ふたりっきりの図書館で
コミカライズ決定&新連載の記念SSになります。
オルレリア王国の王宮内には『特別書庫』と呼ばれる、貴重な書物が保管されている部屋がある。その中には歴代の宮廷魔女が残した書物や、継承者がいない幻の魔法書も蔵書されていた。
国王が認めた王族同伴でないと外部の人間は入れない特別な図書館。そんな場所でミランダは本を手に、アメジストのような目を輝かせた。
「わぁ、栄養ドリンクの開発者の書物が存在したなんて……!」
栄養ドリンクはミランダの得意な魔法のひとつで、自信を与えてくれたアイテムだ。そんな魔法の誕生秘話が書かれた本を見つけて感動してしまう。
思わずはしゃいでしまったと、ハッとしてミランダは隣を見た。
「ミランダが好きそうな魔法書があって良かった」
第三王子のハインリヒは気分を害した様子もなく、柔らかく微笑んだ。サラリとした銀髪は眩く、涼しげな緑の目元は麗しい。騎士の上官として働いているため、体格も立派だ。
そんな彼は特別書庫の鍵の役として、空き時間はミランダに付き合ってくれている。これは、彼の自由時間を削っているとも言えた。
けれどもハインリヒは「ミランダと一緒にいれるのが嬉しいから」と、いつも機嫌よく付き合ってくれている。
今日も彼の優しさを感じ、ミランダの胸が温かくなった。
「もっと良質な栄養ドリンクが作れるよう頑張りますね。そのヒントがあれば良いのですが」
栄養ドリンクといっても魔女によってアレンジが異なり、効果の強さにも差がある。
騎士の仕事と王族としての公務で忙しいハインリヒにとって、栄養ドリンクは必需品。今も彼は一日に一本、ミランダお手製の栄養ドリンクを飲んでいた。
「今のでも一級品なのに。相変わらずミランダは頑張り屋さんだな」
「ハインツ様ほどではありません」
「俺が頑張れるのは、ミランダの栄養ドリンクのお陰だけどね」
そういってハインリヒは近くの椅子を引いてくれる。お礼を告げながらミランダが座れば、彼は当たり前のように隣に座った。
それぞれ興味のある本を読み始めると、紙がすれる音だけがその場に静かに響く。
少しして、ミランダは妙に熱い視線に気付き顔を上げた。
「ハインツ様?」
「ごめん、邪魔したかな? 真剣に本を読むあなたの姿が好ましくて、つい」
ハインリヒが照れ臭そうに告げれば、ミランダの顔はあっという間に真っ赤に染まる。
婚約してからの彼は言葉に遠慮がない。いつも真っすぐで、ミランダはどう反応を返せばいいのか困惑するばかり。
けれど魔女を続けられるのも、特別書庫に入れるのも、宮廷魔女のもとで学べるのも、ハインリヒがミランダの気持ちを尊重してくれたからだ。そうでなければ、王子の婚約者になった時点で魔女をやめるのが一般的。
優しいハインリヒに「恥ずかしいから見ないで」と言うのは心苦しい。
「ほどほどで……お願いします」
「見ていて良いのか。前は恥ずかしがってやめてほしいと言っていたのに」
「だって、ハインツ様のお陰で大好きな魔女の仕事ができているんですもの。望んでいらっしゃるなら、私もハインツ様の気持ちを尊重しようかと思いまして。いつも私のために根回ししてくれて、ありがとうございます。私にできることなら、仰ってください」
「なるほど。それなら、俺にご褒美くれる?」
ハインリヒは体をミランダの正面に向けると、膝の上で拳を作った。ミランダに向けられた緑の瞳は真剣みを帯び、少し緊張した面持ちを浮かべている。
彼のソワソワした態度は、ミランダにもうつる。ドキドキしながら彼女は「はい」と言って背筋を伸ばし、ハインリヒの言葉を待った。
そうして告げられたのは――
「ミランダから、抱き締めてほしい。あなたに抱き締められたい」
軽く頬を染めながらハインリヒは同じことを二度言った。
ドキッとしつつミランダは無理な願いではないことにホッとする。また、ある疑問も浮かぶ。ハインリヒは会うたびに、挨拶がてらミランダを軽く抱き締める。そしてミランダも遠慮がちに抱き締め返す。それとは何が違うのか。
ピンとこなかったミランダは首を傾けた。
「あぁ、そのだな。いつもは俺がミランダを包み込んでいるが、逆を体験したいと言うべきか」
「……逆……ですか?」
「いや、正直に言おう。猫のときに抱き締められた、包み込まれるような感覚が忘れられないんだ。ミランダから、ぎゅっと……されたい」
「――っ」
そう説明されると、ハインリヒの願いがいつもの抱擁とは違うと分かる。しかも、いつになく彼も真剣な様子。
(私もハインツ様から抱き締められたら、幸せな気持ちでいっぱいになるわ。求められているような、守られているような安心感もある。確かに私だけそれを享受しているのは駄目よね)
ミランダはしっかりと頷きを返した。
「分かりました。お任せください」
心臓をドキドキさせながら、ミランダはハインリヒの背中に腕を回した。
ハインリヒは、それを黙って受け入れる。
しかし……なんか違う。
(あれ? おかしいわ。抱き締めているはずなのに、包み込めていない。これはまるで――――大木に抱きついているサルでは?)
