閑話 米国会議会議室 26
米国国防総省、ペンタゴン。そこでは日夜、変わりゆく世界に対抗する為の会議が開かれている。リベラルな国で人種の坩堝だが、それは同時に個人主義を増長し民間に対して、政府としての管理限界を嫌というほどに見せつける。そう、限界。かつては銃所持の自由で争い、今は個人の職の調査で躓いている。
被験者はそれこそ、軍でも警官でもゲートに放り込めば職業一覧でさえ作る事が叶うだろう。しかし、問題なのは職の偏り。銃社会である我が国で職に就く者の多くはガンナーとなり、次点で格闘家が多い。ファーストの名が広まるきっかけになったあの配信が取り沙汰された当初こそ魔術師に成る者が多かったが、その職の難しさゆえ投げ出すパターンが多く散見される。
しかし、そこに一筋の光が見えた。同盟国を盾にゴリ押しを通した結果、彼女に選ばれて送り込んだエマは、絶大な情報をもたらすと共に中位になったのだ。そう、当初の目標は寸分違わず達成されて、残るは帰国の途に就くのみと思われたが、その彼女が残ると言い出し、理由を尋ねれば納得出来るものだった。はぁ、俺は仕事をする。無能ではないし、皮肉も言うがそれとこれとは別。エマの戦場がゲートや戦地なら、俺の戦場は会議室であり、このテーブルだ。
都度行われた定時報告の資料をまとめ、頭の湧いた検証班から使える情報を引っ張り、職と言うものに最近付いたばかりの俺が、得た知識を頭でっかちの様に職への理解の重要性を口から垂れ流す。理不尽だ・・・。数日前に戻って、画面越しにファーストと話した時間に戻りたい。
「エマ=ニコルソン少佐からの報告は以上となります。」
「素晴らしい成果報告をありがとうウィルソン君。それで、彼女の帰国はいつだね?我々も戦力増強せねば、日本に置いていかれる。中位になったと言う事は早々の帰国なのだろう?」
「それは私から話しましょう、いいかねウィルソン?」
「どうぞ、アライル局長。必要な部分は補足を挟みます。」
局長が話し出す。内容は日本で行われるのガチンコ対決の話。歴史を見れば小さな島国で寝ても覚めても殺し合っていたような民族だが、我々が戦争で勝利して以降、その牙は抜かれ平和の道を歩んだ。つい最近まではそれこそ、安全な国の代名詞とも言え、米兵の転属依頼先第一位を取り続けていた、アニメと漫画等のサブカル発信国。
しかし、どうやらDNAは何も忘れず、脈々とその闘争心を受け継いでいたらしい。中位が既に20人を超え、ファーストさえいるあの国は一体何を目指しているのか?斜め上によく行く国だ、俺の想像できない目標でもあるんだろ・・・。
「少佐の話では足りない本部長を選出する為としています。そして、少佐はその戦力確認の為に残る意向を示し、外務省とのすり合わせや各方面との訓練調整、教導における資料作成並びに中位に成る過程の具体的な方針に関しては、その選出戦後に行うと言っています。事実、日本政府はこの選出戦の視察要請を却下しました。」
「ふむ、ゴリ押しは?或いは息のかかった政治家に金を握らせてもいい。必要なら女もあてがえば、早々完全な秘密とはならないだろう?」
「そうだ!我々の要請を却下出来る立場なのか?今回の行動は軍拡と取って抗議する事も出来るだろう!」
「まぁ、待ちたまえ。我々は彼女に、ファースト氏に先制攻撃を許してしまっている。大使が愚物だった為に我々が払う代償は大きかった。いや、今も払っている。」
「少女1人に尻を振れと?オレのケツにキスしろでなく?適当にブランド品でも送ってお茶を濁せばいい。アライル局長、どうお考えか?」
ファーストの尻なら俺はキスしたい。何なら画面越しでなくて直接会うだけでもいい。エマ少佐のスマホを最高品質の物にしよう。次がいつあるか分からないが、備えるに越した事はない。
「少女相手です、下手な癇癪を起こされては困まります。エマ少佐は彼女とそれなりにいい関係を築けています。なら、融和路線を取る方が安全でしょう。」
