#181 マネージャー・木下宇佐子の決断
夏コミの3日目もあらかた終わりが見えた。
どうやら今年も大きなトラブルはなく終了しそうだった。
「アリスケ君たちには感謝ね⋯⋯」
裏方専門とはいえ3人のバイトの補充はホントにありがたかった。
この夏コミの期間中はお盆と重なるし毎年社員はなんだかんだで休みが多いからだ。
私は結婚もしてないし家庭も持っていない。
なので参加を断る口実もなく毎年付き合うはめに⋯⋯クソッ。
べつに結婚に興味はないがこの時期だけは家庭持ちの社員が羨ましく思う私だった。
そしてもう袋詰めするグッズもなくなり、アリスケ君たちのバイトも終わり戦後処理みたいなタイミングに思わぬ来客があったのだ。
「ヘーイ! ウサーコ! 遊びに来たヨ!」
「メアリー先輩!?」
それは私のヨーロッパでの音楽学校時代のルームメイトのメアリー・ダルフレッド先輩だったのだ。
「どうして先輩がここに?」
「私、日本のアニメ大好きデス。 だから夏コミは前から来たかったデス」
そういやそうだったなあ。
学校時代はやたらとアニメの話を聞いてくる先輩だった。
メアリーは日本人はみんなオタクだと思っていたみたいで、私の事もアニメに詳しくて当然だと思い込んでいたのだった。
そんなきっかけだった、私とメアリー先輩が仲良くなったのは。
「今年はちょっと色々予定があって長めに日本に滞在します」
「いろいろ?」
毎年この時期になるとメアリーが日本に来るのは行事と化していた。
まあ原因は私なんだけど⋯⋯。
数年前に私が急遽代打で呼んだフルート奏者がこのメアリーである。
その事がきっかけでメアリーの日本での公演会が毎年行われるようになり、そして親日家のメアリーは気持ちよくリサイタルを行うために来日するようになったのだ。
「ちょっと入院します、日本の病院に」
「どこか体が悪いの!?」
ハッキリ言ってメアリーのフルートは世界の至宝である。
個人的にも世話になった先輩だし卒業後も友人であるメアリーを私は心配する。
「ノーノー。 私どこも悪くないです」
「じゃあなんで?」
「⋯⋯骨髄提供に来ました」
「ドナー登録してたの?」
なんか意外だった、メアリーはそんな事に興味無いと思っていたから。
「2か月くらい前かな? ウサーコの会社で骨髄バンクのキャンペーンしてたでしょ?」
「ええ、あったわね」
あれはアリスが起こした活動だった。
「ネットでそのキャンペーンに登録したら、ウサーコのピアノが聞けると知って登録したんです」
⋯⋯あれか?
たしかアリスの販促グッズが無かったから骨髄バンク登録者に『アリスの歌』をダウンロードできるQRコードを配布したんだっけ。
そしてその歌の伴奏のピアノは私が担当したんだった。
「⋯⋯よく知ってたわね」
「私、ウサーコの事ならなんでもキャッチデス!」
「そうなんだ⋯⋯」
嬉しいような、光栄なような、困ったような⋯⋯何とも言えない気分だった。
しかしここでメアリーが真面目な表情になって⋯⋯。
「あの曲何度も聞きました。 まだまだ現役じゃないですか、ウサーコのピアノは!」
「そうかしら?」
自分ではそうは思わない、ブランク長いし満足いく演奏をしたとは思っていなかったから。
⋯⋯でも楽しんで演奏は出来たと思う。
「技術だけならウサーコ以上なんていくらでも居ます。 でも『楽しい』が伝わる演奏は誰にでもは出来ません」
「まあ気楽な収録だったしね、アレは⋯⋯」
なんせ素人のアリスの伴奏だったからなあ⋯⋯。
「なのでウサーコ! プロに戻る気はありませんか?」
「⋯⋯私がプロに?」
「そうです。 いま私の楽団では次のピアニストを募集してます」
⋯⋯メアリーが所属する楽団は世界でもトップクラスの場所、そこで私が!?
「答えは今じゃなくてもいいデス。 今月いっぱいまで待ちます」
「⋯⋯考えておくわ」
「ではウサーコ! シーユーアゲイン!」
こうしてメアリーは夏コミのコスプレ広場へと向かうのだった。
それを見送り残された私はしばらく考え込むのだった。
私はピアニストに戻りたいのか?
答えは⋯⋯わからない。
ピアノは大好きだけどプロの世界では私程度はゴロゴロ居るし、通用するとは思えない。
じゃあ私は何をしたいんだろう?
