119話 薬の話
高槻がタイプライターをポンポンと叩きながら話す。最新施設なのに中が退化しているのは中々どうして皮肉が効いている。まぁ、外観が継ぎ接ぎで中も取り敢えず白く塗った状態なので、こんなモノなのかも知れない。最新・・・、例えばアンブレラ社とかをイメージしていたけど、どちらかと言えば新羅ビルの方が近い。SFからスチームパンク、世界観が忙しいな。でも、地球を見ても何処もかしこも同じ水準で生きている訳でもないので、郷に入っては郷に従えなのだろう。
「いい趣味ですよ、高槻先生。パイプなんかを銜えたらさぞ絵になりますよ?」
「医者の不養生、喫煙は緩やかな自殺なので辞めときます。まぁ、クロエには関係ない話でしょうけどね。さて、今日は視察と言う事ですが、ここに来るまでに山口君からマシンガントークで掃射されたでしょう?」
そう言って高槻はニヤニヤと山口と俺達を見る。さては、語りグセないし話しだしたら止まらない事を知った上で彼女を人選したな?まぁ、ここに来るまでに知識を詰め込めたなら、視察も何も説明終わりはい終了、聞き逃したなら後は自力で調べてねでもいい訳で・・・。山口は恥ずかしそうに頬を抑えているが、そこは高槻と山口の問題なのでいい。
エマは話半分だったのだろうが、聞き逃した内容のヤバさに気付いたのか若干狼狽えている。まぁ、あの話を再度されても質問を挟む暇なく撃たれるので、専門家でもない限り集中力か続かない。ただ、マシンガントークは妻で慣れている。話をする前にトークが飛んでくるので、単語を拾えさえすればどうにか内容は覚えられる。その場合、接続詞は省くので確認しないとおかしな事になるけど、それは確認すれば済む話。
「ええ、撃たれすぎてフラスコの中身が腐りそうです。で、必要なのはパスツールですか?それとも、還元変換の有無の部分ですか?」
話の要点では必要なのはこの辺り。ウイルスとか菌とかの単語も出たけど、それは些事だろう。話と話の間で引っかかりを覚えたのはこの辺りなので、多分間違いないとは思うけど、違うなら訂正してもらえばいい。
「どれを目標にするかですね。エマ少佐なら基地の作り方でしょう。色々分かった今なら新しい工法、例えばフレーム工法を採用した方が多分基地を建設するにはいいでしょう。ただ、外から入る際は二重入り口にして外からの還元変換効果を無くすように設計しないと、入り口から内部に効果が及んで結局消滅時間の遅延で終わってしまいます。」
「それをすれば我々も基地が作れるト?港ではないガ、ここに来た者に補給を提供出来るなら建設はしたイ。私が言うのも何だガ、ここはまだ浅イ。しかシ、それでも人は怪我もすれば恐怖も味わウ。」
「ええ、それはそうでしょう。かく言う私も最初は補助なしならかなり危なかった。ですので、固定処理をしたという前提の建設方法です。買い取りについては大使館と政府には話が付いているので文書を持って行ってもらって結構ですよ。まぁ、まとめたのは私ですが、研究の方は山口君のチームが自衛隊と共同でやってます。エマ少佐、詳しい話は山口君から聞いて下さい。質問事項もあるでしょう。」
歓迎の土産にしては豪華だな。普通は機密事項扱いになりそうだけど、それを渡す辺り同盟強化も外務省辺りから打診されたとか?まぁ、政は政府に任せて会社の運営も高槻に任せている。経営顧問とかいたなら、間違いなく政府の息がかかった人物だろう。俺としては回復薬の製造が、滞り無く出来ているなら後はどうでもいい。
資金は必要だが、技術を秘匿するばかりでは安定も発展もないのだから、小出しでもいいので広めて欲しい。そうすれば、少しでも犠牲者は減るだらうし、スタンピードの際の補給線も確保できる。戦とは兵站であり、それを蔑ろにすれば戦線は瓦解する。その苦い経験は既に前の歴史上の大戦で積んでいるし、秋葉原では高槻の薬でかなり助けられた。
「分かっタ。不明な点もあるので何処か別の部屋で話をしたイ。その後、合流して視察を再開すル。クロエはそれで問題ないカ?」
「ええ、私は高槻先生とお茶して待ってますよ。資料があるならそこまで時間もかからないでしょうし。」
そう言って、エマと山口は部屋を出ていき残されたのは俺と高槻。インスタントコーヒーを入れてくれたので、席に着いて冷ましながら一口。チラリとタイプライターの文章が見えたが英語なので何が何やらさっぱりだ。医者のカルテや診断書も確かドイツ語とかで書いたものもあるし、読もうと思って早々読めるものではなさそうだ。まぁ、日本語打ちのタイプライターとか打つのも読むのも面倒で仕方ないだろう。
