81話 リンゴ
3つのボールは絶え間なく動き、赤峰の周りを飛びながら音を響かせる。赤峰本人は何ともないのだが地形は崩れていく。模擬戦と言うが結局は戯れである。殺意を抱いて対峙するならいいが、流石にそこは弁えている。それがなければ、赤峰は攻めの一辺倒で、望田はその硬い守りを発揮しての千日手になるだろう。
結局の所そこである。模擬戦で行えるのはあくまで自身の得手不得手の確認。スポーツの様に勝敗があるわけでもないので、大体は5分、長くても10分程度である。
「お互いに決め手がないのカ?」
「ありますよ?赤峰さんなら絞め落としてもいいし衝撃を貫通させてもいい、カオリならひたすらに重圧を重ねて押しつぶしてもいい。でも、そこまで行くと興奮しすぎたら殺しちゃうかも知れません。なので、模擬戦は遊びの延長、もしくは、お互いの出来る事の確認ですね。」
実際お互いに周囲含め気を使っているので、地形こそボコボコで、踏み込めば、地面は抉れるし、音を響かせれば赤峰の周りは、砕けているが互いの身体・・・、服は破けるがインナーと靴は無事である。そろそろ服一式出来そうな量の糸を出そうかな。モンスターの素材も鍛冶師連中に回しているので、それなりの加工はできていると思うが・・・。
あのエマが仕留めた奇麗な状態のモンスターはどうしようかな?出せばどこの組織も研究者も、喉から手が出るほど欲しがるだろうが、変に復活させようとか培養?とかされたら手に負えない。まぁ、動力源のクリスタルは抜いてあるから大丈夫だとは思うが、逆を言えばそれを入れただけで起動するかもしれないしなぁ・・・。
赤峰と望田の方は早くも千日手地味てきた。まぁ、赤峰は余裕で望田の方が攻めあぐねているといった感じか。レンチン攻撃も飛んでいるが、全力でやると煮えた赤峰が出来上がると思い、表面から煙が出る程度だし、赤峰の方は望田本体ではなく玉の方を狙って鳴る音を衝撃や拳圧でねじ伏せている。実際玉は3つあり、玉そのものも赤峰に体当りしているが、余りダメージにはなっていない。
「望田は身体能力も高いのカ?」
「その補正は無いですね。体内リズムを感じて上げています。」
望田は陸上のトップアスリート並みに動き回って位置取りしながら攻撃しているが、呼吸などのリズムを感じて心肺機能の限界を守りながら動いている。逆に疲れてこれが崩れだすと、一気に瓦解する時があるので、あくまで冷静に且つ、笛も吹かなければならないので、息を上げないようにと言う事が求められる。
本人的にはそろそろ考えただけで動く乗り物が欲しいと言っていたが、それがないので、もっぱら犬を乗り物代わりにして背中で笛を吹いている事が多い。まぁ、防衛する本人が動けるに越した事はないが、拠点ほっぽりだして走り回るわけにもいかないからね。
互いに戯れて5分位。お互い服はボロボロだがそれはもう慣れっこなので気にしていない。インナーもある程度は薄着から進化して、多少は服のようになったのでそこまで気恥ずかしさもない。前はピッタリとしたまま放置していたが、俺のゴスロリ服を作る為に遥が試行錯誤を重ねた結果、形状の固定化に成功したのである。方法は高槻製の糸と魔法糸の両方を使う事。
高槻糸を固定化しそれを芯として、魔法糸を束ねて一本の糸として服を作成すれば、修復機能が働いても芯の部分で止まり、結果として服の形状を保てるようになった。尤も、芯まで切れてしまえば形状が崩れるので、素材から買うとすれば完全オーダーメイドの高級品である。
「そろそろ温まったかねぇ・・・。1つ勝負と行こうか。」
「いいでしょう、私も動き回って疲れましたよ。手加減して殴りかかってこなくてありがとうございます。さて、何を殴りますか?それとも蹴り飛ばしますか?」
「殴るのは殴る・・・、いや、握り込むだな。コイツを頼む。」
赤峰が取り出したのは何の変哲もないりんご。ちょっと青いが新鮮そうで、秋の到来を感じさせる一品。スイカより小さいので、確かに赤峰の大きい手に対しては握り込むであっている。
「これですか、いいですよリンゴですね、リンゴ。」
「ちょっと触ってみてもいいカ?」
「いいぜ、ただ砕くのは無しだ。それをすると、悪いイメージがついちまう。やるならフラットな状態でしてぇ。」
「分かっタ。・・・、確かに普通のリンゴだ。」
エマがリンゴを手に取り上や横、多少握り込んだりとした後、望田の手の上にリンゴを乗せる。リンゴを潰すのに必要な握力は80kgらしいが、コツが分かればそれ以下でも潰せるらしい。まぁ潰した事がないので知らないが。
「因みにエマの握力は?」
「ふ厶、職に就く前は40程度だったと記憶しているガ、スィーパーになってからは測っていなイ。」
