85話 お祭り前夜 挿絵あり
ゴールデンウィークも忙しいですね
お祭りも明日に迫り、訓練もかなり進んでいる。目標35階層、或いは中位卒業の話をしたら、ゆっくりと訓練を行おうとする残留組も出るかと思っていたが、ほぼ全員先を目指し訓練で20階層をウロウロするのは俺とエマくらいになった。実際、至ったメンバーは多くなり中位の総数は15人にもなった。単純に考えると半数を超えた計算だ。ありがたい事にエマが加納の中位に至る瞬間に立ち会えたのはいい経験となった
まぁ、加納は魔術師:水なのだが攻撃方法は凍結主体の氷使い。水術者となっても戦闘スタイルは変わらず1人雪原ではなく、樹氷の森を歩くようにモンスターを始末している。静かで冷たい印象を受ける攻撃は、楽しさもなく底冷えする寒さがある。話すと普通だが、何かしらの仄暗いモノを抱えているのかも知れない。まぁ、それはもう踏み込むべきでは無い所。下位なら助言も必要だろうが、中位に至ったなら後は本人が歩き進むのみである。
必要なら助言も出来なくもないが、既に本人の確固たるイメージがあるので、助言の仕方も何方かといえば、聞き手に徹する方が方向性を伸ばしやすい。やるなら、お喋りな男よりも本質を見抜いて語る一言の方が、中位への助言のしかたとしては合っている。
「メンバーは先へ行ってしまっタ。我々も先を急いだ方がいいのだろうカ?」
「無茶と無謀は別です。したいなら無茶はいいですが、無謀は死ぬだけです。まぁ、どちらも必要と言う状況は既に、死を覚悟するような状況でしょう。先に行くだけなら私がキャリーして運んでもいいし、強いモンスターと戯れたいなら探してきますよ?」
「それを言われて出来ると思ってしまウ・・・。自信が必要なのだろうカ?」
「ん〜、微妙な所ですね。自分を信じ切る事は出来ますか?」
自信を持つという事は自分の価値や、能力を信じるという事だが、そこは積み上げる所で必要なのは自身の先。即ち出来て当然、やれて当然。誇るべきものでもなく、呼吸をするように自然体で行える事。
「それハ・・・、難しいナ。私は既に自身の価値を壊しタ。」
「それはまた、修理して改良して、別の形にでも作り上げてください。その価値が嫌だったから壊したんでしょう?壊されたではないんですし。」
「う厶・・・。少し1人でモンスターを狩ってくル。」
ーside エマ ー
こちらに来てからと言うもの、不思議な事しか起こっていない。職にしてもそう、理解力を求められて試行錯誤を行って、罠が出てからはそれから積み上げと発展をさせて。
「背中がら空きだマヌケ。」
こうして20階層を散歩する事も出来るようになった。今も発動したトラップがモンスターの背後からその身体を、串刺しにしてクリスタルへと変える。クリスタルはゲート内に残すなと言われているので、回収しながら思考を回す。
「修理して改良して別の形へカ・・・。」
新しい価値を作るというのは恐ろしい。気軽に言われたが、凝り固まった価値観は中々壊せず、しがみつくように顔が嫌いな事を思い出す。仕方ないだろう、私の始まりであり、願いを砕いたものなのだから。いや、知ってか知らずか砕けたからこそ、別の形へなのかもしれない。
普通、自信をなくしたなら取り戻せと言う慰めになるのだろうが、彼女は作り替えろと言う辺り根本的に考え方が違うのか。不思議なものだ、逃げ出しても回り道しても下がっても彼女はなんとも思わず、元の位置に戻るなら良しとし、進むなら手伝ってくれる。
仕事だからなのか、それとも本当になんとも思わないのかは知らないが、基本的に彼女が声を荒げる姿というものを見た事がない。軍にしても今までにしても、私は常に挫折と非難と罵声を浴びて歩いてきたので、それはどこか肩透かしを食らったような気分だが、彼女が横にいて見てくれると言うモノは存外に心地いい。
定時報告するウィルソンも草臥れてはいるが、皮肉が減って物腰が柔らかくなったが、靴とポスターが届いたあたりからなので、送った物に満足したのだろう。不思議なポスターの事を嫌に聞かれたが、ファースト曰く手伝いと靴のお礼と言っていた。そのお礼だけであれだけ金を生むのなら、彼女を金銭で籠絡するのは無理だろう。
