89話 中層の話 挿絵有り
エマを乗せてひた走る。運が良ければ他のメンバーと会えるかもしれないが、バラバラに入ったので難しいだろう。人の足と違いバイクなのでサクサク進むが掃除という観点から見ると大雑把にしかできていない。イメージ的に昔のルンバ?小回りは効くが、30階層を目標に走るので、大型の物は避けている現状である。エマはどうにか速度には慣れていたので、攻撃頻度は上がっているが、初めての階層を強制的に走っているので一撃とは行かない。まぁ、訓練場を30階層にシフトチェンジする予定なので、そこに着けばまた腰を据えてイメージ作りから始めればいい。
無理をする必要は無いが、慣れたモンスターと毎度戦ってもイメージこそ固まりはすれど、新たなイメージを試すには少し物足りなくなる。それはある意味将棋や囲碁の定石の様なものか。それを考えると、講習会メンバーは色々な意味で経験が積めたな。ガーディアンとか下へ向かうモンスターとか。実際、初見殺しの爆発する地形とかは知らなければ対処の仕様もなかっただろう。
誇る訳では無いが、先行するものは必要で奥の情報は何物にも代えがたい価値となる。それを考えるとこの不思議ボディーはかなり有用で、吐く以外なら概ね死なずに帰ってこれる。痛みや恐怖がない訳では無いが、自分の仕事ならやらない訳にもいかない。しなければ、妻や家族の危険が増すのだから。
そんな事を考えながら走るが、現状25階層で定時となった。さて、どうしようかな・・・。脱出アイテムはあるので帰ってもいいし、回復薬を飲みながら進めば明日の昼か夕方くらいまでには30階層にたどり着けると思う。他のメンバーも今は30階層を訓練場としているので、少しでも早く追い付くならこのまま突っ走るでもいいが、卸したてのバイクなので、メンテナンスを考えると退出した方が安牌か。
「定時です、一度出ましょう。」
「もうカ、流石に10階層分走破は厳しかったカ・・・。しかシ、どうやって出ル?不思議に思っていたガ、講習会メンバーはどうやってゲートから好き勝手出ているのダ?我々の知らないアイテムか?」
「御名答、脱出アイテムがあります。鋳物師が複製できるかは知りませんが、似たようなもので階層移動アイテムは確認されていますね。確か5階層分上に行けるはずです。」
退出アイテムを探しているらしいチームは、今持っている脱出アイテムを探しているらしい。ソーツが作ったものだが、これがゲートに有るかは分からない。探すなら、オークションや政府の情報頼りになるだろうが、探すチームがいるという事はまだ見つかっていないか、見つけたが売りに出していないかのどちらかだろう。ゲートで商売したい人間なら喉から手が出るほど欲しいアイテムだろうし。
「では、外に出ましょう。手を繋いでください。」
「分かっタ。明日もここから始まりだナ。」
2人で退出し他のメンバーと合流、最後尾に異常なしで全員無事。他のメンバーは30階層に全員到達したとの報告を雄二から受けたので、本当に俺達が最後尾だ。さて、なら明日の朝にでも中層の話と講習会離脱の話をしよう。宮藤が30階層以降はどうとでもなりそうと言っていたが、その根拠も出来たので後は本人達の意向次第。一応中位以外は残す方向だが、それでも半数以上は至っており、残りのメンバーも取っ掛かりはあるらしいので、個人で鍛えればどうにかなるとは思う。
「痒い所はないですか?」
「ないですよ〜。慣れましたけど、そろそろこれもおしまいですね。」
「むっ!ご褒美を取り上げると?」
頭を洗っていた清水が神妙な声で聞いてくる。疲れた身体で人の背中や頭を洗うのはご褒美なのだろうか?毎度洗われているので、抵抗はとうの昔に諦めているが・・・。
「いえ、卒業の話です。一応、千代田さん・・・、政府のネゴシエーターと話し、宮藤さんとも話した事です。お祭り前にも話しましたが、1ついい根拠が出来たので、改めて話そうかと思います。」
お祭り前は中層が分からず卒業するにしても、1人では35階層までくらいかなと言う話が飛び交っていたが、50階層までは中層に値しないので、危険はあるものの中位ならどうにか出来るだろう。無論、取った職がガッツリと支援系だったり、本人のイメージが回復や撤退の方が強ければそこまで行けないと言う事もある。まぁ、ここに来たメンバーは腕っぷしで選んだので、もれなく全員攻撃的なイメージを持っている。
