#174 夏のコミュニティ・マーケット その1『アリスケ編』「たぶん楽しいバイトだった」
8月14日⋯⋯夏のコミュニティ・マーケットが開催された!
数日前からの約束で僕と留美さんと揚羽さんは、この夏コミでのバイトが決定したのだった。
僕にとっては初めてのバイト経験だったりする。
まあVチューバーという仕事はしているがあんまり働いてる実感がないし、アレは限りなく趣味の延長だからだ。
こうして僕たちはまだ日も登らない時間から現場に入ったのである!
時間はまだ早朝の6時頃だ。
しかし現場ではもうかなりの数のスタッフが働き始めていた。
「おはようございます、有介君、留美さん、揚羽さん」
「おはようございます、木下さん」
「おはようございます」
「今日はよろしくお願いします!」
そう仕事の最初は挨拶から始まった。
「有介君たちにやってもらいたいのはこの『グッズの袋詰め』作業です」
その木下さんの説明をよく聞く僕たち。
今回働くこのヴィアラッテアのブースでは、僕たちホロガーデンのグッズを販売する。
僕たちホロガーデンのVチューバーは7人なので、グッズもそれぞれ7種類ある。
これらを全部、全種類詰めた紙袋を用意するのが僕たちの仕事内容だった。
「けっこう大変でめんどくさい作業ですね。 これって当日の現場じゃなくて前もって出来なかったんですか?」
「そのうちわかると思うけど⋯⋯このバラで箱詰めされたグッズをセットの袋詰めしだすと体積が数倍に膨らむのよ。 だから前もって袋詰めすると運搬が大変なのよ⋯⋯」
「なるほど」
「それに全種類買わずに推しのバラ売りを買うお客様も結構いるし⋯⋯前もって袋詰めしていると結局現場でバラすはめになる事もあるのよ」
なにやら苦労がにじみ出る木下さんの説明だった。
僕なんかが思うような事はすでに木下さんは経験済みなんだろうなきっと。
「さあ始めてちょうだい! 言っとくけど、お客様が入りだしたらあっという間に無くなっていくからね!」
「はい!」
こうして僕たちはこのグッズの袋詰めを始めるのだった。
あらためて僕たちの作業内容を確認する。
このヴィアラッテアの紙袋に7人分のVチューバーグッズを詰めていく作業だった。
ホロガーデンの紙袋に僕たちVチューバー7人分のグッズを詰めていく⋯⋯。
そんな作業を教えられたとおりに留美さんや揚羽さんと協力しながらやっていく。
「もう大丈夫そうね。 なにかあればスマホで連絡を」
「はい。 木下さん、ありがとう」
こうしてこのバックヤードから木下さんは居なくなった。
そして僕たちは黙々と作業を続けていくが⋯⋯。
「こういうバイトを留美さんと一緒に出来るとは思わなかったなあ」
「そうね。 私もそう思うわ」
だんだんと雑談が始まる。
「⋯⋯こうやっていざ自分でこの作業をするとは⋯⋯去年はきっと迷惑かけたんだろうな、木下さんに」
「どうゆう事ですか揚羽さん?」
「私たちホロガーデン一期生が始まったのが7月7日からで、その一月後に私が引退して⋯⋯その直後がこの夏コミだったはず」
その説明で察した僕だった。
もしも去年、前もってこのグッズを袋詰めしていたとしたらその中から『ルシファのグッズ』だけを出さなければならない。
とうぜん値段設定とかも変わるだろうし⋯⋯そう考えると悲惨だった。
「⋯⋯僕たちも不祥事起こさないようにしないと」
「そうね⋯⋯みんなに迷惑かけたくないし」
そう僕と留美さんは自分を戒める。
「気をつけなさいよね、アンタ達はとくに」
「どうゆう事ですか?」
「だってアンタ達は付き合ってるんでしょ? Vチューバーの百合営業なら大丈夫だけど、正体が男でガチ恋とかバレたらぜったいヤバいわよ、それ」
それを聞き僕と留美さんは思わず目を合わせる!?
「ご⋯⋯誤解です! 僕と留美さんはそんな関係じゃ!」
「そうです! 私とアリスケ君はそんなんじゃ!」
そう一緒になって言い訳するのだった。
「あれ? そうなの? ⋯⋯ごめん、勘違いだったみたいね」
ふう⋯⋯あぶないあぶない、まさかそんな勘違いを揚羽さんにさせていただなんて!
「そうですよ! こんな僕と留美さんがつき合ってる訳ないじゃないですか! ⋯⋯あははは」
「⋯⋯そんなに全力で否定しなてもいいのに」
⋯⋯留美さんは顔を赤くしてそっぽ向いてしまった。
まったく、揚羽さんが余計な事言うから。
「まあアンタ達が誰とつき合おうが、そんな事はどうでもいいわ。 大事なのはファンを傷つけないように自衛しなさいという事よ」
「⋯⋯はい」
「⋯⋯そうね」
こうしてまた黙々とグッズ詰めが再開したのだった。
「しかしこうやって見ると、この1年でホロガーデンも大きくなったのね」
「そうなんですか?」
僕は去年のホロガーデンを知らないからなあ。
「そうね⋯⋯例えば去年の私の引退直前のチャンネル登録者数がホロガーデンのトップで15万人だったわ」
「15万人でトップ!?」
それを少ないと思うのは僕たちの感覚がマヒしているからだろう。
「私やアリスケ君のチャンネルはもう100万人超えてるのに⋯⋯」
「それだけこの1年でVチューバーという職業がメジャーになった、という事ね」
そういや僕のチャンネルが始まった直後は姉さんのリスナーが多く登録してくれて、良いスタートダッシュを切れたんだったな。
「Vチューバーという存在が、ホロガーデンがそこまで大きくなったからこそ今の私達が居るのね⋯⋯」
「そうよ! アンタ達後輩は真樹奈たちに感謝しなさいよね」
⋯⋯あの姉に感謝するのはちょっとなあ⋯⋯絶対に調子に乗るし。
「ありがとう揚羽さん」
「いや⋯⋯私にじゃなくて⋯⋯。 うん、ありがとう、そう言ってくれて嬉しいわ」
たった1月だけでも、この揚羽さんも間違いなく僕たちの先輩なのだった。
「しっかし真樹奈も出世したわよねー! こんなにたくさんグッズ作ってもらえるなんて!」
なんか誤魔化すようにわざとらしく話題を変える揚羽さんは、あんがい照れ屋なんだろうか?