「籠りっぱなしは身体に毒です、たまには日光を浴びてくださいね?」
「お気遣いどうも、回復薬の上3つ。まだ持ってますか?あるなら見せて下さい。」
「ありがたいことにまだありますよ。危うく早とちりして1番上は、この前無意味に使いそうでしたけどね。」
宮藤が止めなかったら、生きてる雄二に使っていただろう。ゲームのエリクサーは割と最後まで残してアイテムボックスの肥やしにするタイプだが、裏を返せばそれは適正レベルで攻略出来たと言う事。勿体ない精神もあるけど、悪い事ではない。そんな事を思いながら瓶を机に並べる。
「それは危ない、必要なら使ってしまってもいいでしょうけど、無駄使いはよろしく無いですな。しかし、私が言うのもなんですが、不思議な薬ですよね、コレ。寿命も若返りも原理としては分かってきています。それを再現するのは難しいですが、これを貰う交渉時、なにかヒントはありませんでしたか?」
「薬のヒントですか?ん〜、私も上から3つくれとしか言わなかったですからね・・・、何か分かれば薬の精度が上がりますか?」
「職にしろ出土品にしろ、そこにあるモノに悪意はない。必要なのは使う際の発想であり気付きであり、ひらめきです。・・・、何を基準に薬をこの形にしたのか?そもそも回復薬なのに不老や不死や若返りは必要だったのか?回復薬とそれは切り離して考えた方がいいのか?考え出すとわくわくして夜も寝られませんよ。」
楽しそうに笑っているけど、答えがあるのに問題が分からないと言う状態なのだろう。確かに、高槻が言う事は分かる。ゲートの掃除をするだけなら回復薬以外の薬はそこまで有用ではない。年老いた歴戦のスィーパーが一線を退くのが勿体ないと考えるなら必要だが、及第点しかだせず、戦う事を元に採用されたので、そこまで目をかける必要性があるのだろうか?無駄を嫌うという部分では効率的だけど・・・。さて、交渉の時アイツ等はなんと言っていたかな?
「思い出せる範囲なら確か、有機構成体を回復、復元する薬品をくれるとは言っていました。何分半年近く前の事です、記憶違いはないと思いますが、確かそう言ったはずです。」
「復元ですか?回復だけではなく・・・?彼等は我々を生命として見ているのか、それとも機械として見ているのか分からなくなりますな。普通、病気なら回復という言葉を使います。しかし、人には当て嵌まらない。そもそも、有機構成体と言う辺り我々と生命に対する認識がかけ離れている可能性も・・・、クロエ。回復薬は瓶から出すとすぐ消える。何でだと思います?」
「それは気化率が高いからじゃないんですか?すぐ乾くし、結構な量が入ってるのにすぐ無くなるし。」
掛けても飲んでも効果のある回復薬。取り残しできないので開封したら飲んで残ったら頭から被る事が多い。被ってもすぐ乾くし、びちゃびちゃにも殆どならない。何なら少しさっぱりする。まぁ、それはゲート出土品で高槻の作るものは普通に一瓶でその容量分しかない。なので、飲んだり掛けたりするなら何本かいる。まぁ、それでも効果が高いのでみんな飲むし、エナドリ代わりに飲む人もいる。エナドリはエナドリで、効果を落としたモノがあるのに贅沢な事だ。
「それは間違いですよ。浸透率が高いんです。毛細管宜しく薬品の中身が口と言わず、毛穴と言わずあらゆる所から入り込んで作用します。その過程で体面も掃除されるので消毒は必要ありませんし、切断された腕等も薬品が引き合って結合させます。恐ろしい技術ですよ?たった1つの薬品で肉の接着だけでなく骨や神経までくっつけて電気信号も元通り。しかし、復元でしたか。なるほど、人を極小の機械パーツの集まりと見立てて交換部品・・・、例えば有機ナノマシンなんかを使ったと考えれば・・・。」
高槻がブツブツと考え込みだした。取り敢えずそっとしてコーヒーとタバコでも楽しんでおこう。流石に専門的すぎて話についていけない。しかし、最上級は蘇生薬。蘇生と言う事は生き返りなのだが、さてはてここでドラえもんのどこでもドア問題が出る。身体が残った状態で死んだ人を生き返らせるなら、それはその人である。なら、身体が消し飛んだ状態でも効果があるのか?