ハインリヒの体格が良すぎて、ミランダの腕の長さでは背中に回すので精一杯。ギリギリ自身の指先が触れるかどうかで、包み込むには程遠い。
「ふふ、ありがとう。ミランダ」
ハインリヒはそう笑ってくれたが、彼も期待と違うと思っているのは苦笑交じりの声質から分かる。
相手がいつもミランダを信頼し、期待してくれている人だからこそ、この失敗が悔しい。少し逡巡し、別の方法を探す。
「ハインツ様、もう一度やらせてください」
「うん?」
ミランダは、ハインリヒから腕を解いて立ち上がった。いつもはミランダが見上げてばかりのハインリヒを見下ろし、腹を括る。
「失礼します」
そっと、ミランダはハインリヒの頭だけを引き寄せるように抱き締めた。しっかり包み込むようにハインリヒの頭に華奢な腕を回すと、彼の耳元がミランダの鎖骨当りに当たる。
「ど、どうですか? 少しは先ほどよりは包み込めている気がするのですが」
体全体は無理でも、頭だけなら――と考えての苦肉の策だ。銀髪がさらりと流れ、柑橘系の石鹸の香りがミランダの顔の近くで広がった。
大胆なことをしてしまったと思いながら、彼の反応を待って数秒後。
「……こんなに鼓動を速めてまで、叶えてくれるなんて。ミランダ、ありがとう。猫のときより良い。求めていた以上だ」
ハインリヒはしみじみと呟きながら、頬を彼女の肩にすり寄せた。猫が甘えるような仕草と一緒。
抱き締めただけでこんなにも喜んでもらえるとは。恥ずかしさを忘れるくらいミランダも嬉しくなり、頬を銀髪に寄せて、そのままハインリヒが満足するのを待った。
数分して、ハインリヒの顔がミランダから離れる。彼の表情は幸せそうに、綻んでいた。
「こんなに心優しい魔女が婚約者なんて、俺は幸せ者だな」
流れるように、ハインリヒはミランダの頬に軽く口づけをした。
ミランダは顔を赤くして、見開いた目をきょろきょろとさせる。
「ハインツ様! ここでするなんて――」
「今、特別書庫にいるのは俺たちだけだ。大丈夫、誰も見てないよ。しかし、これ以上隣にいたら、ミランダの勉強の邪魔になりそうだ。時間になるまで、俺は別の机で読むことにするよ」
にっこりと笑みを浮かべたハインリヒは読みかけの本を持って、本棚の向こうに行ってしまった。
残されたミランダはというと――
「……ここの本を読める時間は限られているんですもの。集中しないと」
気合を入れ直し、魔法書のページを捲る。
だけれど甘い雰囲気で浮かれてしまった気持ちはなかなか落ち着かず、この日は魔法書の内容がまったく頭に入らなかったのだった。
このたび、スクエア・エニックス様配信アプリ『マンガUP!』にてコミカライズが連載スタートとなりました!
応援してくださった読者の皆様には御礼申し上げます。
ぜひコミカライズ版もお楽しみくださいませ!(▼詳細は下▼)





