#179 夏のコミュニティ・マーケット その6『揚羽編』「夏の日の出会い」
私、深山揚羽は夏コミのバイトが終わるとすぐに一人で帰ることにした。
「⋯⋯お金無いし、それになんかあのふたりの邪魔したくないしね」
私はさっきまで一緒に働いていたアリスケ君と留美ちゃんを思い出す。
ありゃデキてるな⋯⋯。
いや正確には両片思いと言ったところだろうけど。
「炎上しなきゃいいけどねー、私みたいに」
まああの二人はけっこう慎重そうだし、たぶん大丈夫だろう。
それに配信を見る限りアリスが男だとは誰も思うまい。
いや私も実際に本人に会うまで考えもしなかったのだ、アリスが男だとは。
じっさい配信動画内のアリスはあざとい少女で演技臭かったのはあるが、キャラを作っていると言われるとそう不自然でもない範囲だった。
それが本当は男でたぶん『自分の理想の女の子』を演じているのだろう、きっと。
「⋯⋯アリスがアリスケ君の理想の女の子だとしたら、留美ちゃん辛いだろうな」
たぶんアリスケ君はナルシスト寄りだと思う、本人は無自覚だろうけど。
そしてルーミアはアリスとは全く違うタイプだった。
そりゃ配信内ではルーミアにラブラブなのをまったく隠さないアリスだけどさあ⋯⋯。
アリスとアリスケ君のバーチャルと現実との二面性を感じるとなかなか業が深い。
そんな事を考えながら歩いていると、どうやらVチューバー関連の同人誌のコーナーを通りかかったようだ。
そのどうしても目に入る同人誌の表紙とタイトルを見ていると⋯⋯。
「うーん、ファンの妄想ってこんなもんよね⋯⋯」
そこにはルーミアが攻めで、アリスが受けの同人誌が並んでいた。
「リアルの留美ちゃんもこのくらい積極的にアリスケ君を手玉にとる女だったら、チョロいのになあ⋯⋯」
しかしルーミアならともかく留美ちゃんはまだまだお子様だ⋯⋯無理だな。
そうなると、このふたりはVチューバーとしてはラブラブなのに生身の人間としては告白すら出来ていないヘタレ同士という事に⋯⋯。
「うーん、がんばれ若者よ」
そう私は心の中でだけ応援するのだった。
辺りを見渡すとマロンがあっちこっちのVチューバーに手を出す同人誌もある。
「⋯⋯映子も大変ねー」
真樹奈があちこちの女に手を出すのはもはや病気だからなあ。
聞いた話では真樹奈の高校時代は女子校だったそうだ。
それであの性格なもんだから、けっこうクラスの女子からは頼られる姉御的なポジションだったらしい。
そして特定の誰かと仲良くなりすぎると周りがギスギスするもんだから、真樹奈の高校時代はかなりストレスがあったそうだ。
その反動で卒業後はいろいろはっちゃけちゃったようだ。
自分が好きなモノには素直に欲望に忠実になる、あのマロンになったのだ。
映子にからかい半分で買って帰りたいが、まだお金が無いのでこのまま帰ることに⋯⋯すると!?
「⋯⋯⋯⋯私の本が」
そこにあったのは私⋯⋯『ルシファ』の本だった。
しかもその表紙は、すごく見覚えのある絵のタッチで⋯⋯。
「これ⋯⋯西城パステル先生の本?」
「いらっしゃいませー! 1冊いかがですか! 新刊ですよ!」
もしかしてこの子がパステル先生?
その若い女の子がこっちをじっと見ていた⋯⋯。
⋯⋯いやパステル先生がこんなに若い子のわけはない、しかし近くに居るのかもしれない!
私は逃げるようにその場を離れたのだった。
「⋯⋯はあはあ。 気づかれなかったよね?」
あせって走って、のどが乾いた⋯⋯。
本能的に近くの自動販売機を見るが、当然のように全商品売り切れだった。
まあこういうイベント会場で飲み物を現地調達するのに頼るようでは素人だからね。
私はカバンにしまってあったスポドリを取り出そうと──。
「あらあら⋯⋯困ったわね⋯⋯」
そこに飲み物を買えなくて困っているおばあちゃんがいたのだった。
なんで夏コミにおばあちゃんが?
そう思うが居るのだから仕方がない。
それに夏コミが始まってもう30年以上は経ってるのだ、最初の頃は年配の自費出版から始まったイベントなんだし。
その頃からの古参勢ならそうおかしくもないか?
