91話 その道 挿絵有り
手探りでスイッチを探してボタンを押す。本来なら審判辺りがしてくれるのだろうが、誰もいないから仕方ない。ボタンを押すと静止した世界が途切れ薄暗いセーフスペースが現れるが。感覚的にはあまり変わらない。腕を回してみるが普通に動き、違いがあるとすればキセルを持っている事。プカリと一服してからエマの方へ向う。コチラが処理落ちしたので、エマの方は多分まだ1人で千代田達の所にいるのだろう。装置を指輪に収納しながら千代田に連絡を取る。
多分、10分くらいはボタン探したり一服したりしてたので時間食ったかな?問題点として装置の起動停止ボタンを身体に付けられるようにしてもらえるように言っておこう。処理落ちしても網膜投影が終わらないのでボタンが輪っかに付いていると面倒だ。
「千代田さん聞こえますか?処理落ちしたので装置を止めましたよ。」
「確認しました。しかし、処理落ちでしたか。コチラでは犬の群れがエマ少佐を追い回していましたよ。」
「えっ!?処理落ちで消えなかったんですか?」
「装置の事なので分かりかねますが、クロエが装置を停止させるまで犬は消えず、少佐は噛み付かれながら迎撃戦をしていましたね。」
なんか知らんが悪い事をした。まぁ、フィードバックがある訳でもないので許してもらおう。何なら、犬狩りを楽しんだかもしれない。エマに近寄るが外から見る分には座っているだけなので、本人が今何を見ているかは分からない。中々面白い装置なので今後の発展に期待しよう。エマの前に着いて停止ボタンを押す。視界が急に切り替わったせいが若干目が虚ろだ。
「エマ、大丈夫ですか?私が分かりますか?」
「大量の犬が来る・・・、罠を・・・、はっ!」
「お疲れ様でした、ドッグショーは楽しめましたか?」
「ファースト・・・?ファースト!?途中から何処へ隠れていタ!終わらない物量戦など卑怯だロ!何度犬に噛み砕かれて痛い思いをしたカ・・・。」
見ていないので分からないが、中々大変な5〜10分だったらしい。後で処理落ちは映像確認するとして、先に謝っておこう。不慮の事故とはいえ処理落ちを探ろうとしたのは俺だしね。
「ごめんさないエマ。処理落ちを探って魔法を使いましたが、まさか犬が残るとは思いませんでした。本当にすいません。」
「処理落チ?犬はスタンドアローン状態だったト?」
「その辺りは外で時間経過と状況確認をしないとなんとも。まぁ、あの魔法のイメージは無作為に敵を殲滅するモノなので、装置の処理的に魔法を優先させたなら、出がらしの私は落としても構わないと判断したかもしれませんね。」
装置的問題なのか、それとも別の要因なのか?まぁ、出て確認すれば済む話。ここまでエマが食い付いて装置の実験に協力的なのも、装置完成の暁には米国への1セットプレゼントが絡んでいるからである。政府としては日米友好、企業としては販売先の確保だと海外展開、ギルドとしては対スィーパー用の安全な訓練装置として期待されスィーパー同士のスポーツにも使われる、どこも損しない素敵グッズである。正式名称がまだ決まっていないので、適当に装置とか輪っかとか呼んでるが、きっと格好いい名前が決まるはず。
「処理落ちを探らなかったらどうなっていタ?」
「詠唱は別に必要ないので、いきなりぺちゃんことか頭を丸かじりとか首が飛ぶとかですかね?」
「今、犬に良心を感じタ・・・。ファーストは対人戦は苦手カ?」
苦手というかしたくない。ゴミ相手ならなんでもいいが、人だとやはり考えてしまう。普通に生きていれば日本では殺人なんて滅多に起こらないし、その被害に合う確率も少ない。その当事者になる事は更に少ないだろう。人を殺すくらいなら逃げ出した方がマシである。まぁ、一線を超えられなければの話ではあるが・・・。
「私の魔法は単体よりも多数の殲滅に向いています。単体に対して使えない訳では無いですが、モンスターをチマチマ狩っても効率が悪いでしょう?」
「あくまで基準はモンスター退治カ。それを聞いて安心しタ、仮にファーストがテロリストなら手が付けられなかっただろウ。」
「元々一般人ですよ?世界を敵に回す崇高な使命や押し通したい願いなんてありません。平々凡々、美味しいご飯と温かいお風呂に布団、妻がいれば文句はないですね。さて、一度出て合流しましょう。」
互いに身支度を整えて外へ。通信の関係もあるが、さっきの部屋はゲートの近くに設置されている。前に考えたリングはゲートだ!を地で行った上で放送はゲートの外方式である。暴発の危険さえ無ければ外に設置してもいいのだろうが、この問題をクリアするのは中々難しいだろう。特に防人なんか居たら音を出して攻撃するので、魔法職よりも数段危険は増すかもしれない。
退出すると何処からともなく現れた黒服が案内してくれたのだが、どうやってこちらを見つけているのだろう?一応、4km圏内には出ると分かっているはずだが、それでもこうして見つけてスムーズに案内・・・、あぁ、スマホのGPSか。前に攫われて以降入れっぱなしだった。
「お疲れ様です皆さん、処理落ちさせてしまってすいません。故障等は大丈夫ですか?」
「お疲れ様でした。特に問題はないようですが、フィードバックには多少時間がかかるようですね。企業の方が先程の魔法について聞きたいそうです。」
部屋に入ると千代田を先頭に先程の面子が色々と話し込んでいる。まぁ、見学に来る辺りどこも本腰を入れているのだろう。特に松田達は海外輸出や本部長の事があるので、処理落ちには敏感なのかも知れない。ガチンコ勝負で処理落ち判定負けでは悔やんでも悔やみきれないし。そう考えると下心で来たのではない?