「35階層前に卒業の話ですか・・・、中位はいいですが、私はまだ下位なので居残り志願ですね。」
「まぁ、早い遅いは関係ないですよ。要は自身で選ぶしかないモノですから。それは、集団だから見つけられるモノもあれば、個人として得るモノもある。見つめ直す時間は必要でしょう?」
「心、技、体。心を鍛えるのが1番難しく、しかし、それが最初に来る。ままなりませんね・・・。」
「30階層まで行けるなら、並の下位程度なら一捻りでしょうけどね。試しに新人教育でもしてみたらどうですか?50人くらいの新人スィーパーと木刀で組み手とか。」
「・・・、考えてみます。そうか、終わったら当然だけど新人教育も入ってくるのか・・・。はいどうぞ、巻き終わりましたよ。」
「ありがとうございます。」
清水が髪の毛を纏めてくれていざ風呂へ。入り慣れた風呂だが講習会が終わればここに来る事もなくなるので、どこか銭湯でも探さないといけないな。別にホテルの風呂が駄目という訳でもないが、広い方がのびのび出来る。まぁ、ホテルの風呂でも足は伸ばせているのだが・・・。
「それで、夏目さんはなんで目を血走らせて私を見てるんですか?そろそろMP呼びますよ?」
「いや、細部まで真似るとなると、詳細に見ないといけませんから!決してやましい気持ちしか無いですから!」
「結局やましいんじゃないですか・・・、夏目さん。はぁ、夏目さん。自身を広げるのはいいですけどね。ただ、これは忠告です。芯は持ってください。コレが自分であるという元の形を忘れると、不定形の何かになりますよ?」
「それは・・・、大丈夫てす。一線は引いていますから。まぁ、その一線は他の人からしたら小さいものかもしれませんが、私はその一線の為なら十分に人生を捧げられる。」
そこまでのモノがありながら、夏目が至らないのはなにか足りないから?ん〜、本人が小さいと言うのだから、本当に漠然として取るに足らないのかもしれない。お祭りでも女性の味方とか言ってたし、正義の味方願望?いや、理想の女性でお相手するとも言ってたから・・・、相変わらず俺は狙われている?
ん〜、3大欲求に直結した願望なのかな・・・。しかし、破廉恥と切って捨てられないんだよな。他ならぬ俺もソーツにその事はお願いしたし。まぁ、本能的な欲求というのは強い。薬があるとはいえ、寝ないと疲れは取れた気はしないし、食べなければ腹は膨れない。色事は心を豊かにしてくれる。そう考えると、夏目は真っ直ぐだよな・・・。
「小さくても不純でも、そう思うなら進むといいですよ。納得して進むなら誰も文句は言わないでしょう、夏目さんの人生ですし。」
「不純は兎も角、私は正直に生きますよ。お笑い職とか不人気とかは別として、この職は中々使いやすいですからね。」
そんな話を風呂でした後、望田の運転でホテルに帰り少しの晩酌。エマも来たので、少しツマミを追加してぼちぼちと飲む。望田も30階層まで進んだが、なにか取っ掛かりは掴めただろうか?いや、その前に講習会が終わったらどうするのだろう?地元の方はそれなりに工事が進み、埋め立ても終わりそうだと妻から聞いている。
「終わりが見えてきたけど、カオリは講習会終わったらどうするの?」
「ん〜、多分あまり変わらないような気はしますね。私は既に警察官としてのSPから内閣府直轄警護要員になってるので、クロエ専属みたいなものです。本部長になっても、クロエが帰るなら九州転勤とかですね。福岡ならゲートが2つあるので増強配置でも問題ないですし。」
それはまた、俺が移動すると着いてくると言う事か。宮藤や赤峰、橘に望田。何なら卓と雄二。九州は大人気になりそうだな・・・。いや、卓と雄二は民間からの本部長と言う枠なので、東京に残してもいいし、橘は黒岩が多分離さないだろう。赤峰は井口と好い仲なので、九州の男気が発動するか、共に近場で勤務出来る所を希望するかは分からない。
それを言うと宮藤はうちの職員宣言しているので、来ると思うが、子飼いにするにしては勿体ない人材でもある。宮藤や千代田の言う人材不足が響くな・・・。かと言って講習会お代わりはコリゴリだ。松田の言うガチンコ勝負、これで人材確保するしかないか。願わくば、まともな人が来ますように・・・。
