#106 リネット姫とオシロンママ
今日は夏休みのお昼ごろ。
そんな僕たちの家に、アリスの絵師オシロン先生とマロンの絵師五月雨由衣先生がやって来た。
さらにそこにリネット姫まで加わってさらにカオスな状況に⋯⋯。
「そろそろお昼だし、素麺かお蕎麦でも茹でようか?」
けっこう人数が居るのでなるべく作るのが楽な昼食を提案する僕だった。
「お蕎麦でいいんじゃない? リネットも居るし」
「そうだね」
たぶん姉は引っ越し蕎麦という意味での提案なのだろう。
まあいっか、作るの楽だし。
「私が居るならお蕎麦って何故ですか?」
「えー、日本には引っ越しのさいにお蕎麦を食べる風習があって。 まあ「お側に行きますよ!」みたいなダジャレというか?」
そんな僕の説明を聞くと目を輝かせるリネット姫だった。
「いいですね! 日本の文化! じゃあお蕎麦でお願いしますね!」
「喜んでもらえて何よりです。 でも姫は蕎麦アレルギーとか大丈夫ですか?」
いちおう念のために聞いとかないと⋯⋯国際問題になると大事件だし。
「そば粉ですか? 大丈夫です! そば粉のガレットなんかはよく食べてましたから」
「それならよかった」
さて大人数の分だしサクっと作るか⋯⋯。
今回は暖かい汁のかけ蕎麦はやめとこう、なにせスープの量が多すぎるので⋯⋯。
なのでつけ麺仕様で作ることにするか。
僕は昔ネットで見たレシピを再現する。
お湯を沸かして花かつおでさっと出汁を取る。
そしてそれに醤油、みりん、酒、砂糖など入れる。
簡単に言えば少し薄めのすき焼きの割りしたである。
それに薄切りの牛肉を投入しサッと茹でる。
肉は色が変わるくらいであまり煮込まない。
いったん肉を取り出して残りの汁を濾す。
それで灰汁や余分な脂を除去して出来上がり。
あとはネギでも添えて完成である!
ああ蕎麦の方はただ普通に茹でただけなので説明は割愛するよ。
茹でて冷水でしめた蕎麦の上にさっきの肉をトッピングしてこの出し汁で食べる。
これが牛肉つけ麺蕎麦なのだ!
「は~い! 皆さんできましたよ」
「おー美味そう!」
「ありがとうアリスケ君」
「これがアリスちゃんの手料理⋯⋯」
「いつもマロンが自慢している弟君の手料理かー」
「ありがとうございます! 私のために引っ越し蕎麦を作っていただいて!」
「いえいえ。 むしろ凝った料理を作るよりは楽なので、ちょうど良かったです。 ⋯⋯ただこれ蕎麦の中ではけっこう邪道というか亜種というか? 何にしても本格派ではないので、もしもリネット姫が本格的でオーソドックスな蕎麦を食べたいなら専門店へ行ってみるといいですよ」
「なるほど⋯⋯伝統的でない家庭の味なんですねコレは! むしろ私はそういう方が食べたかったので構いません。 もちろんお店のお蕎麦もいずれ食べてみたいですが」
まあ喜んでもらえたようで何よりである。
「それじゃあいただきます!」
「「「「「いただきま~す!」」」」」
こうして大人数での食卓でお蕎麦を啜る僕たちだった。
そしてなぜか無言になる⋯⋯。
麺類ってこうなるよなあ。
「ところでリネット姫って箸ちゃんと使えるんですね。 それに麺類を啜るのって外国人なら難しいって聞いたことあるような?」
何気ない僕の疑問だった。
「私はずっと日本に憧れていたので幼い頃から箸は練習しました。 あと麺類というよりも恥ずかしい話なんですが⋯⋯日本のカップ麺が大好きで」
「そう聞くと、えらく庶民派なお姫さまね」
ホントそうだな、姉の言う通りだ。
「みなさんに理解出来るかわかりませんが私にとっては、カップ麺のようなジャンクフードはその⋯⋯禁断の味とでもいうか」
「わかるわー。 配信終わった後の深夜に食べるカップ麺、最高だもんねー」
「太るよ姉さん⋯⋯」
「残念でしたー。 美少女は太ったりしません!」
⋯⋯なにも言うまい。
「⋯⋯ずるい」
僕の隣で留美さんが姉を見つめボソっと呟くのが怖いな⋯⋯。
とはいえ姉はけっこうスポーツ好きなんだよな。
昼間暇なときはゴルフの打ちっぱなしや、どっかのスポーツセンターのプールとか行ってるみたいだし。
そのせいか普段の自堕落な生活からは信じられないほど締まった体なのだ。
まあ姉のスタイルなどどうでもいいが。
「このつけ麺のレシピってママレードさんのよね、アリスケ君?」
「え? どういうこと留美さん?」
このレシピは僕が昔ネットで知ったものだけど?
