#203 男どもの大浴場
「おー、いてて⋯⋯」
そう俺はさっき殴られた顎をさする⋯⋯。
気合の入ったいいアッパーカットだった。
「⋯⋯あれが女とかどうかしている。 女というものはリネットのようなおしとやかな天使であるべきなのに」
まあそのリネットも柔道やカラテなどの日本武術を一通り収めるレディだという事を俺は棚に上げる。
「ああクソッ! 悔しいが相手が女では仕返しもできんし!」
珍しく俺様の頭の中はリネット以外の女の事でいっぱいだった。
コンッコンッ。
「なんだ?」
ノックの音に俺は聞き返す。
すると入ってきたメイドが、
「失礼します。 さきほど大浴場の女性の使用時間が終了しましたので、ラズリアス様も入ってきてくださいませ」
「ん⋯⋯? そうか」
大浴場か⋯⋯なかなか久しぶりである。
なにせプール並みにお湯を必要とするから普段から使っていては経費が掛かりすぎるので使用を制限しているのだ。
あのリネットの連れて来た客共が居る間は開放せよとの母上のご命令だったが、正直この国は母で成り立っているので誰も逆らえん⋯⋯。
「まあいいか。 俺も久しぶりに堪能してくるか」
俺とて広い開放的な風呂は大好きだった。
こうしてやっと機嫌を直した俺様だった。
「俺が一番風呂かな?」
まあ先にリネットたちが入った後なのだが男では俺が一番らしい。
この一番というのはどんなものでもやはり良いものだ。
「この国の王子である俺は常になんでもナンバーワンでなければな!」
そして服を脱いで大浴場へと突入する俺様だった。
「⋯⋯誰も見てないよな? とおっ!」
そう確認してから俺様は湯船に飛び込んだ!
「ぷっは~、きもちいい!」
こんな子供っぽいところ絶対に誰にも見せられん!
とくにリネットにはな!
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
なぜか服を着た女がこっちを見ていた⋯⋯カメラを構えて⋯⋯。
アレはさっき俺の事を殴った暴力女ではないか!?
「貴様!? なんでここにいる!」
「きゃあ~♡ 裸のオトコ♡」
湯の中で俺は縮こまった⋯⋯。
「おい! ⋯⋯そのカメラはなんだ?」
「この大浴場を撮影してたのよ。 漫画の資料用に」
この女そういや漫画家だったな⋯⋯。
「撮ったのか⋯⋯さっきの俺様を⋯⋯」
「うんバッチリ。 イケメン細マッチョの裸体ゲットだぜ!」
「そのカメラを寄こせ!」
「きゃー!? 裸で近寄るな、この変態!」
「だれが変態だ!? キサマこそ痴女ではないか!」
「誰が痴女じゃこら! 淑女と呼びなさい、このシスコン王子!」
「し⋯⋯シスコンだと!? 違う、違う! 俺はただリネットを愛でているだけでシスコンでは!?」
「キモいんじゃ! 男のくせに!」
「ぐはっ!?」
俺はまたしてもこの女のパンチでダウンさせられるのだった⋯⋯。
薄れゆく意識の中であの女が脱衣所の方へと逃走するのが聞こえた⋯⋯。
「⋯⋯⋯⋯はっ!? ⋯⋯夢だったのか?」
俺は湯船に肩まで使った状態で意識を取り戻した。
ふ⋯⋯ふふふ、そうだよな、俺様が二度も女に負けるとか夢だとしか思えん。
湯に浸かったとたんに寝落ちするとは疲れていたんだなきっと。
そう考えながら俺はこの大浴場で心と体を癒すのだった。
⋯⋯すると?
「──ラブソングを探してさ迷ってる君のため~♪」
⋯⋯そう美しい美少女と思わしき歌声がこの大浴場に響いていた。
この声には聞き覚えがあった。
そうこれはリネットの妹の『アリス』の歌声だった!