「今回装置開発を行っている企業の佐沼と言います。お噂はかねがね。今回処理落ちをおこしてしまって申し訳ありません。あの魔法はどういったモノなのでしょうか?」
スーツを着た白髪のおっちゃんが名刺を出しながら聞いてくる。役職は部長で制作責任者兼現場指揮者。つまりは彼がこの装置については一任されているという事である。人の良さそうな感じで腰は低いが、任されるだけのスキルがあるのだろう。
「魔法については、無数の犬が出て手当たり次第にモンスターを倒すといった感じです。こちらとしても、処理落ちを前提として魔法を使ったので、なるべくしてなったのだと思います。」
そう話すと佐沼はピシャリと額を手で打って装置の方を見る。見た感じサーバーもない部屋だが、何で情報処理をしているのだろう?十中八九出土品なのは間違いないと思うが・・・。
「一応今回使ってる情報処理装置、サーバーは今ウチで作れる最高のモノを使ってます。その処理速度は富岳の10倍、スパコンならぬハイコンとでもいいましょうか?テスト段階ではスィーパー5人でバトルロイヤルしても大丈夫でしたが・・・。あの犬ってどれくらい出ます?」
「どれくらい・・・、数を指定してないので、頭の悪い言い方をするならいっぱいとしか。一応、数の指定は出来ますよ。」
処理落ちさせる為に指定しなかったが、やはりそれが引き金か。段階的に数を増やした方が限界値も見れたし良かったかな。まぁ、次があれば宮藤も連れてきて物量対物量なんて事をしてもいいし、エマに無数トラバサミや機雷を無数に浮かべてもらってもいい。どちらにせよ出現した犬のデータはあるのだから、後は数を数えれば限界値も見えて来るだろう。
「本当に物量で私を追い詰めるつもりだったんだナ・・・。宮藤も数を使うと思ったガ、同系統の魔法を使われると勝ち目はあるのだろうカ?」
話を横で聞いているエマが悩みだしたが、勝ち目を探すなら本体撃破が一番早い。基本的に魔法職は魔法を使った所で魔力なんて関係ないので、いくらでも魔法が使えるし何回でも物量で押せる。問題はそれだけの数を制御しきれるイメージがあるかどうかと言う所になるが、宮藤の場合人を模しているので勝手に動くし、俺の場合犬だったので勝手に追い立てる。
潰されればまた出せばいいだけの話なので、痛くも痒くもない。対モンスター戦としてはある意味、最適解の1つではなかろうか。ゲームでもするだろう?モンスターの群れが現れた!よし、大魔法で消し飛ばそうと。まぁ、実際は強いモンスターだといくら物量で攻めても、ノーダメージなんて事もあるので見極めは必要である。あまり潰され過ぎると『あれ?もしかして弱い?』なんて不信感に繋がってしまうしね。
「部長、犬の総数出ました。魔法発動後から装置停止までで約800匹、形に成りきれないモノもいるので概ねの総数です。」
大型犬800匹か、犬嫌いになりそうな数だ。猫派なので更に倍率ドン。まぁ、追い立てるモノをイメージするなら猫より犬なので仕方ないか。
「処理落ちと言うと、やはり数の多さで落ちたと考えるのが妥当ですかね。下位でここまでの数が出せるかは微妙なので、一応の考慮数でしょうけど。エマ、攻略を考えるなら多分、術者を倒すのが一番早い。」
「それは分かル。しかシ、ファーストは消えられるだろウ?そうなると蹂躙されル。」
「ん〜、エマなら犬の目の前にひたすらトラバサミでも機雷でも出して、突っ込んで来る側から齧り取るか爆殺してしまえばいいんですよ。生物的なイメージを内包した魔法なら、少なからずその光景を見たら否定のイメージに繋がる。」
「否定カ・・・、対スィーパー戦術だナ・・・。」
唸りながらコチラを見ているが、その辺りは悩んでもらおう。これから先、単純なイメージだけとは限らず、望田の様に複合イメージを出して来る事も十分にある。モンスターが人よりどれだけ楽か・・・。まぁ、モンスターはモンスターで進化するし、中層は犬がウロウロしていると思うと一筋縄では行かないのだが・・・。
