82話 リンゴの割り方 挿絵あり
無言の赤峰は両手でリンゴを持つと、胸の前で挟み込むように両手で押しつぶしだした。それを見た望田はすぐさま笛を吹き出す。音は硬質な反発音。望田のイメージは赤峰自身にブレーキをかけて、万力のように締め上げる両手を止めるイメージだろうか?赤峰の方も手加減はなく、全身で力を加えリンゴを潰そうとするので、両腕と言わず、踏ん張る両足や太もも、背後から見れば背筋さえも隆起しているだろう。
顔も歯を食いしばり、こめかみの血管は浮き出し、その様は確かに全身でリンゴを砕こうとするが、響く音が耳から入り、否応なしにも本人のイメージにブレーキをかけるように作用する。やはり、防衛で音と言う組み合わせは、相手にはとてもやりづらいのだろう、肺活量の問題もあるが吹いている間は職の力が及びやすい。
ギリギリと締め上がるリンゴの防衛は、ほぼ完璧と言っていい。汁も出ず、形を保ち、その瑞々しさは失われる事なく存在している。横のエマはその姿を見て知らずのうちにか息を呑む。しかし、赤峰も考えなしではないのだろう、割れないりんごを見ながらニィと口角をあげた。
「やっぱり硬ぇ。力押しで割れたなら、俺の考えもどうかと思ったが・・・、なる程、クロエさんがやったイメージの隙みたいなもんか。」
独り言の様に呟きだした赤峰は、今度はリンゴに上下から指を立てて望田に見えやすいように、突き出すと更に口を開く。望田の方はその奇妙な構えに眉を顰めるが、赤峰は関係ないとばかりに更に口を開く。
「リンゴってぇのは食い物だ。小せぇ頃に熱出したらお袋がすりおろして食わせてくれた。」
ブレーキの様な音が響く中、赤峰の指には力が篭る。なる程、あの指と持ち方は口か。視覚的イメージで口を思わせ、話で食べる事を想像させる、その為の持ち方。望田の方は、笛を吹いている関係上、赤峰の言葉に口を挟めない。
「だからまぁ、こんな旨そうなリンゴならこんな音がするんじゃねぇか?『シャリッ!』てなぁ!」
望田の音は確かに響いている。しかし、反論の言葉は出せず赤峰の言う事も真実。後はお互いのイメージの強さだが、それは既に赤峰が食べ物と定義して咀嚼音まで話してしまった。なら、指に挟み込まれたリンゴはその音を出すしかないだろう。挟み込まれたリンゴに指がめり込み、反発音のする中突き進みとうとう指で出来た口は閉じてしまい、響いていた笛の音も止む。
「はぁ、音に音で来られると私も弱いですね・・・、お見事です。何もなければ、ギリギリ守れるかもと思ってましたよ。」
「いゃあ、硬かったぜ。モンスターなんて目じゃねえ硬さだった。今回のはブレーキか?」
「ブレーキと静止音、それと心電図の停止とかを混ぜて、とにかく人を止めるイメージを混ぜたものですね。私は音で防衛するので、自身が聞いて納得する停止音をチョイスしてました。」
赤峰と話す中音の正体を望田が話している。スピーカーが3つなら、それぞれに違うイメージを持たせた音も出せるのか・・・。本人は相当大変になるだろうが、それを成し得た時の防衛力は凄まじいだろうな、さっきのリンゴの決め手は咀嚼音だろうが、その音を阻害されたら更に次の手を考えないといけなくなるし。
「音のブレンドかよ・・・、これが更に訳分からん音になったら手がつけられねぇな・・・。」
互いの健闘を称え合う中、赤峰は手を拭きながら残ったリンゴをパクリと食べてしまった。半透明になりかかっていたが、どうにか食べるには間に合ったようだ。
「私が同じ事をしたとしテ、リンゴは砕けるのだろうカ?」
「さぁ?そもそもカオリの音を聞いて動けるか?そこから始まりますね。下手にカオリの音に乗せられると、棒立ちのまま動けないまでありますよ?」
「それ程なのカ、職を使いこなすと言う事ハ・・・。一度試してみたいガ、何かあったかナ・・・。」
エマも試そうと何か無いか考えているが、本人が何を持ち込んでいるか知らないので、とやかく口出しもできない。しかし、リンゴと似たようなものか・・・、あぁ、あれがあったな。
「これで良ければどうぞ。」
「ぬっ、不気味なパパイヤか・・・、用途は何なんなのだろうナ。」
