120話 海鮮丼 挿絵あり
「それと大将これを。セーフスペースの魚です。形は色々あるんですけど、旨味と歯ごたえ以外は同じ味なんですよね。」
指輪から魚を出して渡す。人は収納出来ないけど、食材なんかは収納できるんだよなぁ。跳ねもしない魚は感動の歯ごたえで食への探究心を湧き上がらせる。しかし、待ったをかけるのはその味。旨味はあるけどそれしかない。醤油やポン酢で食べると旨い醤油と旨いポン酢が食べられる。珍味馬肉は歯ごたえはないけど、テリーヌやらコンビーフといえば食べられない事はない。しかし、人は1つの味だけでは生きていけないんだよ・・・。
「ほうっ!コレはいい、前先生が持ってきた魚は3尾。後は研究に使うって言って卸して貰えないし、取りに行けるヤツがいないって事で触れもしない。いやぁ、寿司に刺し身に海鮮丼。煮付けにしたら形は残るのか溶けるのか?金髪さんマカロニチーズは何かトッピングはいるかい?ハムとかツナ、挽肉もいいな。」
「いヤ、オーソドックスでいイ。」
「あいよー!」
白い七分袖の調理着に黒いエプロン、違和感しかない格好だがあのエプロンがS料理人の武器なのだろうか?いるのは知っているが中々接点がないので詳細は知らない。手段やモノに関係なくエネルギーが調達出来て好みの味をつけられるらしいけど、果たしてそれは旨いのだろうか?内装的にも食堂というよりは、ちょっと一杯引っ掛ける居酒屋風だし娯楽の少なさそうなこの施設なら、ここを楽しみにする人間も多いだろう。ただ、メニューがないのが気がかりだけど、食材持ち込みなので大丈夫だろう。
出した魚をまな板に乗せ、包丁で捌くのかと思いきや何やら黒い箱を取り出した。鉄ぐしで締めるとか?或いは塩振って丸焼きコース?注文する前の下ごしらえだとは思うけど、今の気分は海鮮丼なので焼かれる前に注文しよう。
「焼きじゃなくて海鮮丼でお願いします。米が無いなら刺し身でもいいですよ。」
「いや、大丈夫大丈夫。この箱は串入れじゃない。ちと驚くかもしれんがまぁ、見といてくれ。危なかぁないよ。」
そう言って大将は箱を腰に取り付けた。へー、あのエプロンにそのまま取り付けられるんだ。て、事はあの箱も武器?小学生の筆箱見たいな形だったけど、あの中に包丁とか入ってるんだろうか?そんな大将を見ていると、背後から蜘蛛の脚のような細い管が・・・。
「大将さん?それなに?蜘蛛じゃないよね?流石に昆虫食とかないよね?大きすぎるよね!?」
蜘蛛が嫌いな遥が引いている。確かに出た脚は大将の身体よりも長い。そんな足が見える範囲で10本、もしかしたら更に増やせるかもしれない。エマは興味深そうに足を見ているが、その足は鍋を掴んで火に掛け、他の足は大根を取り出してツマにしたり、ご飯をレンジに入れたりと動き回っている。あの箱はマニュピレーターの収納箱なのか・・・、料理は手際と言うけれど、文字通り手を増やして補うって考えちゃったかー。タコじゃないんだから人に脳は1つしかないと言うのに・・・。
「そう言えば名乗ってなかったな。あっしは半田 陽二。元は築地で店やってたんですが、畳むか休業が悩んでる時に高槻先生がふらっとうちの店に来て、ゲートで店やらないかって言うもんでここでこじんまりとやってまさぁ。」
築地で店って事はやはり魚系かな?格好も和食の料理人という感じなので、味には期待できそうだ。名乗られたなら名乗り返さないといけないが、料理中なので名刺を渡す訳にも行かない。
「知っていると思いますが改めて、クロエ=ファーストです。こちらは遥とエマ。今日は視察で来ました。築地で店って事はやはり魚ですか?それとも、卵焼きとか?よく食べるので、色々作って下さい。」
