閑話 人とヒト 後 20 挿絵あり
「さて、君は何人受け持てますか?」
「各個撃破と言いつつ5対2ですよ?上は何を考えているんですかね?ボスを逃したら元も子もないでしょうが・・・。」
「なに、上も一枚岩ではないという事ですよ。私は退いたので後任は知りませんし。しかし、失敗すれば喜ぶ人間もいる。下らない事ですが、中国にしろロシアにしろ、仲のいい政治家は多くいます。」
「そして、次の室長はその息がかかっている、と。嫌ですね・・・、売国奴は。ゲートに放り込みましょう。鉄条網で巻いて東京湾の魚の餌にするよりはよっぽど足がつかない・・・。」
「それは、別の処理者に任せましょう。今の室長が苦肉の策で私と君をここに回したのか、或いは私を始末して新しいネゴシエーターとしてクロエを誘導したいのか。先ずはそこからですよ。エマは来てしまいました、なら次の席を確保する為に甘い汁を吸うも、要求するも今は最適なタイミングです。」
嘆かわしいが外務省に押し切られてしまった。国内ならば私でも如何様にも出来たが、海外となると力は及ばない。救いだったのは外務省が馬鹿ではなかった事。仮に、海外からくる講習参加者を増やしていたなら、彼女は絶対に首を縦に振らなかったでしょうね。
米国からの1人を選ぶだけでもあれだけ拒否し、更には選考基準をどれだけでも、本人が変えられるようにしたのですから、その拒否具合も伺い知れます。外務省側の人間は日に日に窶れながら吉報を待っていましたが、エマが選ばれなかった場合は死人が出ていたかも知れません。
まぁ、それもこれも勝手卑屈に要求を飲んだ彼等のツケでしょう。配信で見るだけの彼女の姿を鵜呑みにし少女なら、一般人なら御しきれると甘い見通しで、各国からの連絡に答えようとしたツケ。仕方がないとは言え国内が大変な時になのですから、大使を殴った時にまとめてご破算にしてしまえばよかったものを・・・。
「とりあえず、室長は何人相手にできますか?コッチは警視庁地下でデスクワークしかしてないんで、あんまり受け待てませんよ?鑑定した限りだと、ガンナー2槍師1剣士1最後はボスの格闘家です。ただ、建物からの鑑定結果なんで、違った場合はすいません。」
・・・、はぁ。相手はゲートの武器で武装している。今の結果を聞くと、私はボスくらいしか相手に出来ないではないですか・・・。剣士槍師は間合いが広く近づき辛い。ガンナーは無限弾倉で撃ち合いには負ける。なら、超至近距離で戦う格闘家、アガフォンしかいない・・・。寧ろ、そこしか勝ちの目がない。せめて、魔術師ならクロエの言う対スィーパー戦の要領でどうにか勝てたかもしれないのに。
「アガフォンを受け持ちましょう・・・。他は任せました。」
「やっぱそうなりますか・・・、まぁ、色々持ってきました。橘がいなくてよかった。いたら一発でバレて色々と面倒になる。渡りに船でした。」
「ん?彼は今どこに?」
「黒岩の指示でゲートです。多分、夕方まで戻らないでしょう。でも、クロエも訓練でゲートにいるので何があるかわからない、早めにお願いします。」
「なる程彼の手引ですか。クロエは関わっていませんが、彼女は変な所で鋭い、やるなら手早く処理しましょう。逃走を許さない為の白昼の襲撃でもあるのですから。」
スィーパーと言う者は不確定要素の塊。スペツナズ出身ならロシアまで泳いで帰るという想定までしないといけませんね・・・。どうせ廃ビルなら、ビルごと爆破の方が本来ならいいのでしょうが、それで生き残られて潜伏されても困るし、目立ち過ぎる。やはり、相対して仕留めるしかないか・・・。