目玉ワラビを出したらパパイヤと言われた、感覚の違いだな。向こうにアケビがあるかも分からないし、変にそこは訂正しなくてもいいだろう。しかし、用途を知らないのか?高槻辺りは嬉々として集めているのに。もしかして、米国が変に過酷な状況なのって・・・。
「用途を・・・、食べられる事は知っていますよね?」
「嫌だガ、食感に目を瞑って食べタ。あの不気味な生物も食べタ。チョコレートソースでも掛ければ食べられない事はないが進んで食べたい物ではなイ。」
「・・・、薬の材料ですよ、それ。」
「薬?回復薬カ!?日本ではそんなものでさえ作っているのカ!どおりでみんな躊躇なく回復薬を飲んでいると思っタ・・・。製造方法は教えて貰えるのカ?」
製造方法かぁ、大株主ではあるがこれは高槻が作るもの。寄越せと要求したので一定数は箱から出るが、命に直結するので皆あまり売りたがらない。まぁ、当然だろう。1本で効けばいいが足りなければ本数を増やし、それで足りなければ更に効果の高いものを使わなければならないのだし。
ゲート内をウロウロする時のお供であり命のお守り。これがあるという心理的な安らぎ効果は高い。無ければ治癒師を引き連れてウロウロすればいいが、今度は体力面で疲労回復出来ないので、薄くてもいいから欲しい一品。
高槻作成の回復薬の効果は今の所最低ランクから少し上、深めの切り傷を治す程度だが、更にいい素材が入れば効能もきっと上がるだろう。その薬の製法を教えるとなると俺の一存では決められないし、何よりこれはビジネスの話となる。助け合いは大事だが、会社である以上、社員もいれば飯も食べさせなければならない。完全流通するまでも、してからもその辺りの線引は大事である。まぁ、スタンピードなんかが起これば在庫の解放要請を出すにしても、ギルドとして買い取ってから支給する予定だし。
「作った本人にお願いしてからとしか。OKが出たら株主総会でも開くんじゃないですか?」
「株式会社なのカ・・・、米国資本・・・、外資系・・・、買収してノウハウ社員ごとうちの国二・・・。」
顎に手を当てて色々シミュレーションしているようだが、俺としてもなくなってもらっては困る会社なんだよ。何なら特許も取って、国際特許もとった。仮想的な概念の国際特許なので国別申請が必要となるが、その辺りは千代田を通じて外務省が恐ろしいほど早く各国に話をつけたそうな。
実際、会社発足時に株を買って株主になっていなかったら、今頃外交カードにされた挙げ句、会社は国営企業にされて高槻の理想からは、かなり外れた形になったかもしれない。もしかして、そこまで見越して俺に株を大量に買わせたとか?まぁ、国内流通も始まってるし、エナドリ感覚で飲める薄くした物もプラシーボ効果じゃなくて、ガチ効果なのでかなり人気は高いそうな。
経営自体は任せきりなので、必要な時や新しく工場立てる時は連絡するという手はずになっているので、まぁ、御互いに私腹を肥やすターンは終わらない。何なら、販売数を上げる為に全力ポスターを作るのも辞さない。まぁ、そんなわけで釘は刺しておこう。
「不穏な事言ってますが、大株主は首を縦に振りませんよ?」
「つ、積めるだけ金を積めバ・・・!」
「いや、私そんなにお金要らないし。」
「・・・、大株主?」
「yes。アイ・アム大株主〜!ギルド発足時に回復薬は大量に必要になりそうなもので、会社持っていかれると困ります。」
両手でガッツでコロンビア!横のエマは残念なモノを見るような目で見てくるが、権利はあるのだよ、権利は。来年あたりの不労所得はウハウハよ!家計も潤い妻も喜ぶ、うむ、早く休暇にでもして家へ帰りたい。何なら、息子の運動会で家へ帰る。
「あ〜、うん。ファーストは金持ちなのカ?」
「どうでしょうね?世間的には金持ちな方だと思いますよ。今の所使い道はあんまりないですけど。」
実際投資と後は相当かかると予測される、ギルド運転資金用のお金であり、個人資産と言う事にはなっているが、あまり使う気も使う先もない。まぁ、ギルドに関しては政府が出すのでそこまで気にしなくていいのだが、回復薬やスィーパー共済組合なんてモノを作り出したら、初期の運転資金はいくら必要か分からないしな。
「そうカ・・・、資産家で美しく年齢も外見的には気にならなイ・・・。結婚の申し込みは多そうダ・・・。」
