったよ。」
回答する前に遥とエマが戻ってきた。そうだな、多分遥は俺と同じ回答に行き着きそうだ。この子は昔から考え方が似た所があるし、違うなら違うで回答すればいい。なので、先に回答してもらおう。
「遥、不死に不要なものって何?」
「肉体。」
「同じか。」
「何の話ダ?」
「高槻先生からの質問、不死になるに当たって要らないと思うものはなにかってね。遥と私の回答は一緒で肉体。」
人の身体というのは不具合が多い。石器時代とか戻って寿命が30年だとしても、不具合だらけである。歯は2回しか生え変わらないから欠けたら生えてこないし、寝なければ頭は働かないし、汗もかけば腹も減る。水分を摂らないだけで死んでしまうし、血が流れすぎても死んでしまうし。そもそも、免疫機能と言う、防御装置でさえ下手をすれば身体を攻撃しだす。産まれてからもすぐには歩けないし無防備だ。
「それで肉体ト?しかし、それは人なのカ?」
「人の定義によるんじゃないですか?水槽の脳という話なら、そもそも脳だけで肉体はない。意識体なら身体は必要ない。」
「私はそこまで考えなかったけど、永く生きるなら身体は年取っちゃうから邪魔だなーって思ったの。無かったら身体の変化は考えなくていいしね。」
「うぅ厶、普通不死と言うなら吸血鬼なんかのクリーチャーを思い浮かべそうだガ・・・。」
エマが悩んでいるが、よくよく物語で『暇だから争う』と言う話がある。確かに死なないなら戦闘は娯楽になるし、いい刺激になるだろうが、それに振り回される周りはたまったものではない。特に吸血鬼だと眷属は逆らえないとか、操られているなんて話もあるし、それが物語のエッセンスになるのだろうが、現実的に考えると弱点が多すぎて戦うどころではないし、人と争うにしても最終的には食べ物は全滅させられない。そう考えるとまさに娯楽なのだろうが、その娯楽の為だけに永遠を手に入れてもねぇ・・・。
何かしらの強い意志や希望があるならいいかもしれないけど、ただ不死になって永遠に生きると言うか、存在するだけでいいのならやはり肉体は要らない。むしろ邪魔。そう考えると、やはりモンスター退治は俺にとってどこまで行っても娯楽でしか無いのだろうな。逆に刺激に反応するだけなら哲学的ゾンビになるし。
遥とエマが議論しているが、俺は遥の意見を押すので特に言うことはない。そんな俺がタバコを吸っていると、横の高槻が楽しそうに遥とエマを見ている。
「その意見も学者から出ましたが、クロエが言うと話が違いますな。ゲート設置者は肉体がないのでしょう?」
「さぁ?恥ずかしがって見せないだけかもしれませんよ?でもまぁ、イメージで事が成せるのなら、本当に肉体は不要ですね。ゲートでモンスターと戦うにしてもワンサイドゲームが出来る。損耗率に兵站、経路に能力。強い弱いは奥に行けば問題になりますけど、そこに行くまでの課題は消えてしまう。ただ、1人きりの世界に耐えられるか?と、言う問題はありますけどね。」
彼等はあくまで群体。そう呼ばれているからには、1人ではない。モノを作るのに刺激がいるから群体だと言われればそれまでだけど、1人が寂しいから群れていると言われた方が超常の存在だとしても親しみやすさはあるな。
「いつか相まみえる時があれば聞いてみたいですな。その姿を選んだ理由を。」
「希望が叶うといいですね。」
視察を終えて外へ。遥とエマの議論は何故か幽霊がいるのかいないのか?という話になった。まぁ、精神体=幽霊とするなら自然な流れなのかもしれない。昔病院で見たお婆さんは幽霊ではなかったけど、あんな風に見えるなら生身と幻想の境は消えるな。
時間的には他のメンバーも帰路についているので、タクシーでホテルへ。バイクでも良かったが、流石に寒いのでやめた。視察そのものは満足いくものだったし、エマの方も基地や生産について質問していたので、後はまとめさえすればレポートとして大使館に出せるだろう。
「そう言えば、何でそんなに修繕に時間がかかった?」
「末端処理、糸の切り方が悪いのか糸と糸の結び目から消えそうになってたり、自動修復で結合せずに反発してたりで大変。一応、色々試してクロエの糸なら中間補強材に出来るみたいだったけど、色々試さないといけない事が増えたよ・・・。形はまぁ、その人の好みだから良いんだけどね・・・。筋肉の群れはもういいかな。」
「兵士は身体を鍛えル。そこは諦めロ。」
「エマさん、私はキレイなモノを見て過ごしたい。肉体美は肉体美でもクロエの方が美観的にいい。」
「クロエ以上を求めるのは酷だろウ・・・。」
そんな話をしながらホテルへ到着。運転手にレシート要らないと言ったらその裏にサインをねだられたので、サインをして中へ。部屋では先に帰った望田がシャワーを浴び終わって出迎えてくれたので遥、俺とシャワーを浴びて夕食からのお酒を楽しむ。
「カオリ、不死になるとして要らないモノって何?」
「要らないものですか?う〜ん、終わりですかね?」
中々変化球なものが飛んできた。終わりって、なんの終わりだろう?色々終わりはあるけれど、不死の時点で死にはしない。なら、それ以外の終わりだろうけど、さて、何についての終わりかな?
「それは何についてダ?クロエ達は肉体と言うし、私は病や老いだと思っタ。今までにない回答だが何についてダ?」
「それはもちろん楽しい事についてですよ。暇は死に至る病っていうじゃないですか?なら、死ねない暇は拷問だな〜と。人生は短いですけど、人は退屈しますからね。」
三者三様、不死の薬がある以上。飲んだ人が何を思うかはその人次第、スレイシス氏はどんな回答を出すのかな?




