#258 ネーベル・ラ・グリム・紫音と霧島紫音の夢
『わが社のVチューバーとしてデビューしませんか霧島さん?』
『私が? ⋯⋯そうすれば私は ──』
それが私、霧島紫音と私のマネージャーとなる坂上衛助さんとの出会いだった。
「それで紫音。 次の企画なんだが⋯⋯おい、聞いているのか紫音?」
「ごめん坂上さん。 えっとなんだっけ?」
それはいつもの坂上さんとの打ち合わせだった。
ふだんはあっ君たちくらいしか来ないこの私の家に来る数少ない他人⋯⋯それが私のマネージャーの坂上さんだ。
出不精な私のためにわざわざポラリス本社から来てくれるやさしいマネージャーである。
「⋯⋯コンビニのファミリーストアとのコラボ案件の話なんだが」
「そうそう! ⋯⋯そうだった」
でも仕事にはめっちゃ厳しいマネージャーである。
「えっと、どんな案件なの?」
「これはだな⋯⋯全国のコンビニチェーンであるファミリーストアの来年のバレンタインのコラボだな」
「チョコレート?」
「そうだ。 まあ紫音だけじゃなくて虹幻ズ全員分のコラボチョコを販売する企画なんだが」
ほうほう⋯⋯。
「でも坂上さん?」
「なんだ?」
「私たちってさ男性ファンがほとんどだよね? その私達のチョコを女が買って好きな男にあげるかなあ?」
私にはわからない恋人たちの心理だ。
「買うのは男なんじゃないかな?」
「そっかー男か、買うのは⋯⋯」
「まあそういう企画だ。 これは虹幻ズからのヴァレンタイン・チョコレートという設定だからな⋯⋯手書きのメッセージカードとかも付く予定だし」
「手書き!? いったい何千枚書くのさ!」
「いやさすがに印刷するよ。 でも原本はタレントの手書きなだけで」
まあそれならいいか。
こうして今回のコラボ企画の話を坂上さんと詰めていく私だった。
そう⋯⋯これがVチューバー、ネーベル・ラ・グリム・紫音のお仕事である。
配信でのスパチャの収益なんかは私の収入の10%にも満たない。
こうやって坂上さんが取ってきた案件をこなすことで版権収入を得ることが私の収入の柱なのだった。
でもこういう仕事がやがて配信など普段見ない一般人の目にとまる。
そうしてVチューバー、ネーベル・ラ・グリム・紫音はどんどん有名になり、数字だけなら登録者数世界一位という立場に私を押し上げたのだった。
⋯⋯世界一とか言っても私の実力だけじゃない。
むしろポラリスという会社の力と坂上さんの献身的なサポートあっての偉業なのだった。
他の虹幻ズのメンバーはあんまりこういった案件仕事は多くない。
みんな自分のやりたい事優先な人達だからね。
私はみんなとちがってやりたい事がなかったから坂上さんの言いなりになる事が出来たのだ。
それもこれもすべて⋯⋯私との約束を坂上さんが守ってくれた証拠だ。
『わが社のVチューバーとしてデビューしないか霧島さん?』
『私が? ⋯⋯そうすれば私は一生生きていけるだけのお金を稼げますか?』
うん⋯⋯われながら身も蓋もない現実的な理由で私はポラリスに入ったのだった。
事故の後遺症で中学までしか卒業していない私にとってはこのVチューバーでの仕事に人生賭ける以外に道がなかったのである。
『私の予想だとVチューバー業界は3年後くらいがピークだと思う。 だからそれまでに霧島さんの人生を賄えるだけの稼ぎを⋯⋯』
『できるんですか!』
『霧島さんが私を信じて私の言うとおりに仕事をしたら必ず達成します。 信じてついてきてくれますか?』
『⋯⋯お願いします坂上さん。 私の夢⋯⋯老後の安泰のために!』
⋯⋯あーうん、この時の私の目標額は約3億円だった。
それを3年後までに達成するという計画だったはずだ。
⋯⋯⋯⋯しかし。
「あの⋯⋯ところで坂上さん? 私の今の貯金額っていくらくらいあるんですか?」
私は自分のお金の管理を完全に坂上さんに任せっぱなしだった。
税金関係とかちょーぜつめんどくさいし⋯⋯。
今のこのマンションに住むとなった時も坂上さんが私の代わりに金銭の管理をしてくれたので、いったい今の私の貯金がいくらくらいあるのか皆目見当がつかない。
まあ坂上さんからは毎月20万円までならなに買っても大丈夫とは言われているけど⋯⋯。
「あー、えっと⋯⋯その⋯⋯」
「⋯⋯坂上さん?」
まさか⋯⋯私のお金を使い込んだの!?
