02 バロール流交渉術
床には、縛り上げられた女性冒険者が転がっている。
猿轡を嵌められ、魔力も吸い取られた状態にされている。捕らえた際に行った身体検査では、奥歯に仕込まれた毒も見つかっていた。
城壁を越えて忍び込もうとしたそうだ。
ボクは甲冑を着込んで、用意された椅子の上で踏ん反り返りながら、その人を見下ろしている。
『敢えて作っておいた見張りの隙に引っ掛かってくれました』
数日前から、城壁の外をうろちょろしてたのもこの人らしい。
見事に罠に掛かってくれた、という訳だ。でも―――、
『冒険者?』
この侵入者さん、見覚えがある。
冒険者のために食事の支度などをしてた女給仕さんだ。
いまの服装も、そこらの酒場の店員みたいにしか見えない。
『冒険者ギルドの関係者ですので、そう呼称しました。ですが、隠密や諜報活動に従事する者、と言った方が正解でしょうか』
ん~……? 元冒険者で、ギルド所属の諜報員とか?
もしくは、そういった仕事が専門でギルドに雇われた?
ともかくも、只の給仕さんじゃないのは確かだ。
こっちを睨んでくる目も鋭い。
「くっ、殺せ!」とか言いそうだ。
いや、それだと女騎士だからちょっと違うかな。
『彼女が持ち込んだ武器は個人戦用の物ばかりで、後続の部隊なども確認されておりません。あくまでこの拠点の調査目的だったようですが……如何いたしましょう?』
ボクたちを害するつもりはなかったってことかな?
でも、諜報活動も敵対行為のひとつではあるよね。
あるいは暗殺者だったって可能性もあるのかな。
んん~……いまひとつ判断がつきかねる。
どうする?、って聞かれてもねえ。
殺しちゃうのが一番簡単なんだろうね。
『吸収』を使えば跡形も残さず、完全に消せる。
きっと後腐れも無いだろうね。
だけど折角だし、色々と情報を聞きだした方がいいのかな。
『尋問できる?』
『可能ですが、口は堅いと思われます』
確かに。スパイとか忍者とか、簡単には口を割りそうにない。
だからといって拷問とかも、あんまり見たいものじゃないね。
そんなことしてる暇があるなら、美味しい料理の研究でもしたい。
簡単に話を聞きだす方法があれば……ああ、あるんじゃない?
『なら、ラミアクイーンに。魅了で』
ボクの『災禍の魔眼』でも、魅了効果は発揮できる。
でも意識せずに使うと、混乱とか病魔効果まで一緒になっちゃうんだよね。
最近は使い分けも上手くなってきたつもりだけど、失敗するのも怖い。
下手したらパンデミックだからね。
その点、ラミアなら魅了専門だ。
とりわけクイーンはいつの間にか進化してたし、魅了能力も上がってる。
諜報員だから、その手の対策はしてそうだけど、試してみてもいいでしょ。
『承知致しました。確かに、彼女ならば適任ですね』
夜中の呼び出しで、ちょっと申し訳ないとも思ったんだけどね。
でもラミアクイーンはすぐに来てくれた。
何故か、枕を持って。
興奮したみたいに鼻息を荒くして。
事情を聞いたラミアクイーンは、がっくりと項垂れてた。
拘束された女密偵さんを脇に抱えて、建設中のギルド支部へ向かう。
背後にはメイドさんも従ってくれてる。
絵面的には、悪い騎士が村娘を攫っていくみたいに見えるかも。
実際は村娘役の方が悪いんだけどね。
いまもこっちを睨み上げてきてるし。
この密偵さん、昨夜はラミアクイーンに『魅了』されて、へろへろになってたんだけどね。
良い子は見ちゃいけません、的な感じになって色々と喋ってくれた。
それでも事情を知らない相手からすれば、不審に思われる絵面だね。
ボクたちが近づくと、冒険者たちも揃って驚いた顔をした。
半分ほど完成したギルド支部に集まって、冒険者たちがテーブルを囲んでいた。
ちょうど朝食時だったんだけど、スープを吹き出してる人もいた。
細目職員は顔色を蒼ざめさせた。
やっぱり黒幕はこの人みたいだね。
まあ、密偵さんが喋ってくれたから分かってはいたんだけど。