そもそも大株主である時点で絶対に無理だ。調べて実際に薬やドリンクを飲んだが、効果が確実に実感できる薬やドリンクなど、売れないわけがない。これも国へ送ったが、国として輸入を考え出して仕事が増えたと愚痴られた。
「コール、ペンデュラム。追加でイグニッション、消し飛べ。設置、後頭部に指向性散弾、カウント2、ブービートラップ、ビッグホール。終いだ、大タライ。」
前に見たサイボーグ刑事、橘の真似をし発展させる。ある程度罠が出せるようになれば、説明を読解して解釈を色々してみろと言われて考えた。設置がどこでも良ければ身体につけてもいいし、手袋は空気を通して空間に触れている。なら、好きな所に好きなように設置すればいい。こちらに来た当初、程度のいいガンナーと言って微妙な顔をされたが、確かにこの性能で弱いと言えば馬鹿だと思われてもしかたない。声を出さずとも、今も残ったモンスターは手にした銃に撃ち抜かれたし、トラバサミはモンスターを齧り取った。
軍で肩肘張って人を殺して殴って噛み付いて、望んできた訳では無いが、こちらに来てからイライラする事は減ったように思う。過去を知らない、色眼鏡で見る人物がいないと言う事は、それだけで私からストレスを減らしてくれているような気がする。或いは、ファーストを認めているからかもしれない。
「そうカ、優劣はないが得手不得手カ。」
講習会メンバーは先行している分強い。宮藤に付き添って魔術というモノを習ったが、まったくと言っていいほど分からなかった。彼曰く炎の兵士は友人という括りらしいが、大本は秋葉原に散った者達の偶像らしい。彼は1人戦禍の火を今も見続けながら優しく笑っているのだろうか?薄ら寒い事だが、その兵達は楽しげに見えるから不思議だ。遠隔発火も、本人曰く服は燃える、人も燃える。なら、火は着いているらしい。なる程、分からん。
しかし、イメージなのだろう。彼のイメージが楽しいものとして、それが伝播しているとするなら、あのポスターが嫌に人を惹き付ける理由も見えてくる。彼女自身は招き猫程度に人が集まればいいと思って撮影させたのだろうが、本人の能力も相まって予想以上に効き目が出ている。あまりやらかす印象のない彼女だが、不思議と本人は自身の事に無頓着だ。それは風呂然り、机や椅子、たまにゴミを拾っている姿に然り。
「道を決めて歩みだス・・・、中位カ・・・。雄二は考え倦ねていると言っていたガ、確かに生涯の目標を決めるには早い歳デ、私は少し歳を取りすぎタ。」
静かなゲート内では独り言も響くが、今は1人モンスターを狩っているので、気にはならない。残したファーストは今頃タバコでも吸いながら、またおかしな事でもしているのかもしれない。なぜ煙を使うのか?答えは使いやすいから・・・。本人のイメージなので、口出しはしないが、絶対に扱い難いだろう?あんなフワフワしたもの・・・。
「考えていれバ・・・、カ。」
「なにか言いました?」
「何でもなイ。時間カ?」
「ええ、明日はお祭りなので早上がりです。女性メンバーは死にもの狂いでダイエットしてますけどね、数名を除いては。」
「・・・、それはファーストのせいだろウ・・・。あれを着せられる人間の気持ちが分かるカ?ナツメは究極を目指すと叫んでいたガ・・・。」
「当日、私にはいコレ衣装と言って渡す計画を、事前に潰したまでです。エマには悪い事をしました。クラシックメイドが嫌ならアメリカンアーミーでもいいですよ?しかし、夏目さんへの助言はやりすぎたかな、本人が自身を忘れないならいいですけどね。」
仲良し自衛隊4人組の妖怪ナツメ。清水と小田が夏目の姿が変わる度にそう言っていたが、アレはいい諜報部員になる。母国語だとミートウォール、確かにセキュリティーの壁を体1つでどうとでもしてくれるな。あの精度をうちの国に求めるのはまだ酷だが、一体どういう助言を行えばああなるのやら・・・。いや、本人に資質があったからこそそうなるのか?そんな事を考えながらメンバーと合流し駐屯地へ。何だろう、夏目が小さくなっているような気がするが・・・?
