#231 芹沢留美の新しい事情
私はアリスケ君たちを見送った後1人で病院へ行った。
白血病で入院していた母のお見舞いに行くために。
一時は絶望的な状況だったのだが無事に幸運にもドナーが現れて骨髄移植の手術を受けることが出来た。
術後の経過も良くてもうすぐ退院予定である。
「お母さん、体の調子はどう?」
「ええ留美。 もうすっかり良くなってきたわ」
その母の言葉に嘘はないと思う。
以前かすかに感じていた死の気配が今の母からはもう感じ取れないからだ。
そして病気という問題が解決したらまた新たな問題が生まれる。
今日はそれを母と話し合うために来たといっていい。
「ねえお母さん。 ⋯⋯退院後どこに住むの?」
⋯⋯これである問題は。
母が入院中に私達が住んでいたアパートは火事で炎上し取り壊しになったからだ。
幸いといっていいのか母は入院中だったし私はアリスケ君のところに下宿させてもらったので事なきを得たが。
「どうしましょう⋯⋯。 お母さん長期入院で仕事も辞めちゃったし、もう田舎に帰ろうかしら?」
⋯⋯それは嫌だ。
私には声優になるという夢がある。
それにVチューバーとしてのお仕事もあるし。
⋯⋯アリスケ君とお別れも嫌だ。
「お母さん、私もそこそこ稼いでいるからできればこのままこの街に住んでたいんだけど⋯⋯」
「Vチューバーって儲かるのね、お母さん知らなかったわ。 まさか私の入院費を全部留美が払ってくれるだなんて⋯⋯」
そう母は親としての自分を恥じているようだが⋯⋯私としては複雑だった。
私⋯⋯ルーミアとしてのVチューバーのギャラでは母の入院費くらいしか稼げていなかったのである。
他にも高校の学費や声優のレッスン料とかあったし⋯⋯。
今回の母の手術料とか大金が必要で実は困っていたのだが⋯⋯あっさりと解決した。
そう⋯⋯私の企画した『アリスちゃん~首輪付きメイド服でご主人様にご奉仕します♡』のフィギアの予約が殺到して一気に500万円くらいの臨時収入になったからだった。
母の骨髄提供者が現れたのがアリスケ君のキャンペーンのおかげだったのかは不明ではあるのだけど⋯⋯この手術料が払えたことは間違いなくアリスケ君のおかげだった。
先にアリスケ君がルーミアの『大魔法使いルーミア~縞パンツがちらり♡』をタニヤさんに注文してなければ私もこんなものをこっそりと発注などしていなかっただろうから⋯⋯。
幸か不幸にも商品化されて私達の秘めたる性癖大公開で公開処刑になったが⋯⋯うん、母の命に比べれば安いものだ私の⋯⋯ルーミアの清楚なイメージなんて⋯⋯。
嘘⋯⋯めっちゃ後悔している!
私のルーミアに変態性癖という良くないイメージがすっかりファンの間で定着してしまったのだああああぁ!