「いや〜、魚も卵も飽きて最後は・・・、そう!牛カツとか親子丼とかステーキなんかもやってましたね。包丁一本、サラシには巻きませんでしたけど、料理するのが楽しくて色々食材に手を出しては料理食ってもらう。東京はいいですよ?鳩にトカゲに、カンガルーなんてのも手に入る。まぁ、今はゲート食材に首ったけ。歳は食っても休んでる暇はない。そう言えば、国はどこだい?」
好々爺の様に話しながらも手際よく魚を捌いていく。まぁ、3枚におろすと言ってもこの魚、馬と同じように骨がない。なので真っ二つで事は済む。鱗もないし、臭みも無ければ風味も無い。油を熱したり、フライパンで付け合せを作ったりと、3つあるコンロをフル稼働させながら、同時進行で本人は出刃包丁で魚を切り分けて皮?を剥いでいる。旨味あるなら塩振ってカリカリに焼いて出してくれないかなぁ。酒のアテにもいいし、オヤツにもいい。
「高槻先生と一緒、九州ですよ。」
「ほう、なら下手なものは出せないな。魚は江戸前じゃなくてコリコリ歯ざわり、醤油は甘めの刺し身醤油。九州の人は柔らかい魚はあまり好まないだろ?関あじ関サバ、鰤なんてのもあればいいが、流石に仕入れてない。先生、連れてくるなら奮発していいの仕入れたのに。」
「クロエは連絡して来る時と、急に来る時がありますからな。今日は視察だけの予定で、この魚も研究に・・・。」
「回す前に料理するから食ってくれ。中野さんなんかこっそりとここで一杯引っ掛けるのが癖になってんだから、変わった食材切らすと怖いぞ〜。まぁ、公然の秘密で兵隊さんも飲みに来るし、外部食材費さえ貰えりゃあ、あっしはいいんだけどね。」
一応、基地とは別の研究所なので、外出扱いになるのだろうか?まぁ、どこで何しようと変わらぬ風景なので、遊ぶと言っても馬で走り回るか、ネットでゲームとか動画見るとか?下手に装備を外に出しておくと消えるので、究極的に言うなら人が建物にいるだけでいい。まぁ、それはそれで効率が悪いのでそんな事はしないだろうが・・・。しかし、変わった食材切らすと怖いって、半田の腕がいいのか変わったものが、食べたいだけなのか判断に迷う。
俺の場合、自動販売機やスーパーで見た事ない味のジュースやカップ麺を見るとついつい買ってしまう。ガリガリ君の卵焼き味は割とイケた。2本目を買うか?と、問われると二つ返事でとは言わないが、貰って食べるくらいならまた食べてもいい。
「店畳むか休業って、引退を考えてたんですか?」
「いや?単純に飽きたんですよ。料理をする。旨いと言ってもらう。メニュー出して注文もらって同じ料理作ってそれが看板になる。料理人としては成功なんでしょうけど、あっしはそれが腑に落ちなかった。旨いと言ってもらった料理を延々同じ様に作るなら、機械でいいでしょう?今なら冷食もいい味出すし、それと同じ事するなら人じゃなくていい。」
言いたい事は分からんでもないな。要はルーチンワークになって刺激が消えたと。趣味を仕事にしてしまって、楽しいけど人を相手にするなら同じクオリティーの料理を毎回作る。試行錯誤はあるだろうし、新作を出す事もあるだろうけど、結局看板を頼まれてはその新作も埃を被る。
「それではここに食材探しに?」
「えぇ、先生が『料理なら面白い食材相手にしない?道楽でいいからやってよ。店用意するから。』って口説かれてね。いやぁ~、ゲートは入って出ただけだったのに、今はセーフスペースにモンスターにと食材には事欠かない。ただまぁ、コラ!」
刺し身にしていた包丁を置いて、マニュピレーターの一本を怒りながら叩く。他の手と同じ様に調理しようとしていたように見えたけど、なにかあの腕にあるのだろうか?