「あ〜、うん。私は既婚者OK?」
「俺のヨメだろウ・・・。」
エマの残念なモノを見る目が止まらない。おかしいな、ちゃんと妻と言ったはずなのだが。まぁ、莉菜は俺の嫁であってるので間違いはないか。なんかニュアンスが違うような気もするが。
まぁ、それはさておきこのまま喋っていても仕方ない。
「カオリ、コレも防衛お願い。エマ、これがどうにか出来たなら原稿用紙は20枚に減らしてあげましょう。今日は時間一杯これをどうにか出来るように試して見てください。」
「了解です、さっきのリンゴは食べられちゃいましたけど、今回は全力でイメージしますよ?」
「・・・、ちくせウ、やってやんヨー!」
そんな話をしながら目玉わらびと格闘するエマを見つつ、他のメンバーに助言を行う。実際、中位が増えたので助言をして回るのは俺だけでなく、中位が主体となる場面が多い。コレも、講習会が終わった後の事を考えてからのやり方。松田と話して中位=各都道府県の本部長と言うのは確定しているので、次は自分だけではなく、そこに属する下位を引っ張って貰わないと困る。
確かに、俺は色々出来る。賢者もいるし魔女もいる。しかし、それでも1人の人でしかないので、電話で相談を受ける事は出来ても、すぐに飛んでいけるのかと言われれば首を傾げる事もある。言ってしまえば、会社を休んでも仕事は進むし、遊園地に行かなくても、メリーゴーランドは誰かを乗せて回っている。抜けた穴を如何に上手く埋めて、上手く回していくかが組織としては必要になる。
「クロエさんちょっと聞きたい事が。」
「なんですか夏目さん。」
「自身制御で形を色々変えられるんですが、肉体的な寿命ってどう思いますか?薬の話で思い出してしまって・・・。前に望田さんに不死はやめとけとかも愚痴ってたし。」
「永遠に生きたいんですか?面倒だとは思いますけど。」
「ん〜、若くて好きなコといれるなら、私は割とありなんですよね。死んだ後に新しい楽しみとかでたら、もったいないじゃないですか?」
「ん〜、薬を分けるからには意味がある。それは職との組み合わせかもしれませんし、3本探す前提でどっかに放り込んだのかもしれない。まぁ、欲しい人は欲しいんじゃないですか?」
「結構ドライですね・・・。」
「いやいや、憶測でモノを言うと結果が違った時のダメージが大きい。特に永遠を得るとして、終わらせる事の出来る永遠と、終わらせる事の出来ない永遠は意味が違ってくる。ゲームよろしく、死を捨てるなんてとんでもない!ってやつですよ。まぁ、おすすめは夏目さんなら不老ですね。それなら擬似的に死を内包して永遠をある程度は掴めるでしょう。」
どこかの富豪は不死になったが、展望はあるのだろうか?まぁ、富豪と呼ばれるくらいだし、おカネを生み出す錬金術の1つや2つ心得ているだろう。ニュースでちょろっと聞いただけの富豪なので、名前も曖昧で覚えていないが、まぁ、そんな金持ちと会ってもろくな事にはならなさそうだ。まぁ、いくら考えても最後は結局退屈や暇に行き着きそうなんだけどなぁ。
そんな話を他のメンバーとしつつ、この日の訓練はお終い。結局、エマはわらびをどうする事もできず、八つ当り気味にモンスターに投げ付けていた。食えるけど、流石に返せとは言えないよな、踏んだり叩きつけたりしてたし。
概ね退出時間を合わせたので、宮藤達ともゲート前で合流出来たが、3人ともボロボロではないにしろ疲労困憊。特に雄二が回復薬を飲んでも辛そうにしていた。軽く話を聞くと、分かっていても犬の咀嚼攻撃であちこち噛まれたらしい。歯型はないが特に頭からパクリとやられたらしく、何度も脳震盪を起こして今も脳が震える様な気がするらしい。
それ以外の2人はそれぞれの方法で、咀嚼攻撃をやり過ごす方法を編み出している最中らしい。まぁ、卓の方は炎を纏っていればダメージはないので、問題は一方的に齧られ出した時の対処を重点にするといい、宮藤の方は自身のイメージを捏ねくり回して納得できる点を模索しているらしい。
そんなこんなで、駐屯地に戻り風呂へ。背中と頭を洗って貰い一息ついて、帰ろうかと思っていたら、望田から声が上がった。話を聞くと教室で赤峰が、料理を振る舞ってくれる事になっているらしい。久々のチャーハンか・・・、いや、料理に凝りだしていたので、レパートリーが増えているかも知れない。