「ば、バロール様、これはいったい、どういうことですか?」
どうやら知らぬ存ぜぬで恍けるつもりらしい。
密偵さんが口を割るとは思ってないのかね。
『彼女はすべて話してくれました』
ボクが目配せすると、一号さんが前に出る。
こういう交渉事は、やっぱりちゃんと声に出して言った方がいいからね。
冒険者たちに聞かせる意味もある。
ファイヤーバードとの交渉では”やらかして”くれた一号さんだけど、今回は大丈夫なはず。
ちゃんと事前に打ち合わせもしてきたからね。
『貴方の指示で、当方の屋敷へ忍び込もうとした、と』
一号さんの言葉に合わせて、密偵さんを放り投げる。
床に転がった密偵さんは苦しそうな呻き声を上げた。
主謀者は細目職員。これは間違いない。
どうやらボクの情報を集めて、帝国総督との繋がりを太くしたかったらしい。
ギルドとしての行動ではなく、本人の暴走、といったところかな。
女密偵さんは不法侵入しただけ、とも言えるんだけどね。
そう考えると、ボクの方が少しやり過ぎな気もする。
でもしっかり釘を刺しておかないと、同じようなことを企まれると面倒だ。
なので、まずは少し強い態度で当たる。
その上で、今度から気をつければいいよー、っていう寛大な態度を見せる。
相手の反省を促しつつ、こちらへの感謝を誘う寸法だ。
名付けて、雨降って地固まる作戦。
うん。完璧だね。
そういう訳で、一号さん、穏便にやっておしまいなさい。
『本来ならば、敵対行為と看做すところです。ですが、そちらが不手際を認め、二度と繰り返さないと誓うのでしたら―――』
「テメエ、ふざけんなよ!」
一号さんの声を遮ったのは、さっきまで呆然としてた冒険者だ。
テーブルに拳を叩きつけて、怒鳴りつけてくる。
「ソフィアちゃんに何しやがった!?」
「そうだ! 俺たちのソフィアちゃんを泣かすなんざ許せねえ!」
「貴族だろうが何だろうが、黙ってる俺たちじゃねえぞ!」
え? あれ? なにこの展開?
ソフィアちゃんって、転がってる女密偵さんのことだよね?
ああ。でもそうか。
何も知らない冒険者たちにとっては、ギルド付きの給仕なんだ。
「ソフィアちゃんはなあ……病気の家族を養うために、わざわざこんな危ない仕事をしてるんだぞ」
「なのに、俺たちにはいつも元気な笑顔を見せてくれて……」
「それを手篭めにしようなんざ、人のすることじゃねえ!」
「そうだ! テメエには人の心ってものが無いのか!?」
いや、そんなこと言われても困る。
心はともかく、ボクって魔獣で魔眼だからね。
それに病気の家族とか、あからさまに嘘っぽい。昨夜の尋問でも、天涯孤独とか言ってた気がする。どうでもいい情報だから忘れたけど。
ともあれ、どうしよう?
もしかして、作戦失敗? ここからなんとか軌道修正できないかな?
『……ご主人様、まとめて片付けますか?』
どうするか、じゃなくて、片付けますか、と聞いてくるのが一号さんだ。
やっぱり、そこはかとなくアグレッシブだよね。
四号さんなんかだと、もう手が出てるかも。
冒険者は十数名。手強い相手がいないのは確認できてる。
だからこそ、こっちは穏便に済ますつもりだったんだよね。
釘を刺せれば充分だったんだけど―――なんて考えが甘かったのかも知れない。
冒険者たちへ注意を向けた所為で、細目職員から目を逸らしてしまった。
「ッ……!?」
視界の端で、細目職員が小さな石を放り投げるのが見えた。
以前にも見た覚えがある。
なんで? どうして、そんな物を使ってくる?
ボクの弱点を知ってるはずもないのに?
それは独特の刻印がある、『懲罰』効果を込めた魔石だ。
そう理解すると同時に、辺りに光が降り注いだ。
ボクの全身に痛みが走る。痺れも。
魔力も掻き乱されて、浮かんでいることもできなくなる。
甲冑を操ってる魔力糸も切れて―――ガシャン、と。
派手な音を立てて、ボクは床に突っ伏した。