ちょっとだけ坂上さんを疑った私だった。
それというのも私の叔父夫婦の財産強奪事件の記憶のせいかもしれない。
⋯⋯最近までぜんぜん気にしてなかったけど。
なんかカラオケ以降やたらと昔の記憶を思い出すことが増えた気がする⋯⋯症状が改善してきたんだろうか今更?
「紫音の今の貯金額か⋯⋯言わないと駄目か?」
「言って坂上さん」
私はあと何年Vチューバーが出来るのか。
私はあと何年Vチューバーで居ないといけないのか⋯⋯。
「⋯⋯今の紫音の貯金はだいたい⋯⋯⋯⋯5億円くらいかなぁ⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯え?」
「⋯⋯」
「ねえ坂上さん? 私の目標って3億円じゃなかったけ? しかも3年で?」
「ああそうだよ! そのはずだったんだよ! ⋯⋯計算が狂った」
「狂ったって⋯⋯」
どういう計算違いになれはそうなるんだ?
「⋯⋯正直に言おう。 俺は当初Vチューバー界なんてそうたいしたブレイクは起きないと予想していたんだ」
「それなのに3億円?」
この人本当に有能なのか?
「俺だってポラリスでキャリアは積んできたがVチューバーのマネージメントなんて初めてだったからな⋯⋯それでも紫音の3億円はなんとかしてやるつもりだったんだがなあ」
「じゃあなんで今5億円?」
「まさか1年でここまでVチューバー界がブレイクして、しかも紫音が世界一になるとかの影響で案件が入りまくった。 しかもそれを全部紫音がこなすとは思わなかったからなあ⋯⋯」
なんということだ⋯⋯。
そして思わず私の口から⋯⋯。
「じゃあ私。 もうVチューバー続けなくてもいいの?」
それを黙って見つめる坂上さんだった。
「⋯⋯紫音はVチューバー辞めたいのか?」
「坂上さんは私が辞めると思ったからお金の話をしなかったの?」
少し考えた後⋯⋯坂上さんは。
「お金目当てだったからなあ⋯⋯紫音は」
「まあそうだけどね」
そこは否定できない。
「⋯⋯俺個人としては紫音の目標額を超えたし万々歳だ。 辞めたいなら止める筋合いじゃないが⋯⋯ポラリスとしてはなあ」
「⋯⋯困る?」
「世界一のVチューバー、ネーベル・ラ・グリム・紫音はもう完全にポラリスの広告塔なんだ。 ここで辞めさせたとなっては会社の信用問題になるからなあ⋯⋯」
「オトナの都合だね」
「すまん! 紫音!」
そう頭を下げる坂上さんだった。
しばらく私は黙って考え込む⋯⋯。
そっか⋯⋯もう私はお金のためにVチューバー続けなくても良かったんだ。
Vチューバーを辞める⋯⋯そう考えてみた。
Vチューバーを辞めたら時間がいっぱいある!
出来ることなんでもできる時間がある!
でも⋯⋯私のやりたい事って⋯⋯⋯⋯なに?
私にはまったく無かった。
だってこれまでの私の人生は事故でリセットされて、それからは老後のための貯金だけだったから。
私は夢なんか見ている暇は無かったのだ。
「ねえ坂上さん。私がVチューバー辞めたら困る?」
「頼む⋯⋯続けてくれ! ポラリスという会社の存続のために! 仕事の事なら俺がなんとか調整する! もうこれまでみたいな無茶なスケジュールはしないからせめて在籍だけはしててくれ!」
いつも自信たっぷりで私を導いてくれてた坂上さん。
でもいつの間にか私達の立場は変わっていたんだ。
そのことに私は今気がついた、気がついてしまった。
「⋯⋯Vチューバーは辞めないよ、あっ君たちとのコラボも楽しいし⋯⋯でも」
「なんだ?」
「⋯⋯来年からは仕事を減らしてもいいかな?」
「来年から? わかった。 俺がなんとかする!」
「お願いします坂上さん。 それと⋯⋯今後もよろしくお願いします」
こうして今日の打ち合わせが終わって坂上さんは帰って行った。
⋯⋯悪いことしちゃったな。
でも⋯⋯!
私はその場の思い付きで行動する。
どうなるかなんて全然わかんない。
だけど⋯⋯やらずに将来後悔だけはしたくない!
私はスマホで電話をかけた⋯⋯最近登録したばかりの番号だった。
『もしもし紫音サマ!? まさか電話がかかってくるだなんて思ってなくて!』
「あー柚子ちゃん。 ちょっと頼みたいことがあるんだけど⋯⋯」
私の夢に協力してよね柚子ちゃん。
その代わり私も柚子ちゃんの夢に協力するからさあ⋯⋯。
私⋯⋯霧島紫音の夢は始まったばかりだった。
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