「ワタシは先に帰って40枚のレポートを・・・。」
「はいはい、エマ。あの時何がありました?」
「あの時はトラップをお互いに使い、ワタシはファーストを挑発した。そしたラ、急に目の前に見えない壁が現れてそれに当たっタ。そもそモ、あれは何なのダ?なぜそこに壁があル?」
教室へ歩きながら話す。遥はいつの間にか駐屯地の女風呂へ入っていた。逃げ出そうとしたが、本人に捕まり逃げ出せずさらに言えば、逃げ出せば妻に望田と2人っきりで、抱き合っていた旨を伝えると脅迫された・・・。やましい気持ちは無いのに・・・、慰めてただけなのに・・・。
まぁ、女性が女風呂に入るのは当然なのだ・・・。意識から除外して、お互いにただの女性と思えば何とも・・・。反応する棒もないし・・・、そもそも、娘に欲情とかしないしな。多分、介護?の予行練習と思えば・・・。
「よそ見をすれば意識が逸れる。逸れた先に何があるか分からない。トラップとは不意打ちです。なら、意識が逸れれば付け込むのは当然でしょう?アレは単純に空気の壁です。別に石でも何でも良かったですけど、不意打ちには最適でしょう?」
「・・・、説明は分かっタ。しかし、空気だト?」
「空気銃・・・、アレは十分に痛いですよ?」
実際空気銃は弾が出るが、それを撃ち出して狩猟に使えるだけの殺傷能力がある。なら、弾は出ずとも圧力だけを与えてやればそこに壁があるように錯覚する。まぁ、エアーおっぱいである。因みに、車で時速60kmで走った時に、手で風圧を受けるとDカップのおっぱいを揉んだ感触と一緒らしいし、秒速340mで豆腐に頭をぶつけると死ねるらしい。どっちも要らん情報だよな・・・。
「ファースト、前々から気になっていタ。ファーストはなんの職に就いていル?」
「禁則事項です。魔法職、それで納得してください。」
「そうそう、それでいいじゃないですか。ちっちゃくてかわいい魔法使い。それでいいじゃないですか?」
「そうですよエマさん。クロエの頼んだ勝負服なんだと思います?ゴスロリですよ、配信の時の様な。」
望田と遥が援護射撃をしてくれるが、望田よ後ろから抱き上げるのはやめろ。足がつかなくて宙ぶらりんじゃないか。その姿を見たエマは何も言えなくなっているので、対処としては間違っていないのだろうが・・・。
もっとこう・・・、なにもないか。この姿になってから・・・、なる前も威厳なんてものはなかったし、あったら仲間はずれは必定である。なので、この感じが最適と言えば最適か。下手に恐れられたらここまで来れなかっただろうし。
「分かっタ、話せる時になったら話してほしイ。何やらいい香りがするナ。」
「まぁ、その時はその時です。この香りは・・・、すき焼き?」
久々の鍋か。まだ暑いが夜はぼちぼち冷える時もあるので嬉しいチョイス。残念なのは駐屯地内は原則として、指定場所以外では飲酒出来ない事。指輪の中には結構お酒も入っているが、流石にバレてお小言言われても嫌だしなぁ・・・。
教室の扉を開けると、真ん中にスペースを作り、机の上に・・・、なんか10個以上鍋が置いて有るんだが・・・。赤峰と井口のコンビが料理指揮を取ったのか2人共エプロンを付けている。小さな食事会かと思ったら他のメンバーもいるし、これはもしかすると・・・。
「来ましたね、ささっ!エマさんは上座にどうぞ。」
「ヒョウドウ、上座とは何ダ?食事に呼ばれただけなのだガ。」
「エマ、歓迎会と言う名の飲み会です。或いは慰労会?まぁ、メンバーとして受け入れられたと思ってください。」
準備のいい事でテーブルにビールが置かれていると言う事は、飲酒の許可も得たのだろう。なら、差し入れがてらにお酒も追加して、後は代行の番号でも調べておくか。置かれている肉もいい肉なのか、奇麗なサシが入っている。
「ちっとばかし凝ってっから割り下から作ったぜ。毎日ホテル飯じゃ飽きるだろ?」
「ありがとうございます赤峰さん。こっちじゃ作るスペースもないですからね。」
「おう、駐屯地祭りもあるみたいだからよ。店で出せる焼きそばもあるぜ。」