「店主、なぜその腕を叩いタ?」
エマも不思議に思ったのか半田に聞いている。高槻は知っているのか『それ聞いちゃう?』と、イタズラしたそうな顔をしているし、遥は遙で料理よりも腕の方を物欲しそうに見ている。したい事は分かるよ?あの武器あったらインナーとか装飾の効率かなり上がりそうだもんなぁ。ただ、あのマニュピレーターの先で刻印とか縫い物が出来るか分からないから、見つけても先に鍛冶師に改造してもらわないと怖くて使えないだろう。
「へぇ、あっしの腕がまだまだなのか、たまには文字通り手を加えようとするんでさぁ。今は叩いた腕はこっそりと塩足そうとしてたんで叩いてやめさせました。ぜーんぶ腕に任せたら、それはそれは美味しい料理が出来るし、見た目と味が全く違うものも作れる。そうだ、さっきはいだ皮で試食してみたら分かりやすい。」
そう言うと半田から伸びた腕が魚の皮を突き刺した。残念、皮は炙って貰えなかったか。さて、どんな味になったのかな?前に高槻が脳がバグると言っていた手前、怖さ半分好奇心半分と言った所。まぁ、料理人が料理するので不味くはないと思うけど・・・。
「はい、どうぞ。味は食べてからのお楽しみ。」
小皿に乗せられた皮がそれぞれの前に出されたが、誰も手を付けようとしない。仕方ない、先陣は切らせてもらおう。高槻も知っているのか手を付けないし、さてはて何味やら・・・。
「・・・、苺ケーキ?」
濃厚だがさっぱりとした生クリームに、いちご特有の甘さと酸味、それを包み込む少しブランデーを染み込ませた卵タップリのスポンジ生地は、大人の味わいを醸し出し全体のバランスを調和させる・・・。魚の皮を一口食べただけでこの味を再現されたら確かに脳がバグる。むしろ、目隠ししていたら、小さな苺ケーキを食べたと・・・、思えないな。あくまで噛んだ感触は魚の皮だし・・・。
「面白いでしょう?」
「魚の皮一口でここまで洋菓子を再現されるとは思いませんでしたよ・・・。出来れば塩ふって焼いた鮭の皮味が良かった・・・。」
話す横でエマ達も食べるが、顔は芳しくない。リンゴやワニの唐揚げと言う辺りそれぞれ味は違うようだ。しかし、エマはワニ食べた事あるのか・・・。米国では食べるらしいし、本物なら食べてみたい。
「クロエ、実はこれ。味だけじゃなくて成分もそれなんですよ。」
「凄いですけど、このもどかしさは何処に訴えればいいんですかね?」
旨いよ?旨いけどこれじゃない。これで満足したら負けた気がする。料理は見た目と言う人もいるけど、うん。その言葉の真意は多分この状況だろう。
「あー、次来た時はホンモン出しますよ。さて、どうぞ海鮮丼とマカロニチーズおまち!」
皮の後に出された海鮮丼は旨そうに見える。見えるけど、口の中の皮が『俺は、俺は苺ケーキだ!』と、一歩も譲らず主張する。取り敢えず、お茶で口の中のをリセットするけどこの海鮮丼までそんな事になっていたら立ち直れない・・・。横のエマもマカロニチーズを箸で突いているけど、一口目までには至らない。
「大丈夫でさぁ。注文を間違う様な事はしませんよ。」
「・・・、はい。」
箸に手をのばす横で高槻は、旨そうに海鮮丼を食べ始めているので大丈夫なはず!そう思い、魚を一口。ほう、コレはコレは・・・。新鮮コリコリとした歯ざわりに旨味しかなかった身にちゃんと魚の味がする。他の切り身にも箸を伸ばすと、歯ざわりは同じ様に感じるけど、味は違い鮭やマグロ、タコの味もする。切り方もそれを切るような形で切ってあるので、脳がバグる事もなく普通に美味しい。と、いうか旨い。
「いい食いっぷりだね!もっと作るから食べとくれ。」
そう言ってじゃんじゃん料理が出される。よし、旨いから食べるぞ!




