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街中ダンジョン  作者: フィノ


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閑話 息子騒動 24 挿絵あり

遅くなりました

「やぁやぁ那由多君、クロエさんはご在宅か?」


「旗を読んでお帰りくださいどうぞ。」


 机には小さな旗が建てられ、そこには『クロエ出張ナウ』と書かれている。聞かれる度に答えるのが面倒だと話したら、結城が何処からともなく持ってきて置いてくれた。高2の夏が終わり、秋が来て体育祭の時期、来年には成人に受験か進学にと忙しくなる前の、子供でいられてゆっくりできる最後の時間。平々凡々、何事もなく日常は進みそのうち働いて結婚して、父さん母さんの様に子供を作って過ごす。そんな在り来りの人生を考えていた。考えていたがそれは意外と脆く、幻想のように崩れ去るかと思ったがギリギリ残っておかしな事になった。


 ちょっと言わせて貰うが、普通TSするのって俺の立場じゃね?いや、別に変身願望とか女性になりたい訳じゃない。ましてや、漫画の主人公とか絶対に面倒だろう?寝て起きるだけ、或いはちょっと買い物に行くだけで騒動に巻き込まれる。そんなドタバタとした人生に全く憧れないと言えば嘘になるけど、それはフィクションだから楽しめるのであって、現実だと法律やらが絶対に足を引っ張る。


 そんな現実になったら面倒なはずのフィクションの世界をノンフィクションで突っ走る人がいる。どこのどいつだぁい〜?親父だよ!別に父さんは巻き込まれ体質でも、トラブルメーカーでもない。漫画で言えば背景のモブである。それが何故か美少女になって世界の有名人になった。それだけでも頭は痛いが、受け入れる事はなんとか出来た。出来はしたが、その面倒の矛先は俺にも向かって来る訳で・・・。


「お疲れ様、今日で何人目だ?」


「多分10人の知らない友人から声がかかった・・・。彼曰く小学校1年生の時、同じ学校の隣のクラスにいたらしい。知るかそんな奴・・・。」


「どうどう。まぁ、クロエさん絡みだからね・・・、会えるなら私もまた会いたい。」


「千尋もファンになったか・・・。まぁ、帰ってきたらこっそり教えるよ。」


 父さんのファンはそこかしこにいる。クラスの女子は色白白髪を目指し日夜ビタミンCを取っているし、街を歩けば駅には父さんの大きなタペストリー。しかし、これだけ見るとクロエ=ファーストという人は本当に父さんなのかと疑いたくもなる。TSして美少女までは漫画で見る。しかし、世界を相手に仕事していると言われると現実味はない。俺の知っている父さんはできた人だが、適度にものぐさのヘビースモーカー。本をよく読むが決して取り立てられるような凄い人ではない。なんなら休みはゴロゴロしているか、母さんと出かける事が多い。


「有り難いが大変だな。一応、親戚と言う事でそこまでの干渉はないようだが?」


「まぁね。気にしても仕方ないけど、耳の早い大人は色々言ってくるぞ?うちに就職しないかとかね。親ならぬ親戚の七光りだけど輝きが違いすぎる。」


「おっ!夫婦の会話で輝きならスイート10ダイヤモンドか!ウンウン、千尋と那由多知り合って多分10年、僕にはくれなかったけど、千尋にわたすならゆるぅぅぅあぁぁ!!痛い!ギブギブ!はげる!」


 結城が馬鹿な事を言ってくるので、ヘッドロックを決め頭頂部を千尋がグリグリと力を込めて撫でまわす。夫婦ではないが・・・、カップルによるツープラトン。まぁ、その、千尋とは付き合い始めた。それは格好悪いが夏祭りの告白から始まる。お節介な両親の入れ知恵か、千尋から猛アタックがあり告白された。これがラブレターでの呼び出しで、会ったばかりの人からの告白なら、保留や断ると言う選択肢もあったが、千尋からされたら無理だ。俺も千尋の事は好きなのだから・・・。


 いつか言われた黒江家の男は押しに弱いという、母さんと父さんからの話は、奇しくも現実になったが千尋がしなくても、いずれ俺がしていたと思う。必要なのは順序ではなく結果だ。まぁ、された後に俺からも改めて告白し直したが・・・。そんな俺達の事を結城は知っているが、相変わらず何事もないように接してくれる。結城とは産まれた時からの付き合いなので素直に嬉しい。そんな結城を離し喋りだす。


「お前にやるダイヤはねぇ、金貨で我慢しろ。」


「そうだぞ、婚約指輪は華やかに結婚指輪は質素にと相場が決まっている。」


「千尋がデレるどころか溶けてるじゃないか。那由多、娘さんを大切にするんだぞ?」


「お前はどの立ち位置なんだよ!」


「不束者ですがよしなに。」


「そして千尋、大切にするから大っぴらにしない。」


 クラスでは既に仲良し3人組で知られているので、こんなやり取りをしても冗談だとしか思われないが、クラス以外の人間だと少し変わる。ここでも父さんが絡むのだが、簡単に言うと有力者とパイプを作りたい大人の事情というやつだ。ゲートが開通した直後に保護された事をきっかけに、俺達はファーストの親類、或いは近しい知り合いとして認識された。それはつまり、有名人になってしまった父さんと無条件に話ができるという事。