「処理落ちの件はデータを検証してフィードバックさせます。ファーストさんは最初にかなりダメージを受けてましたが、なんともなかったんですか?あれだけ受けると相当痛いはずですけど・・・。」
「痛いですけど、耐えられないものじゃないですよ?」
なんと例えれば良いのだろう?それぞれに痛みも、出るであろう結果も出ていたと思う。胸は貫かれて呼吸不全、足は挟まれて動けば喰い込み裂傷、最後は掃射で蜂の巣にされて点での苦痛。イメージとしては、全身筋肉痛で銃撃は激痛足ツボを押されている感じ?特性とでも言えばいいのか、傷は治るので考慮しなくても問題ないし。そもそも、受ける覚悟で受けて死んでは意味がない。まぁ、死なない身体ではあるのだが。
「痛みのレベルとしては、気絶してもおかしくないレベルなのですが・・・。やっぱり戦う人は違うんですかね?」
「痛みの感じ方は人それぞれなので何とも。流石に臨床検査する訳にもいかないので、そのままでいいと思いますよ?」
「再現できるなラ、私が協力しよウ。我々も精度が高い方がいイ。胸に受けた一撃はかなりの衝撃だったガ、不意打ちと言う事を考えるト、身構えた時のダメージも体験したイ。」
エマがドM発言をしているような気がするが、本人の希望ならやっていいのだろうか?耐えれるが痛いのは痛いと言ってるのに。
「辞めた方がいいと思います。胸の一撃は心臓マッサージベースですが胸骨は砕けます。多分、それよりは絶対に痛いですよ?」
「な二、元は一般人のファーストが耐えられるのだ、ならば軍人の私が耐えられぬ訳がなイ。」
そうして我慢大会?が始まったが、痛みそのものは首に付けたデバイスから信号として送られるそうなので、今でも大丈夫らしい。ただ、視覚情報がない分若干痛みは緩和されるかも知れないとの事。その辺りは制作元しか分からない。これが分かるなら、俺はその分野に転職してもいいと思う。
「取り付けタ、カウント3でやってくレ。」
「了解、行きますよ3、2、1、on。」
「がっ!!げぼっ!おっ!・・・、おごっ!」
「エマ!?」
スイッチを入れた瞬間、エマがヘッドバンドするように仰け反った後、四つん這いになって嘔吐している。慌てて駆け寄りデバイスを引っ剥がし背中を擦る。指輪からペットボトルとタオルを取り出して横に置き落ち着くのを待つ。吐いてる感じからすると、多分胃がシェイクされたかな?他のメンバーもこちらを見るが、女性の嘔吐なので、男性陣は一歩が出ない。
「よしよし、大丈夫、大丈夫、ゆっくりゆっくり。もう痛いのないからね、吐いたら楽になるからね。落ち着いたらお水飲もうね。」
ある程度吐いてスッキリしたのか、ペットボトルの水を飲んで適当に吐き出し、タオルで口を拭いている。見た感じ普通に動いているので、後遺症はないようだ。
「痛いのないない?」
「もう大丈夫だからあやすのはやめてくレ。何だか甘えたくなル。」
「よしよし。大丈夫ならいいですがそんなにキました?」
「胃を餅つきされた気分ダ・・・、普通アレなら吐ク。精度としては申し分ないだろう、戦闘に集中していても、これは十分に致命的ダ。」
エマからお墨付きが出たので、フィードバックのダメージ値はこんなもんでいいだろう。千代田達もこちらを見ていたが、女性の嘔吐だし、それを女性(?)の俺が介抱していたので任せられた形だ。まぁ、中身は別として外見は女性なのでいいとする。
「実験は成功で後は、数値をフィードバックすればどうにかなりそうな感じですね。」
「ええ、本日はいいデータが取れました。ありがとうございます。・・・、サインとか握手とか写真をお願いしても?」
「どうぞどうぞ。エマ、メイクはいいですか?おねだりされてますよ?」
「私を巻き込むナ。欲しがっているのハ、お前のサインでお前の握手でお前の写真だロ。」