「位置は分かりますか?下手に低い所だと逃走の可能性がある。」
「ボスは煙よろしく最上階、他は有り難い事にバラけてます。ルートはこれです。鉢合わせしたら・・・、すいません。」
五十嵐がくれたメモにはおおよその間取りと、逃走するであろう経路。ここまでビルに触れただけで分かるなら、確かに駆り出したくなる気持ちもわかる。まぁ、彼という人物の本質はそこではないのですが・・・。
「正面で暴れるのは任せました、私は一気に上を目指しましょう。相手もまさかスィーパーでない者が来るとは思ってないでしょうし。」
「了解です。処理の許可は出てるんで、誰か残せそうだったら残しておきます。では。」
「ええ、では。」
別れの挨拶は不要。壊れたなら換えの効く部品、それがチヨダと言うモノ。クロエは私を買ってくれているようですが少なくとも、この任務が終わるまではそういうモノでしかない。いなくなってもまだ、今の段階ならまだ換えは効くはずですからね。五十嵐君はともかく私はね。
別れて彼のくれたメモに従い上を目指す。ビル正面の方からはロシア語で叫ぶ声といくつかの銃声。郊外とはいえ。それが響けば否が応でも人目に付く。この国は平和で銃声は一般的ではない。一応サイレンサーは付けているようだが、付けていても音は鳴る。その音を背に最上階を目指す、音がなっている間は五十嵐が生きてますからね。
五十嵐のメモは正確で迷う事なく最上階を目指して進み、いるであろう部屋の前。弾倉は込められ、装備出来るものは既に装備済み。後は、アガフォンが大人しく捕まるないし、始末されてくれればいいのですが・・・。下の争う音に紛れるように扉を静かに開き、手袋をして中に入りながらサイレンサー付きの拳銃で2発。やはり、一般人に取ってスィーパーと言うのは嫌なものです。
中はボロボロですが元はレストランだったのでしょう。テーブルとテーブルクロスがあります。当たれば必殺ないし致命傷を与えられた時の音は、しかしアガフォンに捕まえられてしまいました。黒い手袋に身体を守るタクティカルベストにカーゴパンツに軍靴。今と昔で違うのは相手が銃もナイフも持っていない事。
「アガフォンで間違いありませんね?」
「日本人は礼儀正しかったが、この挨拶は礼儀のうちカ?」
「それは失礼、チヨダと申します。ご確認の程は間違いありませんか?」
「チヨダ・・・、ゼロ・・・、コーアンか。勤勉な事ダ。この辺り一帯の通信障害もお前達の仕業だろウ?」
「さぁ?私は感知していませんね・・・。大人しく投降するなら、悪いようにはしませんが?」
「出来ぬ相談ダ。少なくない情報は本国に流したが、我々は同志と共にファーストを確保し新たな同志として迎えたイ。」
「それが、眠れる獅子を起こすようなやり方でも?」
「あの女性は・・・、家族はファーストのアキレス腱だろウ。彼等を我が国に迎え、ファーストを迎えル。最大限の待遇で持て成そウ。」
いやに情報が漏れている。現地公安部隊が身辺警護しているはずなのに、家の場所まで特定されている。やはり、一枚岩ではないにしろ、売国奴が政府に潜んでいるようですね・・・。有名になり、ある程度の情報が流れるのは仕方ないにしろ、ここまで国外に情報が流れたなら・・・。なる程、今の室長は中々したたかなようです。そこまで読んで五十嵐を寄越したなら頷ける。
「残念な事に彼女は我が国でも要人でして、既にポストも決まっています・・・。お引取りを。」
「出来ぬ相談ダ!」
プシュー!と1発。至近弾ですが躱しますか。面倒なシステマ使いは銃を恐れず、ナイフを恐れず動き続ける事で攻撃を躱す。しかし、私の方が圧倒的に不利なんですが、ね!