「補足として、少佐の話では同族人種以外はかなり嫌がるそうです。少佐が彼女と最初に接触した際、日本語が話せなかった時点で送り返されていたそうです。」
通話ではエマに助けられた。肩書もなく米国のおっさんとしか言われなかったおかげで、変に警戒される事もなかった。多分、デスクでの定時報告中だったので、同僚か事務方の人間だと思われたのだろう。まぁ、ナイスガイな俺に一目惚れしてくれれば更に嬉しかったがな。
「ふん!弱腰だな。まぁいい。次に送る候補は決まっているのか?」
「ダグラス君、君は何を言っているんだ?写真選考さえしていないし、そもそも日本政府とは今回の1人きり、それもファースト氏がOKを出した人物と取り決められているだろう?」
「短期間で成果が出るなら、多少の無理は押し通すべきだ!日本で起こったスタンピードが米国であったならば、被害想定は天文学的な数字になる!スタンピード発生までにゲートを砂漠に移して放置してもジリ貧で、今度は溢れたモンスターの行方を探す羽目になる!ならば、戦力増強して一気に叩く!陸、空軍はそれを言っているのです。」
国家安全保障局所属のダグラス補佐官の言いたい事も分かる。ようやく手に入れた中位、それは米国の対モンスターにおける切り札。そして、その切り札を作るのにたった数ヶ月。つまり、数ヶ月あれば、頭の痛い戦力不足という言葉から開放される。我々がゲート対応や調査で払った代償は大きい。日本の目に見える被害ほど大きくはないが、流した血は勝るとも劣らないはずだ。その血に報いるなら、次の人間を選任して送り込みたいという、軍部の意向も分かる。
「報告では知的な人物とされているが、彼女は個人であり手を出すなと言う結論が出たでしょう?要請は要請として出せたとしても、彼女に行く前に彼女が敷いた防波堤で阻まれ、仮に届いたとしても突っぱねられればそれでおしまい。状況は良くも悪くも彼女次第です。理解されていますか、ダグラス補佐官?」
「理解しているとも!しかし、何も策を打ち出さないのもまた愚かだ。彼女とて人間。なにか個人に関する情報は引き出せていないのかね?」
「あー、なら私から。よろしいですか局長?」
「構わんよウィルソン君。定時報告は私もたまに立ち会うが、基本は君が専任だからね。」
「では、エマ少佐から上がった報告では年齢は43歳、女性が好きで、既婚者となっています。その他は大食い、大酒飲み、ヘビースモーカー、程度は不明として過集中の可能性あり。また、金銭や地位にはあまり興味を示さないとありました。戦闘面では来日当初の少佐を軽くあしらい、中位に成った現在も彼女の本気はどの程度か不明としています。事実として、日本で作成されたスィーパー用の模擬戦装置で中位に成った後、戦闘したそうですがやはり軽くあしらわれたと。」
自分で言ってなんだが、前半の説明は女性説明ではなくどこかの気のいい親父の説明か?金銭は既に個人資産として回復薬を作る会社の大株主だと聞いたし、あのポスターを売るならどんどん金は舞い込む。今までは個人相手ならそれなりの金銭や司法取引と言う手段も取れたが、それに靡かないと言う相手に出すモノは限られている。そもそも国籍が違うので、直接アプローチも難しい。
日本政府が情報封鎖したがる訳が分かる。情報さえ出なければそれだけで優位に立てる。その優位性は得ようと思っても早々得られるものではないし、得たならば取り零さないように早急に措置をとる。手詰まり感は否めないな。なにか、例えば貧困に喘ぐなら救いの手と言いたいが、そんな情報は全く出ない。
「ハニートラップは?」
「少佐は全米美少女コンテスト2位。無理でしょうな。」
「補足として、彼女は人の機微には敏感なようです。下手に行動すればバレるでしょう。」
まるで妖精の様だ。エマは懐かない猫と言っていたが、それよりも妖精の方が絶対合っている。あの白い肌に真紅の瞳、蠱惑的な声はどこまでも人を惑わせる。それを見た後配信を観れば、更に深みにハマるような気がする。愛国者だが日本人が羨ましい。確率は低いが本物の彼女を生で見られるのだから・・・。