「ナツメ、何だか見ないうちに・・・、半日で小さくなってないカ?」
「ええ!私は成功させたんです!要らないなら肉も圧縮してしまえばいい。なら、手っ取り早く筋肉に変換して細く、臓器を全て筋肉に変えてしまえば、体積そのままに更に小さく!そもそも、変化出来るのですから、細胞そのものを小さくすれば体型なんて関係ないんですよ。目指せ140cm!」
「シミズ、あの数値はなにか意味があるのか?」
「ファーストさんの身長です。ナツメ曰く影武者出来る程度には変化したいそうですよ。お祭りでは変装して、見られないファーストさんのミニスカメイド姿になるとか・・・。」
・・・、奇妙なメンバーはトコトン奇妙だ。コレで強いのだから手に負えない。特に夏目は罠で挟もうが殴り飛ばそうが、ほぼノーダメージで近寄ってくる。一度組み手をしてみたが、数秒で捕縛されて身体を弄られた・・・。おかしな言動だが、それでもやっている事は国益に繋がる事、カモフラージュなのだろうか?
「私は普通にダイエット成功したけど、裕子は幸せ太りかぁ?」
「辞めろ小春。これは、胸部装甲だ!」
「腹部装甲にならないようにね?裕子はやせる手段無いんだし。」
「夏目も小春も卑怯だ!清水は最初から痩せてたけど、小春は脂肪を狙い撃ちして、褐色脂肪細胞増殖させたんだろ!?私の脂肪も狙い撃たない?」
話している内容は女性らしくダイエットの話だが、内容が特殊で高度すぎる・・・。脂肪を狙い撃ち?褐色脂肪細胞の増殖?みんな痩せているが、何がそこまで彼女達を突き動かすのだろうか・・・。
「まぁまぁ、ある程度肉があった方が赤峰さんも喜ぶだろう。何なら衝撃で振動マッサージとか、してもらったらどうだ?」
「・・・、してもらったけど、下腹部はだめだよ?理由は、察しろ。そう言えば、エマさんは聞きました?お祭りで講習会メンバー顔見せの美人コンテストするらしいですよ?」
「は?何だそれハ?何も聞いてないゾ!?優勝は彼女の出来レースじゃないカ・・・。」
嫌な思い出しかしないコンテスト・・・、ここでも顔で優劣を付けられるのか・・・。私は私の顔が嫌いだ。それは今も変わらない、やはり好きになれないものは好きになれない。
「あー、ファーストさんは審査員枠ですよ?むしろ、投票権なしのご意見番。本人に参加要請したら審査員以外やらないの一点張りです。彼女はシャイで人前が嫌いですからね。」
小田がそう話す。ファーストは出ないのか。その事に変に安堵しつつ、勿体ないと思う私がいる。そうか、彼女は出ないのか・・・。
「服装はメイド服カ?」
「え?ええ。みんな同じ服でパフォーマンスもなし。優勝したらお祭りの食券です。」
小さな小さなコンテスト。チャチでチープで田舎で行われるようなそれ。しかし、なる程、獲物か。何になるわけでもないが、何かにはなるのかもしれない。思えば、嫌いな顔だが彼女には選ばれはしたのだ。
ホテルに帰り定時報告のを終え、ファーストの部屋に飲みに行く。観察も仕事のうちだが、ここで飲むのも慣れた。そんな部屋の中では、珍しく何かを言い合っているようだ。
「これとこれとこれ!どれ!?」
「待て待て待て!!もっと大人しく!焼きそば焼くから白はなし!」
遥がかざしているのは3枚のスケッチ。売り子・・・なのだろうか?無敵看板娘?ファーストは無敵だが、コレで売り子をすればさぞ人が集まるだろう。
「衣装の言い合いです、まぁ、これだけしても明日には完成しているんですけど。」
ファーストを見ていて思う事が増えた。仮に私が全米1位を取ったとして、面倒で仕方なかったと思う。私は彼女になれないし、全米1位でもない。しかし、うん、なったらきっと面倒で仕方なかっただろう。