くっ!さり気なく巻き混んで集合写真にしようかと思ったのに・・・。別に全部嫌ではないのだが、写真だけは面倒だ。ツーショット写真を撮った後、高確率でワンショットを撮られてしかもそれが長い。更に言えばポーズ指定をしてくる事もある。
そんな写真撮影をこなし、松田の財布を極限まで奢りで虐めて千代田に送ってもらいホテルへ帰る。中々収穫のある実験だったが、完成まではもう少しかかりそうだ。つまり、それまでに至れば本部長は確定で、開催まで少ないが時間は残されているという事。
「千代田さん。開催前にこちらに準備期間は貰えますよね?まさかないとは言わせませんよ?」
「それは大丈夫です。日本の未来がかかった大会なので、おちゃらけていても仕事はします。装置の完成から約2ヶ月。それが準備期間です。出場者の選考はすでに始まっています。」
基準を30階層到達とするならかなり狭い門になるだろうし、20階層とするなら、少なくはないが多くもない数が来る。千代田は50人くらい欲しいと言っていたが、50人ちょうどならそのまま一旦採用して各本部長が鍛えてもいいだろう。問題は足りない本部長なのだから。
「因みに、民間からも多数来てますよね?」
「公務員と一般人を比べると、一般人の方が奥に行っていますね。そこを考慮するなら、十分に民間出身の本部長は誕生するでしょう。ただ、今の講習会メンバーが仲良さげなので、後から来て上手く馴染めるかは本人次第と言う所です。」
確かに仲はいいよな。スタートの時点で組織から相当選抜されて来たんだろうし、密命があるなら組織的に共有しているのかもしれない。まぁ、俺としてはきちんと訓練受けてちゃんと生き残って、最後に至ってくれれば組織のしがらみとかどうでもいい。
「今のメンバーはファーストが選んだのではないのカ?」
「ん?選んだのはエマだけですよ?他のメンバーは行き先が無い人を採用したり、政府から既に選抜されていたり、民間からの出身として引っ張ったりです。純粋に写真選考と言う事を考えるなら、エマ以外いません。オンリーワンですよ、オンリーワン。」
宮藤は秋葉原の負傷者として、他の怪我人で行き先のない人とまとめて採用して、殆どは事務作業枠になっている。まぁ、入りたい人は入ればいいが、秋葉原直後でその話は言い出せず、そのまま事務員枠として定着してしまったというのが正しい。
たまに宮藤が顔を出して話し込んでいるが、文句は上がってこないので大丈夫なのだろう。ギルドが出来上がればそのまま事務員として配置される予定で、全員スィーパーなので一応の戦力として荒くれ者共を抑えてもくれる予定である。
実際、薬でピンピンしている人も多いのでもしかすると、民間出身の枠を狙って参戦なんて事もあるかもしれないな。まぁ、それは宮藤と一緒で本人の考えである。そんな事を考えていると、横のエマが目を閉じて感慨深そうにしている。何かあったかな?
「どうかしましたか?」
「いヤ・・・、そうか私ハ・・・、私だけガ選ばれたのカ。」
「そうですね。先程も言いましたが、選考で選んだのはエマだけです。写真だけ見てこの人とね。経歴とかは選んだ後に見たので、語学大丈夫かと心配しましたよ。」
選んだ後に低いと分かって焦ったのはいい思い出である。まぁ、選んだのは魔女だが、目に狂いはなかったな。他の人が来たら来たで別の未来があったかも知れないが、ifの話をしたところで現状は変わらない。
「初期のお題は一応クリアしていたと思ウ。まァ、私も勝手に選考に出されたのだがナ。」
「それはまた、お互いに苦労しますね・・・。」
縁と言うものはいつ結ばれるかわからない。横にいても繋がらないかもしれないし、それが国を超えて結ばれたなら素敵な事なのではなかろうか?
「苦労カ・・・。私は昔、美少女コンテスト全米1位を逃しタ。しかシ、こうしてファースト選考1号は得タ。それは多分、全米所カ世界初だろウ。なラ、私は今、確実に前の獲物より大物を仕留めたことになル。なら、前へ進もウ。」
何やらエマは獲物を仕留めて前へ行きたいらしい。そうか、多分至る準備でも出来たのかな?