「ファーストは九州の生まれなのカ?詮索するようで悪いが、ファーストの個人情報は殆どこの国以外に漏れていなイ。こうして話すまデ、私は配信のファーストをイメージしていタ。」
グイッとウイスキーを煽るエマが口を開く。その言葉に俺も望田も遥も曖昧な顔しか浮かべることしかできない。出身地がバレる事ではない、配信のイメージがどこまでもつきまとうと言う事にだ・・・。まぁ、あれだけ世界を回って、魔女まで手を貸しているなら仕方ないか・・・。顔も知らない人はアレがファーストであり、ファーストはアレである。
「その件は諦めました。好きなように思うといい、どんなにイメージしようとも私は私です。遥、顔を背けて笑わない。」
「いや、今思ってもいい演技だったなって。クロエ女優やる?」
「いや、望田Pのアイドルルートもまだありますよ。笑顔で微笑んで手を振るだけの簡単なお仕事です。ポスター撮影時みたいにフルブーストしてもらえたら、それだけでいいですから。」
口々に勝手な事言いやがって。人前は苦手だから両方ともルートは剪定されている。しかし、魔女曰くあれはフルブーストではなく、いい靴くれたから戯れに人を集めようとしただけらしい。魔性の女以外にも絶対良からぬ名前が入ってるよな。例えば扇動する者とか、惹きつける者とか。
「嫌な事言うけど、危ないから言う。あのポスターは戯れだよ・・・。多分、フルじゃない・・・。」
「は?」
「えっ!?」
「おいまテ、あれよりも惹きつけるのカ?」
「やる気はない。あのポスターそろそろデータ回収しようかな。ヤバい気がしてきた。」
お礼に撮影した宣伝ポスターだが、些か魔女の手伝いが過ぎる。魔女抜きの同じ写真を撮ってもらえばそれで済むかな?言い方はおかしいが、同じ人物の写真なのだ。魔女の効果がなくてもきっと売れるさ。
「クロエ、それは明確な損失です。残しておきましょう。」
「いや、写真のデータ消去するだけだし、今あるポスターをコピーすればいいじゃないか。」
「ウィルソン、うちのエージェントが試したが何かが違うらしイ。どちらにしろ肖像権?はあるのだろウ?要請すれば消してくれるのではないカ?」
「ポスター買い込んで実家に送ろうかな・・・。そう言えば、前に言ってた戦闘服のデザインはこれでどう?」
遥がそう言って一枚のイラストを出して来たが、戦闘服と言う名のドレスだよな・・・。黒と少量の赤の入ったゴシックドレスで袖口は膨らみ、肘関節はリボンで締める様なデザイン。胸の装飾はおしゃれかな?腰はコルセットで締めるつもりか、かなり細くスカートは少し膨らんでいるので、パニエでも履くのだろうか?それと、ヘッドドレスとそれから長く伸びるベールはいるのかな・・・。嫌じゃ、ゴスロリの知識など頭には入れとうない・・・。しかし、自分でフリフリのゴスロリオーダーしたので文句は言えないか。
『魔女さんや、このデザインでどうかえ?』
『いいわよ?これを軸に何着か欲しいわね。先に行くなら破れる事もあるだろうし。』
魔女からはOKが出た。出たが娘にこれで採用と伝えるハードルの高さよ・・・。よそう、恥ずかしがって死んでは元も子もないのだ。
「これで採用、あと何着かお願い。足り無いなら糸だすよ。」
「ファーストの胆力には敬意の念を抱ク。43なのだろう・・・、いヤ、趣味なのカ?よく似合っているゾ。」
心をエグる言葉を良くもありがとう!外見は14歳程度だから恥ずかしくないし、見目麗しいから人を惹きつけるんだよ。まぁ、過ぎた事だ。
「私の身体は14歳想定で、外見はそれよりも少し幼い。よって、この服を着ても恥ずかしくはない。実際中層まで行く予定があるので、戦闘服は必要です。」
そう、魔女と賢者の協力無しでは中層までは進めないし、その先を行くなら必須も必須、なんなら前提条件とまで言える。なので、機嫌が取れるなら取っておくに越した事はない。
「14歳・・・、20近くサバを読まれては探しようがないナ。カオリと遥は外見通りだよナ?」
「私はそのままだよ?」
「私も同じですけど、エマさんの方が・・・。」
ワイワイしながらぼちぼち飲んでお開き。次の日の朝も用意を済ませてエマ達と共に駐屯地へ。さて、ゲート出発前にみんなに話すとするか。宮藤からの連絡事項が話し終わり俺の番。