「ガンナー?違うカ。先程も実弾だっタ。」
「さぁ?何でしょうね。火も水もウチは中位のいる国でして。」
警戒するようコチラに飛び込んでは来ない。いい事です。疑いを持たせる、疑惑を持たせる、何が出来るかを隠す。そうして。相手の思考にロックをかけて、行動に制限をかけていく。問題なのは私はスィーパーではないので、下手なハッタリでは相手が信じてくれない事。
「面倒な国ダ。国ごと同志となってくれればいいものヲ。」
「それは私ではなく政治家にどうぞ。」
「そうカ。なら、私は押し通り国へ帰ろウ!」
机の天板を蹴り飛ばし、水平にそれが飛んでくる。ギリギリ姿勢を低くして躱す事は出来ますが範囲が広く面倒。さて、ハッタリを重ねましょう。それしか勝ちの目は無いのですから。
「豪快なことです。燃やしながらお返ししましょうか?」
「やれるものならやってみろ魔術師、殴り倒して押し進もウ。」
1つの疑惑。確定されていない情報は、何かしらの後押しで確定させればいい。職に就いてはいない、しかし、人が火気を使えない事はない。ピンを抜いてカウント2。
「ならどうぞ!」
サイドスローで転がる音がしないように注意して手榴弾を1つ。1秒後に爆発して辺りの机を吹き飛ばす中、テーブルクロスを取って目の前に大きく広げ後ろに飛びながら銃を1発。お互いに視界はない。推測するならアガフォンは銃弾が見えている。サイレンサー付きの銃といえど音は爆竹以上に響く。救いは、下がうるさくテーブルの影なら見つかりづらい事。
「魔術・・・?いや、破片からして手榴弾・・・。お前は何がしたイ?何もできないなら、撤退させてもらウ。」
コチラを伺っていたアガフォンが動く。速い・・・、動画で見た赤峰達よりは遅いが、普通の人間からすれば十二分に速すぎる。爆破して散らばったテーブルの破片を踏みつけ、魔術師ならと一気に距離を詰めてくる。見えない速度ではない、しかし、一歩間違えばその左から振られた拳は間違いなく私を捉え、骨を砕く。警棒を伸ばし、殴りかかってきた拳に合わせて左後ろに飛びながら警棒で拳を叩き軌道を逸らす。
ストレートは不味い。対処出来なくはないが、下手をすると受ければ殴り飛ばされ、或いは警棒をへし折られて直撃される。そうなれば、骨を持っていかれて出来る事も出来なくなる。しかし、今は拳を逸したので、背中がガラ空き。先程よりも更に至近距離、なら当たるでしょう?
「悪いが、銃は見ているヨ。手榴弾も見タ。なら、遠距離はソレしかないのだロ。」
引き金を引き撃ち出す銃口の先の敵は叩いた拳の勢いそのまま、姿勢を低くしてタックルの要領で走り出す!面倒な、向かってくるならまだ、捕縛出来るものを。アガフォンはテーブルを片手に持ち盾のようにこちらに向けて、階段に向かって一直線。
「扉よ爆ぜろ!」
「!!」
叫びに止まった所に手榴弾を1つ。無論ハッタリで本来は扉が爆発する事なんてあり得ない。しかし、それがあり得る世界になったからこそ、こういった荒唐無稽なハッタリが通用する。言葉による行動制限、思った以上に有効ですね。今まではしなかった警戒心をもたらしてくれる。しかし、これで死んでくれればよかったのですが、テーブルを盾に無傷ですか・・・。
「ハッタリか。面倒な事ダ。」
「それはそれは、褒め言葉と取りましょう。何せ私の職は難しいものでして。格闘家よりは強いのですがね。」
「・・・、それもハッタリだろウ。」
「何を持ってハッタリとします?実弾を使うから?手榴弾を投げたから?それとも、身体能力が低いから?職は様々です。総ての職を知らないでしょう?」
疑惑に疑念を重ねる。そして、ゆるゆると縛っていく。クロエ曰く『早急に縛る必要性はない、必要なのは相手には考えさせる事。そうすれば、自身の職で対応したいと、正体不明の職を勝手に思い描く。』確かに自身の情報は確定している。しかし、正体不明の敵にそれで対応出来るのかできないのか?アガフォンなら、格闘家の能力で魔術師をどう攻略するか、或いは魔術師でなければどう対処すれば勝利できるのか、と。思考を巡らせダメだと言う結果を自身で生み出していく。それも、ある事ない事含めて。
結局の所、スィーパーで1番怖いのはゴリ押しされる事です。口を開かず、耳を貸さず、人とさえコチラを見ずに純粋に障害と見られたなら、流石に私では分が悪い。早急に追い詰めれば、相手が思考放棄する恐れがある。だからこそ、真綿で首を絞めるようにゆるゆると、コッソリと思考に毒を流し込む。スィーパー同士ならイメージの潰し合いを罵りながら行う様ですが、残念ながら私は一般人なのでそれをすると、ダメージこそ無いですが逆上されては事です。
