111話 モニター会食 挿絵あり
コーヒーを一口飲んで互いに公文書を見ながら話す。事の発端となった「言葉」はロゴス寄りの解釈で決着が付き、他にも不明な部分を質疑応答するが、大部分はエマの主観と言う所があるので、エマの解釈を確認しながら話す。加納はほぼ聞き役に徹しているので口を開く事は少ないが、画面越しの米国チームは意見交換が盛んなようで、向こう側の声が途切れる事がない。
ただ、やはり英語で話されるので、知らない単語や聞き取れない部分もある。向こうに住んでしまえばそれも改善されると聞いた事があるが、そうまでして話そうとも思わないし、日本を離れる気もない。今の時代、話せないなら勉強しろ!と言うよりは、話せない聞き取れないなら、それが出来るガジェットを持って来いの方が合理的だ。翻訳アプリの精度も高いし、スマホを使えば多少手間は取るが会話・・・、と言うか意思疎通は出来る。
「教育ノウハウについてですが、エマ少佐に施した催眠?コレは他の人にも有効だと考えますか?」
「微妙な所です。彼女の場合職そのモノへの理解ないし、過去に同僚がモンスターと自爆したと言う枷がありました。その部分において、彼女は近代兵器等のゲートから出土した武器以外は効かないという風に思考し、結果としてトラップを出してもそれが近代兵器を流用したものなら効果なしと、意識的或いは無意識下で考えていた節がある。なので、その考えを払拭するために施しました。」
「我々の国では魔法職は人気がありません。魔法と言うモノを貴女の様に自在に操るには何かしらの訓練が必要ですか?」
「魔法の極意は説明そのままです。属性があるなら何かしらの想いがある。先に言いますが、魔法職は格闘家等の職より難しい分応用がききます。どの職もそうですが、どうしてその職に適性があったのか?そこから始めて下さい。少なくとも、最初の3つ、その3つはゲートに入った時点で何かしらの思いが形になったものです。」
「先程の魔法を渡す魔法・・・。あれは他の魔術師も行えますか?コチラに届くまでに訓練を行いたい!」
「ん〜、糸が出せるなら下地はありますけど・・・。出せないならそこからですね。糸が糸として成立できるなら多分出来ますよ。」
「中層、コレが51階層からという報告を受けています。これの真贋を確かめるすべはありますか?」
「そうですね・・・、行けばわかりますよ。ただ、中位になってから行かないと無駄死にの可能性が高い。先ずは身体もそうですが、イメージを鍛えて下さい。そして、何をしたいのかを明確にして下さい。」
まぁ、言う本人も賢者や魔女から聞いただけなので、本当に行ってみないと分からない。まぁ、気軽に行ける所でもないし、今はまだセーフスペースで採取したり、回復薬を増産したりと下準備も・・・、あぁ、高槻と職員が話し合っているが功績という話なら俺の方からもこの場でしても問題無いだろう。
「私からも1点。今回の講習に置いてエマ少佐は大きな功績を上げました。その功績により米国に回復薬製造施設を建設しようかと考えています。」
「それは本当かな?ミスファースト。」
「ミスィーズですね。ミズでも構いませんが、ミスではない。」
「あぁ、すまない。君があまりにも可憐だったので失念していた。工場施設については我々は大歓迎だとも。気が早い話だけどコレは両国にとって大きな友好の証になる。完成式典等にも参加願えないだろうか?」
「忙しい身の上なので私は祝辞を、現地には行っていただけるなら社長に参加してもらいましょう。私自身は出資者でしかありませんから。」
優しげな顔の老人が当然の事を話す。回復薬の工場は友好の証になるだろう。完成すれば式典も開くだろう。しかし、そこに俺がいる必要性はない。会社はあくまで高槻のモノだし回復薬の製造方法を解明したのも彼。俺はあくまで資金提供という面で協力したに過ぎない。なら、主役はあくまで高槻だ。宣伝は必要ない。既に売れる事は分かっている。他の国が更に安価で売り出せばそちらに傾く人も出てくるだろうが、現時点ではその話も聞いていない。なら、大丈夫だろうし雇用を考えるならそれこそ現地に任せるに限る。
「なら、運営は米国側に任せてもらえると思って構わないのかな?工場を作っても人までコチラに送るのは大変だからね。」
「さぁ?私からは何も言えません。政治は政治家に任せます。その方が貴方もお好みでしょう?アライル局長。」
「私をご存知かな?」
「お名前だけは。」
ニコニコしながら受け流す。変に突けばボロが出るし、突付かないなら口を開かされる。なら、ニコニコしながら置物のように振る舞ってしまう方がいっそのこと楽でいい。少なくとも俺は政治家ではないので、ここで言質を取られることだけは避けたい。先程の当然のお願いも何も考えていなければ、普通に参加しますよと言ってしまいそうなほどに自然な言葉運びだった。タバコをプカリ。一度落ち着こう。
「そうか、私を知ってくれていて嬉しいよ。私は君と仲良くなりたいと考えているけど、どうだろう?」
「国を離れる気はありません。今回はあくまでエマの要請、講習参加者が困っていたから来たのであって、それ以上は特に考えていないですね。因みに、年端も行かないような少女とどう仲良くなりたいんですか?」