そんな事を考えていたらフラッとおばあちゃんが倒れそうになった!?
あわてて支える私!
「だいじょうぶ? おばあちゃん?」
⋯⋯熱がある? これは熱中症かな?
まったく年寄りなのにこんな過酷なイベントに来るから⋯⋯。
私は意識が飛びそうになっているおばあちゃんをベンチに座らせて話しかける。
「おばあちゃん大丈夫? 名前言える? ここはどこ?」
「⋯⋯あ⋯⋯えっと」
これはヤバそう⋯⋯。
私はカバンから冷えピタ数枚を取り出して、おばあちゃんの額やのどの周りなんかに貼っていく。
「これ飲んで!」
私は自分用のスポドリをおばあちゃんに飲ませた。
おばあちゃんは案外しっかりとそのスポドリを全部飲み干した。
「もう1本飲む?」
さらにもう1本差し出す私。
「⋯⋯ありがとう」
おばあちゃんは自分でペットボトルの蓋を開けようとしたが⋯⋯どうも握力が戻ってきてない感じだった。
「貸して。 ⋯⋯はい、どうぞ」
「ありがとう⋯⋯やさしい子ね、あなたは」
「そうでもないわ。 いっぱいいろんな人に迷惑かけて心配させてるから」
私はこのおばあちゃんの意識をハッキリさせるために会話につき合う。
「心配してくれる人が周りにいるのなら大丈夫。 あなたはちゃんと人と向き合えるいい子なんだから」
⋯⋯こんな会ったばかりのおばあちゃんが私の何を知っているというのだろうか?
でも⋯⋯不思議と安心と自信が湧いてくる暖かさを感じる言葉だった。
「向き合いたいな⋯⋯もう一度みんなと」
「誠実さと努力を怠らない。 そうすればチャンスは必ず巡ってくるわ」
⋯⋯だといいな。
私がこのおばあちゃんを助けたつもりなのに、私がこのおばあちゃんに救われた気持ちになった。
「鮮花おばあちゃーん!」
こっちに向かって走ってくる女の子が居た。
高校生くらいの女の子だ、このおばあちゃんの孫だろうか?
「ああ⋯⋯智香、こっちだよ」
「おばあちゃん! 大丈夫?」
「大丈夫。 ちょっとふらついたけど、この子が助けてくれたから」
そう私を見つめるおばあちゃんと孫娘。
「なりゆきよ。 でももう大丈夫そうだし、私はこのへんで」
「あの! おばあちゃんを助けてくれてありがとう!」
「どういたしまして」
そして私は立ち去ろうとした。
「ありがとうねお嬢さん。 若いうちは失敗や迷う事もあるわ。 でもやり直せるチャンスもいくらでもある、信じて見守る人が居る限り」
「ありがと。 もう一度がんばってみるわ、またチャンスがあればね」
こうして私はこんどこそこの場を離れるのだった。
そして帰り道の足取りはこころなしか軽くなった気がした。
まあ次の日の朝の仕事に向かう時の足はすっごく重かったけどさ!
── ※ ── ※ ──
私は鮮花おばあちゃんに付き添いながら歩く。
「おばあちゃん、大丈夫?」
「ああ⋯⋯もう大丈夫そう。 店番は?」
「それは今は華恋と由愛に頼んでおいたから」
「そう⋯⋯」
しかしおばあちゃんは、ぼんやりと空を見上げる。
「どしたの、おばあちゃん?」
「⋯⋯そういえば今日はお盆だったわね。 先祖の霊だけじゃなくて妖精も帰ってくる日なのかしらね?」
そんなおばあちゃんを心配そうに見つめる私。
「おばあちゃん⋯⋯ボケてない? 頭だいじょうぶ?」
「智香⋯⋯バイト代減らしてやろうか?」
「あー嘘嘘! 鮮花おばあちゃんは今日もかわいい!」
「⋯⋯まったく、ちゃっかりした子だねえ」
そして私達はおばあちゃんの本のブースに戻った。
しかし鮮花おばあちゃんはやっぱりどこか心ここにあらずといった様子だった。
「あの! スケブお願いします! 西城先生!」
そんなお客様の頼みに、おばあちゃんは──。
「ええ、いいいわよ」
落ち着いてゆっくりと、それでも繊細なタッチでファンの為に絵を描き始めたのだった。
⋯⋯とても嬉しくて楽しそうに。
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