私はそんな答えを考え始めるのだった。
そして夜になった。
この過酷だった3日間の夏コミがようやく終わり、打ち上げの宴会になった。
私はひとりでお酒を飲みながらメアリーとの話を考え込んでいると⋯⋯。
「えー! 夏コミのスタッフのみなさん! お疲れさまでしたー!」
そうマイクパフォーマンスをしている真樹奈が居た!?
「なんでここに真樹奈が?」
しかしそんな真樹奈はコンパニオンの女性たちに囲まれている。
「きゃ~! 真樹奈先輩よ!」
「え? ウソウソほんとに!」
「来てくれたんだ真樹奈先輩!」
⋯⋯なぜコンパニオンを引退したVチューバーの女が、現役のコンパニオンにここまで慕われるのか?
まああれで真樹奈は後輩の面倒見がよかったからなあ。
コンパニオンはたいてい短期のバイトなのだが、引退する時に後輩に仕事を紹介したりする。
なので現在のコンパニオンのバイトの中には真樹奈の大学の後輩が何人か居たのだ。
しかしけっこうバレないもんだな真樹奈がマロンだって事に⋯⋯。
案外コンパニオンたちはVチューバーには興味無いのかもしれない。
まあいいか、騒ぎになっても困るし。
そう考えていると真樹奈がこっちに来た。
「やーやーやー! 木下さん、お疲れ様です!」
「⋯⋯タダ酒飲みに来たの?」
「いやいや、今回働いてない私が飲むのはちょっとね」
「ばれやしないわよ、あなたひとりくらい増えても」
「そう!? じゃあ一杯だけ!」
こうして私のワインボトルから自分のグラスに酒を注ぐのだった。
「まあ木下さん⋯⋯おつかれ」
「ありがと真樹奈」
かるくグラスを合わせる。
「ところでアリスケのバイト、どうだった?」
「人一倍もくもくと無言で手を動かして頑張っていたわ。 アリスケ君ああいうライン作業とか向いてるんじゃないかしら? 来年も頼みたいわね」
「はははっ! 有介らしい。 でも来年はもう嫌だって言ってた」
「みんなそう言うわ」
そう笑い合う私達だった。
「⋯⋯木下マネージャー。 これをお渡しします」
「⋯⋯?」
そう真樹奈が手渡したのは1つのUSBメモリだった。
「なにこれ?」
「留美の最新作」
「ああ、ジェネシック昔話のデータか」
いちおう収録したルーミアの昔話は私が検閲し、問題なければそのまま配信の許可となる。
今まで何度も繰り返されてきた事だ。
しかしなんで今回は真樹奈が持ってきたのか?
そこに私は違和感を持った。
「それをどうするのかは木下マネージャーに任せます。 でもこれだけは言っておきます」
真樹奈は立ち上がり私をしっかりと見つめて──。
「『私達』の心はひとつです」
それだけ言い切って真樹奈は帰った。
⋯⋯なんだったんだろう? 真樹奈のあんな真剣な顔はずいぶん久しぶりに見た気がする。
そして私の手に残されたのはUSBメモリだけだった。
宴会が終わり私は会社に戻った。
本来はタレント用の厚生設備のスパやサウナを堪能してスッキリした後、自分のオフィスのパソコンにUSBメモリを刺した。
そしてヘッドホンを当てて聞く⋯⋯。
聞き終わった時、私は──。
「⋯⋯これを私にどうしろというのよ」
私は今、大きな選択肢の前に居ると自覚した。
もしもコレを公表すれば大きな騒ぎになるだろう。
そして私は⋯⋯クビかな?
私はボンヤリと会社の天井を見上げる。
⋯⋯一体いつから自宅に戻っていないのだろうか?
そんな事を考え始める。
このVチューバー事業部のマネージャーになってからは、ほとんど会社に住んでいるという状態だった。
はたしてこの仕事に未練があるのだろうか、私に?
『答えは今じゃなくてもいいデス。 今月いっぱいまで待ちます』
ふとメアリーの言葉を思い出した。
メアリーと一緒に世界を巡るのもいいかもね。
「え~い! どうにでもなれ!」
ポチっとな!
こうして私はこの手で大炎上確定な問題作を世に解き放ったのだった。
「⋯⋯さあ帰るか、久しぶりに自宅に」
私の予想では、たぶんお昼ごろには会社に呼び出されるだろう。
それまでは⋯⋯。
「家に帰って寝るぞー!」
なんかすごく気持ちよかった。
もう知るか後のことなんかどうでもいいや。
そのくらい清々しい解放感だったのだ。
待たせたな我が愛車よ!
私は深夜の高速道路で最高のV8エンジンサウンドを楽しむのだった。
そしてVチューバーファンのみんなは今頃楽しんでいるだろうか?
幻のVチューバー8人の奇跡のコラボレーションを⋯⋯。
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