「どれもこれも手詰まり、少佐の要求を飲むしかないと?」
「それなりの理由と、それなりの地位、或いは階級を上げて要請期間まで残すのが得策かと。中位に成れば終了としていましたが、あまりにも早すぎた。日本に行くのも現状は困難極まりない。ならば、臨時大使館職員にでもするのがいいでしょう。情報局局長としてこれが最善と宣言します。」
政治家ではないが大使館の臨時とは言え職員。日本政府に先手を打たれる前に話を通す必要性がある。救いなのは、エマとファーストが良好な関係であるという事。彼女の友人として押せば、早々無下には出来ないだろう。あちらも彼女の機微には敏感なようだし。局長もその路線を取るあたり、出来る事はなく手詰まり宣言にも等しい。
そもそも、彼女が何かしらで癇癪を起こし、敵対行動を取ったなら止める手立てはない。エマの話では彼女は消えられるし、それを既存のセンサーで捉えられるかも不明、個人で空も飛べるなら海を勝手に渡って密入国も出来る。そして、戦力は言わずもがな。いくらレーダーで探ろうとも、人一人を海上でしかもいつ来るかも分からない相手を見つけるなど無理だ。
「分かった、分かった。駐留米軍にもお行儀よくと口酸っぱく言っている。その方針でこちらも動こう。それで、ファースト以外の講習会メンバーの情報は?可能性は示された。なら、こちらもその職の中位を目指さなければならない。」
俺もそうだし、局長もそう。エマに言われた認識の違いが未だに払拭しきれていない。中位は成るではなく至るだったか。通過点の中位を経て上位を目指すなら、至るという認識でいないと駄目だし、至るにしても切なる願いを、生涯を捧げられる目標を持てと言われた。
エマはそれが多分持てたのだろう。いや、持てると確信したから選ばれた?分からん。ファーストが何を見て何を感じて選んだのかなど皆目見当もつかない。しかし、選ばれたエマは絶大なる成果を叩き出したのもまた事実ではある。あの選考基準に何かしらの意味もあったのだろうか?
「荒唐無稽なものから、感覚的なもの或いはスィーパーを抑える手段まで様々ですね。残念なのはファーストの職は未だに分からない事ですが、まぁ、置いておきましょう。問題は本当か嘘かサイボーグ橘です。」
「・・・、バカにしているのか?」
「大真面目ですとも。嘘と断じたいですが、映像資料もあるので判断には迷う所ですね。」
エマから送られてきた映像を流す。撮影者はファーストで画面にはエマと橘、最初の突入時にファーストと共に入った警官が映されている。話によれば橘は鑑定師の中位。初期の配信でも彼女から、お祝いの言葉を送られていたから間違いないだろう。
そんな人間?の橘はビジネススーツ姿から何時の間にかメカニカルスーツ姿になり、高速で宙を飛びながらランダム軌道でモンスターを攻撃している。エマもトラップを出しながらモンスターを倒しているが、その殲滅速度は比べるのも烏滸がましい。エマが1倒すなら橘は10〜20を軽く倒す。そして言うのだ、歯ごたえがないと。15階層から20階層と言う簡単にはうろつけない場所でその発言・・・。いや、ファーストスクールは既に30階層や35階層で訓練をしているとエマは言っていた。
つまり、橘としては本人の能力の半分くらいの所・・・、いや、中層が51階層という情報をファーストが開示したらしい。本当かどうかの検証は行ってみるしかないが、そもそも現時点でそこまで行った者がいない。しかし、20階層に行く事が軽いのなら、本気を出すのはもっと先なのだろう。そんな橘は高速戦闘を軽くこなしファースト達と話している。どけ色男、俺がそこを変わる。
「サイボーグ・・・、なのか?」
「生身に見えますかな、ダグラス補佐官?この後、橘はスーツを脱いで戦闘しますがノーダメージ。彼が人間だとして、我が国の鑑定師にあれが可能ですか?」
「補足します。エマ少佐の発言ではファーストは場を和ませる為の冗談としましたが、顔合わせの時に鑑定されたらしいとの発言がありました。」