俺は熱い湯船に浸かっているはずなのに体の芯からさっと冷えていく嫌な感じになる。
「なんでこの大浴場に女性が!?」
「ん⋯⋯? 誰か居るんですか?」
マズイ!?
俺様は気配を消して湯船に沈んだ。
「⋯⋯気のせいか? フフフフ~ン♪」
そしてまたこのアリスによるワンマンリサイタルの開幕である。
俺は気配を消したままアリスに気づかれない死角へと移動する。
「ど⋯⋯どどど⋯⋯どうしよう!?」
俺はパニックだった!?
「まま、まま⋯⋯マズイ⋯⋯」
愛するリネットの友達と一緒に風呂に入ったなんてことがバレたら⋯⋯。
『はあ? ラズリアス兄様⋯⋯。 私のお友達に何してくれるのよ! この馬鹿! 不潔! 変態! 死ね!』
「ぐはああああぁ!!?」
俺は想像の中のリネットに罵倒されて心に致命傷を負う。
「はあ⋯⋯はあ⋯⋯はあ⋯⋯」
ヤバい⋯⋯さっきから変な過呼吸が止まらん。
なぜだ!? なんで俺様がこんなピンチに陥っているのだ!?
これも全部あの漫画家の暴力女が悪い! そうだ! そうに決まっている!
⋯⋯などと責任転嫁しても俺様のピンチが打破されるわけもなく。
「このままだと明日の新聞の見出しがヤバい⋯⋯」
ラズリアス殿下ご乱心!
王太子のロイヤルハラスメント!
堕ちた! ブルースフィアの権威!
「⋯⋯」
『切腹してくださいお兄様。 私が介錯してそのあと私も後を追いますから⋯⋯』
ザシュッ!
そうリネットに首を切られるイメージがハッキリと見える⋯⋯。
「お⋯⋯俺はともかくリネットまで死なせるわけにはいかない!」
そう決意した俺はコソコソとこの大浴場を脱出することにしたのだった。
アリスは今もなお大熱唱中の様子から俺の存在には気づいてないハズだ⋯⋯。
そうだ! このまま何もなかったことにすればいいのだ!
「フ~ン、フ~ン、フ~~ン♪」
幸いシャンプーで頭を洗っているらしくこっちに気づかれる可能性は無いな。
行け! ラズリアスよ! 平穏なる日々に戻るのだ!
脱衣所まであとわずか⋯⋯その時だった!
「大浴場とかひっさしぶり~♪」
そう聞こえたのは我が弟のレジェイドの声だった!
イカン! このままだとレジェイドとアリスが鉢合わせに!
しかしそれをここで伝えたら俺がここにいる事がバレてしまう!
⋯⋯結局、自らの保身を優先して湯船に戻り隠れる俺様だった。
すまんレジェイド⋯⋯俺の身代わりになってくれ!
そう弟を切り捨てる非情なる決断をしていたら⋯⋯。
「おや? その声はアリスの中の人かい?」
「あ⋯⋯レジェイド様ですか!」
なんとアリスに堂々と声をかける我が弟だった!
何やっとんじゃレジェイド!?
「配信で聞く声もいいけど、こういう場所で反響する君の歌声も素敵だね」
「そ⋯⋯そうですか? えへへ⋯⋯」
⋯⋯こいつら裸でなに語り合ってんの?
え⋯⋯もしかしてレジェイドとアリスは⋯⋯デキてるのか!?
つまりこれは二人の密会現場だったのか!?
⋯⋯ならいいか。
いやイカン! ダメだろこれは!?
「君がリネットの『妹』なら僕の妹も同然。 仲よくしよう」
「はい⋯⋯レジェイド様」
「レジェイド様⋯⋯なんて他人行儀な、レジェイドでいいよ」
「そうですか? じゃあよろしく⋯⋯レジェイド」
⋯⋯ぐはぁ!?
俺の弟はいつからこんなに女に積極的だったのか?