どこでもドアは通る度に100%のコピークローンが出来て、ドアの反対側に現れる。100%のクローンなので、本人も周りも誰もクローンとは思わないし、そもそも扉を通るだけでクローンになるので違和感さえないだろう。なら、この蘇生薬と言うのもその原理なのだろうか?
時間制限を考えるなら、気化したDNAが拡散する前に情報を読み取る必要があるとか?ん〜、原理を知って蘇生しても、知らずに蘇生しても凄いモヤモヤしそうだけど、死にそうになったら使うんだろうなぁ。ただ、老衰死だとどうなるんだろ?生き返った瞬間に再度死亡とか笑いない冗談だ。まぁ、少なくとも薬は効果があるのでガセではないだろう。
「薬をまとめずに分けた理由、その辺りにヒントがあるかもしれませんね。この薬を貰う訳にもいかないので、オークションで未開封の箱を買い漁って当たりを探しましょう。」
「リアル課金ガチャですね。もう一本出たら研究用に回しますよ。何本も手持ちにしてると、変に無茶しそうですし保険は保険として一本で我慢しときます。」
量産できるかは知らないし、出来たら出来たで色々問題がでそうだけど、ゲート内の悲劇を少しでも減らせるなら悪いものでもないだろう。これをしこたま買ってゾンビアタック作戦をマフィア辺りなら考えそうだが、それでもコストと成果が見合わないならやらないだろう。
それに、使用者と作業者の両方がスィーパーなら指示に従わずに逃げ出すとか、逆襲するとかまである。確かに銃は怖いけど、それさえ克服したなら後は文字通りその人の強さ次第。アインシュタイン曰く第四次世界大戦は石と棍棒で戦うと警句されたが、第三次世界大戦をすっ飛ばして第3.5次世界大戦状態だな。未知の出土品と個人がガチンコすると世界大戦・・・、くわばらくわばら、そんな事になったら家族とゲートに移住しよ。無理やり進めば36階層のセーフスペースに行けるだろうし・・・。
「先生はどこまで進むつもりですか?」
「さぁ?回答があるので、後は回答にたどり着く問題を見つける所ですね。その問題がいいか悪いかは、私ではなく後の人が考える事です。蘇生薬の精製に仮に人命が必要と言うのなら、私はその問題に真っ向から立ち向かって、別の問題から回答にたどり着きますよ。」
楽しそうに話しているが、その目には情熱の光が浮かぶ。見つけたら渡してやろう、何処にあるかも分からないし未開封の箱も相当量あるので、何時になるかは分からないけど応援して悪い事もない。
「そう言えば、この基地に鑑定師はいないんですか?いたら箱を置いて行きたいんですが・・・。」
「生憎研究ラボなので鑑定師はいないんですよ。自衛隊の方もあくまで、補給や武器等のメンテナンスに比重を置いているので、戦闘できる方や鍛冶師、装飾師はいますけど鑑定師は貴重で回ってこないですな。箱を開けるだけでいいなら、引き受けない事もないですが、どうします?一応、高価な物が出る可能性もありますけど、ちょろまかしが心配ならオススメしません。研究員は信用していますが、気の迷いから取った取らないは信頼をおける人だけ集めても発生する可能性がありますからね。」
ん〜、箱開けダルい。ダルいけど、ここで不和の果実を投げつけたら研究所が瓦解しそうなので、やっぱり置いていくのはやめておこう。仕方ない、コツコツ自分で開けるか・・・。見つけると指輪に収納するのは楽でも、後処理問題が残る。ちょっとソーツ、箱開け機作らない?作るの好きなら自動で鑑定してリストにしてくれたら助かるんだけどぉ?