「えー、まずは皆さんの今後から話しましょう。と、言っても中位の方は本部長として各都道府県に行ってもらいます。希望がある方は早めにどうぞ、ある程度は希望に添えるでしょう。これは、政府とも既に話がついています。それがまず一点。」
これはみんな知っているので、そこまで大きなざわめきはない。仲良しで固まるもよし、職を加味して連携の取りやすい本部長どうしで話すもよし。下手に固まって悪事さえしなければいい。と、釘は刺しておくか。
「無いとは思いますが、汚職等何らかの犯罪が発生した場合は、近くの本部長達が連携して取り押さえる事になります。刑罰の内容は復習してください。中位が本気で逃げると取り押さえるのは大変なので、犯罪を起こさないように。こっそりひっそり、人を傷付けないで私腹を肥やすのは好きにしてください。一応、本部長は民間人もなるので副業はしていいですよ?」
「クロエさんポスターのモデルお願いしまーす。販売して私腹肥やしますんで、水着とかどうです?」
「私も一枚噛もう。内藤君、水着の選考は受け持つ。」
「人を巻き込まない。今傷ついたので、中層送りの刑です。」
内藤がジョークをいい、夏目が乗る。既に靴と政府関係でお腹いっぱいなので断る、下手にあんなポスター量産して旗印になるとか勘弁だ。既に若干なりつつあるのに。
「さて、今言った中層の件ですが51階層。ここからが中層です。これが判明した事により、講習会の初期目標である35階層到達は自主目標とします。その代わり、中位については関係各所に派遣し、指導者としての訓練にシフトしたいと思います。無論、居残るのは自由で35階層まで訓練するという方は残ってください。」
これについては教室の中がざわめく。当然だろう。目標が変わり派遣の文字が出たのだから。それにもまして、中層の話が出た事が拍車をかける。今まで何処からなのかと言う疑問を懐き、犬を見たメンバーはアレがどの辺りを彷徨いているのかが明確になったのだから。
「はい、その情報は確かですか?」
「確かです。そもそも、階層に仕切りを付けたのは私です。その関係で新たに開示された情報として、ゲート内で話を受けました。」
加納が挙手して質問してくるが、これは確かな情報として扱っていいだろう。賢者が答えたものだが、これが間違いなら、お説教待ったなしだ。まぁ、行ってないので風景が変わるとかは分からないのだが。
「一応中層は中位なら、問題なく戦えると思います。ただ、油断すると何が起こるか分かりませんし、私も行っていないので明確な攻略法や歩き方は知りません。初期からある自己責任、これが本格的に始まります。」
ここまでどうにか死者を出さずに来れたが、中層に向かうなら命の危険は常に背中にある。1つ間違えば死ぬ世界。行きたくはないし、やりたくもない掃除だろうが発破をかける。俺は既に人の命を巻き込んでいるのだから、ここで優しく行かないでとは言えない。それはあまりにも無責任だから。
「秋葉原の最後の1。このモンスターは中層のモノでした。見た方は知っていますね。スタンピードは今ある情報をまとめると規模で決まります。つまり、中層のモンスターを倒しクリスタルが回収出来るなら・・・。」
「スタンピードを防ぐ手立てになる、と。いいねぇ。あん時はビビったが、目標があるならやれるわなぁ。兵藤さんよぉ?」
「歩む道が歩む道だから、そこには行かないとね。まぁ、上位の事もあるし、教導と攻略。回復薬買い込むかなぁ。いや、ギルマスなら無条件で融通してもらえる?」
「雄二、聞いたか?アレが止められるそうだぞ?」
「だな・・・、ウジウジ悩んでっけど、そうか中層か・・・。」
それぞれに反応はある。無論、犬を見ていないので楽観的な者もいれば、見たからこそ恐怖するものもいる。仕方ないだろう、恐怖のない人間など機械と変わらず、きっと職にもつけない。
「ファースト、私の訓練はどうなル?」
「エマは引き続き私付きです。30階層までは連れていき、その後は至るまで付き合います。至った後は帰国ですよね?大丈夫、死なせはしませんよ30階層程度では。」
契約もあるがその他にもやる事はある。それに、あの話もしないとな。
「中位は本部長、下位は政府主催のガチンコ勝負に出るという流れになると思います。民間の実力者に講習会以外の本部長の席を狙う人、いいですか?気を引きしめていきましょう亅