「あれ違った? 最近『オレンジ・ママレード』のチャンネルで知ったレシピだったから」
「それってポラリスのVチューバーの?」
「そう、その人の」
オレンジ・ママレードというVチューバーは、ポラリス所属のお料理系チャンネルのVチューバーである。
「僕がこのレシピを知ったのは3年以上は前だから、ママレードさんはデビュー前なんだけど?」
「どこで知ったの? 本でも読んだの?」
「ニコチューブでだよ。 たしか『井口みかん』ってVチューバーだったような?」
僕は昔の記憶を手繰りながら答えた。
「あーその人か、井口さんはママレードの前世だよ」
そうオシロン先生がサクっと言った。
「そうなんですか!」
ちなみに前世とはVチューバーの前のアバターの事である。
「うん、前にどのVチューバーのキャラデザするか選ぶときに資料で見たから」
「それって龍華⋯⋯社外秘の情報なんじゃ?」
「⋯⋯まあいいじゃん! ここには関係者しか居ないし!」
どうもうっかり口を滑らせたらしいなオシロン先生は。
しかし興味深いな。
「それではオシロンお母様は、私以外のVチューバーの方のデザイナーになる可能性もあったんですか?」
「まあね」
そうか、もしそうだったら僕とリネット姫がこうして会うことは無かっただろうな。
「えーとね、たしかあの時に⋯⋯私を含めた6人のイラストレーターがポラリス本社に集まって「どのVチューバーのキャラデザをやりたいですか?」とか聞かれたんだよね」
「そうだったんだ」
「まあポラリス側も、だいたいどのイラストレーターがどのキャラを選ぶか予想している感じだったんだけど。 私はネーベルと迷って最終的にブルーベルにしたし」
「そうなのか。 つまり僕とシオンが姉妹Vチューバーだった可能性もあったんだ⋯⋯」
「そんな! アリスのお姉さんは私です!」
「そんな事は関係なくアリスとブルーベルは私の妹だけどね」
なに謎のマウント取ろうとしてんだよ姉ぇ⋯⋯。
「でもどうしてシオンじゃなくてブルーベルを選んだんですか?」
「ん~私ってさ、銀・紫・青系のキャラが得意というか好きでね。 ⋯⋯でもあの頃は、巨乳よりも貧乳が描きたい欲望が勝った」
そんな理由か⋯⋯たしかにブルーベルは控えめで、シオンのアバターは盛ってるからな。
「あの、オシロンお母様?」
「なに? ブルーベルちゃん」
「私の『ブルーベル』は、そんなに胸が無いわけではないのでは?」
⋯⋯あ、ヤバイ話題になったな。
「リネットが勝手にブルーベルの胸盛ったんじゃなかったの?」
そう言いにくいことをズバッと言う姉だった。
「え⋯⋯私が変えた? 胸を? 知りません! 私が見たときのブルーベルのバストサイズは今の通りでしたよ! 本当はもっと小さかったのですか!」
「んーとね、コレくらい」
オシロン先生がタブレットを持ち出して作画資料を見せてくれた。
そこにはマスクド・ブルーベルの知られざる初期設定が描かれていたのだった。
「⋯⋯」
リネット姫は絶句している。
「みごとに絶壁ね。 コレはあんまりじゃない龍華?」
「だってー。 サンプルボイス聞いたらこういう解釈だったの」
そしてオシロン先生はタブレットに残っていた去年のブルーベルの音声を再生する。
『正義の味方ブルーベル見参!』
『やあ君たち! こんにちは、ボクのことはブルーベルと呼んでくれ』
「「「すごく男の子っぽいしゃべり方だ⋯⋯」」」
僕と姉と留美さんは完全にそう思った。
てか一人称は『ボク』だったんだ⋯⋯。
「これたしか、去年のデビュー前の音声ですね。 ⋯⋯そっか、私こんなだったんだ」
なにやら考え込むような素振りのリネット姫だった。
「ん~確かに、この声のイメージだと胸盛りたくないわね」
同業者の由衣先生も同意らしい。
「てことは、この胸盛った犯人って誰だったの?」
核心を聞く姉だった。
「⋯⋯セバスチャンですね?」
少し悲しそうにリネット姫は言う。
僕もそう思った。
セバスチャンならリネット姫の名誉のために修正くらいしそうだと思った。
「その件はもう仲直りしました。 ちゃんと犯人には責任取って誠意を見せてもらったのでもうわだかまりはありません。 なのでブルーベルちゃんも怒らないであげてね!」
「そうですか。 それでも申し訳ありませんでした」
でもきっちり謝罪するリネット姫だった。
しかしそれよりも気になるのは⋯⋯誠意や責任といった不穏な単語の方だった。
⋯⋯オシロン先生は見た目通りのポワポワしたお方ではなさそうだな。
気を付けよう、怒らせないようにしないと⋯⋯。
そんな事を話しながら昼食は終わったのだった。
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