 訳の分からないゲートは法整備され、企業が目の色変えて探索している。その関係で父さんに俺達を通じて依頼を出したい人からのアプローチもあれば、スィーパーから売り込みをしてほしいという依頼もある。全て断っているし、時折話しかけられる前に黒い背広を着た人達がその人達を連れて行く事もある。それだけではなく、郊外の静かな所にあった家の周りは、いつの間にか農業用地が外れ宅地となり家が竹の子のようにポンポン建って、農道や私道は道路整備されて国道になるという充実っぷり。


 母さんがどこかで契約してきた警備会社にしても、建った家に入居した住人にしても多分、国の人間なんだろうな・・・。一応はご近所挨拶した時に、どこかの会社で仕事をしていると言っていたけど、深くほかの家の事を詮索する気はない。そもそも、夫婦での入居者が多いのに、子供の影がどの家庭からもしないのは疑うに値するだろう。まぁ、その辺りの説明は旅館に保護されていた時に聞かされているが・・・。


 そんなバカをやりながら日々を過ごす。父さんに会いたいだけで俺に告白してくる、初めて会った上級生も下級生も受け流す。千尋はやきもきしている事があるけど、靡くつもりはない。そもそも、目当ては俺ではなく父さんであり、クロエ=ファーストなのだから。千尋が用事があると言って職員室へ向かった放課後、部活も休みでダラダラと教室で結城と喋る。帰り道も一緒だが、コイツは色々なグループと遊び回っているので、こうして放課後一緒にいるのは珍しい。


「珍しいな、お声がかからないのは。」


「まぁ、ツルムにしても最近ゲートで小遣い稼ごうってのが多いから、疲れてるのよねぇ。危ないけど、バイトよりは稼げるし、金貨ってゲームみたいで素敵だしな。那由多は入んねぇの?」


「父さんに言われてそれっきり。母さんはゲート近くに救護所作って忙しいみたいだけどな。」


 治癒師の母さんはいつの間にか駅近くのゲートに救護所を作って、ゲートで傷ついた人を治療して回っている。父さんが頑張っているんだから、私も頑張らないとと言い出した母さんは気が付けば救護所長になって友達や野良の調合師、治癒師、何なら鍛冶師や装飾師なんかも巻き込みながらスィーパーを支援している。まぁ、これも奥の埋立地にギルドが設立され、確実に父さんが帰ってくるから頑張れているのだろう。


「莉菜さんも忙しいというか、行動力があると言うか・・・、陰ながら夫を支える妻、理想的やん?」


「お前の初恋だしな、うちの母さん。」


「やめろ親友!美人で優しいお姉さん、そんな母が欲しかった・・・。遥さんは美人だけどサバサバしすぎて司さんっぽいしな。隣の県に進学していないし。」


「姉さんはなぁ・・・、そう言えば、姉さんはいま東京にいるぞ。父さんの手伝いで服を作ってる。」


 思い切りのいい姉は夏休み中に助っ人として呼ばれ、そのまま東京に居付いて父さんの手伝いで服を作っている。たまに配信で見るメンバーの服や刻印は協力者 遥のモノと本人の顔とテロップが入る。ファッションデザイナーを目指していた姉は、いつの間にかゲートファッションデザイナーになったようだ。


「なに!て、事はクロエさんと一緒か!」


「ばか!声が大きすぎだ!」


 人の少ない放課後だが、確かにザワリと空気が動いた。普通の人が言う分には何も問題ない、そう普通の人が言うなら。俺は普通の人だがその名前だけは俺や結城、千尋が出すとただ事ではなくなる。何故かって?芸能人見に行こうぜ!が発動するからだ!


「ほぅ?出張中ナウではなく、こちらにも帰って来ているのかな?」


 別のグループと話していた大野が話を聞きつけて話しかけてくる。いないよ父さんは、テレビ電話はするけど、忙しく仕事してる。


「違う!東京に姉といるって話だ。」


「まぁまぁ、遊びに行けば分かるじゃないか。」


 大野と話していた今野が重い腰をあげる。上げるな、お前は座ってろ。上げて近寄るな、うちに来ようとするな。ただでさえ夏休みに差し入れしてもらった後はストーカーが増えたんだぞ。


「いや、今日は晩飯作りに忙しい。」


「なら私が作ってあげる!こう見えても唐揚げは得意よ?」


 からあげ屋の娘、田中の言葉に引かれるものはあるが、今日は母さんも遅く本当に家に1人だ。千尋に変な疑いは持たれたくない。


「那由多、私というものがありながら他の女を家に上げるのね!?」


「黙れ結城!お前のせいで面倒事が増えただろ!再度言う、姉さんが東京で一緒にいるだけだ。家にはいないよ。」


 元凶の結城が済まないとポーズを取りながら茶化す。本当にお前のせいだよ!父さんは嫌いじゃないけど、卒業まではこんな生活が続くのか・・・。噂によればうちの高校は出願率がかなり上がったらしいし・・・。