いつもは「僕の嫁は二次元にいっぱい居るからさ」とか変態的な事しか言わんレジェイドが⋯⋯。
いや『アリス』はVチューバー、限りなく二次元に近いリアル女?
そういえばレジェイドの奴は胸の小さいアニメキャラの女の事を嫁だとか抜かすアホだったな。
だとするとレジェイドの好みのど真ん中なのでは?
俺には弟にやっと巡ってきた春を祝福したい気持ちと、このままここに居たことがバレたらアリスの裸を見た俺にキレてぶっ殺しにかかるレジェイドとの殺し合いを想像する⋯⋯。
リネットかレジェイドか⋯⋯どちらかに殺される運命しか見えん俺だった。
「やはりバレる前に脱出を⋯⋯」
俺はなんとか2人の隙を探そうと必死で息を潜めていたら⋯⋯。
ガラガラガラッ!
「パパンがバンバンバン! 余、参上!」
「あ、父さん!」
「あの⋯⋯こんにちは王様」
ぐはっ!? 何しとんじゃ父上!?
なんと父まで乱入である。
いくらなんでもこれはないだろう?
アリスとレジェイドの二人っきりならともかく父までは!
「ほう⋯⋯なかなか締まったいい体だな君は。 レジェイド、お前も少しは体を鍛えろ」
「えー、やだよ。 運動とか」
⋯⋯たしかにアリスの体は湯煙でよく見えんかったが引き締まっているように見えなくも⋯⋯じゃなくて!
なにセクハラかましとんじゃクソ親父!
いつからだ? いつから我が王家はこんなにも堕ちていたのだ⋯⋯。
「俺が⋯⋯俺様だけが⋯⋯しっかりしていないと⋯⋯この国の⋯⋯リネットの為にも⋯⋯」
いかん⋯⋯本格的に頭がクラクラしてきた⋯⋯。
「⋯⋯⋯⋯ぶはっ!?」
そこで俺の意識は途絶えた⋯⋯。
「さて僕もお湯に入ろう! ⋯⋯⋯⋯あれ? ⋯⋯⋯⋯⋯⋯きゃああああ!? 人が死んでる!?」
「なんだって!」
「なんじゃと! ⋯⋯これは! ラズリアスが鼻血拭いて倒れておるぞ! 誰か! 誰か来てくれ!」
⋯⋯薄れゆく意識の中、俺の額に優しく濡れた冷たいタオルを乗せてくれた者が居た。
「大丈夫ですか王子様! しっかりしてください!」
⋯⋯アリスか? この声は?
アリス⋯⋯リネットの妹。
つまり天使な妹の妹もまた天使か⋯⋯。
最後にその顔を一目見ようを俺は目を開けたら⋯⋯。
「⋯⋯⋯⋯ん?」
「あ⋯⋯」
なんか知らない男が居た⋯⋯。
「目を覚ましましたよ、王様!」
「おお! そうか!」
「大丈夫? 兄さん?」
⋯⋯あれ~? なんでこの男から美少女エンジェルボイスが?
あらゆる情報を脳が理解を拒み俺様は⋯⋯。
「なんかもう⋯⋯頭が沸騰しそうだ⋯⋯」
そしてまた倒れた⋯⋯俺は。
そして起きた後、知った。
「⋯⋯アリスが男だったなんて」
いやわからんだろ⋯⋯配信でリネットとのコラボで何度もアリスの声を聞いたのに、ちっともわからなかった。
疑いすらしなかったのだ。
⋯⋯アリスが男だという事実に。
妹の妹は男だった⋯⋯。
いや、それよりももっと大事な事がある!
あのリネットが男を連れて来たのだ、この城に!
今まで一人も友達を連れてこれなかったぼっちのリネットが初めて連れて来た友達が男だとおおおぉっ!?
まさか! そんなまさか!?
「認めん! お兄ちゃんは認めないぞリネット! 恋人だなんてお前にはまだ早すぎる!」
今までリネットには全肯定だった俺が初めてリネットに反発したのだった。
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