14歳のはずなのに幼く見えるこの身体は、米国人からすれば更に幼く見えるだろう。向こうはそういったものに厳しいので、1つ釘を差しておく。まさか身体目当てではないにせよ、身柄は欲しそうだからね。横のエマは苦笑し、加納は顔色が悪いがまぁ、言ってしまったものは仕方ない。
言葉を帰されたアライルは優しげな表情を崩さず。言われた言葉にも特に狼狽える事はない。これで狼狽えるならおかしな疑いをかけられることになるだろう。例えばロリコンとかね。
「ホームパーティーに招待して孫と仲良くなってもらいたいかな?君のファンは世界中にいるからね。もっと君自身の配信動画も上げて欲しいものだ。音声だけだとより会いたい気持ちが強くなる。」
「それは出来ない相談ですね。配信の主役はどれをとっても私ではない。主役そっちのけで脇役が出しゃばる訳にもいかないでしょう?それと、話が脱線していますよ?」
「おっと、これは失礼。私も君のファンで気持ちが高ぶっていたようだ。」
笑って流しているが、多分引っ掛けられる所は引っ掛けて言質を取るつもりだろう。やめて欲しいが、それもまた彼の仕事なのだろう。面倒な仕事だな、相手の揚げ足を取って失言を探して有利になる材料を探しては、それを元に更に材料を探してまた引っ掛けて。エマよりよっぽど狩人に向いてそうだ。そんな事を思いつつ、アライルの言葉にも注意しながら脱線した話を修正しつつ話を進める。
特に違和感のない所は問題ないで話を進められるし、内容的にも訓練内容や個人の主観に関しては、考察するなどと書いてあるので、読みやすいし日本語の解釈としては的確だと思える部分もある。しかし、朝から会議しっぱなしで疲れた。如何に座りっぱなしでいいとしても、質疑応答とは常に頭を回しっぱなしでやるもの。
それが公の文章を作るものだとすれば、手も抜けないし賃金が発生する以上、適当な仕事で済ます気もない。そろそろ昼頃だし一旦ブレイクを申し込んでもいいだろう。画面の向こう側にはまだ多くのおっさんが見えるし、見えない所では会議の様子をモニタリングしている人間もいるだろう。
「一旦ブレイクしましょう。コチラでは昼頃です、昼食後に再度会談をするという・・・。」
「もうそんな時間ですか、有意義な時間というのは過ぎるのが早い。では、コチラも食事を運びますのでテレビ会食としましょう。」
(ちょ!エマ。逃げたいんですけど!?そろそろ座りっぱなしで疲れてきたんですけど!?)
(立って背伸びやストレッチをすればいイ。タバコも吸える。料理も一流のシェフがすル。)
(加納さん・・・。)
(現場レベルではよく有る事です。受けた以上、私からは何も言えません。)
「どうされました?そちらにも手配は済ませていたはずなのですが、何かしらの手違いがありましたか?」
「あ〜、いえ、多分来ると思いますよ?」
食事くらいゆっくりさせて欲しい。何なら今日は3人でぷらっと、新しい店を開拓でもしようかと思っていたのに・・・。確かに一流シェフの料理は旨いだろうが、それと楽しい食事というのは別のこと。人に見られながら飯食うとかあまりしたくないな。この部分だけ録画しないとかないんだろうし・・・。
そして、逃げる間もなくテーブルに食事が運ばれてくる。確かに美味そうな香りはするし、コース料理なのか食前酒なんかも付いてくる。まぁ、会議中なので飲むのは叶わないが、ぼちぼち炭酸水で口を湿らせて食事をするとしよう。流石にカメラを正面に置いて食事をする気にはなれないので横にずらして食べ始める。
一流というだけあって、前菜のドレッシングは野菜によく合うしスープも魚介の味がよく出ている。パンも柔らかいテーブルロールと硬めのバケットで歯ざわりを楽しませてくれるし、メインの肉料理も大きめのヒレステーキをレアで仕上げていて旨い。ただ、残念なのは量が少ない事。個人的にはもっと食べたい。
「クロエ、足りないならまだあるそうダ。注文すれば出してくれル。」
「それはありがたい。存分に食べるとしましょう。」
パンダではないが、食事風景まで見られているのだ。ならば、存分に食べて元は取らせてもらおう。そうでもしないと文字通り腹の虫が収まらない。食っている途中からモニター越しにまだ食うのか?と言う視線が飛んできている気もするが、ソレはそれコレはコレ。
「あの〜、ファーストさん?そろそろ話をしても?」
「食事をしながら口を開く気はありません。記述したエマがいるんです。私の事は気にせずに話を勧めてください。必要な所は補足しましょう。」
飯くらいゆっくり食わせろ。寧ろ、書いた本人がいるんだからそっちに聞いて、必要な部分を聞くだけでいいだろう。何も一から十まで口を挟むような出来ではない。何なら、加納もいるんだからそちらに話を振って、俺と他の人との捉え方の差異を検証してもいい。仕事は仕事としてこなすが、昼休みくらいはゆっくりさせてほしいな。
「まぁまぁ、レディは食事中だ。話は聞いてくれるのだし、コチラで必要な部分を詰めるとしよう。なんたってエマが全て日本語で書いたのが始まりだからな。」
画面越しのウィルソンがエマを睨むように見ているが、これが英語なら俺はここに来なかったし、ニュアンスの違いなんて知らん。日本語だから読めたし来たという面もあるので、早々目くじらは立てない欲しい。
「英語ならクロエは来なかっただろウ。何セ、母国語で分かりませんと言うなラ、母国語でないクロエが分かるはずもなイ。」
「それはそうだが、両方の言語で書いてくれればもう少し分かりやすかったと思うんだがな。」