「そうか、まぁ暇だし話に混ぜろ。なに、クロエさんとの小さい頃の嬉し恥ずかしエピソードとかどうだ?」


 今野がそう言いながら近くの椅子を引いて座り田中と大野がそれぞれ座る。何か話さないといけないのか?何を話しても地雷な気がする。そもそも、クロエとのエピソードとかない。父さんとは色々あるが・・・。


「ない。そもそも遠い親戚ってだけだし、夏はたまたま母さんに会いに来ただけだ。」


「ゲートに入ったのはここよね?なら、頻繁に会ってたって推理するし。」


 田中が変な推理をしているが、頻繁どころか父親なので毎日顔を合わせていた。まぁ、家族だし単身赴任?の今みたいな状況でもない限り普通そうだろ?


「会ってないし、嬉し恥ずかしハプニングとかない。」


「結城刑事、犯人は嬉し恥ずかしハプニングと言い出しましたが?」


「今野刑事、これはあったと自供したようなもの。追求したまえ。」


 しまった!部活の時にそんな話をひたすら振られたので、言い間違った!やばいやばい、なにもそんなエピソードはな・・・い?


「ほら、ガムをやろう。話したら楽になるぞ?救護所のお母さんも草葉の陰で息子の犯行を泣いている。」


「草葉の陰は死んだ人の例えだ。人の母さんを勝手に殺すな。」


 たまにガムをくれるが、そのガムにどれだけの価値があるんだよ・・・。確かにガム美味しいけどさ。


「結城刑事、犯人は中々強情です。ガムで落ちなかった。」


「なんかあるんじゃない?お風呂上がりに鉢合わせしたとか。」


「絶望を思い出すからやめろ!!」


  挿絵(By みてみん)


 思い出されるのは変わってしまった父さんとの出会い。そう、風呂場から奇麗な女の子が裸で出て来て鉢合わせした記憶。確かに綺麗だったさ!身体の一部も健康なので反応したさ!なんなら、ちょっとアニメチックに今日から新しくできた義妹とか預かる外国の娘とか想像したさ!結果?ははっ!その子親父なんだぜ!俺の親父なんだぜ!絶望に追いつかれた俺はこっそりその夜に枕を濡らしたさ・・・。


「何を騒いでいる?」


「千尋?」


「ああ、私だが?何を騒いでいるんだ那由多?絹を裂くようなスクリームが外まで響いていたぞ?」


「絶望が・・・、風呂でクロエと鉢合わせした絶望がフラッシュバックした・・・。」


「そうか・・・、因みにお前が裸でだよな?」


「・・・、察して下さい・・・。」


「この話は彼女である私が預かろう。」


 そういった千尋が俺と自分の荷物をまとめたあと、手を引かれて教室を出る。心の傷は深い、ガックリしよう・・・。それに、千尋に聞かれたのも何だか嫌だ。秘密を黙っていたみたいで・・・。


「察するに・・・、知らずに裸の司さんと鉢合わせして、後で司さんと教えられたのだろ?」


「そう・・・、です・・・。」


「君も複雑なら、私も複雑だ。お父さんの裸を意識したと怒ればいいのか、他の女の子の裸を見たと嘆けばいいのか・・・。まぁ、歓喜ではなく絶望なら許そう。」


「絶望なら?」


「ああ、少なくとも那由多は聞かされて絶望したのだろう?なら、それは司さんを女として認識していないと言う事だ。父親の裸を息子が見て絶望した。それなら話はわかるさ。」


「ありがとう、千尋・・・。」


 ギュッと抱きしめる。驚いた千尋は身体をビクリとさせるが、そのまま背中に手を回してくれる。そう、俺の想い人は千尋で今は彼女。なら、こんな絶望乗り越えてやる!


「嬉しいのだが、はずかしい。そろそろ離してくれないか。離してくれないなら・・・、キ、キスするぞ?」


 それは・・・、願ったり叶ったりだ。軽く啄むようにそっと唇を合わせて離す。驚きのあまり真っ赤になって固まっている千尋の顔は中々新鮮だ。母さんと父さんがよくキスをしているが、確かにこれはしたくなる。再度ゆっくりキスをして暗くなった頃に離れて千尋を送って家に帰る。明日は今日の話で色々追求されるだろう。しかし、俺は既に千尋と決めている。そんな事を考えながら過ごした夜を越え、朝学校に行くと早速声が上がった。


「那由多!クロエさんとのハプニングがあったそうじゃないか!!!」


「あったさ!でも、俺の彼女(・・)は千尋だ!!!」


「「「「いや、今更言わなくてもそれは知ってるし・・・。」」」」


 締まらない、とことん締まらない。千尋は真っ赤になっているが、嬉しそうなので良しとする。うん、父さんは父さん、俺は俺というだけのことなのだから。ひやかされようとなんのその、俺は千尋と決めたんだ。

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