「打倒して憂いをなくせという事カ。コーアンに面が割れただけでも嫌だというの二、下の部下達も大人しくなってしまったようダ。早急に打倒し本国へ帰還すル。」
「出来ますか?貴方程度に。実弾と手榴弾しか使っていない私に背を向けた貴方が?下の同志とやらも雑魚なのでしょう?片付けたのは部下1人ですよ?」
「なる程、私は戦力を過小評価していたようダ。早急に仕留めル!」
逆上はしていない。しかし、システマは崩し損なった。システマの真骨頂は、常に冷静で相手の全体を見て生存を優先する事。ある程度疑惑を持たせたおかげで、多少動きのキレが悪い。下手に隙を曝せば手痛い一撃があると思っているのでしょう。なら、もう1つ、嘘を重ねましょう。そして、どう動こうと詰の準備もしましょう。
「クロエはよく煙を使います。ご存知ですか?」
「お前は親しい者カ!」
殴りかかってきたアガフォンを躱・・・、しきれませんか。流石格闘家、早い!数発撃ちますが、机を押し退けながらのタックルは言葉を聞いた瞬間にトップスピードへとシフトアップし、弾丸を避けながら進み気付けば押し倒されている。肺から息が漏れ、背中を強かに打ち付け、地面に転がった破片がいくつか深く刺さっていますね。
そして、マウントを取られ、手を振り下ろし目潰しをしてくる。遠隔発火を警戒したならそれは定石。される前に煙幕を巻きますがしかし、不味った。筋骨隆々ではないにしろ、体格差というものがあります。しかし、この時でなければこれは、成立しないでしょうね。
煙幕をかき分ける手を十字受けで受けますが、上の手首からは嫌な音が・・・片方は折れましたか。しかし、両手が折れていないのでイーブン。動く方の手で彼の手首には1本の細い糸を巻きつける。この糸が今の私の切り札。そして、事実が積み重なって出来た真実。
「捕まえましたよ?」
「こんな糸がなん・・・!」
「クロエの糸・・・。格闘家でさえ、全力で動いても千切れない彼女謹製の糸ですよ!」
一瞬の動揺を見逃さず、一気に糸を引き絞る。肌触りのいい糸は、私の力でアガフォンの手首に食い込むだけに留まりますが、必要なのは切れない糸と思い込ませる事。引き千切ろうとひっぱりますが、それは無理な話。しかし、そろそろバレますね。
「糸は確かに切れない・・・、しかし、お前はスィーパーではないな?」
「ご名答、私は一般人ですよ。」
「なめた真似をしてくれル!!」
「お前がな、テロリスト。ちょっと寝ろや。」
最後のやり取りに五十嵐が間に合ってくれた。受け持つと言ったものの、合気道にしろ逮捕術にしろサブミッションでさえ、一般人が行うのならスィーパーには無意味でしょうね。仮に私が、正面切ってアガフォンとやり合った場合、純粋に力で技が引っぺがされてお終い。やはり、対スィーパー戦術というモノを適正運用しないといけませんね。それはそうと、五十嵐の武器がアガフォンをぐるぐる巻きにしているのを見ると・・・。
「武芸の玉・・・、便利なものですね。」
「それよりも室長、大怪我ですよ。身体に部分麻酔でもしました?木片が背中、右脇腹、左肩、それに左手首は砕けてますね。回復薬飲んでください。」
五十嵐が取り出した薬を木片を引き抜いてもらって呷りますが、砕けた骨はなかなか戻りませんね。痛みがないわけではない、単純に我慢しているのです。歯車に痛みは不要ですからね、そんなもので狂ってはいけない。
「さて、処置をお願いします。」
「了解です。ちょっと海馬見せてね。あっ、麻酔はするから。」
「〜〜〜!!!!!」
こめかみに麻酔を打ち、静かになったら切開をして海馬に五十嵐が触れる。脳自身は傷みを感じず顔まで覆っているので、見ること賄わず、動くことまできない。されている本人は闇の中、何を思うのでしょうね。
「はい、鑑定完了。記憶は読み取れました。後は丁寧に蓋締めて程度のいいこっちの薬を使えば、スパイの完成です。いゃぁ、4Dプリンター使わずに済んでよかった。」
「手間はありますが器用なものですね。後は・・・、次の室長に引き継ぎましょう。私はこれでお役御免なので。」
「寂しくなりますね・・・、まぁ、自分も引き出した情報渡したら自己処理して鑑定課に戻るんですけどね。次は鑑定課の五十嵐です。では。」
「えぇ、では。」
五十嵐は人を物品として見ている。いや、チヨダになるモノはそれを叩き込まれる。彼は一際それが強く、触れさえすれば人の記憶さえ使いこなしてみせた。アガフォンは既に五十嵐の手の中であり、スパイとしては裏切れない状態となった。なら、上はこれから漏れた情報の精査と、売国奴探しで忙しくなるだろう。