・・・、考えても作ってくれる訳でもなし、宮藤の兵を借りて早めにやろ。金貨なら・・・、いい訳でもないけど、設計図とかだと大打撃だしね・・・。ちょっと魔女か賢者そういうの楽に出来ない?
『無理ね。開けるだけなら魔法でどうぞ。』
『面倒な事をやるのもまた、賢者へ至る道だよ?それに、モノを見ただけで知れるなら賢者はいらないし、鑑定師だけで済むじゃない。賢者とはあくまで物事を理解して、自分のモノにした者が名乗れるんだよ。』
どうやら2人とも手伝ってはくれないらしい。仕方ない、やはりコツコツか。橘の胃に穴を開けつつ頑張ろう。そんな事を高槻と話していると扉がノックされエマと山口が戻って来た。山口の顔はツヤツヤして笑顔だが、エマの方はゲッソリしている。マシンガントークで更に蜂の巣にされたのだろう。知らない事を知るのは楽しいが、それを詰め込まれると割りとキツイ。
建築なんてお互い畑違いもいい所なので、資料を元に説明されても辛かっただろうなぁ。俺なら学生宜しく寝るかもしれない。それでも、仕事なので起きていないといけないのだからまた辛いな。
「お疲れ様、マシンガンはどうだった?」
「機関銃並みの掃射だっタ・・・。資料があるからいいものノ、無ければ致命傷で報告は出来なかっただろウ。」
エマが遠い目をしている。傷は深い、ガックリしろ。まぁ、後は資料を大使館に提出して、それを元に話すだけなので大丈夫だろう。この件で俺は呼ばれないだろうし、仮に呼ばれても話す事はない。何なら山口を連れて行く方が話が進む。そんなエマを見た高槻が苦笑しながら口を開く。
「大変でしたね。この部屋にはコーヒーくらいしか無いですが、飯のアテはあります。魚があるならそこで調理してもらって食事としましょう。何もない所なので楽しみはこれくらいですよ。ネットは使えますが下手に繋ぐと情報漏洩が怖いですし、殆どの所員は研究に没頭するものが多くて、ね。」
そう言って山口を見る。静かだし研究者肌の人間には合うのだろう。まぁ、俺にはちと静かすぎる。
「魚は36階層でたんまり取ってきましたし、素材もかなり、ね。受け渡してから食事して生産現場を見ましょう。エマもそれでいいですか?いいなら遥を呼びますけど。」
「構わなイ。今は糖分を必要としているガ・・・、素材は馬カ?」
「それが主ですが、魚があるならそれも料理してくれますし、毎日仕入れもしているようなので頼めば大概のものは作ってくれますよ?」
「よシ、なら期待しよウ。」
スマホで遥を呼び出して合流し、高槻の案内で料理人の所へ。一見ただの部屋だが、表に暖簾が掲げてあり味楽と名打たれている。いつぞやの赤ちょうちんを彷彿とさせるが、さて中はどうかな?
「大将、食事に来ましたよ〜。」
「おう、高槻先生らっしゃい、今日は賑やかだ・・・、すれ違いざまに見たけどファーストさんかい?あー、デザートとか洋菓子はないけど大丈夫か?」
「お構いなく、オススメは?魚も持ってきてますよ。」
「流暢な日本語で・・・、外人さんじゃないのかい?」
新鮮な反応だけど、確かに日本人離れした外見なので仕方ない。セーフスペースの魚を渡して調理してもらおう。
「日本人ですよ、エマは米国人ですけどね。遥とエマは何食べたい?」
「ん〜、私はクロエと一緒で量は少なめかな。」
「私はあるならマカロニチーズをもらいたイ。他はクロエと同じ物、生の魚や卵も大丈夫ダ。」
エマが米国の家庭料理を注文し高槻達も頼む。板前ならやはり魚か?鮮度という概念があるかは分からないけど採れたてではあるので、海鮮丼でも頼もうかな。