「それは駄目ですね。何でもいいので測って、ある程度は自身の力をイメージしておいてください。でなければ、一度イメージが崩れた時に立て直す指標が無いですから。」
五十六ではないが、やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ。これを順序は別としても自身でやらねばならない。そして、それがマイナスに行けば、どこまでも落ちて行く。その滑り止めとなるのが分かりやすい数字。
別に何かの成果でもいいが、例えばスチール缶を握りつぶせたとして、それはどの程度の力なのかと聞かれた時漠然と握力40くらい?と思ったとするなら、缶を握り潰すたびに出せる握力は40位に固まっていく。逆に本人が大それた数字をイメージしても、今度は本当に出せるのか?と言う自身への疑惑で、やはりほころびが出る。
1番いい方法は、一度赤峰がやったが握力計を握り潰してしまう事である。これなら、最大値の保証がついた上でそれ以上の力を持っているとイメージして固めやすいし、上限も本人次第でイメージを固めれば高みへ行ける。実際、赤峰からは何度か相談を受けた。それは高みへ行く為のモノではなく、日常を送る為のもの。
体術師であり、盾師である赤峰の身体能力はずば抜けている。しかし、その身体能力で握手したならどうなるのか?なった当初は何とも思っていなかったようだが、モンスターを殴り倒す度に自身の手でふとした拍子に愛する者を、井口を殺してしまうのでは無いかと。そんな恐れを相談された事がある。
「クロエさんちぃっとばかしいいかい?」
「ん?いいですよ?長そうなら駐屯地内の喫茶店でも行って話しましょう。」
そう言って、駐屯地内の喫茶店で一息ついて話す。何処の駐屯地にも喫茶スペースがあるので、相談事を聞くのには重宝する。
「中位になって余裕が出てから考えちまうんだよぉ。俺が人を抱きしめたら、握り潰しちまうんじゃないかって・・・。」
本人はかなり苦悩していたようで、半泣き状態だったが気持ちは分かる。これも、1つの壁で、赤峰なりの乗り越え方。人を愛して守る為に中位になったのに、その先が誰とも触れ合えないのでは、何もかもを投げ出したくなる。
「まぁ、気持ちは分かりますよ。大それた力にモンスターなんか目じゃない身体能力、抜き手で殴ればモンスターを貫通しますからね。」
「・・・、おう。今日もモンスターを殴り倒した。殴って蹴って、衝撃で中からバラバラにして、倒して回った。その事実が俺の手にはある・・・。」
手の平を見つめながら話す。守るにしても前に出て、モンスターを倒すにしても身体一つで挑む。そのイメージは強烈で、その手で成せる事は、愛する者を脅威から守る事は出来る。しかし、守るはずの力で守れた者を傷つけてしまったら、自身に対する最大級の疑惑が生まれる。それすなわち、自身では守れないのではないかと言う疑惑が。
「話は分かりました、なら自信をつけましょう。はい、カップのコーヒー飲んで。」
「おう!ありがてえ、何からやる?」
そう言って赤峰はカップを手にとってコーヒーを飲み干した。うむ、まず1つ。
「そうですね、教室でいいでしょう。先行って下さい。必要なモノを準備します。」
そうして教室で行うのは何かって?料理である。別に折り紙とかでもいいのだろうが、最善策は料理である。メニューはチャーハン。もちろん中華鍋を振ってもらう。アレは濡れたタオルで練習すると割と簡単に出来るんだよな。器用さと言う壁はあるが。教室に入ると、赤峰は机に座って待っていた。相当に思い詰めていたのか、祈るように手を組んでいる。
「さて、訓練をしましょう。レシピは指示します。」
「レシピ?自慢じゃねーが料理なんて・・・。」
「ええ、卵割って肉切って、野菜刻んで鍋振って。最後は井口さんに食べてもらいます。要は力加減です、さっき無意識でもカップは持てた。なら、それをイメージする上で、料理はいいですよ?完成と言う目標があって、それまでに様々な力加減があって。ガンプラでもいいですけど、誰かに食べて貰う方が励みになるでしょう?」
そして、来る日も来るチャーハン作って食べて食べて食べて・・・。美味しいチャーハンが作れるようになった。最初の頃は変に考え込んで、カップは持てるのに卵は砕くなんて事をしてたかな。まぁ、後半は料理に凝りだして衝撃で卵をふわっふわになるように撹拌したりしてたけどそんな赤峰が望田の守るリンゴをどうにかするのか。力技か道理を解くか。ある意味見ものだな。
「さて、私はいつでもいいですよ。」
「俺もいいぜ。」
赤峰はリンゴを握り込み、望田は赤峰を観察しながら笛を準備する。
「軍配はどうなのダ?」
「エマはどう思います?」
「赤峰だろう、中位なら負けないと思ウ。」
「どうでしょうね?Sの防衛を担うものですよカオリは。一緒に行動すれば分かります。」