「⋯⋯そういやマロンのグッズの在庫ってこの中で一番多いような?」
なお、一番少ないのはアリスだったりする。
まあ僕が一番の新参者なのだから当然といえば当然だが。
「そりゃそうでしょう。 マロンさんがホロガーデンの中では登録者数1位なんだから」
「⋯⋯それ、信じられないんだけどなあ」
僕はあまりにも身近で姉を見すぎたせいか、マロンを推すファンの気持ちがわからない。
だってあの姉さんだぜ?
「普通のVチューバーはけっこうキャラを作ってるもんなんだけど、真樹奈の場合はほとんど素でしょ? しかもそれが男だけじゃなくて、けっこう女のファンも多いのよねー」
実はマロンのファンの男女比率は、50%50%くらいと言われている。
「私のファンの80%くらいは男性だもんね」
「僕なんか90%以上男だ⋯⋯」
これはVチューバーという仕事自体が男性向けビジネスだから仕方ないのだ。
⋯⋯けして僕は女のファンを多く欲しいとは思っていないよホントに⋯⋯でもやっぱり女性ファンも欲しい。
「真樹奈って女子校出身でしょ、だからなのか姉御肌というか? なんか『女の後輩に慕われやすい』のよねー」
「うーん、そうかも」
「⋯⋯ちょっとわかるわ」
そうやって男よりも女のファンが多くて貢がせて、たった1年でタワーマンションを買った姉はすごい人なんだろうなきっと。
僕がタワマンを買えるくらい稼ぐのって何年かかるんだろう?
この時の僕は自分の正確な収入をまったく把握していなかったのだ。
「さあ無駄話はここまで! サクサク進めるわよ!」
そして数時間が経った⋯⋯。
太陽がすでにさんさんと登っている。
「あ⋯⋯暑い⋯⋯」
「バスケの試合よりこっちの方がキツイわ⋯⋯」
「ウナギ焼く炭火コンロがこんななのよね。 ⋯⋯こんな暑さで1日中立ち仕事とか私は絶対無理」
イベントが始まったのはこの夏の暑さと、あっという間に減っていく紙袋の在庫の数が教えてくれた。
「有介君急いで! 追加を速く詰めて!」
そう言いながら木下さんやヘルプの人も追加されてハイペースで袋詰めしていくのだが⋯⋯減る方が速い。
なんなんだこのイベントは!?
僕はチラっと外の様子を見たら⋯⋯とんでもない大行列が並んでいた!?
そこでは「なんだこの商売は?」というような事態になっている。
客は1万札渡してスタッフは紙袋と交換する。
そして大事なお金のはずの万札は無造作にダンボールに投げ込まれていく⋯⋯。
そのくらいものすごいハイペースで客を大回転させているのだが⋯⋯一向に列が減らないのだった。
「⋯⋯とんでもないイベントだな、夏コミは?」
そう思っているとお隣のポラリスの方のブースの呼び子の声が大きく響く。
『みなさん、私達ポラリスのVチューバー『虹幻ズ』のブースに並んでいただき誠にありがとうございます!』
それもそのはず、わがヴィアラッテアの呼び子は死にかけの人間だからな。
元気いっぱいのポラリスの方の呼び子は人間じゃないし⋯⋯あんなのはチートだズルだ!
『ポラリスの列にお並びのお客様へ。 夏の水分補給にはこの『アクアスエット』をどうぞよろしく!』
そうあこぎな宣伝をしているチートなVチューバーの声の正体はアイだった。
そういやちょっと前にアイはスポーツドリンクのCMに出ていたな⋯⋯運動しないくせに。
「くそ⋯⋯AIに夏の暑さは関係ないからな⋯⋯ズルい」
そう思った時だった。
『みな⋯⋯さま、暑さ⋯⋯の対策⋯⋯を、きちん⋯⋯と⋯⋯』
そしてアイの声が途切れた⋯⋯。
「ああっ!? アイのシステムが熱で落ちた!? 大至急冷却を!」
遠くで愛野さんの叫び声がよく聞こえる。
⋯⋯AIでも耐えられないのか、この夏コミの暑さは?
「アリスケ君急いで! グッズの袋詰めの在庫が!」
「はい! やってます!」
僕はアイの無事を祈りつつ⋯⋯手だけは高速で動かすのだった。
そこには「留美さんと一緒にバイトで楽しいな!」などという感情はまったく無かったのである。
⋯⋯この地獄は本日分の在庫が枯れる午後の1時ごろまで続くのだった。
そして夏コミはまだ2日も残っているのである⋯⋯。
⋯⋯もうヤダ。
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