「ねえ留美。 今からちょっと不動産屋へ行かない?」
「⋯⋯うん、そうだね」
母もそろそろ体を動かした方がいいのでこの外出許可はすぐに下りたのだった。
私は心のどこかで許可が出ないことを期待していた。
だってそれは⋯⋯私がアリスケ君と一緒に居られなくなる事だから。
そして私とお母さんの2人は不動産屋へとやってきた。
探す物件はすぐに入居可能なアパートである。
⋯⋯しかし。
「防音完璧な物件はなさそうね⋯⋯」
「困ったわね⋯⋯」
まあそうである。
前に住んでたアパートも大家さんに無理言って室内に防音室を設置してVチューバー活動を行っていたのだ。
このVチューバーが住むという物件を探すのは意外と苦労するのである。
なにせペット可能な物件よりも条件がキビシイかもしれない。
そう考えると今住んでいる真樹奈さんのタワマンは本当に優良物件だった。
⋯⋯お値段以外は。
あそこは真樹奈さんが一括購入したらしいが家賃に例えると月に25万円くらいが相場だろう。
ちなみに私があそこにルームシェアさせてもらってる分として毎月5万円を食費として払っていたが。
それでも学校は近いし事務所にも近いし万能家政夫まで付いてくるしで⋯⋯5万円? 安すぎると今さら思う。
「ねえお母さん。 私は今のマンションのままで、お母さんだけ住むマンションを探すというのは?」
自分勝手な提案だとは思うが⋯⋯ささやかな抵抗でもあった。
「そういうわけにはいかないでしょ。 そのマロンさんにもご迷惑おかけしてたわけだし」
「いやあの人、家事とかぜんぜんしないから私が居てむしろラッキーだと思ってるよ」
うん、これは自惚れでもなんでもなく私はあの家で迷惑にはなっていないと思う。
むしろ真樹奈さんの楽しいオモチャだった自覚まであるのだから。
「それにマロンさんにはすごく気配り上手な妹さんが居るんでしょ? アリスちゃんだっけ? そのアリスちゃんが居るのに留美に出番なんてあるのかしら?」
「う⋯⋯」
痛いところを突かれる。
たしかに私という同居人が増えることはアリスケ君の負担を増やすかもしれない。
しかし私だってアリスケ君が配信などで時間が取れない時には代わりに家事を行っていたのだ。
私とアリスケ君はお互い共働きで家事分担で育児もフォローしあうという理想的な関係だったはずなのだ。
「今住んでるところはVチューバーとしての仕事はしやすいし仲間とのコラボも簡単だしで⋯⋯」
「そういう留美のメリットは理解しているわよ。 でもこれは社会人としてのケジメの問題です」
そう言われるとぐうの音も出ない。
「それに留美あなた⋯⋯Vチューバー続けるの? 声優じゃなくて?」
「⋯⋯それなんだよね」
正直迷っている⋯⋯。
たしかに私は声優が夢で声優を目指していたのだが⋯⋯こうしてVチューバーとしてある程度の成功を収めてしまうとこの立場も惜しくなる。
いちおうルーミアの設定には『人形に命を吹き込む魔女』とかそんな声優志望だと匂わせるように書いてるし。
今のところ芹沢留美として声優のレッスンを受けてはいるが『声優ルーミア』としてデビューしないかというお誘いも実はあるのだ。
そうなるとVチューバーとしての活動はやや縮小するだろう。
はたしてそれで人気を維持できるのか? ファンがそれを求めているのか? まあ賭けである。
私にルーミアにファンを納得させるだけの実力があればいいのだが⋯⋯現状は厳しいかもしれない。
とまあそんな事を考えながら新居の物件を探すが⋯⋯無かった。
「⋯⋯しかたない、とりあえずお母さんだけで住むワンルームを契約していつか留美と暮らせる物件が見つかるまでまたマロンさんにお願いするしかないわね」
母は渋々という消去法的な結論だったのだが私にとっては朗報である。
これでまた今のままの生活が続くからだ。
⋯⋯しかしタイムリミットは確実に来るだろう。
私の感覚だと年内いっぱいにはこのアリスケ君との同居は終わるかもしれない⋯⋯それまでに何とかしないと!
こうして母は小さなアパートを今回契約した。
そして病院へと戻る道すがらに──。
「退院したらマロンさんにご挨拶に行かないとね」
「そうだね、お母さん」
「それに⋯⋯アリスちゃんに会うのも楽しみね! 留美ったらアリスちゃんと仲良くなって友達になって毎日嬉しそうなんだから」
母は入院中私の配信をよく聞いていたらしい。
当然コラボでよく出てくるアリスのファンにもなったそうだ。
まるで私の妹みたいな元気な女の子のアリスちゃんに会ってみたいというくらいに母はアリスにぞっこんだった。
「そうね。 お母さんが治ったのはだいたいアリスのおかげだもんね」
「そうね⋯⋯お礼しないとね」
この時私は大切なことをすっかり忘れていたのだった。
それは私にとっては当たり前すぎてリスナーでしかない母との認識のズレがあるという事だった。
私は母に伝えることを忘れていたのだった。
⋯⋯アリスが男の子だという事を。
そして今までずっとその男の子と同居していたことを母に黙っていたという事も。
母が無事に退院するまであと少しだった。
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