「由々しき事態ではないか!どれ程の情報を抜かれた!?」
「橘の自己申告によればプロフィール程度と。しかし、真意は定かではありません。橘は警視庁の地下で仕事をしているらしいので、配信以降の公の場はこれが初めてです。」
日本が何を考えて行動しているのか?覇権国家を目指しているという嫌な予想図を立てる人間もいるが真意は不明。あの国は何かあっても未だに遺憾の意しか示さない。過去のあの国ならそれで良かった。しかし、中位を量産し武力と言う剣を持ったあの国の遺憾の意は伊達ではない。非常にデリケートな問題だが、経済と武力を併せ持った国が、相手に残念と伝えると言う事はそれをするなという圧力なのだ。
武力は既に軍事力から個人戦力へと移行しつつある。それは、ファーストの美しいながらも棒読みな、中位紹介動画で決定付けられた。確かに、ミサイルで相手国を無作為に攻撃する事は出来る。しかし、それが通用しない相手と、個人で国を相手取れる戦力がある国があるとしたら?答えはそれのできない国の負けだ。
中位紹介動画で紹介された者を戦力分析したが結果は、秘密裏に我が国に入られた時点でアウト、だ。しかも紹介動画と言う事は少しも本気を出している訳では無いという事。頭の痛い話だが、エマが中位となり我が国にも希望の光が見えた。しかし、その光は同時に絶望の色も出す。1人でこれだけの戦力となる。なら、それが多数いる国はどれだけの戦力を保有しているのかと・・・。
妖怪夏目だったか・・・。中位ではないとされる人物だが、彼女の変装は多分全く見抜けない。瞬時に顔を変え体型さえも変えられる。なら、ここの中枢に忍び込み秘密情報を盗み出す事さえ可能だろう。
「日本への抗議は?国防を担うものとして、彼の身柄の引き渡しを要求する事も可能だろう?アライル局長。」
「可能でしょう。しかし、それでこちらに送られて来たなら我々が窮地に陥る。少佐の証言では触れずとも鑑定出来るとありました。なら、この国に入り辺りを見回しただけで情報を抜かれる可能性がありますね。そして、開放条件を定めろと言われたなら、我々はそれを定め条件を達成したなら、開放して送り返さなければならない。」
「ファーストの策略か・・・、政治家1人を辞任させるだけで各国に防波堤を作り、悪魔の証明をさせる為に我が国に最高のスパイを送り込む。なにせ見るだけでいいのだろ?」
「証言ではそうなります。未知の証明をする為に未知なる者を呼び込むのは愚策でしょう。それに、いくら拘束しようとも指輪の中身は本人にしか分からない。しかも、ファースト自身は橘に能力切り忘れを指摘したそうです。」
盛大な溜息が会議室に木霊する。局長、俺、ダグラスに大統領。ここで国の動向が決まる訳では無いが、それでも国防を話すのはこの場。面倒な会議をいくら重ねても、結局は打開策が見つからない。美しいファースト・・・、人を惑わせどこまでも疑念を抱かせ惹き付ける。続く会議は堂々巡りで終わり、雑談になったが俺はそこまで偉くない。しかし、局長が俺を開放しないのはなぜだ?早く家に帰りたいのだが。
「やはり国賓待遇で渡米してもらおうか。会いたいし。見たいし。」
「それはエマ少佐の頑張り次第でしょう。国賓待遇はともかく、友人として遊びに来るならあるのでは?」
「なるほど、そこに私は親戚のおじさんとして現れれば面会叶うと?」
「大統領、お気を確かに。配信の雑な映像で我慢して下さい。」
「時にウィルソン。君はファーストとコンタクトを取ったね?」
「局長!?その話は内密にと!」
「なるほど、予想はしていたが定時報告にファーストが現れると。うんうん、私も次から同席・・・。」
「大統領としての責務を果たして下さいプレジデント!」
俺の胃が持たない。エマはポスターを送らないとしたし、俺の胃は多分、蓮の様に無数の穴が空いているだろう。タスケテー、ファーストー、呼んできてくれるならどれだけいいか・・・、エマ、君は知らないだろうが、君の双肩にかかるものは大きいのだぞ!主に俺の胃と国防だ!




